【 レコード盤に針を落とす時】
未華子は、二十歳。専門学校に通っている。学校が終わるとアルバイト先である個人経営の店【和食処 悠の里】へ直行する。その店の親方は、最寄り駅の商店街で和食店を古くから営んでいた。
ある日、親方は、辞めていった板前の補充をするつもりで、駅の掲示板に求人広告を出した。それを見てやって来たのが善幸だった。
彼は二十三歳。高校を卒業し、職に就くも興味が持てなかった仕事は潔く辞めてしまう。一言でいえば、忍耐力に欠ける青年だった。
ところが、この店で見習いとしてひと月が過ぎた頃から、魚の捌き方に興味を抱くようになる。包丁など手にしたことがない彼が〝俺は料理人になる!〟と決断したのはこの頃だった。
ある日、事件が起きた。それは、善幸にとって〝なんでもない普通の女の子〟から、異性を意識させるステージへ格上げしなければならないほどの突発的な出来事だった。
未華子は、奥まった小上がりで、衝立て二枚を引き寄せ接客用の着物に着替えていた。突然、パーンッ、パーンッと、二度ほどケツを杓文字で引っ叩くような音を立てる。衝立てが倒れたのだ。露わな下着姿を善幸だけに見られてしまった未華子……。
ある日、未華子は善幸をデートに誘った。東京駅で遅い昼食を済ませ、夜景のきれいな【港の見える丘公園】へと向かった。その途中、山下公園に立ち寄る。山下公園を散策しながら、彼女は自分が大動脈弁膜症で、いずれ大手術を受けなければならない身体であることを打ち明ける。
その後、向かった【港の見える丘公園】では、複雑な家族関係であることをも話してしまった。今となっては、すべてを一気に話してしまったことを後悔した。ある日、親方が病で倒れ止む無く閉店した後、善幸からの連絡は途絶えてしまったからだ。
最初で最後のあのデートから一年が過ぎていた。
山下公園の桟橋に艫と舳を身動きできないように錨泊されている氷川丸。その姿を、未華子はひとりベンチから見据えている……。
善幸は親方から紹介された店で見習いとして再び働きはじめていた。その店で、精神力と忍耐力を身に付けようとしているのだろうか。ともあれ一端の料理人になるために頑張っているに違いない。
でも……もう迎えに来てくれてもいいのでは? と未華子は“ある覚悟”を持って待っていた。
ある日、親方は、辞めていった板前の補充をするつもりで、駅の掲示板に求人広告を出した。それを見てやって来たのが善幸だった。
彼は二十三歳。高校を卒業し、職に就くも興味が持てなかった仕事は潔く辞めてしまう。一言でいえば、忍耐力に欠ける青年だった。
ところが、この店で見習いとしてひと月が過ぎた頃から、魚の捌き方に興味を抱くようになる。包丁など手にしたことがない彼が〝俺は料理人になる!〟と決断したのはこの頃だった。
ある日、事件が起きた。それは、善幸にとって〝なんでもない普通の女の子〟から、異性を意識させるステージへ格上げしなければならないほどの突発的な出来事だった。
未華子は、奥まった小上がりで、衝立て二枚を引き寄せ接客用の着物に着替えていた。突然、パーンッ、パーンッと、二度ほどケツを杓文字で引っ叩くような音を立てる。衝立てが倒れたのだ。露わな下着姿を善幸だけに見られてしまった未華子……。
ある日、未華子は善幸をデートに誘った。東京駅で遅い昼食を済ませ、夜景のきれいな【港の見える丘公園】へと向かった。その途中、山下公園に立ち寄る。山下公園を散策しながら、彼女は自分が大動脈弁膜症で、いずれ大手術を受けなければならない身体であることを打ち明ける。
その後、向かった【港の見える丘公園】では、複雑な家族関係であることをも話してしまった。今となっては、すべてを一気に話してしまったことを後悔した。ある日、親方が病で倒れ止む無く閉店した後、善幸からの連絡は途絶えてしまったからだ。
最初で最後のあのデートから一年が過ぎていた。
山下公園の桟橋に艫と舳を身動きできないように錨泊されている氷川丸。その姿を、未華子はひとりベンチから見据えている……。
善幸は親方から紹介された店で見習いとして再び働きはじめていた。その店で、精神力と忍耐力を身に付けようとしているのだろうか。ともあれ一端の料理人になるために頑張っているに違いない。
でも……もう迎えに来てくれてもいいのでは? と未華子は“ある覚悟”を持って待っていた。
第一章 ― プロローグ ―
2023/07/15 17:48
(改)
第二章 ―未華子との出会い―
2023/07/17 00:00
(改)
第三章 ―親方がまだ元気だったあの頃―
2023/07/18 00:00
(改)
― 照明がもたらす効果 ―
2023/07/20 00:00
(改)
― 満足感って色々あって―
2023/07/21 00:00
(改)
― 衝立が倒れた瞬間から ―
2023/07/22 00:13
(改)
― ジッパーの開け閉めの音とは ―
2023/07/23 00:00
(改)
第四章 ― 料理人の心 ―
2023/07/25 00:00
(改)
―飲食店経営のディープスポット―
2023/07/27 00:00
(改)
― 雲間が見えそうで見えない関係 ―
2023/07/29 00:00
(改)
―【港の見える丘公園】って―
2023/07/30 13:06
(改)
― 黄色い丸葉すみれの涙 ―
2023/07/31 11:21
(改)
― 椎茸の足の旨味を利かせたい ―
2023/08/01 13:24
(改)
― 穴子づくしからの話 ―
2023/08/02 14:01
(改)
第五章 ―明日の行方―
2023/08/03 13:14
(改)
― 許された嘘 ―
2023/08/04 12:13
(改)
―夾竹桃と紫陽花とスズランの共通点―
2023/08/05 13:34
(改)
第六章 ― 小菊の胸の内 ―
2023/08/06 15:39
(改)
―スタイリッシュなミカタ嬢―
2023/08/07 13:13
(改)
―イチョウ並木に落としてきた苺―
2023/08/12 21:19
(改)
―サンドイッチで甘食の感触とは―
2023/08/13 20:21
(改)
―頼れるクルミ姉さんの悩みとは―
2023/08/14 21:24
第七章 ―優しさの伝え方―
2023/08/16 02:33
(改)
―フロアレディーのローズは何者? ―
2023/08/18 17:32
第八章 ―高く聳え立つマリンタワー―
2023/08/19 17:37
(改)
第九章 ―【港の見える丘公園】の静寂―
2023/08/20 16:43
(改)
―真っ赤な無数の筋―
2023/08/22 16:18
―釣りに行く理由―
2023/08/23 03:21
―義父と赤いジャケット―
2023/08/24 07:28
―十日町のスナック〖すずらん〗―
2023/08/26 19:07
― スナック〖女の園〗での暗澹 ―
2023/08/27 05:47
(改)
―赤い服を着た赤ちゃん―
2023/08/27 09:47
第10章 ―バスの窓から―
2023/08/28 09:18
(改)