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俺はすこし離れた小高い丘の上からカナーガッファ軍の動きを観察していた。
軍務大臣だったマールがかの国へ大量の機密資料を抱えて亡命したことを把握していた俺は、あの変態王太子に掛け合って、あらかじめ国境の砦から撤退命令を出してもらっていた。
おかげで、今回の攻撃での王国側の人的損失はなかった。
とはいえ、すさまじい威力だ!
帝国からの発注でファイヤーボールを発動する魔道具を大量に輸出したことがあり、この戦争で用いるとは予想していたが、これほどの威力とは……
だが、見るところ、今回の攻撃でその輸出した魔道具の半分を使えなくしてしまったようだ。
それにあの魔法陣を描くには、高位の魔術師数人がかりで大量の魔力を込めながら時間をかけてでないと作成は難しいだろう。そして、どうにか描き終えたとしてもそれらの魔術師たちは精も根も尽き果てた状態になり、体内の魔力が枯渇してしまうことになる。おそらく、消耗した魔力を回復させるには、この先半年以上も静養することを余儀なくなる。
つまりは威力はすさまじいが、さまざまなコストがべらぼうにかかる代物なのだ。
――こんなの何発も撃ったら、あっという間に国の財政なんて吹っ飛ぶな。
他国のこととはいえ、カナーガッファの民のこの先の苦難に同情を禁じえない。
苦笑しつつ、背後を振り返ったら、砦の守備隊長が白目をむいて、伸びていた。目の前でおきた出来事にショックをうけたようだ。
ま、仕方ない話だ。つい数時間前まで自分たちが守備していた砦が一瞬で灰になったのだから。もし、武人の矜持とやらで王太子の命令に背き撤退せずにあの砦を防衛していたとしたら……
他の守備隊の隊員たちも腰を抜かし、頭を抱え、涙を流して、燃え落ちる砦を眺めているしかない様子だった。
丘の上からはカナーガッファ軍の全軍の様子が見て取れる。
さすがに目の前であのような一撃を目にしては、敵の兵士たちはだれもが自分たちの勝利を疑うこともなく、動きが活性化しているようだ。
兵士たちの慌ただしい動きが見えるが、その足取りはどれも軽く、活発。
行軍の再開に向けた準備も順調なようだ。やがて、砦の惨状を確認しにいっていた斥候たちが戻って報告が上がってきたのか、全軍で勝鬨を一斉にあげると、カナーガッファ軍は王国領内への進軍を再開した。
先行して多くの斥候部隊が展開し、斥候部隊を統率する軽騎兵隊が先頭を進み、おびただしい数の主力の重装歩兵隊が甲冑の音を響かせながら、俺たちが隠れている丘の下を通っていく。その中にカナーガッファ皇帝のカールがまとう金色の鎧が、あたりにまばゆいきらめきをまき散らしながら通り過ぎて行った。
一瞬、俺たちの潜んでいる丘の上へ視線を向けてきたように見えた。おそらくは俺たちがここに潜んでいるのに気が付いているのだろう。
あの砦の惨状を俺たちに目撃させて王国へ報告させ、王国側の士気を落とそうというのか。
皇帝が通り過ぎた後、魔術師の一団が護衛の兵士たちに周囲を守られながら通過し、各種攻城兵器を引いた牛たちが重い足取りで通り過ぎて行った。目を凝らしていてわかったことだが、先の砦を攻撃したような台車がもう一セット軍の中にあるようだ。
まあ、この戦が長引くようなら、帝国内で再び魔法陣の描かれた石板が製作され、魔道具を集めた台車が作られるだろうが。とりあえずは、あともう一回あのような攻撃をカナーガッファ軍は撃つことができるということだ。
中盤の警護を担当する部隊が続き、さらに長い輜重隊がつらなり、そして、後詰の部隊が通り過ぎていく。
そんな彼らのだれもが、危険な他国の領内を移動しているというのに、勝利を疑ってもいない様子で、まるでカナーガッファ領内を移動してるかのような気楽な様子だった。
正直、この気が緩んだ様子を見ていると、兵を率い、地の利を生かして間道を通り、側面から奇襲を仕掛けたくなるのだが……
今ともにいる砦の元守備兵たちは、あの攻撃を目撃したせいですでにそんな戦意はない。
まあ、もっともこの先進軍途中にある王国側の各砦、駐屯部隊にはそれぞれの陣地を守ることを優先して、決してカナーガッファに単独で挑もうとしないように、王都から厳命が下されているから、この先もそのようなことは起きないだろう。
カナーガッファ軍は、各部隊間に伝令が頻繁に行き来し、進軍スピードのバランスをとり、お互いに離れすぎないように注意しているあたり、よく訓練されている。たとえ少人数で奇襲戦をしかけたとしても、すぐに前後の守備部隊が対応して、撃退されてしまうのを十分に予感させる。
さすが軍事最強を自負する国の軍隊というところか。
俺はカナーガッファ軍が丘の下を通過していくのを見送ってから、敵の強大さにすっかり怖気づいた様子の砦の元守備兵たちにまだ無事な国境の砦への移動を命じた。守備兵たちはうつろな目で俺を見上げ、特に反対の声を上げることもなく重たい足取りで森の中へ分け入っていく。
――さて、あの様子では何人の守備兵たちが命令通りに砦へたどり着けるだろうか?
もし、あの守備兵たちの全員がそのまま逃亡したとしても、だれも責められないだろう。ある程度予期していた俺にとってもあの砦の炎上の光景は衝撃だったのだから。彼らが受けたショックはどれほどだったか。いつか彼らが捕らえられ、軍法会議にかけられることがあったとしても、あまり重い処罰を受けないように、根回しをしておいてやろう。
憐みの気持ちを視線にのせて、俺は彼らの背が森の中へ消えるのをただ見送ったのだった。
最後に街道の方を一瞥し、俺は裏道をたどることにした。




