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神的な

 この頃、潜在意識というものの存在を自らの内に感じるようになった。生き別れた母がどこからともなく潜在意識の入り口を通って彼女は背中だけを顕すのである。顔も見せず、言葉もこぼさず、その背中から伝わるメッセージは、お前の進む道はそっちではない。そんなメッセージを伝えてくる。母から初めて教えてもらうことがそんなことであるのは、不条理に思えたが、母の存在は絶対的で、まるで触ることのできる神の様だと感じる。その小さな背中を見るだけでも、少しだけ私の胸の空白が満たされた気持ちになったりもした。私と母との関係は、誰から否定されることもなく肯定されることもなく、もちろん知られることもなく今の胸の中にしまっておくものとしてあると信じていた。それがどれほど自分を追い込み痛めようとも。


誰からも母と私の仲を邪魔されたくはない。


それは祈りにも近いある種の信仰になっていた。心の片隅にいつも母がいた。強く意識することもあれば、敢えて隠したくなることもあった。それは一般的には、思春期の親と子の関係に似ていると思う。いくら遠ざけたいと思っても遠ざけることはかなわない。意識するほど、その輪郭が明らかになる。


中学生の時、友人達が母親の愚痴をこぼしたり、ときに自慢げに話して聞かせたりしてきたときは、自分の中の母親については隠して、なぜか素直に母への不満や反感を口に出せなかった。そんな時はいつも、嘘の母親像をつくって語った。孤独な自分を感じた。孤独感の代わりに、高みから友人たちを見ている自分を思い描いた。


自分は孤高なのだと。


母親的な存在を年上の女性に求めたこともあった。ある時は保健室の養護教諭であり、ある時は知り合いの女性だった。しかし彼女たちは時が来ると私の前から姿を消した。それが分かると私は母親を感じさせる女性たちと一緒にいると、別れのときを先回りして感じてしまい落ち着かなくなった。彼女達に、不意に冷たく接してしまったり、生意気な態度をとったりと、自分の思いとは裏腹な態度をとる自分に嫌気がさした。やがて自然と年上の女性とは関わることを拒むようにした。どうせ彼女たちにとって自分は通行人程度の存在でしかないのだから。私は幼いときからそうであったように、終始物分りの良い少女を演じることを心がけた。それは自分の心を守るために身につけたスキルでもあった。次々と移り変わる世界に自分を賭した異議申し立てをしたところで、世界の色を明るく塗り替えることなどできはしないのだから。無駄な力は使わずに省エネでいこう。流行の言葉に自分の行き方を重ねた。


私は母親に愛されたことがなかった。


より正確に言えば、愛されていると感じたことがなかった。彼女はいつも、自分の欲求を叶えるために要求をしてきた。私がそれに答えられないと決まって怒った。

熱いものがこみ上げてくる。また天井を見た。暖色の照明が滲む。母親のことを思って泣いたことなど一度もなかった。母もまた光をもたない人間だったのかも知れない。今初めて自分と母が重なった。母親は自らが母であることから逃げなかった。自分は今、教職から逃げようとしている。この場から離れなければどうにかなってしまう。


                  つづく


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