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1・裏:

意識がふわふわする。

体が上手く動かせない。


僕は、どうなったの?




「あら、ふふ……おはようアレン」




目の前で笑う、知らない、とても綺麗な女の人。


ここは、何処なんだろう?







体を動かすこともままならない歳のはずなのに、何故か思考ははっきりしていた。

物事を考える事が出来る、母親(とても綺麗な人は母親だったらしい)の言っている事を理解できる。


そして2歳を少し過ぎた頃、確信した。




此処は、僕が大好きだった物語と全く同じ世界だ!




僕が昔大好きだった、児童小説の物語。

陳腐でありきたりなファンタジーだと言う人もいるけれど、僕は大好きだった。

その世界に、しかも主人公の『アレン』として僕は生まれ変わったらしい!!


元の世界では『異世界転生もの』とかいうジャンルで、流行に乗った似たり寄ったりの作品が沢山世に出ていたっけ。

面白い作品なんて数えるほど。大抵は一言目で主人公の女の子が王太子に婚約破棄されるんだ。それか離婚宣言。

で、その展開を前世で知っていた主人公がその後に生き生きと暮らしたり、婚約破棄される前に逆行してそんな展開にならないように頑張ったりするんだ。


まぁ流行っているという事は、需要があるということ。

大勢の人間は転生願望があるということだろうか。


今生きている世界とは違う、別の世界で、幸せになりたいと。

出来れば今の生き方をやり直したい、と。


それは僕にも理解できる。

本当に、ずっと、こんな世界から抜け出せたらなんて、願っていたんだ。




そしてどういうわけか、神様の気紛れなのか、僕は異世界転生を果たした!

『アレン』は困難に立ち向かいつつ、皆から愛されて、幸せになるキャラクターなんだ!


「アレン、こっちよ。お母さんの所まで歩けるかしら?」


少し先で、この世界の母親が僕を呼んでいる。

アレンの母親に関しては確かに『聡明で美しい』って描写があったけど、こんなに綺麗だったんだなぁ!

色んな媒体で映像化もされてたけど、ビジュアルは統一されてなかったし。


「うん!」

「まぁ!走ったら危ないわよ!」


僕は上手く走ってみせて、母親の腕に飛び込んだ。


「大丈夫だよ!」

「ふふ……アレン、私の宝物……げほっ、ごほっ」


母親は苦しそうに咳き込む。

そう、アレンの母親は体が弱いんだ。

父親は『病弱な妻と生まれたばかりの子供を置いて家を出た』という描写の通り、もう居ない。


「お母さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫よ……アレンを守れるくらい、強くならなくちゃ」


母親が僕を強く抱きしめる。

あぁ、温かいなぁ。


大丈夫だよ、あと数年先に引っ越した先の街で、良い薬師に出会えるんだ。

その人に作ってもらった薬で、貴女の体は健康になるからね。






えぇっと、確か引っ越してきて最初に挨拶に行く家が……序盤にしか出て来ないんだよな、ド忘れしちゃった。


「これからウェイカーさんっていう方のお家に行くから、元気に挨拶するのよ?」


あぁ、そうだった。ウェイカー商会だ!


「うん!」


そこの家の息子と仲良くなって、学校に行くまでは結構案内役を担ってもらうんだよなぁ。モブ……つまりは脇役キャラだから、名前とかは無いんだけど。

でもこの世界で『名前が無い』ってことは無いだろうし、何て言うのかなぁ。

もしも嫌われでもしたら、物語通りに進まなくなっちゃうかも。うん、仲良くするようにしよう。


名前、覚えられるかなぁ?






「おっす、俺モブル!」


聞いて、噴き出さなかった僕をどうか褒めて欲しい。


モ、モブル?『モブキャラ』だから、『モブル』!?

何そのセンス、誰が考えたの!?安直すぎるよ!面白っ!


「は……初めまして、アレンです」


駄目だ、声が震えたかも。喋ると噴き出しそう。


「まぁ!しっかり挨拶できる良い子だわぁー!」


良かった、相手方には好印象だったみたい。『緊張してるけど挨拶できる良い子』みたいな感じに取ってもらえたかな。

えーと、この人は多分、ウェイカー商会の奥さんかな。モブルと顔がそっくり。

この後は……確かこの息子に街を案内してもらう流れになって、それで色々見て回ってから……


あれ、思ったよりもすんなり案内してもらえないや。何かがちゃがちゃやってる。


「え、えと……モブル、君?」


仕方が無いから僕からお願いしよう。これくらいは物語の原作から逸れた行動ではないはずだよね。

もし変な行動を取って、物語から離れた展開になっちゃったら大変だけど。


「ん、モブルで良いよ」

「僕、街の中を色々見てみたいな…」

「モ……モブル君、良かったらお願いできる?」

「そーよ!私は奥さんとお茶してるから、その間に街で遊んで来な!」


おぉ、話が進んだ。

なるほど、こっちから誘導しないといけない時もあるのかな。確かに、会話の流れの細かい描写は無かった気がする。


「まぁ良いけど……じゃあめっちゃ安いお菓子屋とか連れてってやるよ」

「うん!ありがとうモブル!」


大丈夫、何回も読んだ作品だから、全体の流れはちゃんと覚えてる。

これから僕は幸せになるんだ!

まずは、ずっと楽しみにしてた料理を食べたい!






「『肉巻きオニギリ』があるんだよね!?食べてみたい!」

「うーん?うん、あるけど」

「あとね!あっちに大きな本屋さんがあるんだよね!それも行ってみたい!」


小説の映像化。文字の表現から視覚的な表現化。

ドラマ化、アニメ化、色々あるけど……

リアルタイムで、何の媒体も通さずに目の前で!映像化されてる!


大好きだった物語の中に!今!僕は立ってるんだ!!


「お前、今日初めてこの街来たんだよな?」

「え?そ、そうだけど」


感動に浸っていたところにモブルが水を差す。何だよ、もう。


「それにしちゃ街の構造に詳しいな」

「え!?」


そうか、今日引っ越して来た人間が街中をやたらと認識してるのっておかしいよね。

前の世界みたいに、交通網が発達してて、時間とお金があればどこにでも行けるみたいなことは無いから、今日より前にこの街を見てるってことも無いし。

でも、『小説の中で描写されてた憧れの街並みなんだ!』なんて言えないし……!


「ほら、え~と……あれだよ!僕の家からモブルの家まで行く時に街の様子をちょっと見てて……!」

「ほぉーん……いや何でも良いんだけど……お前、字ぃ読めるの?」

「え、読めるよ?」


切り抜けたと思ったらまた別の事を聞かれた。何だよ、もう。


「田舎のヤツだと結構読めなかったりするんだけど」


そっか!識字率なんて、前に居た世界と比べ物にならないほど低いんだ……!

異世界転生の恩恵なのか、生まれた時から文字は問題無く読めたから全然気にしてなかった……!


「え、あ、お、お母さんが教えてくれたんだ!」

「えー良いなー、俺もあの美人母ちゃんから何か教わりたい!」

「もう!何言ってるのさ!」


あの母親が、字を読むことが出来るのは本当。

でも教えてもらったことは無い。

このくらいの嘘なら、嘘にも満たないだろう。うん、大丈夫だよ。






「美味しい〜!」


この物語には『肉巻きオニギリ』という食べ物が出て来る。どう考えても世界観と合わないけど、作者の大好物だからどうしても出したかったんだって。

子供心に変だなぁとは思っていた。


でも、今。

久々に食べるお米がこんなにも美味しいなんて…!


この世界の主食はパンや、芋など。

別に普通に好きだけど、『純日本人』の僕からしたらどうしてもお米を食べたかった。

引っ越した後にお米が食べられるってわかってたから!8年もずーっと我慢したんだよ!!


「アレン、お前『米』食ったことあるの?」


ぺろりと肉巻きお握りを平らげた僕へ、またしてもモブルが質問して来た。


「え?」


その質問の意味を考え、お米で浮かれていた脳内が一気に冷静になる。


「えーと……な、何で?」

「いや、他の地域ってあんま米食うって文化聞かないからさぁ」


まずい。

お米が珍しい食べ物、ということは身に染みてわかっている。8年間一度も目にしなかった。

そんな食材を僕が何の疑いも無く、美味しそうにバクバク食べてました、という状況は確かに変だ。

前からお米という食べ物を知っていました、という言い訳は通用する?


「そ、そうだねぇ」

「普通そういうヤツって『初めて食べた!』とか『米って美味しいの!?』とか言って来るんだけど」

「え、あー、えっと……」


考えろ、不自然にならない程度の誤魔化しの言葉を……!


「初めて!初めてだけど、前に住んでた家の近所に食べたことあるって人がいてね!?食べてみたかったの!」


これならそこまで不自然ではない!……と、思う。

実際には、前に住んでいた場所で近所の人間と関わることなんて無かった。

心無い噂話を流されて、苦しんでいる母親の姿をよく見て来たんだから。


その度に心の中で応援した。『大丈夫だよ、あと数年で幸せになれるんだよ』って。


「ふーん…」


うん、とりあえずは誤魔化せたかな。

それにしてもコイツ、目ざといな。モブキャラのくせに。


さて、そろそろ次の展開かな?

母親の体を治せる薬を作る、薬師に会いに行くんだ!

これも僕が誘導しないといけないかな…子供2人で街を回っている時に急に薬師に会いに行く、なんてイベントは起こらないだろう。

ここは……そうだなぁ、思い出した感じで言うのが良いかな?


「あ、ねぇねぇモブル、西の地区にすっごい薬師さんが居るんだよね?」


うん、我ながら自然に言えたと思う!


「僕、その人に会いたくて……」

「えー……」


もう、またしかめっ面して。何だよ全く。


「ちなみに何で?」


まぁ確かに理由は気になるよね。


「あの、お母さんがね……体が弱くて、でもね、僕のために沢山働いてくれて……」


理由は大丈夫だ、『母親を治したい』っていう明確な理由がある。


「僕ね、お母さんの体が元気になるようにって……」


この薬師には後々もお世話になる。絶対に物語通りにしないと……!


「……あのな?お前が言ってる薬師に覚えはある。あるけど、ガキの頼みをホイホイ聞いてくれるような善人じゃねぇぞ?」


え、そうなの?物語の中だと、結構こっちの話を聞いてくれて真摯に対応してくれる感じのお爺さんって印象だったんだけど。

映像化作品だとどうだったかな。カットされてたりもするからな……


「それでも会いたいんだ!」


ここは泣き落としで何が何でも押し通すしかない。

幸い、これまでにも何回も泣き落としで言うことを聞かせて来たことがある。

だって、そういう描写があったからね。『○○はアレンの涙に濡れた瞳に心を動かされた』、とかね。


「まぁ、物は試しか……こっちだぜ」


モブルはぶつくさ言いながらも案内してくれるみたいだ。


「うん!」


良かった、これで展開通りになりそう!






「とりあえず、これお母さんに飲ませな。何処が良くなって、どんな副作用が出たか記録しておいて後で俺に言え。3週間後にお母さんと一緒に来な」


確かにモブルの言う通り、お爺さんは何と言うか、偏屈?って言うのかな?あまりこちらの話を聞きそうにない態度だった。

でも母親の症状を話したら態度が一変して……


「うん!ありがとう!」


物語通り、薬を貰えたんだ!

やっぱり僕の話に真摯に対応してくれる、良いお爺さんなんだよ!


あ、そうだ。

何回目かのアニメ化シリーズだと、薬師のお爺さんがやたらと渋いイケメンお爺さんに描かれてたなぁ。

それで何か人気が上がった時期があったんだけど……そういうことじゃないでしょう。お爺さんの魅力は子供の話でも馬鹿にせずにちゃんと聞いてくれるところだよ!

僕も、皆の話を聞いて丁寧な対応ができる、そんな人になりたいなぁ。


えぇと、この後母親に薬を渡して……しばらくは商人の息子に何かを案内したり紹介したりしてもらう展開は無かったかな?

うん、確かこのお爺さんとの親睦を深めたり、あとは学舎に行ったりするはずだ。


「そろそろお母さんたちのお話、終わったかな?戻ろうか!」


お爺さんの店を出て、モブルに提案する。

もうそろそろ夕日で空がオレンジになりそう。母親達のお茶も終わっているだろう。

いやでも女性は話が長いって言うよな……まだ話してるかなぁ。


「なぁ、アレン……」


何やらモブルが話しかけて来た。


「なぁに?」


何だろう、また何かやっちゃったかな……いやでもお爺さんと話してただけだし……


「お前、」




ドドドドドドドドドッ、という派手な音を立てて、僕とモブルの目の前を遮るように馬車が通る。


え!?こんなシーンあったっけ!?


「あー、すまん。最近この時間に馬車が通るって言ってなかったな。大丈夫か?」


お爺さんが店から顔を出して言う。


「び、びっくりしたぁ……」


そうか、こういう細かい描写までは書いてないよね……まぁこれで『アレン』が轢かれて怪我をするわけでもないし、確かに書かないか。

一応確認だけど、モブルは怪我とかしてな……


「うわ、モブル!?大丈夫!?」

「……おう」


モブルがびっちゃびちゃになっている。そう言えば大きな水たまりがあったなぁ。

濡れネズミになったモブルを見て思わず笑いそうになる。堪えろ、ここで笑ったら嫌な奴だ……!


「は、早く家に戻ろう!?」

「ん……」


そうだ、ハンカチを出したらきっと好印象だ!


「あ、そういえばさっき何か言いかけてなかった?馬車が通る直前!」


ついでに一応聞いておこう。

まぁ、モブキャラとの会話にそんな重要性は無いだろうけど。重要な会話なら物語中に書いてあるはずだし。


「何でもねぇ……」


ほら、別に何でもなかったんだ。






「アレン、街の中は楽しかった?」


帰り道で母親に聞かれる。


「うん、すごく楽しかったよ!あのね、お母さんに後で渡したい物があるんだ!」

「まぁ、何かしら?」


ふふふ、まだ内緒だよ。

母親に薬を渡すシーンは、片付けが済んだ家の中だからね!



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