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俺は森の入口で仁王立ちになり、周囲を見回す。森と湖の間。湖岸でカナーガッファの兵士たちが思い思いに休息をとっている。それを確認して、休息している兵士たちすべてに向けて語りかけた。
拡声の魔法を使っているので、この湖周辺にいるすべての兵士たちの耳に届いているはずだ。
「諸君! 聞け! すでにカナーガッファ皇帝カールの身柄は我がウェスト王国軍の手に落ちた。この戦争はカナーガッファの負けである。諸君らはこれ以上の抗戦をあきらめ、投降するように」
決して声を張り上げるわけでもなく、穏やかに語りかけた声。その声が聞こえてくる方に、カナーガッファの兵士たちが一斉に怪訝そうな目を向けてきた。
だが、その内容は信じられないもの。
当初、だれもが自分たちの軍の真ん中に狂人が現れたと思った。
ただの狂人の戯言。相手にする価値もないと。なので、兵士たちは水遊びや湖畔での休息のたのしみを再開することの方を選択した。
もちろん、そんな者たちばかりではなく、俺の側へ剣を抜いて全力でかけてくる下士官もいる。
「痴れ者! その虚言、許すまじ!」
だが、その下士官は切りつける直前には組み伏せられ、剣を奪われていた。
いつの間にか、俺の周囲にはウェスト王国の兵装に身を固めた男たちが出現していたのだ。
森の木々が消え去り、切り株の形をした台がいくつも置かれている。
ウェスト王国の兵たちは、その切り株の台の上で最初から待機していたのだ。三つの魔道具(木々の幻影を投じるものと、あたりに涼風を生じさせるもの、それに周囲の日差しを遮るもの)のおかげで、カナーガッファ側に見つからず、自分たちの足元へ皇帝たちを誘い込むことに成功したのだ。
また、切り株型の台に乗っていることで、空気より重い俺が放った眠りの雲の影響をさけることができた。
王国兵の出現にだれもがあっけにとられている中で、気を失い、しばられている老人の体が俺の足元に投げ出される。
その途端、俺に切りかかろうとした下士官が組み敷かれたまま悲鳴のような声をあげた。
「陛下っ!!」
カナーガッファの兵士たちは、悄然として俺の前に集められている。
全員、休息に入ったときのままのラフな格好をしており、ほとんどだれも武装をしていない。
それだけでも、きちんと武装したウェスト王国兵に対抗するのは不可能だと思われるのに、彼らを指揮するはずの士官たちもほとんどは森の中で休息をとっていた。その結果、俺の放った魔法を食らって、今はみな眠りこけてしまっている。
実際のところ、彼らの方が圧倒的に人数が多く、たとえ武器を身に着けていなくても犠牲をいとわず戦えば勝てないことはないのだが、その優位を生かせる可能性は極めて低かった。それを指示する者が不在なのだから。
もはや、彼らはよその国のこんなところで死にたくなければ、王国側の指示に従うほかないのだ。
カナーガッファの兵士たちは不安そうな顔を見合わせ、ウェスト王国兵たちを指揮する俺を見つめていた。
それへ安心させるように、俺はうなずいてみせる。
「諸君! 諸君ら全員の投降を我がウェスト王国は受け入れる。賢明な判断だ。とはいえ、君たちは侵略者だ。二度と同じ過ちを繰り返さないように、のちの世の見せしめとして本来なら全員をただちに処刑しなければならない。だが、諸君らはこの悪逆にして無能な皇帝の無謀な野心に引きずられてこんなところまで来るハメになっただけのことは明白だ。よって、この侵略行為は諸君ら自身の意思ではないとみなす。ゆえに、諸君らの罪は不問とする。即刻この場を立ち去り、祖国への帰還をはたすことを許可する。諸君! ただちに出発せよ! そして、二度とこの地に足を踏みいれてはならない! 以上!」
俺の演説の後、顔を見合わせていたカナーガッファの兵士たちは、演説の内容を理解していくにしたがって、しだいにその表情を明るくし、ついには歓声を上げながらお互いにハグしあいだした。
命拾いしたのだ。
そして、天に向かって口々に神への感謝の言葉を述べ、誓った。
「「「国のふんぞり返っているだけのえらいさんがなんて言ってこようがしったことか! 神よ! 俺は二度とこんなけったくそわるい場所には来ないぞ!」」」
全員の宣誓が終わるまで待ってから、俺はカナーガッファの兵士たちに命じた。
「諸君、これよりただちに祖国へ向かって出発せよ!」
「「「ハッ!」」」
カナーガッファの兵士たちは最後に俺に最敬礼をして歩きはじめた。
最初の一歩はためらいがちに。だが、しだいにしっかりと地面におろす足にも力がこもるようになり、やがて、しっかりと大地を踏みしめるようにして、そして、ついには走り出した。
一刻も早く、この場所から離れたい。生きて祖国の地を踏みしめたい。
兵士たちは、我先にと駆け出す。
算を乱して駆けに駆けた。
結局、国境からここまで来るのに五日ほどかかった道を二日間で走りとおし、みな無事に祖国へたどり着いたという。
カナーガッファの兵士たちはみな無事に祖国へたどり着くことができた。これは眠りこけている間に武装解除されてしまった後軍の兵士たちも同様だった。
ただ、その他の者たち、つまり士官や将軍たちはそういうわけにはいかなかった。
街道沿いに大量にばらまかれていた熱風を発生させる魔道具を回収して戻ってきたウェスト王国の兵たちによって、みな捕らえられ、王都へと移送されたのだ。
そして、カナーガッファ軍の侵攻に合わせて、ウェスト王国領内へ侵攻してきた他の国々の軍隊も似たような目にあっていた。
ある軍は行く手に現れた大河を船で渡ろうとしていたとき、突如水中から現れた巨大なゴーレムに王たちが乗船する船が破壊され、舵が壊されて操船不能となり下流へ流された末に、待機していたウェスト王国の軍船に捕捉され、降伏せざるをえなくなった。
また、ある軍は、野営していたところを、敵国の軍隊の接近をおそれて逃げ去り無人となったはずの農家の納屋のわら束の下に隠されていた魔導車軍団の夜襲を受け、軍を率いていた王がさらわれるという失態をさらした末、ウェスト王国へ降伏することとなった。
また、行軍の最中に突如街道脇から現れた王国兵たちによって取り押さえられ、降伏した王もいた。王国兵が潜んでいた街道に沿って掘られた塹壕を魔道具が隠していたからだ。
そう、この短い戦争はウェスト王国側の完全勝利で幕を閉じたのだった。




