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 俺は階段を下りていき、一階の玄関ホールに足を踏み入れた。


 壁のスイッチを押し、天井の照明の魔道具に明かりをともす。


 明るくなった玄関ホールには何十人もの気を失った人間たちが折り重なるようにして倒れている。


 まずは薬で眠らされている守衛たちを回復魔法で目覚めさせ、彼らの手を借りて気を失っている侵入者たちを縛り上げた。


 侵入者の一人が薬瓶を持っていた。おそらく守衛たちを眠らせた薬剤の予備のようだ。


 侵入者たちの顔を覆っている覆面をはぐと、やはり軍部の人間のようだ。リーダー格の男には見覚えがある。以前、あのおバカのお供をして何かのイベントに出席したときに、軍部のマール将軍も来ており、その近くに控えていた護衛の軍人だ。


 だとすると、マール将軍直属の部隊なのだろう。この襲撃はマール将軍直々の指示で実行されたとみて間違いなさそうだ。


 マール将軍といえば、王弟ドナルド殿下の派閥の中心人物のひとり。そんな人間がこんな荒っぽいことを企てる?


 普通ならむしろ王弟派の悪行になってしまって、ドナルド殿下に不利な働く。そんなことはマール将軍だってわかっているはず。なのに、なぜあえてこんなことを?


 これはつまり、今、こんなことをしたとしても大丈夫な状況になっている。あるいは、なりかけているということか。


 それが意味するのは――


 


「クーデター!」


 


 思わず口からこぼれた言葉にハッとした。まあ、予想の範囲内ではあるが。


 


「さて、これからどうするか?」


 


 この先のことを考えながら、見えている階段の近くの壁にかかっている絵画をひっくり返した。そこには魔道具が一つ仕込んであり、指定した近くの壁に二つの幻影を生み出している。


 一つは頑丈な壁に階段の幻影を。もう一つは逆に本物の階段に壁の幻影を生み出している。


 そんなこととは知らない侵入者たちは見えている階段に突っ込んでいき、文字通り壁に頭から激突していくことになった。そして、壁に向かって閃光弾を投げれば、すぐに見えない壁に当たって足元へ跳ね返ってくるのは当然なこと。


 


 うん、この試作品の防犯用の幻影魔道具はうまく役に立ってくれたな。


 


 ほくそえみながら、魔道具のスイッチを切った。


 


 


 


 守衛たちに、捕まえた侵入者たちを地下倉庫へ運び監禁しておくよう指示してから、俺は本部ビルを飛び出した。向かうのは東宮。あの変態王太子のもとだ。


 もうすぐ東宮の正門が見えてくるというところで、前方から物々しい音が聞こえてきた。


 物陰からのぞくと、武装した軍の部隊が東宮の正面に陣取り、いつでも東宮に突入できる態勢を整えながら待機している。


 対する東宮の方は、門をピタリと閉ざしている。東宮の建物の明かりはすべてともされており、それに照らされた人影が慌ただしく行き来しているのが俺がいるところからも見て取れる。


 いずれにせよ、一触即発の状況だ。


 俺は影の中にもぐりこみ、影を伝って東宮の内部に入り込むのに成功した。


 東宮内部では東宮に仕えている者たちが右往左往しており、パニックになっていた。


 ちょうど、近くを顔見知りの執事さんが通りかかったので、声をかける。


 


「ああ、これはスミスどの」


 


 本来なら、案内も()わずに東宮内に入り込んでいるのだから、とがめられるべき状況のはず。だが、執事さんも混乱しているのか、なにも言わない。


 


「王太子殿下はご無事か?」


「ちょうど折あしく殿下は王宮の方にいらっしゃいましたので、ご無事かどうか……」


「そうか、王宮の方か」


 


 今ここ東宮内に王太子は不在だ。正門前の軍隊が無理に突入しようとしないのは、無駄足になることを先刻承知だということか。


 それに、さすがに外の部隊に比べて数は多くはないが、東宮にだって警護のための精鋭部隊が存在している。外の部隊が突入してくれば、無傷というわけにもいかないだろう。


 今東宮内には、ヘンリー王太子が不在だとはいえ、その妃の王太子妃が奥にいる。東宮を占拠するだけでなく、その身柄を押さえるのが外の部隊の目的だとみて間違いない。


 東宮警護隊の隊長のもとへ向かった。


 東宮の前庭を見回せる二階バルコニーに隊長は陣取って、警護隊の指揮をとっていた。


 正門を挟んで外の軍隊と警護隊がにらみあっている状態だ。


 


「だれだ、貴様!」


 


 二階のベランダに顔を出した途端、厳しい声をかけられる。


 


「怪しいものではない」


「いや、十分に怪しいだろ!」


 


 見ると、隊長の耳に歯形のあとが見える。


 俺は隊長に見えるように変態王太子に噛まれた方の耳を向ける。


 それだけで理解したようだ。


 俺の耳にも歯形が見えるはずなのだから。


 


「状況は?」


「ああ、あまりよろしくはないな。相手は完全武装だが、こちらは警護任務用の装備しか身に着けていない。その上、人数が大幅に少ないわけだしな」


「絶望的な状況か」


「まあ、そういうことだ」


 


 隊長は豪快に笑った。どこか楽しんでいる様子にさえも見える。あの変態が信頼を寄せているだけのことはあるのだろう。


 


「相手からの要求は?」


「妃殿下の身柄の引き渡しだ。期限内に引き渡しがなければ突入してくるつもりらしい」


猶予(ゆうよ)時間は、あとどれぐらいだ?」


「あいつらは最初一時間といっていたが、すでに三十分以上たっている」


「あまり時間はないな」


「ああ、そうだ」


「妃を逃がすことは?」


「ここだけでなく、各門の前にも部隊が配置されているし、秘密の地下通路の出口は軍基地につながっている。あっちの指揮をとっているあいつもそれぐらいは把握しているだろう」


 


 どうやら正門前の相手の部隊の隊長のことを知っているようだ。なんでも士官学校時代の同期だという。そこで、その外見をきくと、詳しく教えてくれた。


 


「そんなことをきいて、どうするつもりだ?」


「なあに、ちょっと捕まえてこようかと思って」


「捕まえる? どうやって?」


「ふふふ、まあ、見てればわかるさ」


 


 そうして、俺は二階のベランダから下がっていった。


 


 


 

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