雲か靄(もや)
「ねえ、きみさぁ」
―なあに?
「きみ、わたしのお兄ちゃんに会ったことある?」
―質問の意味がよく分からないな。
「まあ、ごめんなさい。あなたなら、きっと、いえ、もしかするといろんなことお見通しなのかと思っちゃったの」
―そんなことないよ。
「わたしには双子の兄がいたの・・・・・・」
―亡くなったんだね。
―そうなの・・・・・・
―その亡くなったあなたのお兄さんにぼくが会ったことがあるかどうか聞いたんだね。
―・・・・・・
―どうかな? それは会ったことがあるのかも分からないし、無かったかも分からない。こうなってからも、ぼくは確かにたくさんの人に会ってきたからね。
「知りたいの。もしあなたの様に身体をなくしてからも存在として居続けているのならば。
―どんなことを知りたいの」
―・・・・・・
私はふと窓を見た。暗い外からは、しとしとと雨音が忍び入るように部屋に響いている。
―会ってみたいんだね。お兄さんに。
私は答えるかわりに、こくりと頷いた。
―きっといつか会えるんじゃないかな。
「そう思う?」
―・・・・・・
―どうしたの?
「ううん。本当はね、本当は、お兄ちゃんに会いたいって思わなくなるのが一番いいのだけれど」
―それは、どうして?
「どうしてか分からないけど、そう感じるの? でも、どうしてもお兄ちゃんに会いたいっていう気持ちが拭えないの」
―・・・・・・本当は、よく分かってるんだね。
「うん。分かっていてもできないの。一番分かっているんだけどね」
少年が瞬きをする。私もつられたように瞬きをした。
―いいんじゃない? 会いたいと思っていても、きっと。会いたいって思う気持ちは、我慢しちゃだめだよ、きっと。
「そうかなあー」
―霞さん、ぼく、正直に言ってもいい?
「なに? 急に改まって」
私は少年の眼差しに少しどぎまぎした。
―霞さんは、我慢しちゃいけないことをがまんしちゃってるんじゃないかな? そんな風に感じるんだよね。ほら、ぼくにはさ、伝わってくるんだけど、霞さんの心の中のあるとことから向こう側が、全然分からないんだ。霞さんの心を眺めていても、時々何も見えなくなるんだ。温度を感じないと言うか、白い雲みたいな靄がかかっているというか。それが何だか今分かった気がする。本当の自分の思いを見ないようにしている。その見ないようにしていることが、ぼくには雲のような靄のようなものに見えるんじゃないかって」
少年は瞬きせずに、私を見ている。
「・・・・・・分かる気がする、すごく」
私は順一を見て、言った。
雨音が教室に満ちていく。
つづく