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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
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8話 転生勇者の動機と義兄の企み、そして創世神話

 プルモリー・アグナス・カラト。カラトの森出身のエルフで二百歳以上生きている女性。水と風だけではなく土と火にも高い敵性があったのと、「声を聴いて対話するのが面倒くさい」という理由で精霊使いではなく魔道士を志す。そして森を出て、魔道士ギルドに所属後頭角を現しメルズール王国でも一二を争う実力の魔道士にまで上り詰めた。


 彼女の立場や行動は現時点ではエルナイトサーガに書かれていた物と変わりない。違うのは、リヒトに対する指導が熱心である事ぐらいだ。

 そんなプルモリーは原作では、王立学校で開かれる武闘大会で勝つために、リヒトを暗殺しようとした事等の悪事が露見しゼダン公爵家を廃嫡になったカイルザインに殺されている。王国で一二を争う魔道士である彼女だが、『呪われし聖具』の一つであるカオスリングによって無限の魔力を手に入れ、時間魔法と空間魔法を習得したカイルザインには敵わなかったのだ。


 エルナイトサーガでカイルザインが手にかけた最初の名前のある登場人物となったプルモリーだが、彼女は後に再登場する事になる。

 滅天教団の一員となったカイルザインによって遺体を持ち去られた彼女は、アンデッドとして利用され彼の配下の一人、妖魔道士プルモリーとしてリヒト達の前に立ち塞がったのだ。







 原作で自分がそんな運命を辿るとは知らないプルモリーは、公爵家の跡取りになりたいという弟子の顔をじっと見つめた。


 貴族の子弟が将来当主になる事を望むのは当然の事だ。当主とそれ以外の一族では自由になる権力と財産の大きさがまったく違う。

 そうした理屈抜きでも、貴族の子弟は家督を継いで当主になりたいと考えるものだ。

 平民でも、子供が親の家業を継ぎたいと思うのを不自然に感じる者はいないだろう。


 もちろんそうでない者も少なくない。貴族の家に生まれても家を継ぐ事を拒否し、出奔して平民として生きる事を夢見る者も少なくない。

 しかし、リヒトの場合は当てはまらない。何故なら彼は今さっき、「後継者になる」と言ったのだから。


「だけど、君が公爵になりたがっているようにはあたしには見えない。なんていうかな、カイルザイン君みたいな必死さが無いというか……熱意が足りない?」

 そのはずだが、プルモリーの目にはリヒトがゼダン公爵になりたがっているようには見えなかった。


「あたしはこう見えても人種と比べると長く生きているし、貴族の家庭教師をするのも君が初めてじゃないから、家督を巡って争っている人達を見た事は何度かある。

 程度の差はあるけど、そういう人達はもっとギラギラしていた。なのに、リヒト君は――」


「僕はギラギラしていない?」

「うん。全くしていない訳じゃないけど」

「それは……当たっているかもしれない」


 リヒトには、ゼダン公爵家の当主の座そのものに思い入れは無い。広大な領地も、莫大な財産も、権力や王位継承権も、それを維持するための苦労を思うとあまり魅力を感じない。

 むしろ、実の両親のように冒険者にでもなって自由に生きた方が楽なのではないかと思う。このまま鍛えればB級ぐらいにはなれるだろうし、そうなれば生活に不自由する事は無いだろう。

 魔道士ギルドに就職して、プルモリーのように研究者になるのも面白いかもしれない。


 だが、リヒトは『ゼダン公爵家の後継者』にならなければならない。何故なら、エルナイトサーガで主人公がそうなっているからだ。

 ただの原作原理主義という訳ではない。


 エルナイトサーガの中編後期から後半にかけて、主人公のリヒトはゼダン公爵家の跡取りという肩書を隠さず行動していた。

 カイルザインが廃嫡されたからだが、滅天教団や他の犯罪組織と戦うのに王国の貴族や他の国の協力を得やすい立場だったからだ。


(情報を集めるだけなら、冒険者ギルドの上級冒険者や魔道士ギルドの上級魔道士でも出来るだろうけれど、滅天教団は各国の貴族とも繋がっている。公爵家の跡取りと言う立場でなければ、欲しい情報が手に入らない。

 各国からの協力もそうだ。順位は低くてもメルズール王国の王位継承権を持つ公爵家の跡取りなら、各国の貴族や王族、エルフやドワーフの長とも会う事が出来る。勇者として名声が高まれば猶更だ。

 冒険者じゃそうはいかない)


 冒険者には憧れるし、身軽で動きやすい。冒険者だからこそ出来る事もあるだろう。だが、大陸規模で陰謀を巡らせ大きな被害をまき散らす滅天教団と戦うのは個人が数人から十数人のグループでは不可能だ。

 もっと大きな……国を動かす力が必要なのだ。そして、それは冒険者では持ちえない類の力だ。


「プルモリー先生、僕は両親が何故命を落としたのか、それが何者かの仕業なら、それは誰で何故両親を殺したのか知りたい。そして、犯人を罰したい」

「そのためには、公爵になるしかないって?」

「冒険者や傭兵でも可能かもしれません。でも、僕にはそこまでできる自信が無いから、公爵家の力が欲しい」


 誤魔化しなく応えるなら、「エルナイトサーガの原作から大きく乖離した状況で、原作通り仇を討ち世界を救えるか自信が無い」だ。

 リヒトが『エルナイトサーガ』の主人公リヒトより勝っている点は、前世の知識がある事だけだ。そのため、原作知識が活かせない状況で上手く立ちまわれる自信が無い。


 また、彼の前世の葛城理仁はただの会社員だった。それなりに責任のある仕事もしていたが、他人の命や国の存亡、世界の存続に直接関わるような責任を果たした経験はない。


 そして原作から逸脱しすぎた結果、滅天教団を倒せず大魔王が復活して世界を滅ぼされてしまったら、何の意味も無い。


(いや、原作知識があっても原作と同じ事が出来るかどうか、不安な事はいくらでもある。ハイエルフの穏健派の信頼を勝ち得たのは原作主人公の誠実さや、他人を助けるために咄嗟に行動できるヒーロー的な精神、敵にも慈悲をかける優しさを持っている事が理由だったけど……僕にそれがあるのか?)


 剣や魔法の腕なら鍛えればいいし、知識なら学べばいい。しかし、善性はどうすれば培えるのか分からない。

 いや、そもそも培うべき善性が自分には無いかもしれない。「自信が無いから」という理由で原作通りカイルザインから家督を奪おうとしている自分には。


(もっとも、僕の前世が滅天教団に関する詳細な情報を知っていれば、公爵家の後継者になる必要も、自分の誠実さや善性に着いて悩む必要も無いのだけど……)


 リヒトの前世である葛城理仁は、エルナイトサーガのプロローグからエピローグまで全て読んでいる。細かい箇所は流石に覚えていないし、印象が薄いエピソードもいくつかある。しかし、重要な場面はだいたい覚えている。

 しかし、滅天教団の本拠地や最終決戦前の教祖ザギラ、それぞれが登場するエピソード前の滅天四天王の所在や動向を知らない。何故なら、原作でも詳細な情報は明らかにされていないからだ。


 滅天教団の本拠地は、大魔王ヴェルシェヴェルガーが封印された聖地だ。しかし、後世の人々が間違いを犯して大魔王の封印と解かないよう、封印の聖地に関する事は秘されている。数千年も生きているエンシェントドラゴンの長ですら知らない。

 知っているのは封印の聖地を管理する一族だけであり……その一族のたった一人の末裔が滅天教団教祖ザギラ本人である。


 しかもザギラは空間魔法の達人で、四天王を含めた配下をテレポートで出入りさせているため、四天王すら教団の本拠地を知らない。だから生け捕りにして尋問や拷問にかけても、魔法で頭の中を読み取ろうとしても、意味が無い。


(原作では、滅天教団の四天王になったカイルザインが奪った『呪われた聖具』の一つ、カオスリングの反応を辿って封印の聖地の場所を特定したけど、具体的に何処なのかは原作にもコミックにも、アニメだって明らかにされていない。

 決戦の時も、エンシェントドラゴンの長の空間魔法で直接乗り込んだからな)


 なので、原作に沿って滅天教団が起こす悪事を防ぎつつ、協力者を募って戦力を増強しながら、原作と同じ手段で封印の聖地の場所を明らかにする事が堅実な世界の救い方だとリヒトは考えていた。

 尚、カイルザイン以外の四天王もそれぞれ一つずつ『呪われた聖具』を所有しているため、彼が滅天教団四天王に加わる事は必須ではない。


「それに、僕を引き取ってくれた父上の期待にも応えたい。それと――」

「ガルトリット辺境伯の所のフィルローザ嬢か。彼女、美少女だもんね~」

「っ!? 先生、昨日のパーティーにはいなかったですよね!?」


 世界を救うための、自分が生き残るための都合をあれやこれやと並べたが、リヒトが家督争いに勝ちたい理由はそれ以外にもある。

 フィルローザの事だ。


「ああ、興味が無いからね。でも、あたしは耳がいいから自然と使用人達の噂話が聞こえるのさ。

 何曲もダンスを踊り続けて、カイルザイン君を近づけさせなかったそうじゃないか」

「何曲もじゃありません。二曲だけです! 結果的にカイルザイン兄上を近づけさせなかったのは、事実ですけど」


 ゼダン公爵家の後継者にならなくては、フィルローザと婚約する事は出来ない。彼女が将来王国一の回復魔法の使い手になる事を除いても、リヒトは彼女をカイルザインに渡したくなかった。

 リヒトはすっかりフィルローザの事が好きになっていたのだ。


「それは結構。君の気持を知る事が出来て、すっきりしたよ。

 リヒト君の意志があるならあたしとしても、カイルザイン君より生徒である君に勝って欲しいからね」

 リヒトがしようとしている事はある意味で家の乗っ取り――血縁的にはカイルザインとタレイルの従弟でも、彼の父は自らの意思で家を出奔しているから――だが、プルモリーはそれを今更指摘する気も無かった。


 現当主のヴィレムが認めているのだから、家庭教師に過ぎない自分がどうこう言う事ではない。面倒だし。


「それに、こう見えても君には恩を感じているんだ。君の家庭教師を引き受けてから、身体の調子がすこぶる良くなったから」

「先生、それは僕じゃなくて屋敷の皆のお陰だと思います」

 魔術師ギルドで魔法の研究開発中心の生活をしていたプルモリーだったが、ゼダン公爵家の屋敷に住み込んでからはマリーサ達使用人に毎朝起こされ、栄養バランスが整った食事を食べさせられている。

 彼女の体の調子が良くなったのは、そのお陰だろう。


「そして、公爵になってヴィレム君のように魔術師ギルドに研究費をたんまり寄付してくれ」

 耳にした噂話でリヒトをからかってはみたものの、プルモリーは生徒の恋愛問題についても関心はなかったようだ。先生らしいと、リヒトは苦笑いを浮かべる。


「ただ、老婆心で忠告するなら王侯貴族の男子としては一人の女に一途になり過ぎるのも問題だと思うよ。特に公爵になるなら、妾や傍女の二人や三人は侍らせるつもりでいなさい。多大な寄付を貰っているけど、ヴィレム君の女性関係は褒められたもんじゃないから」


「先生……僕はまだ十歳ですよ」

 前世の記憶と知識があるため、プルモリーが言いたい事も実際には分かるリヒトだが正直に口にする事は出来なかった。


(まだ十歳、か。近い将来……例えば原作で王立学校に入学する十五歳や、卒業する十八歳になる頃には、大きく原作を改変しても世界を救える自信が出来るのかもしれないな)







 ぎっしりと本が詰まった本棚ばかりが並ぶ部屋の奥に向かって、魔術師ギルドの職員とカイルザイン、そして彼の魔法の家庭教師のゾルパが続く。

「ここが限られた者しか閲覧できない古文書を集めた書庫です。本日はビスパ侯爵様からのご要望で特別にご案内しましたが、規則は守っていただきます」

「分かっている」


 カイルザインがここにいるのは、闇魔法について知るためだった。

「それでは、終わりましたらお呼びください」

「では早速闇魔法に関する資料を集めてまいりましょう。まずはこれらをご覧ください」

 ゾルパがカイルザインよりも楽しそうに、本棚を見て回り彼の周りに本の山を作った。


 ゾルパも闇魔法の使い手だが、彼が使える闇魔法は難易度の低い魔法ばかりだった。

 対象の影を攻撃して地面や壁に縫い留め動きを拘束する『影縫い』や、周囲を闇に包む『闇』。そして対象の感情を操作する魔法ぐらいだ。


 しかし、本来なら闇魔法にはもっと様々な魔法が存在する。ゾルパよりも高い闇魔法の素質を持つカイルザインなら、それらの闇魔法が使えるようになるかもしれない。

「さて……」

 そのために、カイルザインはゾルパが勧める古文書の山から一冊手に取って、さっそく開いた。


(リヒトに勝つには、武芸だけでなく魔法の力も必要だ。奴は地水火風に加えて、俺に無い光魔法の高い素質を持っている)

 カイルザインがどれだけ長く呪文を唱え、両手で何度印を結んでも、光魔法では松明程の明るさの光を半日維持するのがやっとだ。しかし、リヒトは短い呪文だけで光の攻撃魔法や防御魔法、付与魔法に回復魔法まで唱える事が出来る。


 そのリヒトに勝つには、彼が使えない魔法……闇魔法を極めるしかない。

「ゾルパ、せっかくの機会だ。空間魔法と時間魔法の文献も見繕ってくれ」

 そして、闇魔法以上に使い手が希少な空間魔法と禁忌とされる時間魔法も習得する必要があるかもしれない。


「畏まりました。しかし、後継者争いはリヒト様より強ければ勝てるという訳ではありませんぞ?」

「分かっている」

 武功を重んじる武門の家であるゼダン公爵家だが、後継者候補の戦闘力だけで優劣を決める事はない。


「だが、それは建前だ。王立学校で毎年行われる各大会……馬術、狩り、剣、魔法、そして武闘。特に武闘大会でリヒトに勝ち、優勝すれば俺の優位は確かなものとなるだろう。父上の思惑に関わらずな」

 学校関係者だけではなく庶民も観戦する、王立学校で最も賑わう行事である武闘大会。そこでカイルザインがリヒトに勝てば、どちらが優れているのか世間に広く知られる事になる。


「ククク、大勢の観客が見ている前でリヒトを完膚なきまでに叩き潰し、吠え面をかかせてやる。情けなくのたうつリヒトの姿を見れば、誰も奴が公爵に相応しいと考えまい!」

「ですが、もしリヒト様に負ければ一転して窮地に立たされますぞ? その時吠え面をかくのはカイルザイン様になりましょう」


「……だから、今から研鑽を積むのだ。絶対に勝てるように」

「ホホホ、王立学校に入学できるのは満十三歳から十八歳までの王侯貴族の子弟、もしくは成績優秀な平民のみ。カイルザイン様は来年には入学できますが、リヒト様が入学できるのは速くても三年後。確かに、研鑽を積む時間はありますな」


「分かっているなら、文献を持って来てくれ。王都には社交シーズンしかいられないのだからな」

 来年には王立学校に入学できる歳だが、カイルザインは父が自分だけ先に王立学校に入学させるとは考えていなかった。おそらく、リヒトが入学できる歳になるまで待たせるつもりだろう。

 だから、この書庫に通えるのは毎年の社交シーズンの、それも他に予定が無い日だけだ。


「プルモリー殿をこちら側に寝返らせられれば、ビスバ侯爵に助力を頼まずとも済んだのですが……申し訳ありません」

 魔道士として名高いプルモリーの教えを受けられればとも思うが、彼女はリヒトの家庭教師だ。後継者争いでは当然リヒトの味方をするだろう。


 それでもゾルパはプルモリーの引き抜き工作を行ったが――。

「気にするな、会話が成立しないのではどうにもならん」

「はい……天才とは常軌を逸しているものだそうですが、あれほどとは思いませんでした」

 だが、プルモリーと会話が成立しなかったため、失敗に終わっていた。


「噂だと、あのエルフは寝食を忘れて魔法の研究に打ち込んでも倒れないための魔法を開発するために、寝食を忘れて取り組んだために倒れた事が何度もあるのだとか」

「……訳が分からん」

 天才とは常軌を逸した奴しかいないのか? そう思いながら文献を読み解くカイルザインだったが、あいにくその文献の著者も天才の類だったらしい。


「訳が分からん。ゾルパ、これは本当に文献か? 詩集の間違いではないのか?」

「魔法の文献は高度な魔法について書かれている物ほど、故意に難解な書き方をして読み手を試すものですぞ」

 そうする事で読み手の知識や読解力を計り、未熟な魔道士が分を越えた魔法を習得しないようにしているのだ。

 カイルザインもそれは知っていた。ゼダン公爵家の書庫にある文献の中には、全て暗号で書かれているような物もあったし、彼はその文献も読み解いていた。


「それは分かっているが、これはどう読んでも詩集だぞ? 座学で習うような有名なものばかりだ」

「いえいえ、カイルザイン様が座学で習った詩とは一部異なります。その異なった部分を繋げて読むのです」

「……つまり、この文献を読み解くのは魔法だけではなく詩の知識も必要なのか。魔道士は変人しかいないのか?」


 しかし、流石は王都の魔術師ギルドの書庫に納められた文献の難解さは桁違いだった。

「ホホホ、この程度はまだまだ序の口ですぞ。では、私はカイルザイン様がこの文献を読み終わるまでに、こちらの文献を解読しておきましょう」

 魔導の深淵を覗くのも楽ではなかった。







 世界が生まれる前、光も闇も、熱も冷気も、上も下も、そして時間の流れすらなかった。膨大なエネルギーだけが存在し、蠢いていた。

 しかし、ある偶然が起きた。日々増大していくエネルギーのぶつかり合いによって、偶然小さな石が発生したのだ。


 その瞬間、虚無だった世界に石を中心に上下左右と言う概念が生まれた。

 さらに、上下左右の概念が生まれた事で世界は大きく変化し、エネルギーから二つ目の石が発生した。石が二つになった事で大小、そして軽重の概念が生まれた。


 そして石が、塵が、岩が発生し続けた事で世界に大地が出来た。石の時代の到来である。

 だが、世界における虚無の割合はまだ多く、変化に乏しかった。そのまま気が遠くなるほどの時間が過ぎたある時、風化した岩が砕けた。

 岩が砕けた事で音が生まれた。そして音から声が生まれ、声から意思を持つ存在が生まれた。


 意志を持つ存在は、石の世界で思考し続けた。そして、意思を持つ存在は長い年月をかけてエネルギーを扱う方法を習得し、世界初の魔道士となって自らをマナと名乗った。

 魔道士マナはまず、自身の肉体を創造した。魔法を効率よく使うには、肉体が必要だったからだ。しかし、肉体を持ったマナにとって石だけの世界はあまりにも居心地が悪かった。


 そこでマナは、自身の肉体に都合が良いようにエネルギーを使って世界を創り変えた。世界に太陽と光と温もりが、闇と夜と影が生まれ、次に風が生まれた。大地から泉が湧き出て、海と雨が発生した。

 次にマナは、ともに魔法を学ぶ仲間や弟子を求めた。そして最初に植物を創り出した。


 しかし、植物の多くは増えるだけで知恵を持たず、魔法を扱う事が出来なかった。植物に満足できなかったマナは、次に動物を創造した。

 空に鳥、地に獣、そして海に魚が満ちた。しかし、動物は植物より活発に動くがやはり知恵を持つ者はおらず、弟子や仲間にするにはあまりにも不都合だった。


 マナは次に、龍を創造した。自身よりも強靭な肉体を持ち知恵と永遠に近い寿命を持つ存在を創り出し、エンシェントドラゴンと名付けた。

 彼らはマナの期待に応えて魔法を自在に操り、彼の弟子となり仲間となった。そして世界は石の時代から龍の時代へと移り変わる。

 しかし、ある時マナはドラゴン達だけでは限界があると悟った。エンシェントドラゴン達は高い知能と強大な魔力を持つが、仲間意識が希薄で家族以上に大きな群れを作らず、知識や技術の伝達を重要視しなかったからだ。


 魔法をより発展させるには、ドラゴンより肉体的に弱く、寿命が短く、魔力の小さい、しかし知恵を持ち大きな群れを作って同族に知恵と技術を伝える事が出来る生物を創る必要があるとマナは考えた。


 まずマナが創造したのはドワーフ。石を参考にマナが創った彼らは頑健な肉体を持ち、マナが望んだとおり技術を高め伝達する事に強い拘りを持つ存在になった。しかし、魔法の適性が偏りやすかった。

 次に創造したのはエルフ。植物を参考に創られた彼らはドラゴンより短いが、ドワーフに比べると長い寿命を持ち、思慮深く、精霊の声を聴き魔法も得意だった。だが、やはり魔法の適性が偏る傾向があった。


 エルフの次にマナが創り出したのは、獣人だった。獣を参考に創られた彼らは、多種多様な姿をしており、高い生命力を持ち、魔法の適正も様々だった。しかし、魔力が少なく身体強化にしか使えない者が大多数だった。

 そして最後に創り出した人間が、人種だ。マナ自身を参考に創られた彼らは、ドラゴンはもちろん、ドワーフより弱い体、エルフより小さな魔力、獣人より多様性の無い姿なのに同程度の寿命。しかし、魔法の適性はどの種族より多様で、社会性が強い種族だった。


 人間の出来栄えに満足したマナは、最期に人間を参考に自分の後継者……我が子に等しい存在を創りだし、フォルトナと名付けた。

 マナはフォルトナと新たに産まれた四種族からそれぞれ弟子を取り、ドラゴンの弟子と共に彼らを教え、さらに高度な魔法の開発を行った。


 人々の数は増え、栄え、街や村が……文明が誕生した。『魔法の時代』の始まりである。

 しかし、繁栄を極めた『魔法の時代』は唐突に終わった。この世界で至る事が出来る高みの限界に達したと判断したマナが、この世界から去ったのだ。


 さらなる高みを目指すために別の世界に旅立ったとも、限界を悟った絶望のあまり自分自身を魔力に変換し世界に還ったのだとも語られているが、真偽は定かではない。

 創造者を喪った人々は、マナの功績を讃えるために魔力の事を『万物の根源たるマナ』と名付け、マナの弟子達が以後の世界を治めた。


 『人間の時代』の到来である。


 だが、絶対的な創造主を喪った人間達の世界は脆かった。

 エンシェントドラゴンの弟子は早々に人跡未踏の地や大海に身を隠し、人から離れた。

 人種と獣人種の弟子は魔法で延命したが百年から二百年で全て代替わりし、マナの事を知らぬ後世の者達は瞬く間に数を増やして食料や利益を求めてお互いに争うようになった。


 エルフは争う人種と獣人達を自分達の住まいである森から眺め、野蛮で愚かな連中だと侮蔑するばかりで止めようとはしなかった。

 ドワーフは技術を高める機会を逃すまいと、求められるままに武具を人種や獣人に与え続け争いを激化させた。


 人間達の争いと世界の荒廃を憂いたのはただ一人、マナの子であるフォルトナだった。

 フォルトナは争う人々を止め、人間同士力を合わせることの大切さを説いた。


 人種よ、獣人よ、飢えぬために土地を奪い合うぐらいなら、皆で飢えた方が良いではないか。限りある食料を平等に分け合い、それでも足らないならまだ役に立たない幼い子を絞めて足しにして耐え忍ぼう。子はまた作ればいいではないか。


 エルフ達よ、何故人種と獣人達に手を差し伸べない。我々はマナによって創られた兄弟姉妹ではないか。自分達の命をかけてでも平和を取り戻すために尽力するのが当然ではないのか? 私と一緒に彼等を諫め、止めよう。


 ドワーフ達よ、何故人種や獣人の争いを煽る? お前達が訴えるべきは平和であり、与えるべきは武具ではなく食料や土地、そして同族の命ではないのか?


 人々よ、何故己や妻子、親の命のために争う? そんな物にこのマナが創り出した世界を荒廃させるほどの価値がある訳がない。今が苦難の時期だというのなら余分なものは切り捨て、余裕が出来た時に新たに創ればよいではないか。

 自らが切り捨てられる側だとしても、恐れる事は無い。死は終わりではない、魂はマナに還りいつか新たに創られるのだから。


 それに、君達の一割や二割死んでも種族の存続には何の影響もない。心置きなく死んでマナに還っていい。私は君達が何時か戻ってくるのを楽しみに待っているから。


 しかし、愚かな人間達はフォルトナの言葉を聞こうとはしなかった。だがフォルトナは諦めなかった。人間達が出来無いのなら、マナの子にしてただ一人この世界に同族が存在しない自分が行おうと決意した。

 フォルトナはマナに次ぐ偉大な魔法で、人間達を救う為に『病』を創り出した。人間達が食料を取り合って争わなくていいよう、幼子や老人、弱っている怪我人を間引くために。


 フォルトナに創造された病は猛威を振るい、当時世界に存在した人間の四割ほどの命をマナに還す事に成功した。おかげで人々は食料や土地を奪い合わなくても良くなった。


 だが、人々はフォルトナに感謝するどころか怒り狂った。それまで争っていた者達は手を結び、隠遁していたドラゴンまで現れ、力を合わせてフォルトナを排除しようとした。

 魔法で窮地を脱したフォルトナは何故人々が、ドラゴンすらもが自分を排除しようとするのか、間引かれて数を減らした事で救われたのに感謝するどころか怒り狂うのか、いたずらに抗い世界を荒廃させるのか分からなかった。


 だが、逃げ込んだ孤島に潜み考え続けたある日、フォルトナは理解した。偉大なる創造者であるマナが創ったこの世界と全ての生命は不完全、失敗作だったのだと。

 失敗作だからこの世界の生命はマナがいなくなっただけでバラバラになり、欲望を抑えられず、自分やその家族の命を惜しむあまり他人の命を奪う事を止められない。それを止めようとしたフォルトナの正しさを認められず、滅ぼそうとするのだ。


 なら、マナの子である自分がこの世界の生きとし生ける全ての存在を滅ぼし、太陽や大地や海を滅ぼし、世界の全てを無に還さなければならない。全ての存在をマナに還せば、いずれ新たな創造者が生まれ今度こそ正しく完全な世界を創り上げてくれるに違いない。

 自らの使命を悟ったフォルトナは、世界を滅ぼすための先兵として魔物を創造した。岩からサイクロプスやヘカトンケイル等の巨人を、ドラゴンに似たワイバーンやワイアーム達亜竜を。人間に似たゴブリン、オーク、オーガー等の闇の種族を。そして高度な知能と魔法の技量を持つデーモンを。


 それら魔物の王として、最強の魔物としてフォルトナ自身よりもはるかに強大な力を持つ存在を創り出し、大魔王ヴェルシェヴェルガーと名付けた。

 そしてヴェルシェヴェルガーに最初に命じた。自らを滅ぼすようにと。


 何故なら魔法で魔物を創造したでフォルトナだけが、魔物全体の存在を消去する魔法を使えるからだ。その魔法を人間達に知られる事が絶対に無いように、フォルトナは滅びる必要があった。

 自らの創造主であるフォルトナを滅ぼしマナに還した大魔王ヴェルシェヴェルガーは世界を救済するために世界を滅ぼす聖戦を開始した。


 だが、愚かなる人類はやはり救済を受け入れる事が出来ず、浅ましい事にお互いに争っていた事実も忘れて力を合わせ、見苦しくも大魔王率いる魔物の軍勢に立ち向かった。

 しかし、その悪しき抵抗は実を結んだ。罪深くも『呪われた聖具』を創り出した人間とドラゴンは、魔物の軍勢を打ち砕き、大魔王ヴェルシェヴェルガーを打ち倒すに至ったのだ。


 しかし、フォルトナの魔法は人間やドラゴンでは及びもつかない程完成されていた。彼らは大魔王ヴェルシェヴェルガーを殺す事は出来ず、魔物を完全に滅ぼす事も出来なかったのだ。

 不完全な失敗作である人間達とドラゴンは大魔王を封印するしかなく、いくら倒しても新たに発生して一定以上数の減らない魔物達との戦いを続けるしかなかった。


 人間達とドラゴンは大魔王を滅ぼす事が出来るようになるまで、封印を維持する事にした。

 『呪われた聖具』を改良して大魔王を倒す事が出来る真に聖なる武具を創り出し、より優れた戦士や魔道士を育て、強力な魔法を開発し、今度こそ必ず倒そうと誓った。

 それまでの間、フォルトナが魔物を創造した絶海の孤島で封印を守る役目を負った者達に任せ、余人が近づかぬよう孤島の場所を自分達の記憶から消したのだった。




「その一族の末裔がこの我、滅天教団教祖ザギラである」

 先端が地面に着く程伸ばした顎髭に、骨と皮だけのミイラのような痩身の老人が集まった信徒達に向かってそう話を結んだ。

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