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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
6/33

6話 転生勇者の社交界デビューと原作聖女との出会い

 メルズール王国では農作物の収穫が終わる秋から年末年始にかけて、王国各地で領地を治めている貴族達が王都に集まり、パーティーを催す。

 単に贅沢を楽しむ事だけ目的なのではなく、自身が治める領地以外の情報や王国政府との顔つなぎ等、いわゆる政治のためだ。


 もっとも、自身の権勢がいかほどの物か分かりやすい指標であるため、王侯貴族が開くパーティーは豪華で贅沢なものになるのが常だが。


「その中でも、今夜開かれる国王陛下主催のパーティーはメルズール王国の中で最も豪華絢爛だと評判だよ。社交シーズンの開幕を告げる最初にして最大の夜会。国中の貴族が集まるから、挨拶して回るだけで目が回りそうになる。

 僕はこのパーティーに出席するのは三度目だけど、いまだに緊張するよ。脚が震えそうだ」

 そのパーティーに向かう馬車の中で、タレイルは朗らかにそう語った。


「嘘をつけ。お前が夜会の類で震えるほど緊張する訳がない」

「タレイル兄上は礼儀作法やマナーが得意なんですよね」

 馬車に同乗しているカイルザインとリヒトがそれぞれ発言するが、馬車内の空気は冷たく乾いていた。


 カイルザインは高価なガラス製の窓の方に顔を背け、リヒトの方を見ようともしない。そしてリヒトも、そんなカイルザインに話しかけようとはしなかった。

(父上! 何故僕達を同じ馬車で城へ向かわせたのですか!?)

 タレイルは思わず、頭の中で先に城へ向かっている父ヴィレムに問いかけた。しかし、答えは彼も分かっている。


(僕達三人は公爵家の令息とはいえ、未成年! 同じゼダン公爵家の別邸に滞在しているし、それぞれエスコートする婚約者もいない! だから馬車を分ける意味は無いっていう建前は分かります!

 後継者争いはあくまでも次期当主に相応しい実力者を選ぶためであって、本格的に骨肉の争いをしている訳じゃないって対外的に示すために、一緒に行動させたいっていうのも分かります!)


 前者は貴族の子弟としての慣例だ。大人顔負けの力を持つカイルザインはもうすぐ十三歳、リヒトはこの前十歳になったばかり。そしてタレイルは十二歳だ。一人ずつ馬車を仕立てるには早すぎる。

 後者は、ゼダン公爵家の事情である。後継者候補同士での争いが激化すると、他の貴族達が自分達の支持する候補を勝たせるために争いに加わって派閥を作り……最悪国が割れるような事態に発展しかねない。そのため、ゼダン公爵家の後継者争いはあくまで内輪の事で、他の王侯貴族には関わりのない事だというポーズをとらなければならない。


(分かりますけど、だったら父上もいてくださいよ! ここに!)

 そしてヴィレムは、カイルザインの働きによって明らかになった山賊や奴隷商人に買収されていた者達の処罰等の後始末で王都への出立が遅れたため、タレイル達とは別行動になっている。

 これから向かう王城で合流する予定だ。


答えは分かっているが、そう思わずにはいられないタレイルだった。

 カイルザインとリヒトも自分達のせいでタレイルに負担をかけている事は自覚しているが、馬車内の雰囲気を改善するつもりは無かった。


 カイルザインは、リヒトが年齢的に取れない演習に参加するという手段で武功をあげて一歩リードしたと思ったら、留守にしている間にリヒトがグラフという彼には価値がイマイチ分からない発見をしたため、内心穏やかではいられなかった。

後継者争いでは武功が最も評価されるとはいえ、ヴィレムがリヒト側についている以上彼に余裕はまったく無い。


 何より、もうすぐフィルローザに一年ぶりに直接会えるのだ。去年、十歳になり社交界デビューを果たした彼女と初めて顔を合わせたカイルザインは、彼女に一目ぼれしていた。

 あれから手紙のやり取りを重ねてきたが、もうすぐフィルローザの美貌を直接見つめ、鈴の音のように心地よい声を聞く事が出来ると思うと胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。


 リヒトはカイルザインが違法人身売買組織を潰した事で若干見直したが、同時にそれで警戒を解くのは危険だと考えていた。

(この世界に転生して十年、記憶が戻ってから四年過ぎた。それで分かったけれど、今まで出会った人々の内エルナイトサーガの登場人物と同じ名前の人は、エルナイトサーガで描写された通りの性格だった)


 義理の父のヴィレム、義兄のタレイル、老執事のクランベ、デリッドとアッシュ、他の家庭教師にメイド見習いのマリーサ。

 エルナイトサーガと完全に一致はしなかったが、ほぼ原作通りの性格と言動をしていた。

(あの傲慢で残忍、利己的な性格が簡単に変わるとは思えない。山賊や奴隷商人を討伐したのも、自分の功績になるってだけの理由で、被害者の事なんて何も考えていないかもしれない)

 そのため、カイルザインだけが例外とはリヒトには考えられなかった。


「タレイル兄上、僕は初めてのパーティーなので色々教えてもらっていいでしょうか?」

 そして何より、社交パーティーというリヒトにとって未知の試練が目前まで迫っている。これまで彼を助けて来た葛城理仁の記憶や知識は、全く役に立たない。

 これまでは剣や魔法の修行を優先していたが、ヴィレムに忠告された通り一カ月前から礼儀作法やマナー、ダンスを入念に学び、家庭教師からも合格点を貰っていたが不安はぬぐい切れない。


(そもそも何を話せばいいんだ? フィルローザとも顔を合わせるらしいけど……ええっと、原作での彼女との馴れ初めってどんな感じだったっけ?)

 考えれば考えるほど不安が大きくなり、止める事が出来ない。

「いやいや、僕が教えなくても会場ではリヒト君は父上と合流した後はずっと一緒だから、大丈夫だよ」

 しかし、初めての社交パーティーで何をしていいのか分からなくなるのはリヒトだけではない。少なくない貴族の子弟も、彼と同じように不安を覚え緊張で硬くなる。


 だから十歳でデビューする貴族の子弟には必ず保護者が付き添い、指示を出すのが慣習となっている。そして社交界での会話術を親から直に学び、大人になるにつれて一人前の貴族になるのだ。

 タレイル、そしてカイルザインがデビューした時もそうだった。


「フン。せいぜい、ゼダン公爵家の名に恥じないよう気を付けるがいい」

 それは慣習である以上に、少年とはいえ恥は個人ではなく家名にかかるからだ。愛情の有無は関係ない。

「……分かっています」

 カイルザインの言葉に込められている嫉妬に、リヒトは気がつかなかった。







 メルズール王国の王城は、リヒトが圧倒されるほど大規模で豪華、そして絢爛だった。

 魔法の灯りがともされ、華やかな装飾がつけられた鎧で武装した兵士達が各所を守り、着飾った男女が談笑している。


「道中問題無かったようだな」

 そして無事ヴィレムと合流する事が出来た。多くの貴族が妻や婚約者を連れているなか、女性を誰も連れていない彼は周囲から浮いていた。


 それは彼がカイルザインの母であるローゼリアが亡くなって以来新しく妻を迎えず、タレイルの母である男爵家の庶子を事実上の正妻としているためだ。

 実際はどうであれ、法律と慣習ではタレイルの母は男爵の庶子。公爵の正妻には相応しくない家柄だ。ゼダン公爵領内ならともかく、公の場に出れば嘲りを受けるのは避けられない。


 現国王も「まともな身分の正妻を迎えてはどうか?」と何度もヴィレムに打診している。

 タレイルの母を側室として迎える前だったら、ヴィレムも彼女をコネのある伯爵か子爵の養女にしてから娶っただろう。


「タレイルとリヒトは私の傍を離れないように。カイルザイン、お前はガルトリット辺境伯一家との挨拶が終わったら、ビスバ侯爵の所に行きなさい」

「伯父上に?」

「ああ、お前に話があるそうだ」


 手短に打ち合わせを済ませると、ヴィレムは貴族達が集まる大広間の中央に向き直った。

『国王陛下のおなりです!』

 すると、魔法で拡声された号令が響き、大広間の奥の階段から国王が現れた。


「皆、今年も遠路はるばるよく集まってくれた」

 メルズール王国の現国王、ダリオムーク・レム・メルズール。四十代の顎髭を整えた伊達男で、リヒトの目には威厳とカリスマ性を備えた人物のように見えた。


 ダリオムーク王は時勢の挨拶から始まるスピーチを朗々と響く声で続け、貴族達の一年の労を労うとともに、その意向を短く纏めて伝える。

「では、今宵は互いに親睦を深め楽しんでほしい。メルズール王国万歳!」

『メルズール王国万歳!』

 貴族達が唱和して応え、国王は挨拶を終えた。階段を降りる国王に王族達が続く。


(たしか、原作では第一王子アレクセイが人格者で、第三王子のドニルークがワガママなダメ王子だったな。評判を聞く限りでは、この世界でも同じみたいだけど)

 エルナイトサーガではアレクセイ王子は滅天教団を壊滅させるためにリヒトに力を貸し、逆にドニオルーク王子はカイルザインに騙されて何も知らないまま滅天教団に協力し、リヒトと兄王子の足を引っ張ったキャラクターだ。


(確認と言えば……王国中の貴族がここに集まっているのなら、他のキャラクターもここにいるのか?)

 王子達だけではなく、リヒトと王立学校で出会うクラスメイトや生徒達ともここで会えるかと思ったが、その時には国王のスピーチが終わったので音楽が演奏され、貴族達が顔見知りと談笑を始めた。


「まずは国王陛下や王族の方々へのご挨拶だ。三人ともついてきなさい」

 いきなり国王や王子達に挨拶に行くと聞き、内心驚くリヒト。しかし、公爵位にあるヴィレムは王子達より下とは言え王位継承権を持つ王族の縁戚だ。その後継者候補であるリヒト達が現国王に挨拶するのは当然であった。


(エルナイトサーガでは社交パーティーはそこまで詳細に描写されなかったから、やっぱり分からない。こういう時は、前世の記憶が無い方がいいのかもしれないな)

 着飾った男女で出来た迷路のような広間を、ヴィレムは迷わずに進む。タレイルはもちろんカイルザインも、自然体でそれに続いて行く。


 とはいえ、社交界にデビューしたばかりのリヒトの立場で国王や王子達と私的な会話をする事は出来ない。一礼して挨拶をしただけで、ヴィレムが短く言葉を交わし終わるのを見ているだけだ。

「後継者選びが始まってそうそう功績をあげるとは、今は亡きザリフトを思わせる活躍であるな。カイルザイン、そしてリヒト」

 しかし、ゼダン公爵家の後継者はダリオムーク王にとっても関心があったのだろう。目覚ましい活躍をしたカイルザインとリヒトに直接声をかけた。


「恐縮です」

「ありがとうございます」

「特にリヒト、汝が発見したグラフは文官達から評判が良い。今年は生憎審査期間外だったが、来年には汝に勲章を贈る事になるだろう」

 それぞれ応える二人だったが、ダリオムーク王はリヒトに対して更に声をかけ、勲章の授与を予告した。


 何故リヒトだけ勲章が送られるのかと言うと、カイルザインは複数の山賊や違法奴隷商点の摘発は大きいが、あくまでもゼダン公爵領内での功績と解釈されるからだ。

 それに、武功が高く評価されるのはゼダン公爵家であって王国全体ではそうではない。学術的な功績も十分評価される。


「み、身に余る光栄です」

 まさかうっかりグラフを使った結果、勲章をもらう事になったリヒト。声に動揺が現れている。


「ハハハ、お前達の活躍を楽しみにしておるぞ。下がってよい」

「はっ、失礼いたします」

 そしてヴィレムはリヒト達を促し、ダリオムーク王の前から下がった。背後では別の貴族が国王に挨拶をしている声が聞こえるが、リヒトの耳には入らなかった。


「ガルトリット辺境伯、壮健なようで何より」

「ゼダン公爵程ではありませんよ。彼がリヒト君か、確かにザリフト殿の面影がある」

 何故なら、すぐに運命の人に出会ったからだ。親交を温める義父と、彼と同年代の肩幅が広く顎の太い男性。その後ろに控える、水色のドレスを着た銀髪の少女。


 彼女がフィルローザ。王立学校変から滅天教団との最終対決まで、リヒトの仲間として共に戦ったエルナイトサーガのメインヒロインだ。

(――――――)

 白銀の髪に澄んだ青い瞳、桜色の頬に薄く紅を刺した小さめの唇。リヒトより一つ年上だが、年齢よりも大人っぽく見える。

 そして、リヒトがこの世界で見た誰よりもフィルローザは美しい少女だった。


 それをリヒトは知っていた。エルナイトサーガのメインヒロインであるフィルローザは、挿絵だけではなく表紙のイラストにも登場していたし、コミック版やアニメ版でも当然登場していた。

 だが、肉眼で見たフィルローザはリヒトの記憶にある絵よりもずっと美しく見えたのだ。目が釘付けになって、他には何も考えられなくなるほどに。


「お久しぶりです、フィルローザ嬢。一年前よりもさらに美しくなられた」

「ありがとうございます、カイルザイン様。カイルザイン様のご活躍はこの王都にも届いていますわ。なんでも賊を討伐し囚われていた人々を助けられたとか」

「ハハハ、何、当家に仕える騎士達が良くやってくれたお陰ですよ。

 私が贈ったペンは、気に入っていただけたでしょうか?」


「ええ、もちろんです。カイルザイン様から頂いたペンは大事に使っています。でも、お勉強に使うのが楽しくなってしまってすぐにすり減ってしまうかも」

「そんなに喜んでもらえるとは感激です。安心してください、あなたのために何度でも新しいペンをお贈りします!」

「……ありがとうございます。楽しみにしていますね。

 ご機嫌麗しゅう、タレイル様」

「お久しぶりです」


 カイルザインがいつもとは違う口調で、聞いた事が無いほど明るい声でフィルローザと挨拶を交わしているのもどうでもよくなる程、リヒトはフィルローザに夢中だった。

「お初にお目にかかります、リヒト様。フィルローザ・ガルトリットと申します。改めて――」

 そしてフィルローザがタレイルからリヒトの前に来た時、彼は反射的に口を開いていた。

「ぼ、僕と一曲躍っていただけませんか!?」

 言い終わった後、やってしまったと内心青くなった。挨拶を交わす前にダンスに誘うのはマナー違反。お互い既に相手の名前を知っていたとしてもだ。


「えっ、あ、はいっ」

 だが、フィルローザはリヒトのマナー違反に対して目を瞬かせて驚いても、気を悪くした様子はなかった。


「リヒト、貴様――」

「兄上、社交界にデビューした初日の失敗は大目に見るのが習わしかと」

「チッ。分かっている。ダンスの相手の指名を譲る事もな」

 その代わりに食って掛かろうとしたカイルザインを、タレイルが宥める。ヴィレムは小さくため息を吐き、ガルトリット辺境伯は苦笑いをしたが、やはりリヒトを咎める事はなかった。


 そうしている間に曲が変わり、ペアになった男女がダンスを踊るために広間の中央に集まって行く。

「では、僕達も行きましょう!」

 フィルローザの手を取ったリヒトも、高鳴る自身の鼓動を聞きながらそれに倣った。


 これがリヒトの、前世を含めても初めて経験する一目惚れだった。







 フィルローザ・ガルトリットは、幼い頃から「お前は将来ゼダン公爵家の後継者と婚約する事になる」と言われて育ってきた。

 それ自体に不満はない。


 いや、正確に、そして詳細に述べるなら、確かに物心ついたばかりの頃は結婚相手を自由に選べない事に窮屈さを感じた。いつか運命の出会いがあるのではないかと期待したし、ロマンチックな恋を夢見た。

 しかし、フィルローザもいつまでも子供ではないし、彼女も血統を重視する貴族の家に生まれついた令嬢だ。両親も親戚も、使用人だって親や親の上司が婚約者を決め、そうでなければ自分以外がセッティングした見合いで結婚している。


 そしてメルズール王国では、平民でも多くの場合親が縁組を決める。王侯貴族よりは個人の意思も尊重されるが、自分の意思だけで結婚できるわけではない。完全な自由恋愛を選ぶ……自由恋愛しか選べないのは、親や親類がいない孤児や、冒険者や傭兵ぐらいのものだ。


 そのため、フィルローザは十歳になる前に自由恋愛を夢見る事を止めた。それに、親が決めた婚約も考えてみれば悪くはなかった。

 相手は公爵家の令息で、しかも一族の子弟で最も優秀な若者が選ばれる。そう聞いていたからだ。


 しかし、去年フィルローザが社交界にデビューした年に初めて顔を合わせたカイルザインとタレイルは、彼女にとって期待外れだった。外見は二人とも、特にカイルザインは整った顔立ちをしていた。しかし、中身が問題だった。


 カイルザインはフィルローザを褒め、手紙と贈り物を贈ってくれた。しかし、彼が褒めるのはフィルローザの外見ばかり。まるで中身に興味がないかのようだ。パーティーだけではなくお茶会や庭園の散策、食事会でも、そして社交シーズンが終わった後に届いた手紙の文面でもそれは同じだった。

 そしてカイルザインが贈ったペンも、高級品であったがフィルローザには無個性で物足りなく感じた。何故なら、王都では去年貴族の子女に贈るプレゼントとしてペンが流行していたから。


 全て空々しくて、カイルザイン自身の意思を感じ取れない。

 そうした事から、カイルザインは自分に対する言動や手紙の文面、そして贈るプレゼントについても誰かの指示を参考にしているのだとフィルローザは考えていた。


(あのペンは本当に大事にしています。箱に入れたままですから。でも、今年もペンを送ってくれるのなら助かったわ。

 別のプレゼントだと、話を合わせるために新しい嘘を考えなければならないから)

 フィルローザは自身に夢中になっているカイルザインに対して、思慕の感情は一切持っていなかった。


 それはタレイルに対しても同じだ。彼は品が良く常に優しそうだが、自分がゼダン公爵家の跡取りになるのだという熱意がまったく無かった。

 そのため最初から兄と婚姻する令嬢としかフィルローザを見ていない事が、態度から伝わってくる。常にカイルザインの後ろにいて前に出るつもりもなく、むしろ彼女と必要以上に関わらないように注意しているようだった。


 だが、フィルローザがカイルザインとタレイルに魅力を感じていなくても、「ゼダン公爵家の後継者と婚約する」という家同士の約束は守らなければならない。

 このままカイルザインに嫁ぐしかないのなら、諦めて彼で納得するべきかもしれない。彼に自分の外見だけではなく中身も見せ興味を持たせるにはどうすればいいのか、母や信頼できる使用人に相談してみようか。


 そう思っていたら、初夏になる頃にゼダン公爵家から父あてに届いた手紙に後継者の選抜を開始した事と、候補者はカイルザインとタレイル以外に、リヒトと言う三人目の少年がいる事が書かれていた。

 予期せぬ三人目の婚約者候補に驚き、どんな少年なのかと期待していたフィルローザだったがその少年と今ダンスを踊っている。


 一つ年下の金色の髪に自分と同じ青い瞳の少年は、頬を染めて彼女の手を取りダンスをリードしている。

 父からは数学に関する素晴らしい発見をしたと聞いていたが、フィルローザには普通の少年のようには感じられた。


「あの、回復魔法の事で相談したい事があるのですが、いいですか?」

 ダンスの最中に、そう囁かれるまでは。

「何故、私に? あなたの御父上に相談した方が良いのでは?」

 驚きで心臓が跳ねるのを抑えてフィルローザが訪ね返すと、リヒトは当然のように答えた。


「それは、回復魔法ならあなたが一番だと思ったからです」

「っ!? 先生からは回復魔法以外はダメだと言われるばかりで、褒められた事なんてなかったのに……」

 フィルローザは、嬉しさのあまり脚が止まりそうになった。将来ゼダン公爵家に嫁ぐ事が決まっている彼女は、普通の令嬢が習う教養以外にも、剣や弓、馬術も、そして魔法も学んでいる。


 しかし、フィルローザは剣も弓も同じ年頃の貴族の子弟と比べると、少女である事を考慮しても上達しなかった。唯一、回復魔法だけは得意だったが、彼女の家庭教師からは厳しい評価を下されてばかりだった。回復魔法が得意なのではなく、回復魔法しか使い物にならないと。


 魔法に関する事で褒められ、頼られたのは初めての経験だった。


「何故、私が回復魔法以外ダメだと分かったのですか?」

 続けてそう尋ねるフィルローザに、リヒトは焦った。何故なら、彼の発言は原作知識によるものだったからだ。

(やってしまった! どうすればいい!?)

 エルナイトサーガでは、フィルローザが登場するのはリヒトが十三歳、彼女が十四歳になった年に開かれたパーティー。その時には既にリヒトと知り合っていて、回復魔法の才能に優れていると評判になっていた。


 前世の葛城理仁だった頃を含めても異性との交際経験に乏しいリヒトは、一目惚れしたフィルローザの気を何とか惹けないかと恋に浮かれた頭で考えた結果、彼女が得意なはずの回復魔法に就いて相談する事を思いついた。

 以前考えた、回復魔法の一種である忘却した記憶を思い出す魔法を使って前世の記憶を呼び起こす事。その魔法をまだ習得できないでいたリヒトは、「一石二鳥のナイスアイディア」だと思って口に出した。


 しかし、今は原作の約三年前。目の前にいる十一歳のフィルローザが、原作初登場時と同じ回復魔法の腕前と周りからの評価を得る前である可能性を考慮していなかった。

 だが、声に出した言葉をなかった事にはできない。そして考える時間も無い。


「あなたは回復魔法以外がダメなんじゃなくて、他の魔法より回復魔法が得意なんです。自信を持ってください」

 だからリヒトは、質問に答えなかった。代わりに、フィルローザの言葉を聞いて感じた事をそのまま伝えた。

「そんな事……初めて言われました」

 それが良かったのだろう。リヒトの言葉は、フィルローザの胸を打った。彼は自分の事を……外見だけではなく心まで想ってくれていると彼女は思った。


 気がつくとダンスは終わり、曲がまた変わった。周囲の男女も広間の中央から移動していく。

「分かりました。どれだけ力になれるか分かりませんが……今度、当家の別邸で開かれるお茶会にお越しください。私達はまだ正式に婚約していませんので、誰かと一緒に」

「あ、ありがとうございます。あの、フィルローザさん?」

 しかし、他の男女と違い動こうとしないフィルローザに、リヒトは次に会う約束が出来た事を喜びながらも戸惑いを浮かべる。


「それと……このまま二曲目も踊りませんか?お話に夢中で、途中から集中できませんでしたし……」

 それに、次はきっとカイルザインかタレイルとダンスを踊る事になる。初めて胸の高鳴りを覚えた自分の顔を、今はリヒト以外に見せたくなかった。


「はいっ、もちろん!」

 リヒトの顔から戸惑いは消え、喜びだけが残った。







 同じ相手と続けて二曲目を踊る。婚約者同士や夫婦でするなら、やや目立つがマナー違反ではない。しかし、そうでない男女の場合、はしたないと見られる。

 しかし、リヒトとフィルローザのように未成年同士で続けて踊っても咎められることは少ない。若気の至りぐらい誰にでもある事であるし、些細な事を声高に指摘して責めるのは見苦しいからだ。


「やれやれ、お熱い事だ」

 しかし、陰で囁かれる事になる。四十代だが痩身で細面の貴族の男性が、グラス片手に二曲目を踊っている二人を眺めている。

「……おそらく、リヒトが我儘を言ったのでしょう。義理とはいえ兄としてお恥ずかしい限りです」

 その貴族の男性に、カイルザインがそう言った。内心の苛立ちを隠そうとするあまり、表情と声が硬い。


「なるほど。しかし、貴族の一員になって四年目にしてはしっかりやっているじゃないか。ヴィレム殿の教育の賜物だな」

「そう言っていただければ、父上も喜ぶでしょう。伯父上」

 貴族の男はカイルザインの伯父……彼の母の兄であるリジェル・ビスバ。貴族派に転身した現ビスバ侯爵だった。


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[一言] 大目に見るのと注意しないのは別では? >別のプレゼントだと、話を合わせるために新しい嘘を考えなければならないから 貴族としての強かさなんだろうけど『ワタシの内面も見て!』って、見られてなく…
[気になる点] ん…………ダブル主人公でハーレムものか…… ヒロイン出る度誰のヒロインかの問題でハラハラするな… ネトラレ感が凄そう…
[気になる点] リヒトが叱責されない、痛い目を見ない理由を先回りして上げてる感じがちょっと窮屈 礼儀知らずや常識知らずが見逃される理由があるにせよチクリと注意する存在がいないと読者のヘイトの逃しどころ…
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