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ツ・ルーミ王国。
ウェスト王国から見ると、北隣のカナーガッファ帝国を間に挟んださらに北に位置する王国だ。
海に面しており、ミ・ラーイからツ・ルーミの王都近郊の港まで商船が行き来して、盛んに交易をしている。
ただ、資源に乏しく、山がちで農業にあまり向かない土地。百年ほど前までは、ヨックォ・ハルマでも最貧国のひとつに数えられていた。
それが変わったのは、四代前の国王の時代。
他国から多くの技術者を招聘し、国内の産業を興し、科学技術を発展させ、国を工業大国へと変容させるのに成功したのだ。ツ・ルーミは大いに繁栄した。
その発展の歴史の中で、数多くの企業が誕生した。それらは順調に大企業へと成長し、そして、ついには他国でも事業をおこなう膨大な多国籍企業群を抱えるまでになった。
だが、その大成長期が続いたのも、二代前の国王の時代までだった。
しだいに成長が鈍化し、低成長期が何年もつづいた末に、今や王国の紋章に描かれている鳥にかけて『越冬四十年』ともいわれる長期の停滞期にある。
とはいえ、ツ・ルーミの企業群は今でも独自性があり、高い技術を持つものが多く、さまざまなニッチな分野でシェアナンバーワンを誇っている。
もちろん、俺が率いるスミス商会としても、取引する機会が多い相手の母国から来る王族。そうそう無下にすることはできない。ウェスト王国側の役人たちとあれこれ調整しながら、こちらでも歓迎の準備を進めた。
で、ソフィア王女がウェスト王国の王都へ到着される日を迎えた。
日中、王宮で歓迎のセレモニーが催され、軍楽隊が奏でる両国の国歌が流れる中、ソフィア王女は緊張した面持ちでウェスト王国の国王夫妻に挨拶する姿が見られた。
日が落ちてから、王宮に隣接する迎賓館へ移動し、歓迎のレセプションが開催された。そして、招待客たちが見守る中で、ウェスト王国とツ・ルーミ王国との友好関係が末永く続くことが願われた。
――乾杯!
迎賓館のホールに集まった人々の手にあるグラスが高く掲げられ、天井のシャンデリアから降り注ぐまばゆい光を周囲へ乱反射させていく。
俺の周りでは着飾った男女が適当に相手を見つけて談笑し、なごやかな空気を醸し出している。
ツ・ルーミ王国は直接の隣国ではない。当然、我が国と国境線をめぐっての争いがあるわけでもない。ただ、活発な貿易が行われている相手国。そのため、このレセプションに参加している招待客たちの多くはオーシャン・ホエールとフリューゲルスやスミス商会に代表されるウェスト王国の財界関係者が占めていた。
おかげで、俺自身の知り合いも多く、頻繁に話しかけられた。
もちろん、そんな同業者ぞろいの状況では、話の端々から、相手の手の内を探ろうと、お互いに腹の探り合いをすることになる。ほとんど会話での決闘を行っているといってもいいようなものだ。それを立て続けに何度も何度も……
レセプションを楽しむなんて余裕もないまま、疲労感がオリのようにたまっていく。
なんとか逃げ出して、目立たないように夕闇に包まれているバルコニーへ移動した。
――ふぅ~ ちょっと休憩だな。しかし、フリューゲルス商会はなにを企んでいるんだ? やけに自信満々な様子だったが? おかげで、オーシャン・ホエールの支配人と思わず顔を見合わせて、仲良く首をひねる羽目になってしまった。
バルコニーとの間を行き来できるように開かれた大きな窓越しに見えるホールの様子は、とてもきらめいていて、まばゆく華やかだ。
路地裏の酒場の子供として生まれた俺にとっては、本来は場違いな世界。正直、こんな風になってしまった今でも、どこか居心地が悪い。
むしろ、だれにも見られず、影に隠れていられてようやくホッとできる。
バルコニーを渡る風が、乾杯の酒にほてった頬をなでていき、心地いい。
「ふぅ~ しばらく休憩したら、またホールへ戻らねばな」
それがスミス商会の会長としての役目なのだから……
うんざりした気分で天をあおいだ。
「星すら見えないか……」
曇り空だが、雨が降るほどではなさそうだ。
と、
「くそっ! どういうことだ? なぜ彼奴に子供ができた?」
「と、申されますと? この国に新たな王族をお迎えするのは、とてもおめでたい話だと思うのですが?」
「めでたいだと? 何を言っておる、このたわけめ!」
「ひぇっ! もうしわけございません。しかし、なにゆえ殿下がそこまでお怒りになられるのかが……」
「なんだと! わからぬと申すのか?」
「はい、申し訳ございません」
バルコニーの下、暗がりになった庭の方から二人の男の声がする。
でっぷりと太った男が、その長身を卑屈に折り曲げて揉み手をしているような細身の男に怒りをぶちまけているようだ。といっても、ふたりともずい分抑えた声量。たまたま、庭へ出ていく二人を見かけ、興味がわいた俺が無意識にかけた魔法で聞き耳を立てていなければ、ここまでは聞こえてこなかっただろう。
「わしの生まれた時の神託はおぬしも知っておろう?」
「はい。私の生まれる前のことですので、直接は知りませんが、大伯父から聞かされております。とても指導力にあふれた王子になられるとのご神託が下されたとうかがっております」
「うむ。そうじゃ。じゃが、実はな、その話には国民に知らされていない続きがあっての」
「なんと、それはどのような?」
「実はな。わしが死ぬときにはこの国の王冠を頭に戴き、王権の錫杖を手にして、玉座の上で息絶えるであろうというものじゃ」
「……それは!?」
「そう、つまり、わしは最後にはこの国の王となって死ぬだろうというものだ」
「そ、それはまことなのですか?」
「ああ、まことじゃ! こんなことで嘘はつかん! 最後にはわしが王になるのじゃから、国王にふさわしいように、今まで必死に研鑽をつみ、持てる能力を磨いておったというのに……」
「そこへ王太子妃がご懐妊あそばされたと……」
「くそっ! なんでじゃ! わしが王になるのではなかったのか! 王太子に子供がうまれたら、わしが即位する可能性がさらに遠のくではないか!」
「も、もしや、今回のご懐妊、御子がご無事にお生まれになられないのではないでしょうか? 死産になるのでは?」
「……」
「……」
二人の男が暗闇の中で見つめあっている。太った男が何事かを期待するかのように濁った眼をひからせている。すぐに、なにごとかを悟ったかのように、覚悟を決めた表情で長身の男の方が大きくうなずいてみせた。
それを暗闇をとおして確かめ、太った男は無言で相手の肩を軽くたたいた。まるで『頼む』とでも合図を送るかのように。




