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BGMの様に

ふと、脈略もなく、ある少年との時間が、今の時間に流れ込むようにして入り込む。それは、今目の前に展開する出来事やわたしの言動を邪魔することなく、BGMの様に自然に染み渡り、わたしの時空に馴染む。



「どうして、君はわたしの前に現れたの?」

私は、何度目になるだろうか、やはり気になって、そのことを聞いたのだ。それは少年には自分の思っていることが透けて見えているだろうと思ったからだった。隠していても仕方ない。そして、そんな自分の胸のうちが相手に筒抜けになっていることが、すごく楽に感じた。もう隠してもしかなないのだ。


―それはね、あなたが僕を求めたからだよ。

「え?」

それまでとは異なった少年の答えに私の心臓はピクンと鼓動を打った。

―そう。

「わたしがあなたを?」

―ぼくって誰からも見えるわけではないんだ。ぼくを見たい人しか見えないの。

「分からないわ。そんなこと言われても」

―受け入れられないのは、分かるけれど……申し訳なさそうに、少年は両肩を少し下げてそう言った。

 ―少しぼくの話を聞いてくれる?

「もちろんよ。どんな話?」

―ぼくがどうしてあなたの前に現れたかということを理解してもらうために必要な話さ。

「聞いてみたい。どうぞ」

―ぼくたちのような存在は、考えや思いによって具体的なものが現れてくるようにできているんだ。だから、苦しいことや辛いことばかりで作り上げられた現実に集まって過ごしている人たちもいる。似通った考えや思いをもっている人たちの集合意識でできている世界なんだ。それとは逆に嬉しいことや喜ばしいことばかり心に抱いている存在で作り上げられた世界にいる人たちもいるんだ。

「人間世界ではちょっと考えられない」

―そうかな?

「え?」

―人間の世界にも外国とは違う考えや信仰があってそれに伴って違う現実がつくられていることってあるでしょ? それと似ているよ。

「うん? 」

―例えば、カレーライスをスプーンで食べるぼくたちだけど、インドでは手を使って食べるって聞いたことあるよ。霞さんのクラスの子が給食を手で食べ始めたらどうする?

目の前にいつもの給食のカレーを手で食べている子供達が見えた。それを見て、呆気にとられている自分の姿もある。想像とは明らかにリアルな映像が見えた。

「本当ね。あんなことは日本の学校じゃありえないものね。たしかに私たちも想念や観念が現実を作り出しているってことはあるわね」

―あれは何?

少年はふと、教室の後部にあるロッカーの上に置かれているグローブに意識を向けた。

「あ、あれね。あれは大谷選手って知ってる?」

少年は首を傾げた。

「そうよね、知らないよね。日本人のメジャーリーガーなんだけど、とにかく凄いの。ピッチャーもやってバッターもやって、どちらも超一流なの」

―へぇ。

「そんな大谷選手が日本中の小学校にグローブを寄贈してくれたの。それもすごいでしょ。それが今は順番でうちのクラスに回ってきたの」

少年の話と大谷選手のメジャーリーグでの大活躍が私の思考の中で結びつき、少年の言った、想念や観念が現実を作り出すということが一抱えに飲み込めそうな気がした。

―そういうことだよ。

―そうやって、こっちの思考に入ってこないで。

笑いながら私は少年の想念を制した。

これまで誰もが否定してきた“二刀流”という離れ業を世界最高峰のリーグで実現してしまった選手は、もしかすると少年の話している現実の作り方を熟知していたのかもしれない。そして少年が言っていたように多くの意識が集まってより強固な現実が作られていくのならば、これからは本当に二刀流の一流選手が多く生まれてくるのかもしれない。

 そんなことを思っていると、中学時代の体育の教師が言っていたことも思い出された。

「人間、自分ができると思えば何でもできるんだ。昔は100メートルを9秒台で走れるなんて思っていなかった。しかし、一人の選手が10秒を切ったのを皮切りにどんどん10秒を切る選手が現れた。他の選手が、『あいつができるなら俺もできる』って思ったんだ。要は、できるって思ったらできるんだよ」当時は、その精神論に辟易としている生徒の一人ではあったが、今になって少年の話と照らし合わせてみると、案外目から鱗が落ちる思いがする。けっこう思い込みや先入観が自分たちの現実世界を構築しているのかもしれない。

私は四角い顔の日焼けした陸上部顧問の顔を親しみをもって思い浮かべた。

 教室のロッカーの上を見ても、大谷選手のグラブはない。二つの右利きと一つの左利き用のグラブは既に校庭に活躍の場を移して、体育のソフトボールの授業で子供達と楽しい時を送っている。


                    つづく



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