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 影を伝いながら、東宮の外へ出る。


 まあ、この術があるのだから、いざとなれば、俺が王太子妃を抱えて逃げれば問題はないのだが。今回はそこまでする必要はないだろう。


 路地裏で影を出、軍の部隊が待機している通りの方をのぞきこむ。


 ちょうどおあつらえ向きに周囲を巡回して警戒の目を光らせている兵士の一団が近くを通りかかった。王太子妃が東宮の塀を乗り越えて逃げるのを警戒したり、近くに邸宅をもつ大貴族が私兵団を連れて、救援に駆け付けるのに備えた措置だろう。


 俺は足元に転がる石を拾い、兵士たちの先に向けて投げた。


 


 カチッカツカツ――


 


 石は少し先の通りで乾いた音を立てながら、転がっていく。途端に、


 


「なにものだ!」


 


 兵士のリーダーが誰何(すいか)の声を上げたのと同時に、兵士たちは石が転がった先を警戒するように陣を形成する。


 兵士たちが音の正体を見極めようとしている。だが、何事もおこらない。


 リーダーは近くにいた者に音の正体を確かめるように先へ進むように命じた。命じられた兵士は先へ進むが、もちろんなにも発見することはない。すぐに待機している仲間たちへ合図を送る。それを見て、ようやく兵士たちは警戒態勢を解き、再び動き始めた。


 俺の狙いはこの瞬間だった。音もなく背後にとりつき、最後尾にいる一人の兜を素早くとりさり、声を立てないよう口をふさぎながら、強引に路地の奥へ引っ張りこんだ。


 警戒態勢を解いて移動を始めた瞬間、完全武装の一団は大きな音を立てる。当然、その中で一人を路地に引きずりこむときに物音がしたとしても、自分たちが立てる音に(まぎ)れて気づかれにくい。


 路地に引きずりこんだ兵士は、(きた)え抜かれた大きな体で抵抗しようとしたようだが、その前に、俺の手刀を首筋に受けて、すぐにおとなしくなった。


 俺は気を失った兵士から装備をすべてはぎ取り、それを装着した。


 汗臭いが我慢だ。


 そのまま、影の中へ戻ろうとして気が付いた。この装備には魔法除けの護符が貼られている。おかげで影の中へもぐれない。


 俺はなるべく音を立てないようにしながら、路地を離れた。


 


 


 


 目指す先は、正門前の部隊。


 正規兵の鎧を着込んでいるから、部隊の中に入り込んでもだれも怪しまない。


 そのまま、部隊を指揮している隊長の近くまでもぐりこむことに成功した。


 隊長は待機中なので兜こそ被ってはいないが、よく手入れされた鎧を装着している。その鎧にも魔法除けの護符が貼られているのが見える。つまり、直接魔法でどうにかするというわけにはいかないようだ。まあ、正規兵の標準装備だから当然なのだが。


 となると、できるだけ近くまで接近して、力押しで取り押さえるしかない。だが、たとえそれに成功したとしても、周囲にいる部下たちを制圧するのは難しいだろう。


 となると……


 ポケットに手をいれて、薬瓶の手触りを確かめる。


 


 念のため、持ってきておいて正解だったな。


 


 本部ビルへ襲撃をかけてきた部隊が使っていた眠り薬だ。効果は十分だろう。


 俺はそれを取り出し、気づかれないようにそっと上空へ放り投げる。そして、空中にあるうちに魔法でその瓶を粉々に砕いた。


 風もない中、眠り薬は、音もなく隊長たちがいるあたりへ降りかかり……


 最初に隊長の右隣にいた兵士がふらふらと上体を揺れさせはじめる。そして、すぐに倒れた。さらに右隣の者がそのあとに続く。さらにさらにその近くの者が……


 つぎつぎに兵士たちが倒れていく。倒れた兵士たちが被る兜の中からはいびきのような異音が聞こえてくる。


 思っていたよりも強力な眠り薬のようだ。


 


「敵の襲撃か!? これはっ! 眠りぐ――」


 


 すばやく警戒の声を上げた隊長だったが、結局、その隊長自身も気を失い、その場にくずおれるのだった。


 たちまち周囲が騒然となる。すこし離れた場所にいて無事だった兵士たちは、何が起こったのかわからず、棒立ちになったまま動けない。


 その間に俺は息を止めながら、真っ先に隊長のもとへ駆け寄った。ちゃんと眠っていることを確認し、そのまま意識のない体を担ぎ上げた。周囲にさけぶ。


 


「急病人だ! 急性の伝染病だ! どけっ! 道を()けよ! 触れるとうつるぞ!」


 


 俺の行く手をさえぎるものは誰もいなかった。


 何度も何度も同じことをさけぶ。


 


「急病人だ! 急性の伝染病だ! どけっ! 道を()けよ! 触れるとうつるぞ!」


 


 そのまま、部隊の真ん中を突っ切っていく。正門の方へまっすぐに。


 すぐに正門の前に飛び出る。その途端、まるで待っていたかのように門が開いた。意識のない隊長の体を担いで東宮内へ飛び込んだ途端、俺の背後で再び正門が閉じられた。


 


 


 


「まさか、本当に捕まえてくるとは思わなかったぞ」


 


 あきれたように東宮警護隊の隊長がこぼしている。


 受け取りに来た兵士たちに担いできた隊長の身柄をあずけながら、俺はあちらでなにをしてきたか話した。俺の話を聞きながら、隊長の顔色がどんどん紅潮していく。話し終わると、間髪入れず、


 


「馬引け! 正門側の兵たちは集まれ! 槍を構えよ!」


 


 隊長は大声で周囲に叫ぶ。すぐに集まってきた兵士たちに馬上から声をかけた。


 


「これから門を出て奇襲を行う! 今この時しかない! 外の逆賊どもを蹴散らすぞ!」


 


 オオーーーーッ!


 


 それから、警護隊員たちは、(とき)の声を上げながら、正門を飛び出していった。


 


 もちろん、俺もぼやぼやしていたわけではない。


 さっさと装備していた武装を解き、物陰の中へ飛び込む。


 そして、影を伝いながら、正門前に陣取っている部隊の後方へ移動した。


 隊長を失ったとき、本来ならその代わりを務めるはずの副官たちも眠り薬の巻き添えをこうむってまともに指令を出せていない。門が開いて警護隊が突撃してきても、兵士たちが個別に応戦するだけで組織だった抵抗ができていない。それでも、人数では圧倒的に上回っている。すぐには崩れそうにはない。


 しかも、時間が経てば経つほど、敵側は今の動揺から立ち直って戦線へ戻っていくだろう。いずれは警護隊の方が押し戻される。


 建物の陰に隠れた俺は正門前に陣取る部隊の全員が聞き取れるような大声を出した。


 


「後方から敵襲! 後方から敵襲! 敵の方が人数が多いぞ! すでに隊長たちは逃走した! 俺たちも逃げないと挟み撃ちにあって殺されるぞ!」


 


 それに応えるように警護隊の隊員たちも口々に叫んでいる。


 


「こちらの味方が到着したぞ! お前たちを挟み撃ちだ! 覚悟しろ!」


 


 もともと演習名目でかり出された兵士たち。まさかそのままクーデターに参加させられるとは思ってもいなかった。


 そのせいで、あまり士気が高いとはいえない。そこへこの奇襲と流言。しかも、隊長たちの逃走が本当であるかのように、上からの指令はさっきからまったく下りてこない。あきらかに警護隊からの攻勢に押されている。


 崩れるのは早かった。


 正門前の兵士たちは、我先にと逃走をはじめ、あるいは、つぎつぎに武器を捨てて警護隊に投降していった。


 結局、警護隊側にもクーデター部隊の側にもほとんど人的被害が生じないうちに、この東宮前の戦闘は終結したのだった。


 警護隊側の圧勝劇だった。


 


 


 

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