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 マール軍務卿の指揮の下、軍によるクーデターが勃発したとき、ヘンリーは王宮の控室で王太子妃の父、つまり自分の義父である宰相と談笑していた。


 先ほどまで国王主催の私的な夕食会が開かれており、宰相ともどもそれに参加していたのだ。ほかにその夕食会に参加していたのは、ウェスト王国一の剣士としてもその名声が知られた近衛騎士団団長と、そして、王弟ドナルドだけだった。


 宰相も近衛騎士団団長も、もとは王太子時代の国王のそばで近侍として仕えていた人物。国王にとっては気心のしれた関係だった。それに、二人ともドナルドとも一定の関係を築いている。そのため、夕食会自体は、とても和やかな雰囲気のものだった。


 ただ、そんな中でも、ドナルドの態度はいつもの堂々としたものではなく、そわそわと落ち着きのないものに二人の目には映っていた。


 


「た、大変です! 先ほど王都郊外に駐屯していた第一軍団が反旗を翻し、王都南門前に集結しているもようでございます!」


 


 急報が入り、ヘンリーと宰相は顔を見合わせた。


 


「第一軍団ということは、マール軍務卿の直属の軍団ですな」


「マール軍務卿は? 軍務卿はどうしている? 日中には王宮で見かけたようだが。この反乱の首謀者なのか? 第一軍団とともに反乱に加わっているのか?」


「わ、わかりません。ただ、なにぶん夜間なのでもうお屋敷へお帰りになられて王宮内には軍務卿のお姿はお見かけしないようですが」


「ああ、それもそうか。なら、急ぎ軍務卿の屋敷へ向けて使者を走らせろ! 今回の異変を知らせて王宮へすぐに登城するよう命じろ!」


「はっ!」


 


 第一軍団の反乱をしらせに来た文官は一礼をするのも忘れて、転がるようにしてかけていった。


 


「どう思われます、義父(ちち)上?」


「うむ。なにゆえ、今の時期に反乱なのだ? 兵士たちになにか不満でもあったのか? それとも、だれかが反乱を起こすようにそそのかしたのか?」


「兵士たちの間で不満が充満しているなどという話は、これまで聞いたことはないのですが?」


「私もないですな」


「では、なにゆえ反乱など……」


 


 ヘンリーと宰相、それに近衛騎士団団長が集まり、顔をこわばらせながら話し合っている。そうしながらも、それぞれにチラチラとドナルドの方をこっそりとうかがっている。三人の間で、何が起きつつあるのか、口にしないだけで共通理解がありそうだ。


 ただ、そうやって様子をうかがわれている側のドナルドの方は、そんな三人からの視線にも気が付かず、さっきからずっと落ち着かない様子で部屋の入口あたりを気にしている。何かが起きるのを期待しているかのようだ。


 やがて、続報が入ってきた。


 


「マール軍務卿のお姿はお屋敷にもないようにございます。王都西門の守衛からの報告によると、夕方のうちにマール軍務卿を乗せた馬車が西門を通過したそうです。なお、王都東門の前にも第二軍団が集結しているもよう!」


 


「確定的だな」


「そのようですね」


「問題は、首謀者がマールだとして、その判断はマールだけのものなのか、ほかに共犯者がいるのか、それに反乱を起こすようにだれかにそそのかされでもしたかだな」


「今日、王都の近くにいた軍はどれぐらいある?」


「軍務大臣の動員で、第一から第三軍団までの三軍が王都近くのモンテ・ノゲ周辺で演習予定だったはずだが」


「となると、残りの第三軍団も反乱に加わる可能性があるのか」


「おそらくは」


「こちらの戦力は?」


「我の近衛騎士団のほかは、精鋭ぞろいの王都防衛隊、それに王宮警護隊が使えるぐらいか。だが、王都の各城門はこちらが掌握しておる。それだけあれば、三軍団相手でもなんとか持ちこたえられそうだがな」


「なるほど」


「問題は、今回の反乱に呼応するものが城内に現れないとも限らないことだ。外の反乱軍への対応中に行動を起こされると、対処できない。かなり厳しくなる」


 


 三人はそれぞれに今回の反乱に呼応しそうな人物を思い描いたようだ。


 


「まずは城内に非常事態を宣言し、外出禁止令を発令した方がよさそうだな」


「許可なく出歩く者は、反乱の共謀者とみなし、処罰することでいいでしょう」


「うむ。陛下、よろしいですか?」


 


 上座で黙って三人の話し合いに耳を傾けていた国王にうかがいを立て、鷹揚にうなずき返してくるのを確認した。


 この非常事態でも、とくに慌てる様子も見せず、泰然としている姿に、三人は自然と頬がほころぶのを禁じることはできなかった。


 


 ――内心では、相当(あせ)っているのかもしれないが、その姿を外にでさないのは、さすが陛下だ。


 


 それは三人の共通の思いであり、その姿に頼もしさを感じたのだった。


 一方で、


 


「なにをぐずぐずしておる。もうそろそろではないのか?」


 


 独り言を口にして、せわしなく部屋の入口の方へ視線を走らせつづける王弟がいる。だが、なにごとも起こらないことにイライラしている。


 


「しかし、なんなのだ、この部屋は、いつもより調度品が多いのではないのか? ここはいつから物置になったのだ?」


 


 ドナルドは心ここにない様子で、目についたことを口にし、文句をいう。


 


「すまないな、ドナルド。王妃が夕刻に部屋の模様替えをしたいといいだしたのでな。まだ、その途中だったのだ。明日の朝のうちには全部片付いているはずだ」


「なにも、こんな大変な時にそんなことをしなくてもいいではないか?」


「さすがに、まさか反乱がおこるとは王妃も我も思ってはいなかったのでな」


「……」


 


 聞きようによっては皮肉にも聞こえる国王の言葉を聞き流しつつ、不安そうに視線を泳がし続けるのだった。


 


 


 

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