6:重ね重ねお前、異世界転生者じゃね?
紳士淑女の皆様ご機嫌麗しゅう、モブルだぜ!
「アレン……?」
こっちはアレンの名前を聞いた途端にご機嫌麗しくなくなっちゃったレイチェル嬢!
え?そんなに?明らかに嫌悪の顔ですよね??
「どうにも胡散臭いと思っていたら……そう、ウェイカーの同郷でしたのね?」
レイチェル嬢に流行りの茶葉やら菓子やら、最近では茶器の紹介なども要求されるようになり、早いもので3月程。
なんとなくアレンのことを聞いたらこの顔だ。
「おや、意外な反応ですね」
レイチェル嬢は「ふん、」と言ってお茶を口に運んだ。
それにしても『胡散臭い』という印象が『俺と同郷』って情報で腑に落ちるたぁ、どういうことですかね。
「以前ね、殿下が『妖精の寵愛の受けし子』とお茶をすると言うからお呼ばれしたの」
「殿下?第2王子殿下ですか?」
「そうよ。ルーベン子爵夫人が美味しいお茶を手に入れたらしい、と言う話もそこで聞いたのだけど」
「おや。私に茶葉の用意をご依頼くださったのは、その後ということですね」
アレンがこの国の王子様を交流していたとは知らなんだ。いつかは必ず目を付けられるとは思ってたけど、入学1月足らずでお茶する機会があったとは。
しかもレイチェル嬢とも接触済み。何もせずに王子や公爵令嬢と接点が出来るって、すげーなアイツ相変わらず。
何だかレイチェル嬢からの評価は悪いようだが。
「まぁマナーはなっていないのは仕方の無いことだとして……人当たりの良い話し方ではあるし、可愛らしい笑顔だけど……何かしらね?あの得体の知れない気味の悪さは」
「気味が悪い、ですか……」
そういう評価は初めて聞いた。
っていうかまぁ、アレンの周りに商談は転がっていないのでそこまで熱心にアレンの情報を耳に入れてないから、最近の評判は知らねぇんだけども。
「えぇ。何か……貴方の場合は、芯が通っているのよ」
「ほほう、芯が?」
「鬱陶しい口調や仕草の奥には、商人としての芯が1本通っている感じね」
「私には過分な評価でございます!」
「鬱陶しいとは思っていましてよ。」
「ありがとう存じます!」
このモブル、『顔全然思い出せないのに声聞いた瞬間に思い出してすごいウザい』『すごい鬱陶しいのに紹介して来る製品に外れが少なく当たりが割と多い』と一部から評判を得ています!
「で、あのアレンという男だけど……芯が無いのよ」
「ほほう」
「妖精の力を借りる時の失敗率はご存知?」
「ははあ、小さい力でも5%は失敗するとか」
「その通り」
まぁそりゃそうだろう。人間と理が異なるモノに対して交渉しているわけだからな。
むしろ失敗率5%で抑えてるなら良い方だと思うね、俺は。
「そして力の大きさに応じて失敗率も、代償も跳ね上がる……」
例えば、ちょっと水を出す時に失敗したら……出す方向ミスって顔面びちゃびちゃになる、とか。
水路に水を通そうとして失敗したら……そこら一帯が水没するほど水が出て来ちまう、とか。
「あの男は妖精学を広めて、もっと安全に妖精の力を借りられるようにしたいんだそうよ」
「それは立派な志で……」
「それが、『加護』を受けた自分の『使命』……だそうよ」
うーん、いかにもアレンが言いそうな……何か……言いそぉ〜。
「ウェイカー、これを聞いて貴方はどう思って?」
「いやはや、私とは思想が違い過ぎて……まぁ無理せずやんなよ、とは思いますかね」
「ハッ!」
ご令嬢が鼻で笑うってのは如何なものなんでしょう。
「貴方が聞こえの良いことばかり言うのは……興味が無い時だわ」
レイチェル嬢の冷え切った視線が刺さる。
レイチェル嬢は催事の運営に興味があるらしい。
学園全体規模の催事から、もっと小規模な催事まで、様々な検討・調査をしては需要の予測やら何やらしている。
俺は催事の運営自体は今のところ興味無いけど……レイチェル嬢の『観察眼』には一定の信頼を置いている。
「あの男の言葉はどこか『薄っぺらい』と……貴方も考えているんじゃなくて?」
この観察眼と、そこから得た情報を的確に言語化出来る能力があるから、俺はそれを買ってレイチェル嬢に力を貸すのだ。
と言うと、何だか俺の方が優位に立ってるみたいで誤解されそうだけど。
「私には過分な評価でございます、レイチェル様」
「私はね、興味の無いものに時間を費やすほど暇じゃなくってよ」
レイチェル嬢はパチンと1回手を叩いた。
「だから、この話はこれでお終い」
「やや、我が同郷の噂の男が興味の対象に入りませんか……」
「ウェイカー、貴方、家具や調度品の取り扱いはあって?」
「ははあ、これまでよりも大きな商品になりますな。幾つかは職人に覚えがありますが……」
レイチェル嬢は俺との雑談に応じてくれるようになった。
今の話は全部、本題に入るまでの前座。
さぁ本題へ……というタイミングで、小さくノック音が聞こえた。
「あぁ。良い所にお茶のおかわりを持って来てくれたわね、マーガレット」
ノック音の直後に入って来たマーガレットは、見事なカーテシーを披露した。
うーむ、レイチェル嬢の教育の成果が見える。素晴らしい。
「おぉ、お久しぶりですマーガレット嬢!」
揶揄うように大袈裟に言ってみると、マーガレットは少々ムッとした顔を見せた後に微笑んだ。
「さぁ急げアレン、ジーク!今日こそは俺が実技の1位を取ろう!」
「わ、待ってよアドルス様!」
「はぁ……ま、お供しますよ王子殿下」
おぉ、学園内で最もホットな人物が固まっている。
アレンに第2王子殿下に、確かあれはジークフリート様だったかな。
何でも……ジークフリート様は光の妖精の加護を受けてぶいぶい言わせてるとか?あーっと、ぶいぶいは言い方が悪いかな。
第2王子殿下とジークフリート様は犬猿の仲、って聞いてたような気がしたけど……まぁ良いや、ちょっと商談は持ち込めなさそうだからあんまり意識してないんだ。
「ウェイカー、少し聞きたいことがあるのだが」
「このウェイカー、いつでもお役に立ちますルーベン様!」
「どうしてそう貴様は暑苦しいんだ……」
ルーベン子爵家はすっかりウェイカー商会の常連さんになった。夫人が最近では茶器もウチから買ってくれる。
「ルーベン様、あの御3方は最近とても親しいようですねぇ」
何が良いって、なかなかに情報通だから良いんだよ。夫人を始めとして、人脈を作るのが上手いというか。そこから得る情報が多いこと多いこと。
幸運なのは、その才能が息子にも引き継がれていることだ。
「何を……あぁ、妖精の子に、殿下に、ジークフリート様か。知らないか?殿下とジークフリート様が大喧嘩したのを、妖精の子が取り持ったって話だ」
ほら、ちょっと聞いたら情報が出て来た。
「えぇー??」
いや出て来たけど、えぇー??
「以前から殿下とジークフリート様は犬猿の仲だったという噂だが……いつだったか、学園内で顔を合わせるなり大喧嘩になったらしい」
「それをただの平民のアレンが止めたと??」
「いや、まぁ、それはそうだが『ただの平民』とはなかなかに言うな…」
いや、
いやいやいや、
だっておかしいでしょ??
アレン君、平民よ?
平民が王子と侯爵家子息の喧嘩止めるってどういう状況?
喧嘩の内容は知らんけど、どういうことなの??
「基本の勉学に加えて妖精学、剣術、体術……あの3方はどれも首位だろう?確かに身分は天と地ほど違えど、交流が生まれるのも当然と言えば当然だな」
「えぇーアレン平民ですけど……」
「まぁ、不思議なこともあるものだな……」
不思議の次元の話じゃないよ。超常現象だよ。
「噂の平民君は、何だか勉学に苦戦していそうだったけどねぇ?」
「えー、そうなんだ?」
この学園が所有する書物は、とても多い。
どれぐらいかって言うと、4階建ての図書館があるほどには。
出入りする人間は学園の生徒や教員に留まらず、研究者やら王族やら貴族やらとにかく色んな人間が出入りする。
人が多い場所故に、情報収集にはうってつけの場所だったりするのだ。
「王子様と侯爵家子息が付きっきりで勉強を教えていたようだが?」
「なーんて贅沢な専属教師……」
その1フロアを管理する司書の1人。
若く見えるけど実年齢がよくわからないこの司書。
「ははっ、いつ聞いても身分制度ってのはよくわからんね。使える人間か、そうじゃないか。人間なんてそれぐらいの差しか無いと思うけどねぇ」
どうも異世界転生者らしい。
前世では王族も貴族も居ない世界だったようで、この世界では貴族の身分(辺境伯家だったかな?)に産まれたが全然馴染めず、わけわからん発言を繰り返す異端児扱いだったそうな。
そんな異端児が引き篭もったのが書物庫。
ご両親も『まぁ読書に励んで知識を付けるなら……』と放置していたけど、この人の興味の矛先はご両親の予想とは違った。
本の内容自体というよりは『本の内容、名前、著者などを考慮して綺麗に並べて管理するのが大好き』という、ここでも異端児ぶりを発揮してしまったこの人。
家の書物庫を端から端まで整理し、街の図書館を端から端まで整理し、学園の図書館を端から端まで整理し、そのまま国家資格(書物の公的な管理には国が認める資格が必要だ。とんでもない価値の物があったりするからかねぇ。)を取って学園に残って本の整理に勤しむ変わった人。
曰く、『前も変な奴扱いされてたけど、こっちでも変な奴扱いされるとはなぁ?』。されるわ。
「ま、どうでも良いんだぁ。ここは本の出入りが激しくて整理し甲斐があるから」
「うーん、アンタが楽しいなら良いんじゃねぇかな」
図書館で喋ってたらそこそこ仲良くなったので、生徒が何か面白そうな話をしてたら教えてくれと言ってある。
ご両親からすっかり諦められてるとは言え、一応貴族なので敬語を使うべきだが……二言三言くらい言葉を交わしてその考えを捨てた。だって全然敬語を要求してくる感じしないもん。
「でぇ?妖精の申し子だか何だかって少年?」
「妖精の寵愛を受けし子。」
「長いって。どうやらお勉強は妖精にゃ教えてもらえねぇみたいだなぁ?」
クックッ、と笑う司書はきっと俺並みに性格が悪い。
「あのなぁ、チート能力があったって、努力しないと得られないモンがあるんだよ」
「チート?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、「あー、」と司書が少し考えた。
「ズルみてぇに万能な力?みたいな?」
成る程、だとしたらアレンの右目は間違いなくそれだ。
アレンの、なんとなく先を読んでる感じの行動も多分それだ。
「俺にはチート能力は無いけど、前世の記憶があって実質人生2周目ってだけで十二分にチートだね」
「そうだよねぇ!?アレンって人生2周目じゃねぇかなって俺ずっと思ってんだけど!」
「あっはぁ、わけわからん独り言も相まって、あの少年はどうやら『本物』だねぇ!」
「独り言?」
司書は何を配慮したのかは知らないが、俺の耳元で小声で言った。
「『物語と違う』とか『こんなはずじゃないのに』とか……」
「……??」
物語と違う。
それは……その言葉の意味は。
いつぞや会った小汚いおっちゃんのパターンが近いのか……?
「あんまり振り回されない方が良いと思うねぇ、商人の坊ちゃんよ?」
「振り回されてはいねぇよ。最近喋ってすらいないし」
「はは!正解かもな!」
「おっと、雑談は良いから仕事してくれ。これ借りてく!」
「はいよ、坊ちゃん」
司書は俺から本を数冊受け取ると手続きをしてくれた。
え?何を借りるのかって?そりゃあ隣国の文化論とか家具の歴史とか流行論とか……
「お、ようアレン」
図書館から出たところでアレンとバッタリ出くわした。
出くわしたというか、アレンが端の方で座り込んでたんだけど。
「え……?」
ぼやっとしたアレンは、俺のことを見てもぼーっとしている。
うーん、何かすごい疲れてる感じがする。
「おいおい、このモブル様の顔を見てもぼんやりしてるとか何事だよ?この、同郷の、モブル様ぞ??」
「え……あぁ、モブル!うん、ちょっと、疲れてて……ぼーっとしちゃった」
あはは、と笑うアレンはちょっとやつれた気がする。
元々こいつの母ちゃんに似て儚げな、弱そうな見た目ではあるんだけど、それをより強調した感じになっている。
「そりゃお前、すごい方々と一緒に過ごしてるらしいじゃん?多少は無理が出て来るよなー」
「無理……?」
「王子殿下と侯爵子息様だろ?流石に緊張するって」
俺なら常に『ビジネス』を念頭に置いてるので、必要以上には緊張しないが。というか必要以上に仲良くならない。
アレンは違うだろう。純粋にあの御2方と『友人』になろうとしているのだろう。
そうすると少々難しい場面も出て来る……と、思う。アレンが余程上手く立ち回れなければ。
そしてこれは俺の予想だが。アレンは『立ち回りが下手くそ』だ。
「……違う」
「いやー、王家と直接商談ってのは無理あるよなー。侯爵家は……えーとジークフリート様はユークレース侯爵家か。どうかな……あの辺の地域の事情は全然知らねーや」
「……僕は、お前とは……」
「ユークレース侯爵家って確か軍事に強い系の……アレン?」
アレンがぶつぶつと何か言ってるけど聞き取れない。
「……僕は!アドルス様とジークの!親友なんだ!」
と思ったら俺をギッと睨んで言った。
……え?あ、そうなの。それはすごい。
「釣り合ってないなんて言わせるもんか!」
「言ってねぇよ、少なくとも俺は」
「僕は選ばれたんだ!」
「も〜、急にテンション上がるじゃん何なのこの子〜」
俺も商人の端くれ。『欲望』を見る目はあるつもりだ。
アレンの瞳がどうにも『欲望に溺れてる人間』と同じに見えるんだけど……コイツはこれ以上、何を欲してるんだろう?
うーん、欲深い貴族に揉まれて欲深くなっちゃったかな。
適度な欲は活気に繋がるけど、過剰な欲は堕落への一歩だと俺は思ってる。少し、色んな欲が渦巻く場所から離れた方が良いんじゃないかね。お節介だけど。
「お前、たまには街に帰って母ちゃんに顔見せてやんなよ?」
「は?街に帰ったって何も無いよ!あそこでのシーンはもう終わったんだ!」
駄目だ、会話が噛み合ってない感じがする。疲れてイライラして噛み付かれてるのを差し引いても噛み合ってない。
前に司書が『支離滅裂な妄言を吐いてたら頭がおかしいか異世界転生者なんじゃね?』って言ってたけど、俺もそう思う。
「なぁアレン」
「何だよ!」
「お前やっぱ異、」
「アレン?」
遮るように、廊下の奥から声がした。
声の方を見ると、ジークフリート様が不思議そうな顔をして立っている。
「お前がそんなに騒ぐなんて珍しい。どうした?」
「ジーク!……いや、何でも無い!」
アレンは一瞬こちらを見て、ジークフリート様の方へ走って行った。
「ねぇ!妖精と話しに行こうよ!庭園に沢山居ると思う!」
「あぁ……」
ジークフリート様と目が合う。
慌てず騒がず礼をして……顔を上げた時には既に2人とも居なくなっていた。




