母との邂逅(かいこう)
それはちょうど冬の始まりを感じ始めた頃だった。
高い煙突を見上げている。
その先からは白い煙が、風のない曇り空に昇っている。と思いわたしは、はっと息を飲んだ。
雲の切れ間から覗くはずの空が色を失ってはるか遠くにあった。
わたしはある視線に気づいた。横に立つ少女の視線だった。上目遣いにこちらを見ている。それは幼い日のわたしだ。わたしはすぐ側に立って、自分を見上げている少女にどんな眼差しを向けてやれば良いのか分からなかった。果たしてどんな言葉をかけてやれば良いのかすらも分からなかった。
わたしは再び母として兄の葬儀の日に引き戻された。
空だけでなく、葬儀場の建物も、参列した親戚達も見るもの全てにあるはずの彩が失われている。わたしはただ、そこに立っているので精一杯だった。
目を覚ますと、わたしはベッドの上に横たわっていた。こんな日は、仕事に出かける気にもならなかったが、でもこのままベッドで横になっている方がよほど不幸な気がした。とりあえず、ベッドから起きて日常を始めよう、そう思った。
放課後教室で一人、仕事をして彼を待ってはみたものの、それからしばらくの間、順一という少年はわたしの前には現れなかった。朝の電車で胸の中で彼に語りかけてみたが、それに応える声も聞かれなかった。
―久しぶりー
もう現れないのかと諦めかけた頃、少年はひょっこりいつものように放課後の教室に訪れた。
「ずい分、ご無沙汰ね。もう来ないのかと思ったわ」わたしは子ども相手に明らかにすねた様な口の利き方になった自分が恥ずかしかったが、言ってしまってから後悔しても仕方がない。
「ずっと来て欲しかったの」
―何かあったの?
少年はわたしの胸のうちがまるで伝わっていないようだった。そんなはずはないのに。
「また自分がお母さんになったのよ。夢の中で」
―どんな場面だったの?
「お兄ちゃんのお葬式。それでね、今でも目に焼き付くように憶えているんだけど、火葬場の煙突から出る煙を見ているうちに、空が煙と同じ灰色に変わっていくの。そうしたら周りの何もかもが色がなくなって白黒映画の世界みたいにモノトーンになるの」
少年に母として兄の葬儀に立ち会っている夢の話をしているうちに、これまでの母について理解すべき全てをわたしが諒解していった。その過程は、固くかたまりほどけなくなった紐の結び目が、するするとほどけていくのにどこか似ていた。
つづく