24
「それで、これはどういうことなんだ?」
東宮へ顔を出した俺に、さっそく変態王太子が質問してきた。
いつもの庭の四阿。
先日、あのソフィア王女が諸国訪問を終えて、母国ツ・ルーミへ帰還した後、例の奇妙な政策を発表した。
ヘンリー王太子は、そのことについて、俺に質問しているのだ。ソフィア王女側からこの政策に関して、俺が関わっていることを事前に聞いていたのだろうか。
「この政策の狙いはなんなのだ? 私には無意味だと思うのだが?」
さっそく、ソフィア王女たちにも示した図を描いて、説明する。
「なるほど……」
「かのツ・ルーミ国は『越冬四十年』と呼ばれる長期の停滞期にあり、長く経済成長ができていないわけですが、実は、企業ごとで見ると、この四十年間、どの大企業も毎年のように過去最大売り上げを記録し、過去最高益を生み出しつづけているんですよ」
「なに? そうなのか?」
「ええ、ツ・ルーミといえば必ず名前がでるあの企業は四十年前当時でも大企業で年間七兆Gもの売り上げをあげていましたが、今年の決算ではそれが四十兆Gに手が届くあたりにまで伸びています。同じような事例がゴロゴロとあり、中には四十年前と比べて百倍だとか千倍だとかになっている企業もあるんですよ」
「……」
「つまり、ツ・ルーミは他の国から『越冬四十年』とバカにされることもありますが、それは国全体の経済での話で、擁している企業群に対してはまったく当てはまらないのです」
「なんと……」
「この長い期間にわたって、企業が急成長を遂げているのに、国の方は停滞し続けるというようないびつな状態になっているのです」
ヘンリー王太子は、何やら考え込んでいる様子。
「つまり、かの国は、せっかく国内の企業が急成長しているというのに、その成長を国の発展に取り込めていないということなのか」
「ええ、その通りです。ちなみに、このような状況は、地球と呼ばれる異世界においては似たような状況にある国の名前をとって『日本病』とよばれています」
「ふむ、なるほどな」
どうやら理解したようだ。だが、
「だとしてもだ。あの政策は一体どういうことなのだ? なにゆえにあのようなことになっているのだ? 我には理解不能なのだが?」
「ああ、それは簡単な話ですよ。王太子殿下もご理解なされたように、企業の成長をとりこめていないなら、それを取り込めるようにしましょうという話です」
「というと?」
「まずは、『敗北宣言』で国の経済成長は政府や中央銀行側だけが努力しても実現はむずかしいことを示し、企業側に自分たちがとっている行動が、必ずしも国のためになっていないかもしれないと認識させるんです」
「ふむ」
「もちろん、各企業の経営者たちは、自分たちの企業の成長こそが人々の雇用を生み出し、商品の価値を作り、人々を富ませ、ひいては、国の発展に貢献するものだと思っていますし、そう信じています。だれも、自分たちの行動で国の発展を損ねようとは考えていません。ですが、さっきの図のように、結果的に、彼らの行動はかならずしも国の発展に結びついていないのです」
「良かれと思って行ったことが意図せず悪い結果に結びついているということか」
「ええ、その通りです。このような状況は『合成の誤謬』と呼ばれています。たとえば、景気が悪くなりそうだと人々がそれに備えて貯金を増やすというような生活防衛行動をとると、かえって消費が低迷し、物が売れなくなり、景気が本当に悪くなってしまう例がよく知られていますね」
「なるほど」
「各企業の経営者たちに、自分たちの行動がかえって国を損なっていることを認識させ、国に真に貢献するにはどうすればいいかを考えさせる。そして、その行動をとるように促す。それがあの政策の意図していることなんです」
「ほお。わかった」
「そういうことをせずに、これまで通りの財政政策だとか金融政策だとかをつづけても、なんの効果もえられることはないですね」
完全に理解したようだ。大きくうなずいている。
「ふむ、なるほど、なるほど。では、この政策がうまくいったとしたら、かの国はどのように変化することになると、おぬしは予想しておる?」
「おそらくは、あの図におけるツ・ルーミとカナーガッファの立場が入れ替わるのではないかと」
「ほお、それは具体的にどのように?」
「ツ・ルーミの各企業は、門外不出の秘匿すべき技術が用いられた主要部品の製造と、これからの企業の成長に欠かせない技術や商品開発などの部門はこれまで通り国内に残すでしょうが、それ以外の外部から十分に調達可能な部材などはその比率を高めることになるでしょう。さらに、秘匿すべき技術がほとんど使われていない部品の製造にいたっては積極的に海外移転していくことになるでしょう。そして、それらを世界各地から集め、組み立てる工場を販売地の近く、おそらくカナーガッファ国内に建設し、ツ・ルーミへ逆輸入する割合を高めていくことになると思われます」
「つまり、さっきの図の矢印の向きが逆になるということだな?」
「ええ、その通りです。そうすることで、ツ・ルーミが輸出分の損失をうけることを回避できます」
一呼吸おいて続ける。
「まあ、そういう結末が予見できているのであれば、わざわざあのような政策をとらずとも、最初から企業が最終組み立てを国内で禁止するという方法もありますが、正直あまりお勧めしかねますね」
「それは、なぜだ?」
「一つはそうするにはその国に関りがある国内外すべての企業の活動を詳細かつ網羅的に把握する必要があります。そのために生じるコストや企業の負担などを考えると、膨大すぎて現実的ではないでしょう。さらに、政府が規制を敷いて企業行動を決めてしまうと、思考の固着がおきて、柔軟な発想ができにくくなります。それはチャンスを逃すことにつながります。そして、当局側にとっては運用が難しいってところもネックになるでしょうか。たとえば、完成品を輸出販売している企業が完成前の途中の部材をも輸出販売していたとしたら、なにをもって最終組み立て品とするのかなどの問題ですね」
すこし途方に暮れたような顔をしているが、まあ、これに関しては理解できずともよい話だ。
「なんにせよ、このやり方はあまりおすすめできません」




