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06

 俺は困惑していた。


 商会の仕事中、あのおバカに『至急来い』と呼び出されたかと思ったら、東宮のヘンリー王太子のもとへ行くように指示されたのだ。


 


「この爆弾(おみやげ)をもって行きなさい」


「なんでだよっ!」


 


 ったく、このおバカは……


 


 というわけで、おバカが療養(?)しているサクラギ離宮から東宮までの間にある高級菓子店(もちろん、ブロンティが資本参加している)で手土産を調達しつつ、俺は東宮へ出向いていったのだった。


 東宮に到着した俺、出迎えてくれた執事さんに案内を乞うと、さっそく東宮の広大な庭園の中央にある四阿(あずまや)へ案内された。そこには、すでにヘンリー王太子が待っていた。


 


「お初にお目にかかります。ロジャー・スミスと申します、殿下」


 


 (こうべ)を垂れる俺に、ヘンリー王太子は、快活にうなずく。


 


「よく来た。ロジャー・スミス、そなたには前々から会ってみたいと思っていたぞ」


「はぁ……?」


 


 というか、なんで俺なんかに?


 これまでに、特に接点なんてなにもなかったはずだが。


 まあ、サクラギ離宮へ移って以来、すこしだけ頻度が減ったような気もするが、あのおバカのクーデター計画に毎日のように付き合わされている中でよく話題に上るので、こちらとしてはよく知っているような気分になっている。それに、各家庭に飾られている肖像画でもよく見かける顔だ。正直、初めて会ったという気分にはならない。


 


「まあ、立ち話もなんだ、楽にしていいぞ」


「失礼します」


 


 王太子の向かいの席に(うなが)されるまま、腰掛けた。


 すぐに、離れたところに控えている東宮の使用人たちが()れたてのお茶と茶()けのお菓子を置いてさっていく。


 


 うん、俺が買ってきて執事さんに渡したお菓子もさっそく盛られているな。


 


「そなたの最近の活躍、我の耳にもよく聞こえてきておる」


「はい、ありがとうございます」


「王国を代表する大商会たちを手玉にとった手腕(しゅわん)など、なかなかのものであったな」


 


 王太子はカップを持ち上げて、うまそうに飲み干している。対して、俺の方はそれどころではない。この言葉の裏になにがあるのか、あれこれ考えるのに忙しい。


 まさか、俺を純粋にほめるためだけに、わざわざ呼び寄せたわけではないだろう。


 


「いまや、そなたの率いる商会は、かつてファブレス商会が(いとな)んでいた事業の大半を掌中におさめ、王国一の規模となっておるな」


「はい。それもこれも、私のもとで一生懸命に働いてくれている仲間たちや、快く私どもと取引してくださる業者さま方、それに私どものささやかな商品を買ってご愛用してくださっているお客様たちがあったればこそですが」


「なるほど、謙虚ではあるな」


「いえいえ、そういうわけでは……」


 


 口先だけの謙遜ではなく、心の底からの今の俺の気持ちではある。


 俺の商会に関わってくれているすべての人に感謝だ。


 


「うむ、ところでな。そなたに訊ねたいことがある」


 


 ほら、きなさった!


 この王族は何を企んでいるのだろうか? これから俺に無理難題を吹っ掛けようとしているのだろうか?


 たとえば、スミス商会から多額の金品を献上させようとでもいうのか?


 まあ、この先もあのおバカの企てがうまくいくことなく、王太子がこのまま次の国王になるのなら、顔つなぎの意味でも、少々無理な金額だとしても、融資なり、献金なり、喜んで引き受けるのだが。


 だが、どうやら、話はそのことではなかったようだ。


 


「例の水差しのことだ」


「水差しですか?」


「さよう。あれはあれ自身が魔法を発動する魔道具であっておるかの?」


「ええ、一応、魔道具の一種ではありますね」


「うむ。そなた、あれの作り方をどこで手に入れた?」


 


 ヘンリー王太子は、手の中でカップを回しながら、チラチラ俺の顔の方を眺めている。


 もちろん、そんなことで俺が表情を変えるはずもなく。


 


「奇妙な(えん)があり、私の知るところとなったのです」


「ほお、それで?」


「それだけです」


「……」


「……」


「詳しく話す気はないということか……」


 


 にっこりと笑うことだけで、俺の返答に代えた。


 王太子は表情を変えることなく、カップの中身を飲み干す。なにかが頭の中を忙しく駆け巡ってはいるようではあるが、俺の態度で気分を害したという様子ではない。


 しばらく手の中の空になったカップをもてあそんでいたが、テーブルに置くと、俺にまっすぐ向き合ってきた。


 


「実はな、アレが売り出されてすぐに、我は王家の禁書庫を確認してみたが、保管されている禁書類には封を破られた形跡はなかった」


「ああ、聖王ミミロワンドの封印ですね」


「ほお、そんなことも知っていたか」


「いえ、風の噂で」


「いや、それは無理があるだろう」


「たしかに……」


 


 テーブルをはさんで苦笑を交わしあう。


 


「聖王ミミロワンドの封印は、人類が手にすべきではない禁書すべてに封印を施したもの。封印されてから数千年の時を()た今でさえも、何人(なんぴと)たりとも、その封印を解くことができていないもののはず。なのに、なぜ、そなたが(・・・・)封印された禁書に書かれているはずの魔道具の作り方を知っておる?」


「解説ありがとうございます」


「はて? なんのことかな? で、なにゆえじゃ? まさか、他国の書庫に保管されている禁書の封印が破られたのか?」


 


 俺は大きく首を左右に振る。


 


「すくなくとも、私の知る限り、ヨックォ・ハルマではいかなる国においても、その書庫奥深くに保管されている禁書の封印が破られたことはないはずです」


「では、なぜ、そなたが知っておる?」


「はい、もちろん、封印のされていないものに目を通す機会がありましたので」


「なに? そんなバカな! このヨックォ・ハルマに存在するすべての禁書には聖王ミミロワンドの手によって封印がほどこされたはず」


「ええ、その通りですよ」


「なら、どうやって…… はっ! まさか、異世界か?」


 


 俺は肯定も否定もせず、無言で微笑んだだけだった。


 


「い、いや、それでもありえない。近隣世界でも同じように禁書類の封印がなされたはず」


「ええ、その通りです。そして、その封印はどこの世界でもとても強力なもので、いまだにだれもその封印を解くすべを見つけ出したものはいません」


「なら、そなたが封印が解かれた禁書を手にすることなど不可能ではないか?」


「もちろん、その通りです」


「どういうことだ?」


「さあ、どういうことでしょうか……?」


 


 

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