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――な、なんだ! この異様な暑さは!
国境を越えてから五日め。我がカナーガッファ軍は順調に進軍をつづけ、敵王都までの道中の半ばにある高原地帯に差し掛かった。
ここまでウェスト王国側からの反撃はとくになく、平穏無事。念入りに広範囲にはなった斥候たちからの報告でも周囲に敵影はまったくなく。このまま王都までまともな戦闘らしい戦闘もなく進軍できてしまいそうだ。
――ウェスト王国軍のなんと腰抜けなことよ!
兵士たちが気の抜けた顔であざけり、小声で同僚たちと冗談を交わしあっているのが聞こえてくる。まるでピクニックでもしているかのようだ。
我自身も、気を抜くと、ここが敵地だということを忘れてしまいそうになる。
それぐらい平和でのどかな行軍だった。
我がカナーガッファとウェスト王国の王都とをつなぐ街道は国境付近に広がる山岳地帯を抜け、ほぼ中間部にあるこの高原地帯を突き切り、広大な平野部の中央にある王都へ伸びている。
まだ山岳地帯にあったころには、山々から吹き降ろす風が心地よく、行軍で掻いた汗もすぐに乾き、快適な道中だったのだが、この高原に差し掛かるころには、気温がぐんぐん上昇し、じっとしていても体中の水分という水分が汗となって噴き出してくる。
とくに軍を率いての行軍中ということもあり、我をはじめ主だった者たちは、金属の鎧に身を固め、他の者たちよりも高い位置にある馬の背に揺られている。そのせいで直射日光が容赦なく突き刺さり、鎧の中の温度もぐんぐん上がる。
正直、頭がくらくらする。
こういう時には歩兵たちの方がマシだろう。
背負っている大盾を頭上に掲げ、日傘代わりにできるのだから。
もっとも、その大盾も日光を浴びて、とんでもなく熱くなってはいそうだ。ためしにその大盾の上にたまごでも落とせば、数秒もせずに目玉焼きができるに違いない。
本当に暑い!
なんとか涼をとろうと、鎧の中に冷風が噴き出す護符を張り付けたものの、利きが今一つなのは、鎧に施された魔法除けの護符の干渉のせいか。
「マール! ワシは聞いておらなんだぞ! ウェスト王国までの道中にこのような暑熱地獄が存在するなど!」
ワシの怒声を聞きつけて、恐縮した様子のマールがすぐに駆けつけてきた。
「へ、陛下に申し上げます。この一帯はこの時期本来気候が穏やかで、行軍には何の支障もないはずなのです」
「ならば、なんだ、この異様な暑さは? どうなっておる!」
「さ、さあ、異常気象でしょうか? なんなのでしょう?」
「聞いているのはワシの方じゃ! おぬしにわからぬことが、ワシにわかるか!」
これ以上、マールに当たったところで、涼が取れるわけでもない。喚く分だけ体がさらに熱くなるだけ。大きな舌打ちをして、馬を進ませるしかなかった。
やがて、街道は谷あいをたどり、行く手に低い丘が見えてきた。その丘の下には湖が広がり、街道は湖岸に沿って緩やかに曲がっていく。
ふたたびマールがワシの側にくる。
「陛下、この先は御覧の通り、隘路となっております。万が一、丘の上から敵が攻め寄せてきたなら、お味方に逃げる場所はなく、あえなく湖の水の中へ追い落とされてしまいます。十分なご用心を!」
「うむ。あい分かった」
まあ、そのことは今日の行軍が始まる前から地図で確認し、事前に丘の上などへも抜かりなく斥候を放ち、安全の確保に万全を喫しておいた。
そして、その斥候たちからの報告でも、周囲に敵の姿はない。マールが言ったようなことは起きるはずもないのだ。
斥候たちの報告をマールも耳にしているはず、ただでさえ暑さでまいっているのに、役に立たないとわかりきっていることを一々言わずともよいものを。
兵士たちの目があるだけに、邪険にもできないのが苛立たしさをさらに募らせる。
とくにあのしたり顔は見ているだけで不快だ!
すっかり見慣れたツルツル頭に殺意のこもった視線を向ける。だが、彼奴め、それにも気が付いていない様子だ。
馬鹿らしくなって、視線を丘の方へ向けると、丘のふもと付近に広がる小さな森の中からちらちら金属が光を反射しているのが見える。
「あれは?」
指差すと、近習の者たちがすぐに確認してくる。
どうやら、森の中に敵兵が隠れているのではなく、丘の上を確認してきた斥候たちが涼しい森の木陰で休息をとっているだけのようだ。
「ほお、あの森の中はそんなに涼しいのか?」
「はい、そのようです、陛下」
早速、行軍を止め、休憩をとっている斥候たちを追い払い、少数の供回りの者たちと森の中へ分け入った。
「おっ、これはこれは……」
小規模な森だというのに、木陰の中はひんやりとしている。外の炎熱地獄から隔絶され、そよそよと涼風が吹き抜ける。気持ちいい。汗もひいていく。さすがに森は森ということか。
「陛下、どうぞ。湖から汲んでまいりました」
マールが頭上に捧げるようにして鉢になみなみと水を汲んでくる。
「なかなか気が利くな。うれしいぞ」
「はっ、陛下のおんためなら、わが身を粉にいたす所存」
「うむ、これからも期待しておる」
「ははっ」
白けた顔の近習たちから不快げな目を向けられたまま、どこまでも卑屈な態度をとりつつマールはそばを離れていった。




