天井の色
―霞さん、久しぶりに、ぼくと箱を開けに行こう。
「そうね」
わたしは、母とわたしの何かが動き始めたのを感じながら頷いた。
―さあ、次は?
その繭のような白いものを胸に抱いた。少年は、そっとわたしの手に両手をそっと添え、手首を握った。少年の掌の温かさと同時に繭が透き通って透明な塊になった。するすると流れ入るようにわたしの胸の中に染み入ってきた。
小学生の自分がいた。「ただいま」という自分の帰りを伝える声に答えて欲しかった。でも、その母は兄の死に心を痛め、仏壇の前で崩れるように泣いている。その姿を目にして以来、わたしは帰るとき、黙って静かに自分の部屋に行くようになった。母もそれを望んでいると信じて。
母の背中に、言えなかった帰宅を告げる声が、わたしの胸に広がった。小学生のころの自分が受け止めて欲しかった「ただいま」を、少年とともにたった今両腕に抱きしめた。
その夜、三度目の母になる夢を見た。
「お母さん! ただいま」
玄関から薄茶色のランドセルを背負ったまま小学生姿の自分が駆け込んでくる。
仏壇の前に正座していたわたしは、玄関の声に我に返って、慌てて短い廊下に出た。左右の手を広げようとした。狭い廊下の壁に手の甲がぶつかる。それでも、何とか小さいわたしが駆け寄ってくるのに身体を開くのが間に合った。
どんと音を立てて身体と身体がぶつかる。
薄い胸に固い額が当たった。
「危ないっ」
私は小さな自分を抱いたまま廊下に仰向けになってそのまま倒れた。後頭部を痛打した。夢なのに確かな痛みがある。廊下の天井が見えた。あの廊下の天井はこんな色をしていたのか。
「お母さん、ただいま」
小さな自分が胸の中でわたしに囁く。
わたしは後頭部の痛みに顔をしかめながら、精一杯の笑顔でそれに応えた。
つづく