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3・裏:

ウェイカー家で勉強するようになって、早3年。

僕も、モブルもそろそろ12歳になる。


この辺のタイミングのはずだ。妖精学の先生が『あの話題』を出すのは……


「さて、授業の最後の小話として……『妖精女王の湖』について話しておきましょうか」

「!」


来た!






この世界には『妖精』が居る。

否定派も居るけど、基本的には存在が一般的なものとされている。

妖精はあらゆる場所に出現し、普段は人間と関わることなく自由に暮らしている。

時折、人間に対して悪戯をしたり人間と妖精の赤ちゃんを入れ替えたりするけど。チェンジリングってやつだね!

それで、この妖精の存在は物語の根幹に関わるんだ。


「ねぇねぇモブル……」

「んあ?」


先生の話を聞いている間、僕はずっとそわそわしていただろう。

ようやく話が終わったタイミング(こう言うとつまらなかったのかと言われそうだけど、話自体は面白かった。次の展開が待ち切れないだけ!)でモブルに話しかけると、相変わらずぼやっとした返答だった。

どうやらモブルは妖精否定派ではないが、興味が無いらしい。


「僕ね、街外れの森に行ってみたいんだけど……」


まぁ……『日本人』だって神様にお参りはするけど、熱心に信仰しているかって聞かれたらそれは少数派だし、それに近いのかも。


「何で?」


モブルは怪訝な顔で聞いて来た。


「え、ほら、それはさぁ!僕も男だよ……男は皆、探検が好きなの!」


モブルは割とわかりやすい奴だ。それはこの数年でわかった。

長所と短所を明確に言うと食い付いて来やすいし、かと思えば男子がわかりやすく憧れそうなものには飛び付く。『探検』とかもね!


「それについては異論無ぇが……」


何だ。異論が無い割には怪訝な顔をしている。どういう感情なんだそれは。


「お前、さっき授業で変なこと聞いたからだろ?」


あれ、コイツは先生の小話なんて聞いてないと思ってた!


「あれ、モブルが妖精学の授業聞いてるの珍しい!」

「聞いてるわ。興味無いだけで!」


興味の無い話を一応覚えておける、というのは見習った方が良いだろうか。

いや、別にモブキャラから何か学ぶことなんて無いね。僕は主人公だし。


「ってか妖精の加護って何だよ。経済の動きの予知とか今後の流行りとかの予知とか出来んのか?それなら俺も加護欲しい。」

「もう!そんなわけ無いだろ!」

「あれ声に出てた?」


あらまー、と言いながらモブルが口を押さえる。


「出てたよ!加護ってそういう俗っぽい願いを叶える感じのやつじゃないよ!」

「なぁに言ってんだお前、人間の欲望なんて全部俗っぽいに決まってんだろ!」

「ほら、何か……世界平和とか!」


何たってこれから僕は世界平和のために活躍するからね!

これくらいは豪語しても良いだろう。


「まぁ行くのは別に良いけどよ……」


何かあるたびにこいつを言いくるめるのが毎度面倒なんだ。


「今の時期だとでっけぇ虫が採れるわけでもないんだぜ?」

「虫?」


そして、たまに素っ頓狂なことを言って来る。虫って何?


「でっけぇ角のある超カッコいいのが……」


大きい角……カブトムシみたいなの?

まぁ確かに森には居そうだけど、僕、虫は嫌いなんだ!!






僕は都会育ちだったから、そういえば森らしい森に入ったことが無かった気がする。


「あれ、前に来た時ってこんなに距離あったっけなぁ?」

「ま、待ってモブル……!」


この森は所謂『森らしい森』だ。人が通った跡のような道はあるけど、舗装なんてされてないし気を付けてないと木の根っこに躓く。

要するに、歩きづらくて、すごく大変!!


「おうアレン、足腰の鍛錬が足りねぇな」


な、何でコイツはこんなに元気なんだ……!商人って体育会系なの!?


「まぁお前ヒョロいもんな。俺はおかんに似て骨太で頑丈だからな」


た、確かに、モブルの母親は結構大柄というか、太ってはいないけど、大きいというか……!

ぼ、僕の母親とは違う……!


「き、鍛えたらマッチョになるもん……!」


絞り出すように言うと「えっ」と返って来た。


「お前マッチョになりてぇの?意外!」


くそっ、息を整えてて返答出来ない!

男は皆、筋肉に憧れるでしょうが……!


「……あれ?」


ふと、おおよそ森からは聞こえて来ないような、不思議な音が聞こえた気がして顔を上げる。


「ねぇ、こっちから何か……」

「何だよ?」


モブルには聞こえていないのか、キョロキョロとしている。


「何か、聞こえるような……」


……うん、やっぱり聞こえる。


「何か?何かって何だよ?」

「何か……」


これは……そうだ。


「話し声、みたいな……」


人の気配はしない。多分、今この森に居る人間は僕とコイツの2人だけ。

なのに、こんなに大勢の囁き声が聞こえる?


「俺には聞こえねーけど……アレン、幻聴聞こえるほど疲れてんの?どっかで休むか?」


これは、まさか。


「……ううん、きっと、こっちなんだ!」


声の方向に走る。

きっと、これは、間違いない!


「おい、待てコラ!アレン!」


後ろからモブルの声がするけど、走り続ける。

これは『妖精』の声なんだ!






そこには美しい景色が広がっていた。


原作の書籍には、挿絵がほとんど無い。

でも、ごく稀に描かれる挿絵は全てカラーで、とてと鮮やかだった。

『この景色』も『稀に描かれた』挿絵の1つ。


「アレン!追いついた!」

「ここって……」


あぁ、泣きそうだ。

ひどく美しくて、泣きそうだ。

キラキラと光る湖面の周りに、色とりどりの花が咲いている。

その周りにはふわふわと、光の粒がいくつも飛んでいる。


「あれ、湖ってこんなトコだったっけ……?」

「綺麗……」


これが、これこそが、僕の求めていた場所。


「そーだな。これが多分お探しの湖だぜ?」

「……此処が、」


『妖精女王の湖』に間違いない。

あぁ、もっと近くで見たい。


「あ、ちょ!アレン!?あっ、すいませんねーお邪魔しまーす!」


光の粒に目を凝らすと、人型の『何か』がこちらを見ている。


「すごい……」


その光の粒は、湖面の中心に光の柱を作るように集まって行く。

そして、どんどんと大きな人の形を成して。


「え、ど、どこ見てんのアレン?何か見えてんの?」

「……モブル、見えてないの?」


そうか、モブルには見えないのか。

こんなに美しいモノを。


「俺には虚ろな目で湖の上を見てるお前が見えてるよ。」

「……妖精が……!」


そして完全に人の形になった『それ』は、僕に向かってふわりと微笑んだ。


『こんなところにヒトの子が来るのは、何と久しいことでしょう』


「妖精、女王様……?」


『えぇ、私こそが妖精の女王。妖精の王と対を成し、妖精界を守る者』


「本当に……本当に居たんだ!」


この世界に来ても、『妖精』についてはなかなか信じられなかった。

見たことも無いし、『妖精の悪戯』のような現象にも出会ったことが無かったから。


でも、これは。

目の前に広がる光景を見てしまったら。




やっぱり、やっぱり僕は『アレン』なんだ!

この世界の主人公なんだ!!




『ヒトの子よ、私に何か願いがあるのですか?』

「ぼ、僕!アレンって言います!お会い出来て光栄です!」

『そう、アレン、良い子ね』


妖精女王はすごく綺麗だった。

アレンの母親が人間としての理の範囲内の美しさ。

だけど妖精女王は人間の理を外れた、言い表せないほどに美しい姿をしている。

どうやって喩えたら良いのだろう。

『とても美しい景色を見た時の感覚』に近い気がする。


「よ、妖精女王様、何かお困り事はありませんか?」

『困り事?』


この後『アレン』は妖精女王から加護を受ける。

『アレン』は人間も妖精も幸せにしたいと願っている。


「此処でお会い出来たのは、何か、素晴らしいご縁があってのことだと思うんです。僕、妖精のことをもっとよく知って、お互いに助け合って生きて行けたらって、そう思うんです」


落ち着け。間違えるな。アレンの言葉を。


『成る程……その第一歩として、私達の悩みを解決してくれるの?』

「は、はい!僕、きっとやってみせます!」

『ふふふ……殊勝な子』


妖精女王はクスクスと笑って、僕にグッと身を近付けて来た。


『そうね、困り事は数あれど、今すぐには出て来ないわ』

「そ、そうですよね、すみません、僕……」

『謝らなくて良いの』


妖精女王の手が、僕に伸びる。


『そうね、いつでも私達の声を聞けるようになってちょうだい?』


光り輝く手が僕の右頬を包む。




『貴方が私達を助けてくれるのなら、私達も貴方を助けましょう』




眩しいほどの光なのに、目を閉じれない。身体を動かせない。






気がつくと光は収まっていて、湖面の上を飛んでいた光の粒も、妖精女王の姿も無くなっていた。


『きっと、きっと私達の役に立ってくださいね』


でも声はハッキリと聞こえる。

すごく遠くから聞こえるような、はたまた近くから聞こえるような、不思議な感覚。


『そうしたら私達も、貴方に力を貸しましょう』


右目が、熱い。


「……モブル!」


傍のモブルを呼んだ。……つもりだったのだけど、居ない。

見回すと、僕とほとんど反対側の所にしゃがみ込んでいた。


「ねぇ、モブルってば!!」


早く、早く確認したい。早く皆に見せつけたい。

この目を、僕の身に起きた奇跡を!


「お、アレン!?正気に戻ったか!?」


全く何を言ってるんだか。僕は正気だ!


「目!目、今、どうなってる!?」


のこのことこちらへ来たモブルの両肩を掴む。


「目ぇ?」


きょとんとした顔でモブルは僕の目を見た。

あぁ、そういえばコイツ日本人みたいな顔してるな。黒髪に暗い色の目。平らな顔。


「どうって別に……」


そう言いかけたモブルの小さな目が「ん??」と細くなった。


「いや嘘だわ右目何だそれ?何か……な、何だそれ、カッコいいことになってんぞ!?」


やっぱり!

妖精女王の加護の紋が僕の目に出てるんだ!


「あ、あのね!妖精女王様がね……!僕の目に、加護を授けてくれたんだって……!」

「はぁ!?」


信じられない、とでも言いたげな声を出すモブル。

そりゃそうか。モブルもきっと妖精を見たことが無い。

それが急に僕が、「妖精女王が!」と言い出したら驚くだろう。


「モブル、見えてなかったの!?水面の上に妖精がいっぱい飛んでて、中心にすごく大きな、綺麗な、妖精女王様がね!」


あぁ、ちゃんと説明したいのに言葉が出て来すぎて混乱してる!


「おい待て落ち着け!興奮し過ぎてわけわからん!」

「あの、あのね!」


一度大きく深呼吸をしてから、言葉を続けた。


「この目があると……妖精の言葉がわかって、妖精から力を貸してもらえるんだって!」


そう、妖精女王の『加護の紋』は『アレン』の最大の武器。

妖精の声を聞き、自在に力を扱える加護。


「……はぁ?それ何か……あれだろ、王都の魔術師連中がやってる……魔法陣に妖精語を書き込んで何やかんやして妖精の力をちょっと引き出す、みたいな……」


モブルの言う通り、王都まで行くと『妖精の力を借りるための方法』はもっと確立されていて、日常生活が便利になるようなほんの少しの力くらいなら割と一般の人間にも使うことが出来る。

でも、この加護の力はそんなモノじゃない。

ちょっと風を吹かせるとか、ちょっと水を出すとか、ちょっと種火を出すとか、そんな陳腐な現象とは比較にならない!


「それ!それを!自在に出来るって!」


風で敵を吹き飛ばしたり!

雨を降らせたり!

敵地を焼き払ったり!!

そういう、ものすごい力なんだ!


「…………はぁ??」


あぁ、もう、何で伝わらないかな!この凄さが!


「モブル!どうしよう!?これってすごくすごいよ!」


駄目だ、僕も相当興奮している。

頭では色々と考えているはずなのに、口が追い付かない!


「ええい、お前マジで熱出すぞ!とりあえず帰るぞ!」


モブルは僕を引っ張る。

そういやコイツ、何で手が泥だらけなんだ。触らないで欲しい。


「すごい、街の中にも妖精って居るのかな!?」


でも、とりあえず街に帰ったら妖精が飛んでるのかどうか確かめたいな!


「お邪魔しましたぁ!いきなりすいませんっしたー!」


モブルが何か叫んでた。

全く、誰に向かって挨拶してんの?






「こ、これは妖精女王の『加護の紋』……!」


ウェイカー家の屋敷に戻って、母親と妖精学の先生に事情を説明する。(まぁ、ほとんどモブルがやったんだけど。何だかふわふわする。)


「どんな困難にも負けない幸運と、妖精の力を授けてくれる目だ!」


うんうん、やっぱりそうだよね!先生が言うなら間違いない!


「文献で見たことはあったが、本当に存在するとは……!」

「せ、先生!?アレンは無事なんですか!?」


母親はオロオロとしている。

何をそんなに慌てているんだか。この通り、僕は無事だよ!


「無事ですとも!お母さん、アレン君は選ばれたのです!尊い存在、妖精女王に!」


そうだよ、僕は妖精女王に選ばれたんだ!

だって僕が『主人公』なんだから!


「これから多くの妖精の祝福がアレン君を待っておりますぞ!」


先生に代わって、母親が顔を覗き込んできた。

やっぱり美人だなぁ。


「アレン、体は何ともない!?」

「うん!勿論!どうして?」

「だって……!そ、そんな凄いものを得て、体がびっくりしてるんじゃないかしらって、思って……!」


成る程、それは確かにあるかも。

母親の手が僕の額を包む。冷たくて気持ちが良い。


「やだ、こんなに熱があるじゃない!」

「おや、確かに人には過ぎた力ですからな……安定するまでは無理をしてはいけないよ、アレン君」

「はい先生!」

「あら、アレン君熱出しちゃった?今日は泊まって行きなさいな、奥さんも一緒に」


モブルの母親の声がする。が、何だか聞こえづらい。

耳鳴りか。耳鳴りがしているんだ。






「苦しいところは無い?」

「うん!だいじょうぶだよ、おかあさん!」


あの後、僕は倒れてしまったらしい。気が付いたらベッドの中にいた。

流石はウェイカー家のベッド、ふかふかだ。


「……そう」


ベッドの横で看病をする母親が、僕の頭を撫でる。

くすぐったいや。

あぁ、また眠くなって来た。まだ熱があるんだ。寝ていても良いだろう。


妖精の困りごとを聞くのは、また明日からにしよう。


「……アレン……どうして……」


遠くから、母親の声がした気がする。

ひどく泣きそうな声だったのは気のせいかな。




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