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劇団長は庶民用の座席のあたりで見つかった。
劇場の支配人と一緒だ。
ふたりして、座席に座り込んでいる男の肩を揺さぶっている。ふたりとも困り顔だ。
「どうしました? なにかありましたか?」
「ああ、スミス様。いえ、その」
そういえば、このあたりの席は、さっきあのおバカがいたあたりだっけ……
「このお客様が全然目を覚まさないので」
「目を覚まさない?」
「大声で怒鳴っても、体をゆすっても、何をしても眠ったままなんですよ」
「それは、さっきの演目があまりに――」
顔に大きな傷がある劇団長に『なにか?』という目で強く睨まれてしまった。ちょっと迫力がある。
ごまかすように咳ばらいをしつつ、
「なら、私がやってみましょう」
「お願いします」
その眠っている男、悪夢を見ているようで、盛んにうめいているが、それでも全然起きそうな気配はない。
一目見てわかった。眠りの魔法がかかっている。あの魔王の仕業だ。
なにかあの魔王を怒らせるようなことをしたのだろう。
これが呪いとかだったら、俺に解呪するのは無理だったが、幸い魔法なら何とかなりそうだ。
俺は二人に気づかれないように、口の中で小さく魔法解除の呪文を唱えながら、懐から気付け薬の小瓶を取り出し、眠っている男に嗅がせた。
途端に、
「ぎゃぁあああああーーーー!! こ、殺さないでくれぇーーーー!!」
思わず三人とも両手で耳をふさぐ。
目覚めた男は、しばらく大きく叫びながら両腕と両足をバタバタさせてから、スイッチが切られたみたいにだらんとなってしまった。
もううめいてはいない。
「気絶しちゃいましたね」
「すまぬ。起こそうとしただけだったのだが」
「とりあえず、裏口にでも運んでおきましょう。目が覚めたら、自分で帰るでしょう。この気候なら、風邪をひく程度ですむでしょうし」
というわけで、気を失っている男の体を三人で裏口の外へ運んだ。
「ああ、そうだ。団長、さっき奥さんが呼んでいたぞ」
「えっ? それは大変だ! 妻を長く待たせたら、機嫌を悪くしてしまう!」
劇団長はバタバタと楽屋の方へかけていった。
「団長も大変だな。あんな癇癪もちの女を連れ合いにして」
「ははは、まあ、本人はそれなりに幸せなのでは?」
「私には耐えられないな。あの顔の傷だって、役作りのために描いたってわけじゃなく、先週本当にあの奥さんに引っかかれてついたらしいですぞ」
「……」
支配人の裏話に苦笑をうかべるしかなかった。
「スミス様、もうよろしいのですか? ご用はお済みですか?」
声をかけられたので、振り返ると、さっきの付け人の女が立っている。男装し、荷物を足元においている。
「それでは、支配人、また後日」
「はい、スミス様、いつでもお待ち申しております」
それから、待っていた男装の女の方を向いて、
「では、向かいましょうか」
「はい」
俺は脇の路地で待機していたスミス商会の馬車を呼び寄せる。そのまま付け人の女と乗り込んだ。
しばらくして、俺たちの乗った馬車は王都の南門近くにある俺の邸の門前にとまる。
すぐに中から門番たちが出迎えきて、中に乗っている俺の顔を確かめる。
「おかえりなさいませ、ご主人様。先ほどからユリウス殿下がお見えです」
それへ『わかった』というように軽く手をあげてから、門を通っていく。
ひろい前庭の中の道に沿って馬車は玄関前の車まわしでとまり、中から”俺”が下りていった。
そのまま慣れた軽い足取りで屋敷の中へ入っていく。
屋敷のドアの中へ消えていくとき、振り返った”俺”は乗ってきた馬車へむかって、かわいく手を振った。その動きに合わせて、首から下げた黒い装置が揺れるのが見えていた。
”俺”を降ろした馬車は俺の邸を去ると、そのままスミス商会の本部ビルへ向かう。
ビルの前で止まった馬車からは、俺が疲れの残った重い足取りで降りていく。
馬車を降りた俺は、ビルのガラスドアを開けて、そのまま玄関ホール脇の階段を目指した。
あのふたりは俺の邸でよろしくやっているが、俺の方は今夜は徹夜で仕事だな。
仕方ないとひとつ肩をすくめて、会長室へむかった。




