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 さて、そんなことより、なんで俺は今、自分の意思とは関係なしに、王太子と話をしていたのだ?


 それに、その直前には、この変態め、俺の耳にかみつきやがった。


 今も耳がひりひりと痛む。もしかすると、耳に歯形の(あと)がついているかもしれない。


 ともあれ、テーブルの上のナプキンを取り上げて、丁寧に耳についたツバをふき取る。幸い血が出るほど強くは()まれなかったようだが、それでも、気分はよくない。


 


「なんだったのですか? いまのは?」


 


 俺の詰問(きつもん)に王太子は悪びれる様子もなく、無邪気ともいえる笑顔を返してくる。俺が手土産に持ってきたお菓子にかじりついてさえいやがるし。


 


 っていうか、噛みつく?


 


 そういえば、あのおバカは最初に口づけを交わした相手と結婚するとされていた。そして、その兄も口づけを交わした相手とは一生の親友になるとも――ふたりとも口に関係している。そして、今俺の目の前に座る変態は、あの二人の兄でもある……


 


「……王族の神託?」


 


 思わず飛び出た俺のつぶやきに、目の前の変態王太子、片眉を上げた。


 


「ほお、気づいたか」


「……」


「だが、どこで気が付いた? もしや、王族に与えらえる神託には一部が国民の目から隠され、機密にされることがあると知っておったか?」


「それは……」


 


 俺の意思とは関係なく説明しそうになる。


 ユリウス王子と関わったことで王族の秘密の神託を知ったと王太子に告げても、別に構わないのだが。


 俺が口を開く前に、


 


「ミレッタから? いや、あやつの神託には秘密にされているものなど何もないはず。あやつ自身の力で神託そのものを強引に書き換えたのだから。とすると、まさかユリウスか?」


 


 俺は肯定するように頷いて見せた。


 


「ほお、あいつがそなたにの」


 


 そうつぶやいた途端、何事かに気が付いたみたいだ。


 


「あいつが、自分の神託のことについて、自ら進んでペラペラと話すはずはないな。そんな男ではない。そうせざるをえないなにごとか(・・・・・)がなければ、あいつが話すはずはない……」


 


 確かめるように俺の顔色をのぞいてきた。その顔には笑みが貼り付けられているが、その奥には何が隠れていることやら……


 


「そなた、あいつと……」


 


 くっ、俺の口が勝手にあのコーナン監獄での出来事を説明していた。


 


 呪いのかかった金色鎧をはぐために、王子を溺死(できし)させたこと、仮死状態になった王子を救うために人工呼吸を(ほどこ)したこと。その結果、王族の秘密の神託を知ることになったと。


 


「なるほど、それで、あいつ、あの珍妙な鎧を脱いで、元の姿にもどれたのか。神からの祝福で自分の意志では脱げないとか申しておったのに」


「ミレッタ様からのご依頼がありましたので」


「そうか…… 私からも弟を救ってくれたことに礼を申す」


「いえ、滅相もない」


 


 


 


 一瞬、なごやかな空気が流れた。双方の間に妙な納得感が生まれている。まるで事態の決着がついたような。だが、そもそもなにも片付いていないのだ。


 王太子がすっかり落ち着いついた様子でカップに口をつけている間に、俺の頭の中がフル回転をしていた。


 


 なんだ? なんの神託だ? あのおバカとその兄は口づけに関連する神託スキルだった。この変態には、どんな神託が? おそらくさっきのように噛みついたらどうにかなるというもののはず。


 一体、どんな効果がある神託が下されていたっていうのだ?


 落ち着け、俺。考えるんだ。冷静になって考えるんだ。


 


 深呼吸をひとつ。再度、ひとつ。


 


「殿下、して、その殿下に与えられた神託のスキルというのは?」


「さあ、なんであろうか? そなた当ててみてはどうかの?」


「……」


 


 いたずらを思いついた子供のように楽し気にしてやがる。


 


「まさか…… 耳に嚙みついたものを意のままに(あやつ)るとか?」


 


 いや、それだと、さっきのように、命令を拒絶できなかったはずだ。知っていることを全部洗いざらい話していたはずだ。だが、そうはならなかった。


 いやだとすると……


 


 一瞬、視界の端になにか光るものが見えた気がした。そちらを見ると、離れたところで控えている執事さんの耳たぶが半円形に青白く光っている。さっきまでは見えなかったその光。それはまるで誰かの歯形のようで。


 ハッとして、変態の方みた。


 変態は変態で、俺が執事の耳に光を見つけたのに気が付いている様子。


 


「セバスチャンは弟の次の二人目だ。そして、そなたが現状で最後の七人目になる」


 


 唇を下でなめまわしている。つまり、それは……


 


「嚙みついた者からの絶対の忠誠心を得られる――」


 


 正解だというように頷きながら、顔をほころばせやがった。


 


 


 


「正確には、我が耳にかみついた者は、同時に七人までは一生涯(いっしょうがい)我の忠臣となり、その忠誠心を示すだろうというものだな」


 


 真顔で、そんな告白をしてくるわけで。


 つまり、俺は、この先、ずっとこの変態王太子に忠義を尽くし続けるってわけか……


 なんかヤだな。


 


「そう不服そうな顔をするでない」


 


 おっと、表情に出ていたか。


 


「なに、我の忠臣になるというだけで、そなたの思想や思考をしばるわけではない。我のためになるとそなたが判断するならば、先ほどのように我の命令をすら拒絶することもできる」


「な、なるほど……」


 


 ここの兄弟に関わると、いろいろな目に合うわけで、もはや大抵のことでは驚かなくなってきたような。


 はぁ~ こうして、着々とロクでもないことにすら慣らされていく俺がいる……


 


「なんなら、それが必要であるならば、我に(やいば)を向けることすら可能だ」


「でしょうね ははは」


 


 まあ、その代わり、そいつには死が待っているだけだろうが。


 


 


 


 というわけで、俺はヘンリー王太子の七人目の忠臣になってしまった。


 いやはや……


 


 ちなみに、ヘンリー王太子に噛みつかれた者同士は、噛みつかれた部分が青白く光って見えるようになるそうだ。


 のちにユリウス王子と顔を合わせた途端、俺の肩をやさしく叩いてなぐさめられてしまうのだが。その王子の右耳も俺の目には光るものが見えるようになっていた。


 


 


 


 


 俺の目の前でケラケラ笑い転げる魔王がいる。


 


「アハハハハハ なによ、それ。バッカじゃないっ!」


 


 王太子との面会を終え、サクラギ離宮まで報告にもどったのだが、おバカの目にも俺の耳についた歯形は見えるようだ。


 だけど、どんなに目を()らしても、おバカの耳には歯形の光は見えない。


 


「あったりまえじゃない! なんで私が、あんなヤツに耳をかじらせなきゃいけないのよ! そんなことしようとしてきたら、その場で八つ裂きにしてやるわ!」


 


 物騒(ぶっそう)なことをいう。


 


「そんなことより、あんたなら、別に、そんなのいつでも解除できるんじゃないの」


「まあ、そうなんだが」


 


 ようは一生神託に縛られるだけで、死んでしまって一生を終えれば解除されるのだ。死んでも復活できる俺にとってはいつでも解除が可能な代物(しろもの)でしかない。


 


「まあ、とりあえずは、しばらくこのままだな。いくら生き返るにしたって好き(この)んで死にたくはないしな」


「ふふふ……」


 


 


 


 

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