巡礼たちの謎かけ(こんとらくと・きりんぐ)
舗装された道路の先には摩天楼がある。
そして、ターゲットもそこにいた。
ショートカットの少女、もしくは長髪の少年に見える殺し屋は涙色のクーペを運転しながら、カップケーキを食べていた。
ひと箱六個入りで、最後のひとつを食べ終えると、指に残った砂糖のカスを全部なめて、紙ナプキンで手を拭いた。
道路は針葉樹林のなかを通っていて、杉の樹幹の上に高層ビルが見える。
しばらく走っていると、キャンプ場に車が七台集まっているのが見えた。
ひどく古い自動車に家具やマットレスを積んだ一団はテントを立てていて、主婦らしい女性たちが集まって話し、子どもたちに遠くには行かないこと、と釘を刺していた。
このキャンプの真ん中には青い旗が立っていて、白い天使の姿が染め抜かれていた。
好奇心で殺し屋は車を路肩に寄せたが、カタギに見られたら、よくないものがないか、車のなかを見回した。すると、ダッシュボードに三十八口径弾を六発込めたリヴォルヴァーが置いてあったので、それをカップケーキの空き箱に入れて、床に落とした。
殺し屋が車を停めると、髪がぼさぼさした初老の男と若く美しい娘が歩いてきた。初老の男は足が悪いようで、娘に付き添われながら、足を引きずって、ゆっくり歩いてきた。
「こんにちは!」足の悪い初老の男が言った。
「こんにちは! キャンプですか?」
「いえ、わたしたちは巡礼ですよ。二十七人の巡礼です」
「巡礼?」
「わたしたちは天使団の巡礼です」初老の男は杉の上に見える高層ビルを指差した。「わたしたちは物質主義に毒された魂を救うために天使の聖地へ行くのです」
「物質主義?」
「お金やお酒、カードを使った賭け事や秘密の選挙協定。そういったものから脱出して、魂を救済するのですよ」
「それはまあ、なんというか立派なことですね。ビールも物質主義ですか?」
「ええ、かなり」
「ぼくはビールが好きなんですよ」
「大丈夫ですよ。天使の巡礼団は寛容を大事にしていますから」
「それは素晴らしいですね。ある歴史家が言っていました。人類があとほんの少し寛容で、他人に親切にしていたら、歴史上の戦争の九割は防げたって」
「ええ、ええ。その通りです」
とはいうが、殺し屋はさっきから古いトラックのそばにいる太った男がいやらしい目で若い娘を見ていることに気がついた。それに初老の男は気づいていないが、娘は気づいていて、怖がっていた。
殺し屋は他の巡礼たちを見たが、みんなよりもいい服を着た主婦を見る他の主婦の目は抑制はされているが、嫉妬が隠しきれず、また若者たちが魔法瓶で回し飲みしているのはおそらく酒だった。
初老の男はその全部に気づいていないようだった。
「じゃあ、ぼくは行きます」
「お気をつけて。あなたに天使のご加護がありますように」
キャンプ場がバックミラーから見えなくなったころに、ふと殺し屋は銃を入れたカップケーキの箱を床に隠したのを思い出した。
車を停めて、手を伸ばした。
指は箱に触れなかった。
「え? なくした?」
かがんでみたが、カップケーキの箱はそのなかに入れた銃と一緒に忽然と消えていた。
二日後、殺し屋はターゲットをきちんと葬り、報酬ももらって、都会を後にした。
針葉樹林の道路を走りながら、殺し屋はあの巡礼たちのキャンプ場に人を埋めた土の山が六つほど残った情景を想像していた。
キャンプ場にやってくると、車は家具を積んだまま、二日前に殺し屋が見た通りに停まっていた。
そして、土の小山が二十六あり、キャンプ場の真ん中に胸に風穴を開けた初老の男が仰向けに倒れ、渇きかけたうつろな目に曇り空を映していた。
カップケーキの箱は初老の男から十メートル離れたところに置いてあり、なかには三十八口径があった。弾倉を開けると、六発全部が撃たれていた。
だが、初老の男の心臓には七発の弾丸がめり込んでいた。




