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 先日、王太子妃の流産計画が発覚した。


 未遂のうちに実行犯の兄妹は秘密裏に拘束され、処罰された。だが、その犯行に王弟ドナルドが関わっていたという決定的な証拠がなにかあったわけではない。


 捕まった犯人に指示している現場にたまたま居合わせた俺が、たまたま盗み聞きしていただけでしかない。そんなの公式な証拠にはならない。一応、東宮内の兄妹の部屋や実家などにも家宅捜索が行われたが、犯行命令を記した書類などが見つかるわけもなかった。


 そんな決定的な証拠が皆無(かいむ)といっていい状況ではこの国の王位継承権をもつドナルド殿下を処罰するわけにはいかない。


 結局、首謀者である王弟ドナルドは、おとがめなしに終わった。だが、まさかこれで改心して、玉座への野心をあきらめてしまうなんてことにはならないだろう……


 つぎに打つ手をなにか考えて、実行してくるに違いないのだ。


 どんな手を打ってくるだろうか?


 


 俺はいろいろ予想し、それぞれへの対処方法を王太子に進言しておいたのだ。


 


 このまま何事も起きなければいいのだが……


 


 だが、それは起こった。


 


 


 


 その日の深夜、魔道具技術の公開以来、急激に増えた仕事に忙殺されたあげく、俺は商会の執務室で仮眠をとることにした。


 すでに業務を終え、守衛以外だれもいない本部。物音ひとつしない。


 仮眠用のベッドはマットレスも硬く、毛布も薄い。決して寝心地がいいとは言えない。だが、それでもしっかり熟睡(じゅくすい)できるのは、すっかりあの冷たい監獄(かんごく)の石造りのベッドに慣れてしまったせいだろうか。


 本来なら知らなくてもよかったはずのあの冷たい感触。


 この無茶苦茶な運命が呪わしい。いや、呪われているのは俺の方か……


 せんのないことを夢かうつつのはざまの中で考えながら、横になっていたのだが。


 ふいに胸の奥がざわついてきた。


 何かがおかしい。何かが普段の様子と異なる。


 目が覚めた。


 しばらく天井を見つめながら、周りの気配を探る。


 


 これは……?


 


 探知した気配は外からだ。


 近くの路地や物陰に隠れて、商会本部ビルの前の通りをうかがっている集団がいるようだ。それも本部ビルを挟むようにして、通りの両方から。


 それぞれ二十人ほどで構成されている集団。強盗のたぐいにしては人数が多すぎる。それにこの気配はきちんとした訓練を受けたものに特有のもの。夜盗のような犯罪者集団が持っているような無秩序で雑然としたものではなく、しっかりと統制がとれたきびきびとしたもののようだ。


 


 軍人か?


 だが、なぜ軍がここを?


 


 まあ、大して考えなくても、軍がスミス商会の本部ビルを狙う理由なんてすぐに思いつくのだが。


 おそらくは魔道具技術に関しての資料を探したいのだろう。


 俺たちは魔道具技術のあらましを公開したのだが、彼らにしたら公開された内容が俺たちの持っている魔道具技術のすべてではなく、それ以外にもなにかもっと重要な秘密を隠しているのだろうと疑っているのか。


 まあ、あの魔道具技術では攻撃魔法用として使い物にならないのだから、そう疑うのも当然だろうな。俺たちはわざと攻撃魔法用の魔道具技術を公開せず、自分たちの手元に置いていると。もしかしたら、その技術を高い値をつける国へ売りつけようと算段しているとも疑っているのかもしれない。


 もし、そのまま攻撃用の魔道具技術が外国へ流出するようなことになったら……


 うん、夜襲をかけてでも奪いにくるのは納得できないではないな。


 だとしても、なぜこのタイミングなのだろうか?


 そういう疑いを持つのなら、まずは探りを入れてからだろうに? 本当にそのような技術が存在するのかどうか確かめようとするものではないだろうか? すくなくとも存在している可能性がどれぐらいあるのかぐらいは見積もるのでは?


 その上でまずは公式のチャンネルを通じて接触してくるものだ。さもないと多方面で余計な軋轢(あつれき)が生じて、たとえ首尾よくそんな技術を手に入れたとしても、この先、身動きがとりにくくなってしまうだろう。


 だが、把握している限り軍からのそういう接触は今までなかった。なのに今軍人たちがこの本部ビルへ夜襲をかけようとしている。これは一体? 手順を踏まないのはなぜだ?


 


 考えこんでいるうちに、本部ビルをうかがっていた集団がいよいよ行動に移ったようだ。


 短い笛の音を合図に本部ビル前へ一斉に殺到し、正面ガラスドアを蹴破って、荒々しく中へなだれ込んでくる。みな一様に無言のまま。


 突然のことで驚いている間に守衛たちは、無力化され、玄関ホールは侵入者たちに占拠された。


 覆面で顔を隠している侵入者たちはよく訓練された様子で、言葉を発することなく、リーダーの手ぶりの合図だけで奥に見えている上階へつづく階段へ向かう。だが、すぐには階段に足を踏み入れずに、一度階段の両脇に待機して上から誰かが下りてこないかを確認。だれも下りてこないと判断してからそこにある階段へ先頭が飛び込んでいった。


 


 ガツンッ


 


 人体から聞こえてはいけないような鈍く大きな音が起こった。最初に階段へ飛び込んでいった者からだ。


 直後にその者が弾かれたように背後に吹き飛ぶ。


 運悪くよけきれなかった後続が巻き込まれ、下敷きにされて、仲良く床にのびる。


 他の者たちは、突然のことで目を()いて驚いたようだが、そこはよく訓練された軍人たち、すぐに警戒するように階段の脇に身を隠した。再度、そこから階段に向けて気配を探る。だが、階段からは殺気(さっき)のようなものは何も感じない。それどころか脅威になりそうな動きもみあたらない。まるで何者もそこには(ひそ)んではいないかのようにひっそりしている。なのに、さっき先頭に飛び込んでいった者は階段から弾き飛ばされて、今も床にのびている。


 自分たちに敵対する何者かがいるはずなのだ! 自分たちが階段へ進出しようとするのを阻止しようとしている者が(ひそ)んでいるはずなのだ!


 侵入者たちは素早く判断し、次の行動へ移った。用意していた手投げの閃光(せんこう)弾をとりだし、階段の脇に隠れたまま、階段の上へほうりこんだのだ。なに者がそこに隠れていようともこれで無力化できるはずだった。


 だが……


 侵入者たちが投げ込んだ閃光弾は階段の手前で壁に阻まれたかのように跳ね返り、鈍い音を立てて侵入者たちの足元へと落ちた。と同時に、


 


 ピカッ


 


 発生した強烈な光の直撃をくらって無力化されたのは、侵入者の方だった。


 閃光弾の明かりが消え、玄関ホールに再び暗闇が戻ってきたとき、そこにはもうだれも動けるものはいなかった。


 


 


 

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