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05

 なにやら、背後で騒動が持ち上がっているようだったが、ミレッタは気にしない。さっきユリウスを見かけたあたりへ向かってズンズン進んでいく。


 


「おお、ミレッタ。我が娘。会いたかったぞ。さあ、そなたの父のもとへ顔を出しておくれ」


 


 ミレッタはズンズンと進んでいく。


 


「おお、ミレッタ。我が娘。こちらへ参れ!」


 


 ミレッタはズンズン……


 


「待ちなさい、ミレッタ! 待ちなさいと言っておろうが!」


 


 周囲の人間たちが一斉に(こうべ)を垂れて、ミレッタの前へ回り込んできた人間に礼を示すものだから、それ以上ミレッタも無視するわけにもいかなかった。


 


「はぁ~ お父様。なにかご用ですの? 私、今、とっても忙しい(・・・・・・・)のですけど?」


「久しぶりだね、ミレッタ。ずいぶん、顔色もよさそうじゃないか。あっちでも、ちゃんと食べられているのか? なにか困ったことは起きていないか?」


「あら、お父様。今、まさに私、困っておりますわ」


「おお、なんと、なんということだ。なにが、そなたをそんなに困らせて……」


 


 ミレッタは王の言葉を途中で(さえぎ)って、王の胸元に指をさす。


 


「私が進みたい先を遮って、無粋(ぶすい)な男が邪魔をしておりますわ」


「なにっ! それはけしからんっ! さっそく捕まえて、打ち首にしてくれるわ! これ、衛兵っ!」


 


 ミレッタは、これ見よがしにため息をついて、冷めた目で騒いでいる自分の父親を見つめるのだった。


 


「そんなことより、ミレッタ、そなたも、たまには奥へ顔を出してはどうかの。離宮に引き込もったまま、全然会いにも来ないものだから王妃も心配しておるぞ」


「そうですわね。いずれそのうち、王宮へ(うかが)わないととは思っていたのですわよ」


 


 すかさず、念話が届く。


 


『王と王太子を亡き者にするためですか?』


『おだまり!』


 


 振り返ると、サヌは部屋の隅で、素知らぬ顔でユリウスの例の護衛官兼従者と談笑していた。


 


「うむ、朕も王妃も首を長くして待っておるぞ」


「はい、お父様。首をそろえて、お待ちしていてくださいませ」


「うむ」


 


 そうして、王は愛娘の前で両手を大きく広げ、ハグしようと一歩近づく。


 もちろん、ミレッタは見るものを感嘆させるステップを踏んで、その腕をかいくぐるのだった。


 王の腕は空をきった。


 


「おふっ……」


 


 


 


 国王トラップをのりきったミレッタの前には、もう障害物などはなく、目指す相手まで一直線―― なんてことはなく、今度は、


 


「おお、ミレッタ、我が妹よ!」


 


 目の前に立ちふさがったのは、ヘンリー王太子だった。


 ヘンリーは手にもつワイングラスの中身をぐいっと飲み干し、近くのテーブルの上に空のグラスをおいた。


 それから、ミレッタへ向き直ろうとしたのだが、


 


「って、おいっ、どこへ行く!」


「人違いですわ。失礼」


「こらこら。私を避けるんじゃない」


 


 ミレッタはヘンリーに向き合い、これ見よがしにため息を吐きだすのだった。


 


「はぁ~ なにか用ですの? 私、今、とっても忙しい(・・・・・・・)ですのよ」


「元気そうで何よりだ。だが、離宮にこもってばかりおらず、たまには父上の方へも顔をだすんだぞ」


「わかっておりますわ、そんなこと。お父様にもお約束しましたし」


「そうか、ならいいのだが」


「お話はそれだけですの。では、失礼しま――」


「まあ、待て、まだ用件はある」


「なんですの? 今、とっても忙しいんですよの」


 


 その場で足踏みするようにして、アピールするのだが。


 


「トイレか? なら、場所は反対方向だぞ」


「違いますっ!」


 


 


 


 一通り大笑いしたヘンリーは薄ら笑いを残したまま、ミレッタに向き合った。


 


「聞いたところでは、最近、そなたのもとへ男が頻繁(ひんぱん)(かよ)って来るそうではないか?」


「まあ、どこでそんな根も葉もない(うわさ)をお聞きになったの?」


「ほお、根も葉もない噂か。劇場などでよく一緒にいるところを見かけられているのだが……? 私も何度か目にしたことがある」


「はて? どなたのことでございましょうか? あ、そうですわ、きっとユリウス兄さまのことですわね。先日、オペラ座で一緒に観劇しましたもの」


「いや、違うヤツだ。たしか、名をロジャー・スミスとか言ったか」


 


 途端に、ミレッタの態度は話に関心を失ったものへと変わった。


 


「なんだ。あのおバカのことか。私、てっきり世間ではユリウス兄様と禁断の愛とかなんとか噂になっているのかと思いましたわ」


「そんなこと、今さら、だれも気にもしないだろう」


「そして、世間の人々は、二人の愛を決して認めようとはしなくて、非難するのですわ」


「まあ、大抵はな」


「世間の非難にさらされて、居づらくなった二人は、手に手を取り合って」


「いや、そもそも物理的に手を取り合うなんてできないだろう? それでも駆け落ちするのか?」


「革命の軍を起こし、反対する者たちをみな捕まえ、処刑するのですわ。キャハ」


「おーい」


 


 などとバカなことを口にしながら身もだえしている妹の脳天に手刀を振り下ろしつつ、


 


「今度、ロジャー・スミスを東宮へ連れて参れ。会って、話がしてみたい」


「ええ、いいですわよ。あのおバカに爆弾(おみやげ)でも持たせて、近々うかがわせますわ」


「ああ、そうしてくれ。それはそうと、本当に、その男とは、なにもないんだな?」


「ええ、当然ですわ」


「まさか口づけを交わしたりなどと?」


「あるわけないじゃありませんの! 私の唇はユリウス兄さまのためだけにあるのですもの! あのカサカサでつめたい唇。キャッ」


 


 ミレッタは両手で頬を抑えながら、顔を赤らめ、身をくねらせる。


 ヘンリーはなにか困惑顔で妹の顔をのぞきこんでいる。だが、その表情からはそれ以上とくになにも読み取ることができなかったようだった。


 


「ならいいのだが……」


 


 


 


 王太子トラップを無事しのぎ、ミレッタの前途には目的地までのまったくの無人の荒野がひろが――ったのだが、残念ながら、ミレッタの目にはその目的地にいるはずの肝心の人物の姿すらも写らなかった。


 ミレッタの前は完全に無人だった。


 


『この後、次のご予定があるとかで、さきほどユリウス王子はお部屋へお戻りになられました。近くの町へ視察に行かれるそうです』


『えっ? ええーーっ!?』


『帰り際に、魔王様に挨拶されようとしておられましたが、王太子となにやら熱心に話しておられたので、声をかけずにそのまま辞去されました』


 


「もう、なんなの!」


 


 周囲の注目を集める中、ミレッタはその場で地団太を踏むのだった。


 人々は、その様子を目を細めて眺めていた。


 


 ――ゆ、許すまじ、おバカヘンリー! 絶対、ギロチンにかけてやる!


 


 どす黒いオーラをまといながら、足音も荒くミレッタは会議室を後にした。


 


 


 


 

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