時空を漂う
身体をもった人間同士だって、似たもの同士生活を共にしている。それは町の中の住居の集まりを見てもそうだし、職場の同僚同士の結びつきもそうだ。あまりにも違う生活観だったり生活水準の人たちと同じ地域では暮らせないし、価値観や趣味の似通ったもの同士は波長が合う。そういう人々を結びつける核のようなものが身体を持たない少年達のような存在たちにもきっとあるのだろう。これまで信じるどころか思い浮かべることすらなかったことが、さも当たり前のことのように私の中にあった。
―今霞さんが思っていることは、きっと無意識に知っていることだったんだろうね。だからぼくの話に抵抗感無く入っていくんだね。無味簡素なブランクに、しっとりと潤いのある温かな何かが満たされていくのに似た感じを私は自分の中に確かめることが出来た。
「わたしは今まで人と人、いえ、自分と誰かが本当に分かり合えることなんてあり得ないと信じてきたの。でも、たった今その信じていることが少し揺らいだというか少しだけ解け出したって感じがするの。固い氷が暖められて柔らかくなってやがて水になるように。もちろん誰とでもって訳じゃないのよ。分かり合える何かを持っている者同士。それぞれの中にあるものを照らし合わせることが出来たら、それってすごく素敵なことじゃない。すごく胸が熱くなることね、きっと。
―心が満たされて争いごとが全然無い人たちが集まっている場所にいたこともあるよ。それは、ここ(少年は指で床を指しながら)で言う天国ってところなのかも知れないね。
「ちょっと聞いていい? どうしてその場所にあなたは留まらなかったの?」
―そうだね、たしかに。
少年は笑いながら首を振った。自分でも理由が分からないとでも言うかのように。
―合わなかったのかもね。確かに居心地の良い場所だったけど、物足りなかったたというか。
「へえ、そんなものなの? この世からすると争いごとも苦しいこともない、あらゆる悩みから自由になれる天国って最上の場所かと思うけどな」
―人によるのかもね。きっと天国が居心地が良くてずっとそこにいる人もいるんじゃないかと思うよ。
「そういえば、ずっと行ってみたかった外国に滞在してみたけど、結局日本に戻ってきちゃう人もたくさんいるものね」
―意外とここも居心地がいいもんでしょ?
「悩みごとも辛いこともたくさんあるけどね」
ー悩み事や問題が解決したと時って気持ちがいいじゃない。
「確かにね。ずっと失くしていた物が、思いも拠らぬところから出てきた時なんて、特別に何だか嬉しくなるの」
―何も良いことなんて起きてないのにね。
「そうそう、それなのに嬉しくなるの」
私は考えようによっては、途方もない話をしているのに、また別の考え方によっては、他愛もない日常的な会話だった。
この実態の薄いようで、とても濃い様で、固いようで緩いような時間の流れに、私はいつまでも漂っていたかった。
―何でも無いことに悩んで、何でも無いことに喜んでる。
「もしかすると今の私にとっては、喜びを得るには、ほどほどの悩みが必要なのね」
つづく