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 トントン――


 


 執務室のドアがノックされた。


 


「入れ」


「失礼します」


 


 ドアを開けて入ってきたのは、カールが即位する前から帝国に仕える大臣だった。その大臣は帝国の財政を担当しており、その職務にからんでカナーガッファ全体の経済運営のかじ取りもしている。


 入室してきた財務大臣の顔を見た途端、カールは露骨に顔をしかめた。それにもひるむことなく、財務大臣はまっすぐにカールの顔を見つめ返してくる。


 


「考えなおしていただけませんか? 陛下」


「くどい! これはもう決まったことだ!」


「しかし、この時期に多額の経費をつかって出兵をするのは、あまりに国庫からの損失が大きく。その上、経済にどのような影響がでるか計り知れず……」


「それがどうした。かの国を手に入れれば、損失の穴埋めなどたやすくできること。我が国の景気にだってプラスに働くだろう」


「し、しかし……」


 


 カールが先帝の父の後を継いで戴冠してから長い時間がすでに経っている。そのため、重臣たちのそのほぼすべてがカールが抜擢(ばってき)し、任命した者たちばかりになっている。だから、彼らはカールの意向に逆らうようなことは言わないし、しない。だが、そんな中で、ただ一人、この財務大臣だけは先帝時代から今も国に仕える老臣。カールといえども粗略には扱えない。


 これまでもそういう事情があって、カールはこの老財務大臣にだけは礼をつくして接してきたつもりだ。


 だというのに、こともあろうにこの財務大臣はこれから行おうとするウェスト王国への出征に先の閣議でただ一人反対したのだ。


 長年カナーガッファは高い経済成長を続けてきたというのに、近年その好景気に陰りが見え始めている。ここで多額の出費をかけて、軍を動かしてしまうと、物資や人手が戦争にとられ、経済に耐えきれないほどのダメージをもたらし、景気の底が抜けてしまいかねない。そのまま、本格的な不況へと突入しかねないというのが反対の理由だった。


 さらに、今、不況に入ると、これまで好景気に慣れていたカナーガッファの人々はパニックに襲われ、そのまま国を揺るがすような騒動にまで発展するかもしれない。帝国の存続すら危ぶまれる事態になりかねないと。


 だが、カールとしてはこうも思っている。


 


 景気が悪くなりそうなら、多額の軍事費を支出して、民間から各種軍需関連品目の調達を増やすことで、お金を落とし、景気を刺激して、経済を支えることができるだろう。


 


 カールと財務大臣の意見の対立は、他のカールの言いなりな重臣たちの存在もあって、すでに修復不可能なラインまで先鋭化しているのだった。


 


 いずれにせよ、この老いぼれめは、ウェスト王国を占領したのち、真っ先に更迭(こうてつ)してやる。


 


 そう心に決めていた。


 


「もういい、下がれ! ご老体の話はすでに聞き飽きた」


「しかし!」


「ええ、だれか、ご老体を別室にて丁重(ていちょう)おもてなし(・・・・・)してさしあげろ」


 


 近衛兵に連れられて、財務大臣は退室していった。


 


 


 


 次に、執務室へ現れたのは、


 


「よくきたな。マール」


「はっ、陛下」


 


 かつてはよく手入れの行き届いたひげ(・・)が自慢の男だったが、先週帝国内へ逃げ込んできたときには、そのひげ(・・)もなく、髪の毛も生えていない変わり果てた姿だった。帝国に保護されたのち、各種育毛剤や、魔法治療なども受けたようだが、まったく効果もなく、もはやこの男にはひげも髪の毛も生えることはないようだ。


 


 どこから、このような病気をもらってきたのだろうか?


 もし、この病気が空気感染する性質のものであったなら……


 


 カールは王冠の(ふち)からはみ出ている自分の髪の毛を触って、それが抜けることなくしっかり頭部に張り付いていることに安心するのだった。


 こびたような笑みを顔に張り付けて、マールがカールの執務机の前まで近づこうとする気配。おびえたカールは慌てて、片手をあげ、マールが執務室のドアの近くにとどまるように制した。そして、自分の中の恐怖心を悟らせまいと、虚勢をはり、必要以上に声を張る。


 


「軍から報告があった。そなたがウェスト王国から持ち込んできた大量の資料、大いに役立つようだ。近々行われる遠征のおりには、さっそく活用することになるだろう」


「はっ。それはなによりです」


「うむ。褒美をとらす。受け取れ」


 


 部屋の隅に控える従者に合図して、金貨で限界まで(ふく)らんだ袋を渡す。これだけあれば、カナーガッファで一生涯遊んで暮らしても、おつりがくるだろう。


 


「それと、確かめておきたいのだが、かの国には勇者がおられるであろう。そちらの方は本当に大丈夫なのだな?」


「はい、ユリウス殿下――勇者ユリウス様は現在、魔大陸近くの辺境地へと向かっている道中にあります」


「うむ。ならば、母国の危機を知って引き返してくることは……」


「おそらく、それはないでしょう。亡くなられたドナルド殿下が挙兵なされる前に、あらかじめ用意なされておられた辺境からの虚偽の魔族侵攻情報を受け取られ、すでに出発されたので。しかも、ドナルド殿下の手配で道中のユリウス様には王国からの情報が伝わらないような細工がなされております。今ごろ目的地の辺境に一刻でも早く到着できるようにと、いそいでおられることでしょう」


「そうか」


「そのあたりは、抜かりがないお方でした」


 


 マールは受けとった金貨の重みを確かめつつ、しんみりした顔を見せた。もっとも口元はほころんだままだが。


 


 ――器用な奴だ。


 


 金貨の袋を(ふところ)へおさめ、マールはさらに一歩前へでてきた。目が異様に光っている。その光に合わせて、毛のない頭部も――


 おもわず腰を泳がせて、逃げ出しそうになったカールに、マールが告げた。


 


「陛下、お願いがあるのですが?」


「うむ? な、なんじゃ? 今回の功績もある。ワシでかなえられるものであるならば、かなえてやらぬでもないぞ」


「ありがとうございます。では、お願いです。今回の遠征、私も連れて行ってもらうことはできないでしょうか?」


「なに? そなたが裏切ったウェスト王国への遠征だぞ? そなたの祖国を滅ぼす遠征だぞ? 本当に一緒に行きたいのか?」


「はい。ぜひに。その上で、王国に勝利したあかつきには、私に王国の姫を奴隷とし、ご下賜(かし)たまわれれば、この上ない喜びに存じます」


「王国の姫?」


「王女ミレッタです」


「……」


 


 マールは(くら)い欲望に目をぎらつかせて、カールに懇願(こんがん)している。


 これから滅ぼそうとする国の姫。噂では素晴らしい美女だとは聞いている。とはいえ、その王権の正統性を否定しようとするのだから、滅ぼしたあとには王族の地位をはく奪して、奴隷に落とすのが得策だろう。


 カールとしては噂に名高い美女に興味がないわけではないが、今回の功績に応じてマールに分け与えても問題はない。


 


 まあ、この手の噂というのは、()てして尾ひれがつき、実物よりも何倍も評価されて伝わるものだしな。まして王族ともなると、実物からかけ離れて伝わるものだ。


 また、もし仮に、本当に噂通りの美女で、ワシの後宮に入れるにふさわしいほどならば、こんな口約束などホゴにすればいいだけの話だ。


 


 それぞれの思惑(おもわく)を抱きながら、男たちは約束を交した。


 


 


 


 そのころ、とある離宮にて。


 


 ブルル――


 


「どうかなされましたか?」


「あ、ううん。なんだか今私のあずかり知らないところで、ロクでもない取り決めがなされた気がするのだけど?」


「えっと? それは、一体……」


「あ、ううん、いいわ。なんでもないわ」


「そうですか……」


 


 


 

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