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と、なにか思いついたようで、
「なるほどな…… ならば、我が国も同様の政策をとれば――」
「あ、それはあまり良策ではないかと」
即座に否定したものだから、かすかにムッとした表情を浮かべた。
「なにゆえだ?」
「かの国は、製造業の多国籍企業が多いため、主な生産地と主な販売地が国をまたいで分かれてしまっています。この生産と販売の分離のせいで、代金のやり取りがうまくいかなくなっているのです」
「うむ」
「ですが、我が国ではそれほど製造業の多国籍企業は多くありません。むしろ、ツ・ルーミをはじめとする製造業の大企業が多い国々の商品を輸入して販売する割合の方が多い国です。もちろん、それだと一見出ていく分の輸入代金が多いように思われますが、先ほどから説明している生産と販売の分離のおかげで、我々が払った輸入代金は国内から出ていくことなく、国内でたまり続けていることになります」
「なにっ!?」
驚いているようだ。だが、ツ・ルーミが輸出代金を十分に回収できていないなら、必然的にそれは輸出先でとどまり続けているということになる。
ツ・ルーミの主要な輸出先はカナーガッファ帝国だが、我が国も主な輸出先の一つだ。
「それらの輸入代金は、企業内で遊ばせておくわけにいかず、その国で運用されることになります。つまり、不動産を買ったり、新興企業の株式を購入したりなど、我が国の国内へ資金の投入がなされます。そうして、我が国の景気の底上げがなされているのです」
「……」
「もちろん、この姫様の政策がうまくいったなら、それらの効果が弱まる、あるいはなくなってしまい、景気の下支えの作用が弱まる可能性を秘めているので、あらかじめ対策を検討しておかれることをおすすめします」
「わ、わかった……」
「あ、それと、このことに関してですが、ツ・ルーミの最大の輸出国は、我が国ではなくカナーガッファ帝国です。つまり、我が国以上に、カナーガッファ帝国が受けるダメージが大きくなるということです。かの国は、長期の停滞にあったツ・ルーミと違い、これまで長期の好景気を享受してきた国ですが、一方で、その期間ずっと軍事の強化に資金を投入しつづけていた国でもあります」
「さよう」
「そのような国で、国を支えていた経済成長が低迷しはじめたなら何を始めるか……」
なにかに思い至ったのか露骨にいやそうな顔をしている。言いたくないことを言わなくてはならないかのように、絞り出すようにしてうめいた。
「……戦争か?」
「ええ、その可能性が高いかと。そして、その際に最初に狙われるのは――」
「カナーガッファ帝国の南に位置する我が国か……」
「おそらくは。我が国の西隣のフォッドギア王国や南隣のイーソゴ王国の王妃たちはカナーガッファの皇帝の娘です。南西のサウス王国にはフォッドギア王国へ嫁いできた王妃の産んだ王女が嫁いでいます。つまり、カナーガッファ皇帝の孫娘になります」
「それらの国々が一斉に襲い掛かってくると……?」
「おそらくは」
「わかった」
「それと――」
「まだあるのかっ!?」
「ええ、我が国においても、王弟ドナルド殿下のご息女がカナーガッファ皇帝の第三王子と婚約されていることはお忘れなきよう」
「そうであったな…… わかった……」
そうして、変態王太子は顔を曇らせて、けだるげに椅子の背に体を預けるのだった。
「叔父上といえば、先日知らせてもらった件だが」
例の懐妊した王太子妃に一服盛って流産させようとしている件だ。なにか進展があったのだろうか?
「おぬしが盗み聞きしていた時に叔父上と話していた者だが、その妹が我が妃の側に仕えておって、先日兄妹そろって、身柄を拘束し、尋問したぞ」
「なにか話しましたか?」
「ああ、すぐに観念したようで、洗いざらい話しおったわ。あやつらの父親が叔父上に関係する者から多額の借金をしておって、その返済の免除と引き換えに我のもとでスパイ行為を長年働いていたようじゃ」
「なるほど……」
「で、命じられるままに妃に一服盛ろうともしたようじゃが、結局、妹の方が良心の呵責に耐えきれず、踏ん切りがつかないまま、実行をためらっているうちに、捕まってしまったようじゃの」
「そうですか。それなら、ひとまず安心ですね」
「うむ。そのあと、叔父上にも問いただしたが、例のごとく『知らぬ存ぜぬ』とのらりくらりと逃げられてしまった。王族同士のトラブルなだけに、それ以上強く詰問するわけにいかずに、結局、この話はうやむやに終わりそうだな」
「……」
これがもしあのおバカが絡んでいた話だったら、それこそ問答無用で王弟殿下の命をとっただろうな。
その点、良識人な王太子だったから、王弟殿下も命拾いしたところだろう。
「ともあれ、あの兄妹は東宮から遠ざけられることになった。本来なら、王太子妃に毒をもって流産させようとしたのだから、極刑も免れないところだったが、未遂だったうえに、背景に王族間のトラブルも絡んでいて、事件として公表するわけにもいかぬから、そういう措置でとどめることになった」
「なるほど、教えていただきありがとうございました」
「うむ。ほかにも同様の問題を抱えているものが東宮内にいるかもしれんから、極秘に身辺調査をさせておるが、今のところ見つかってはいないようじゃ。とりあえずは安心なんじゃが」
「私の方でも、なにか気になることがないか調べておきましょう」
「頼む」
「はい。お任せください」
「まあ、何も知らない妃は、急に自分の身の回りから信頼していた侍女の一人がいなくなって、戸惑っておったようだがの」
「今はお体お大事の身。余計なことはお伝えにならない方がよろしいかと」
「当然じゃな」
そうして、王太子は苦そうに紅茶をあおるのだった。
「それはそうと、そろそろおぬし、我に例のことを話そうという気になったかの?」
「いいえ、全然」
そのあとは、例によって例のごとく、
自白剤だの、身近にいるだれか大切な人間に毒を盛って、解毒剤と引き換えに――
などなど、くだらないたくらみを散々聞かされたあと、俺は東宮を辞した。
それからほどなくして、魔大陸に近い、辺境の地から魔族が暴れまわっているという連絡が飛び込んできた。
当代の勇者であるユリウス王子はその報を受けて、間を開けることなく、辺境へ旅立っていった。
もっとも、一度サクラギ離宮へ顔を出して、あのおバカに今回の件についてなにか知っているかと質問していったが。
だが、あのおバカは何も知らないと首を振るばかりだった。
同席していた俺の目にもユリウス王子の目にも、あのおバカが嘘をついているように到底みえなかった。
「そもそも、私がそんな意味のないこと命じるわけないじゃない!」
散々、大した意味もなく国王暗殺計画とか立てまくっている口でそんなことを言った。




