第96話:グレイソン様が私と話がしたいですって?
「お待たせしました、お父様。私はとても元気にしていますので、どうかそう頻繁に通信を入れてこないで下さい。使用人たちも忙しいのです。こちらから折り返しますので」
通信に出るなり、お父様にやんわりと苦情を入れる。
“ルージュから折り返しが来た事なんて、一度もないだろう。使用人に迷惑を掛けたくないなら、必ず通信機を持ち歩いて行動しなさい。本当にルージュは!”
そう言ってお父様が怒っている。なんだか面倒になって来たわ。
「お父様、私は今から湯あみを済ませて眠るところです。忙しいので通信を切りますよ」
これ以上お父様の戯言に付き合っている暇はない。さっさと通信を切ろうとしたのだが…
“待て、ルージュ。実はさっき、グレイソンと話をしたんだ。グレイソンはルージュが出て行ったことを、酷く気にしている。それで、もう一度ルージュと話をしたいと言っているのだよ”
「グレイソン様がですか?」
きっと私が国を出て行ったことを、申し訳なく思っているのだろう。やはりあんな手紙を残していくべきではなかったわ。
「私の事は気にしないで下さいと、お伝えください。それに私は、叔母様の居るパレッサ王国に向かわないといけないのです。既にたくさんのお土産も船に乗っておりますし、叔母様に会うのも楽しみにしておりますので。最低でも2ヶ月は帰国出来そうにありませんわ。私は楽しい時間を過ごしておりますので、どうかお気になさらずと、お伝えください」
“そうだな…急には帰国出来ないよな。わかったよ、ただ、グレイソンは一度ルージュときちんと話がしたいと言っているから、必ず帰国するのだよ”
グレイソン様が私と話か…
きっと“僕が出ていくから、君には屋敷に残って欲しい”とでも言われるのだろう。グレイソン様はそう言う人間だ。
「分かりましたわ。ちなみに私が帰るまでは、グレイソン様は公爵家にいるという事ですよね?」
“ああ、もちろんだ。グレイソンもルージュの帰りを待っているから、なるべく早く帰ってくるのだよ”
「分かりましたわ。それからお父様、こう頻繁に通信を入れられると、困ります。これからはこちらから用事のある時のみ通信を入れますので。通信は控えて下さい。どうかお父様は、グレイソン様の心のケアを最優先に考えてあげてください。分かりましたね?」
“…分かったよ。いいかい、ルージュ。出来るだけ早く帰ってくるのだよ。分かったね”
「ええ、分かっておりますわ。たくさんお土産を買って帰りますので、楽しみに待っていてください」
そう伝え、通信を切った。
「やってしまったわ…きっとあの手紙を見て、私に申し訳なく思ってしまったのね。どうしよう…そうだわ!」
私は急いでセレーナに通信を入れた。
“ルージュ、どうしたの?こんな時間に”
「ごめんね、セレーナ。実はさっきお父様から、グレイソン様が私と話をしたがっているから、帰って来いと言われて…きっと私が国を出たから、グレイソン様が心を痛めているのだわ。お願い、セレーナ、メアリーやマリーヌ、ミシェルと一緒に、私の事は気にしなくてもいいと、グレイソン様に伝えてくれないかしら?これ以上私は、グレイソン様に迷惑を掛けたくないの。私はパレッサ王国で、幸せに暮らすからと」
“分かったわ、任せておいて。ただ、ずっとパレッサ王国で暮らすつもりなの?”
「そうね…グレイソン様の為にも、私は国には帰らない方がいいと思うから」
“分かったわ。好きなだけパレッサ王国にいたらいいわ。こっちは任せて頂戴”
「ありがとう、セレーナ。他の3人にも私から話しておくから」
“あら、わざわざ連絡をしなくても、私が明日皆に伝えておくわよ”
「いいえ、私の口から皆に伝えたいの。それに、3人とも話がしたいしね」
“ルージュらしいわね。分かったわ。ルージュ、こっちの事は気にしないでいいからね”
「ありがとう、それじゃあまたね」
セレーナと通信を切った後、3人にもそれぞれお願いした。皆快く承諾してくれた。きっと4人が、グレイソン様を上手く説得してくれるだろう。
このままグレイソン様がずっと、公爵家で私の事を忘れて、穏やかに暮らしてくれたら…
私の事を忘れて…その言葉にずきりと胸が痛んだ。だめだ、まだ心が痛い。でもいつか、この痛みも和らぐ日が来るわよね。