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心を眺める

 順一と名乗る少年と打ち解けたその夜、私はある夢を見た。それは死んだ双子の兄の夢だった。兄は俊平と言った。品行方正で人一倍正義感が強く賢く健康だった。勉強、遊び友達の作り方、どれをとっても私よりもずっと秀でていた。私にとっては自慢の兄であり、憧れの存在でもあった。一度幼稚園のときお正月のかるたであと一枚で順一に枚数で並べるところまできたが、最後の一枚を順一に取られた時、私は順一の右腕に噛み付いたことがある。それ以来順一は私に勝ちを譲ることがあったがその親心ならぬ“兄心”に、幼い私はまた腹を立てた。

 俊平と私は、各々の自転車にのって家の周りを走っている。秋の風が肌に心地よく、火照った両手を冷ましてくれる。しばらく行くと、初めてみる河川敷を併走している。俊平が河川敷を河原に向かって下っていく。西に傾いた陽の光が照らす黄金色の草の生える土手を俊平の自転車は勢いよく下っていく。その背中を見ながら目が覚めた。

 ふと、今もまだ俊平が自分の横を歩むように年齢を重ねていたらと思うことがあったが、ここ数年そのような妄想めいたことをすることもなくなった。時の流れは全てを押し流してくれるとすら思おうとしていた。時間の帯は過去へと繫がっていても、離れるにつれ遠くの情景はすこしずつそれは霞んでいって、やがて存在も確かめられなくなるように、兄の存在もまた確かめようの無いおぼろげな幻の中に飲み込まれていくようだった。

 私は視線を感じ、我に帰った。

「そう言えば、夏休みに教室の掃除をしていた時のこと。ワックスがけをしていた時よ。教室の後ろのほうに重ねておいた椅子が突然崩れたの。絶対に崩れないように重ねておいたのに。確かに窓は開けていたけど、弱い風が入ってくる程度だった。そもそも風で動くような物ではないし、崩れるような危うい置き方もしていない。あの時、あなたが悪戯をしていたの?」

―ううん。

 少年は首を横に振って続ける。

―そういうことはしないな。例えば物を動かしたり、風を起こしたり、温度や湿度を変えたりもね。ぼくはただ、そこにいる人の心を眺めているだけ。景色を眺めるみたいにね。

「心って眺められるものなのね」

―人はさ、身体があるから中が見えない。つまり体の中にある心が。もしかすると身体の一部である目を使ってしか眺めていないのかもね。ぼくには眼球そのものがないし、そこから入る視覚情報を処理する脳も持っていないから。だから、逆に心を眺めることができるのかも。

「そうかー。お互いの気持ちが分からなかったり、心が通じ合わないって感じるのは、この身体があるからなのね。すごく納得しちゃった。身体がある分、言葉を使わないと自分の思いを伝えることもできないのね。生まれる場所が違えば、その言葉まで違ってくるから、わざわざ外国の言葉を学ぶことまでしないといけなくなるのね」

相手に伝える言葉のチョイスを誤って関係がギクシャクしたり相手からの言葉に救われることもある。そんな言葉の存在感を高めているのも、私たちが持っている身体なのだろう。今、少年とわたしのコミュニケーションが驚くほどスムーズなのはきっと少年が身体をもっていないということに関係しているんだと私は諒解した。


                  つづく


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