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 王女殿下の一行は我慢しきれないというような晴れやかな表情を浮かべてスミス商会の本部を後にしていった。


 それを玄関先まで見送ると、さっそくFマリナスが耳打ちしてくる。


 


「めずらしく、失策をなさいましたね」


 


 振り返ると、笑みを浮かべている。ただ目は笑ってはいない。


 


「やはりそうか。途中からそうじゃないかと思ってはいた」


 


 なにしろ、ツ・ルーミの長期の停滞には多国籍企業の存在が(から)んでいると示唆(しさ)したのだから。そして、俺が率いるスミス商会も今や複数の国で事業活動を繰り広げるまぎれもなき多国籍企業であるのはたしかだ。


 まさに余計なことをした。


 


「はぁ~ まあ、ツ・ルーミのひとたちも喜んでおられたので、よいでしょう」


「うむ」


「しかし、すばらしいチームでしたね。王女殿下を中心に一体感があってよく連携がとれていました」


「だな。あれでずい分こちらのペースが乱された。ほぼ、こちらの完敗といっていいだろうな」


「ですね」


 


 おそらく、あの従者たちはツ・ルーミへ帰れば、そのままソフィア王女を支える腹心の部下になるのだろう。


 この先、ツ・ルーミと外交を重ねることになる国王やヘンリー王太子は相当手を焼くことだろうな。


 苦いものを感じて顔をしかめた。


 


 


 


 ツ・ルーミの王太子にして、近く摂政となられる予定のソフィア王女一行は、ウェスト王国で予定されていた行事すべて終えて、次の訪問国へ去って行かれた。


 滞在期間中はまったく円滑に予定を消化していった。なんの支障もなかった。


 本当に不気味なほどに――


 あのおバカのことだから『泥棒猫に思い知らせなきゃいけない!』とか言って滞在中に暗殺を仕掛けるぐらいのことをしでかすかと心配していたのだが……


 こうまで何事も起こらないとなると、逆に心配になってくる。


 


 どうしたのだろうか?


 


 ともあれ、ソフィア王女一行の諸国訪問はその後も問題なく行われ、ひと月半後には、無事にツ・ルーミへと帰還したらしい。


 だが、その奇妙な政策がツ・ルーミで公表されたのはそれから間もなくのことだった。


 王女殿下とその側近たちが中心となって、まとめられたという。


 


 まずは政府や王立中央銀行には、ツ・ルーミの経済をコントロールしきるだけの十分な能力を持ち合わせておらず、各企業家たちの協力を必要とするということが宣言された。つまり、政府の『敗北宣言』だ。


 その上で、政府が各企業向けに出していたこれまでの補助金や助成金、各種減免税措置(そち)が見直されて、新しい手法が取り入れられた。


 これまで国の基幹産業であるからとか、膨大な数の労働者を(やと)っているからなどなどの理由をつけてそれらは企業へ与えられていたのだが、それを改め、ツ・ルーミの経済状況に(おう)じて規模が増減するように変えたのだ。つまり、より高い経済成長が()()げられたなら、それに比例して企業はより多くの補助金などを受け取れるようにした。逆に国全体がマイナス成長に(おちい)ると、企業にとっては補助金を得られないどころか、税負担が増加してしまうことになる。


 


 もちろん、この新しい政策に対しては、影響をもろに受ける経済界を中心につよい反対意見がでた。だが、それらの政策は結局は原案のまま実施されることになった。


 経済界からの多額の資金を(ふところ)にいれているはずの大臣たちや政治家たちが強硬な反対姿勢を(つらぬ)こうとはしなかったからだ。


 大臣や政治家たちにすれば、この政策の責任者であるソフィア王女は当面は摂政として、そして、いずれはこの国に君臨する女王として、この先も何十年もの間、長く自分たちに関わり続ける存在なのだ。


 ここで王女の責任においてバカげた政策を行い、大失敗に終わってしまえば、以後の何十年もの間、自分たちの言いなりにならざるをえなくなるだろう。そして、彼らの見立てによれば、この新しい政策は絶対に大失敗に終わるのだろうから。


 もっとも、日々、『政府支出の少なさやタイミングの遅さのせいで経済の停滞が続いているのだから、もっと積極的に財政支出を行うべきだ』とか『いや、規模もタイミングもすでに十分だ。これ以上の支出拡大は財政が破綻(はたん)するだけだ』という議論をしてきた彼らにすれば、王女たちが提示してきた政策はまったく明後日(あさって)方向のものであり、理解不能なのだから評価のしようもなかったのだが。


 通り一遍(いっぺん)の反対意見を表明した後は、彼らは王女の新しい政策への反対をつよく表明することもなく、終始見守る姿勢をとり続けたのだった。


 


 そんな政治的で奇妙な無風状態の中で王女の新しい政策は施行されることになった。


 最初の三か月。だれもが様子見で、ツ・ルーミの景気にはほとんどなんの変化も見られなかった。


 その次の三か月(政策施行から半年)も、前の三か月と同じ状況がつづいた。


 だが、その次の三か月。大臣たちは内心ほくそえんでいた。


 公表された指標はいずれもはかばかしくなかった。


 そして、政策施行から一年目を迎えるころには、今まで様子見を決め込んでいた大臣や政治家たちは大っぴらに今まで通りの財政支出拡大と財政緊縮の議論を始めるようになった。彼らの態度にも新しく就任したばかり摂政を軽んじている姿勢があからさまだった。


 そうして、それから半年がたったころ、大臣たちの財政支出を(めぐ)る議論は唐突(とうとつ)終焉(しゅうえん)を迎えることになる。


 この半年間の経済指標が示されたからだ。


 大臣たちは驚愕(きょうがく)していた。大臣たちにとっては夢でしか見たこともない数字が並んでいた。


 


 ありえないことが起きている!


 


 彼らは必死に原因をさがした。そして、いくつかの事象がこの(かく)乱要因の候補としてあがった。


 


 きっとそれらの攪乱要因のどれかのせいで、こんなありえない経済指標になっているに違いない!


 


 大臣たちは、そう自分自身に言い聞かせつづけた。


 だが、その行為も、それからさらに半年経つと、だれの目にも無意味なものでしかないのがあきらかだった。


 もうだれも、新しい摂政が推し進めてきた政策の効果を疑うものも、それに異を唱えるものもいなかった。


 


 これまで新しい摂政を軽んじ、バカにしていた者たちは、ある者はまるで最初から摂政の政策に賛同していたかのように振る舞い、ある者は知らんぷりを決め込んだ。自らの先見の(めい)のなさを恥じ、その高官の地位を辞そうとするものは手の指で足りるほどしかいなかった。


 それから間もなく、摂政の手で大規模な人事改革が行われ、摂政の側近たちが高官へ登用され


 自ら地位を投げ捨てたものたち全員の再登用が決まった。


 それ以外の大臣たちは、この二年の間に摂政の指示で極秘に身辺調査がなされており、その公表された結果に基づいて処遇がなされた。


 そうして、新しいツ・ルーミ王国の首脳部は、新摂政のもと大幅に若返えることになった。


 

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