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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
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4話 義兄、悪の芽を摘む

 メルズール王国では、街と街を結ぶ乗合馬車が運営されている。主な客は一般人で、金持ちはまず利用しない。

「用心棒共を抑えろ!」

「死にたくなきゃ、大人しくしな! 俺達に殺されるより、売り飛ばされた方がまだマシだぜ!」

 その乗合馬車を襲う山賊達の目当ては、乗合馬車の利用客自身だった。


(へへ、今日もいい儲けになりそうだ。こっちの方を本業にした俺の決断に間違いはなかった)

 山賊の頭目は手下達の働きを眺めながら、今日の仕事の稼ぎを想像して悦に入っていた。

 彼らは元々山賊ではなく傭兵で、メルズール王国と諸外国の争いが頻繁に起きていた頃は、雇い主の敵とだけ戦っていた。だが、十年ほど前から争いが起きる頻度が落ちて仕事が減り、彼等は食い扶持に不自由するようになった。


 傭兵達は立たされた人生の岐路に対して、新たな活躍の場を求めて他の国に移動する事や、培ったコネを活かして貴族の私兵や商人の用心棒、町の衛兵に転職する事、対人ではなく対魔物戦が主な冒険者に転向する者、この機会に傭兵業を引退して戦いとは縁のない生活を送る事にした者等、様々な道を選択した。

 だが、中にはそうした真っ当な道ではなく、賊になる事を選んだ者達が一定数存在した。


 頭目率いる傭兵団は、それまで金を報酬に守っていた国を、金を稼ぐために荒らす山賊団になる事を選んだ。

 傭兵団としての最後の仕事で手に入れた馬によって他の山賊には無い機動力を保持し、傭兵時代の伝手で騎士団の人間や町の官吏を買収し、警備隊や騎士団の情報を入手。


 巡回の合間を縫って乗合馬車や隊商を襲撃し、物を略奪し人を攫う。そして素早く隣国まで逃げ、攫った獲物を奴隷商人に売り払う。そうすれば金が手に入り、取り締まる側は国外まで追って来られないため足が付かない。

 仕事の最中に運悪く冒険者や傭兵の護衛に遭遇する事もあったが、頭目達はただのゴロツキではない。戦場で敵兵と戦って生き残って来た傭兵崩れだ。一対一では腕利きの冒険者や騎士に敵わないが、数の利を生かして連携して攻めれば負ける事はない。


「ぐうっ!?」

 今も、乗合馬車の護衛に雇われた冒険者が手下の一撃を受けて呻き声をあげた。彼以外にも冒険者は四人いるが、いずれも手下達が優勢だ。

 この分なら彼等が倒れるのも時間の問題だろう。


 御者は肩と腹に矢を受けて御者台から転げ落ち、地面に倒れ込んだまま動いていない。馬車を走らせ強引に逃げる事も不可能だ。


「頼りの用心棒はもうすぐ全滅だ! 諦めて出てきな! それとも馬車ごと燃やされたいか!?」

 勝利を確信した頭目は、手の空いている手下と共に馬車の中に避難していた乗客達を脅して出て来させると、さっそく品定めを始めた。


「お頭っ、上玉がいましたぜ!」

「ほう、まだガキだがなかなか高く売れそうじゃねぇか」

 乗客の中に容姿が整った少女を見つけ、口元を笑みの形に吊り上げる頭目と手下。

「ま、待ってくれっ! 金は全部やるから妹には手を出さないで――がはっ!?」

 目をつけられ顔色が青くなる少女を庇おうと兄が前に出ようとするが、頬に頭目の拳を受けて地面に倒れる。

「兄さんっ! いやぁっ!」

「心配しないでも二人とも同じ奴隷商人の店に売っぱらってやるぜ! その後はどうなるか知らねぇけどな!」

 弱者を踏みにじる優越感に高揚し、下卑た笑い声をあげる頭目。だが、彼等が笑っていられるのはここまでだった。


 突如甲高い口笛の音が響き渡った。予期せぬ事態に備えて森の中に待機させていた別動隊の手下が、何者かが接近している事を報せたのだ。

「チッ!」

 頭目は舌打ちをすると、彼も口笛で始末するよう指示を出した。


 すると蹄の音が響き、それぞれ馬に乗った武装した人影がこちら目掛けてかけて来るのが見えた。

「あいつら何者だ? 通りがかりの冒険者か傭兵が首を突っ込んできたのか?」

「なあに、別動隊の連中がすぐに始末してくれますよ」

 皮鎧を着て地味な外套を羽織った邪魔者達の姿を見て、そう推測する頭目に手下の一人がそう言う。それもそうだなと頭目が思った時には、森から現れた別動隊の手下達によって阻まれ邪魔者達の姿は見えなくなった。


「ぎゃっ!?」

 しかし、聞こえてきたのは手下達の悲鳴だった。十騎以上いる別動隊が、三騎の乱入者相手に防戦を強いられている。

 ただ者ではない。だが、数で圧倒しているのはこっちだ。押し込めば勝てる。


「おいっ! 手の空いている奴は別動隊と合流しろっ! 弓隊はここから援護だ! 残りは馬車の護衛共をさっさと始末しろ! 売り物にならなくなってもかまわねぇ!」

 頭目は周囲の手下達を邪魔者の始末に差し向けようとした。しかし、誰だか知らないが救援が来た事で乗合馬車の護衛達が戦意を取り戻して激しく抵抗したため、動かせたのは半分程だった。


 そこに、更に十騎以上の武装した一団が駆けて来るのを見た頭目は、自分達が窮地に立たされている事に気がついた。

「嘘だろっ!? あいつら冒険者じゃねぇ、騎士団だ! 騎士団がここを巡回するのは三日後じゃなかったのかよ!?」


 公爵家の予定に無い、突発的に始まった演習中のカイルザイン一行の動向を山賊団の頭目も、頭目に買収された町の役人も知るはずが無かった。







「ぎゃぁぁぁ! ぐえぇっ!?」

「隊長っ! こいつらただの山賊ではありません! 手練れです!」

 顔を剣で切り裂かれ悲鳴をあげて仰け反った賊の脇腹に剣を突き刺して止めを刺しながら、ルペルが合流したギルデバラン達に警告する。


「確かに、悪くない動きだ。カイルザイン様、数は賊の方が多いので、囲まれないようご注意を!」

 ルペルに同意しながら、ギルデバランは魔力で強化した大剣を振るい、馬の首ごと騎乗している山賊の胴体を両断する。


「ひぇっ!?」

「こ、こいつら並の騎士じゃねぇ!」

 断末魔の悲鳴の代わりに血と臓物を零して地面に落ちる仲間の上半身と馬の首を見て、山賊団の士気が大幅に下がる。


 調子に乗り慢心していた山賊団とその頭目は、ゼダン公爵領の騎士達がどれほど強いか忘れていた。

 メルズール王国を武力で支えるゼダン公爵家に仕える騎士達は、他の貴族に使える騎士より数段上の実力者ばかり。ゼダン公爵家騎士団の騎士団員に、『並の騎士』は存在しないのだ。


「舐めやがってっ! 騎士見習の小僧が!」

 動揺と士気の低下によって連携が綻び、賊の一人が突出してカイルザインに向かって槍を突き出した。恐怖を怒りに変えて逆上したのか、それとも彼を人質にでもしようとしたのか。


「……」

 騎士見習に勘違いされ狙われたカイルザインは、脇腹を狙って繰り出された山賊の槍を馬上で体をずらして避けると、逆に槍を握る賊の手首を剣で切り飛ばした。


「えっ? ……ヒッ!?」

 山賊の槍が手首と一緒に落ちる。目を見開いて唖然とし、カイルザインが剣を引き戻したのに気がついて引きつった悲鳴を漏らした。蒼白になった山賊の顔を見つめ、カイルザインは剣を再び魔力で強化した。


「い、命だけはおたすげぇっ――」

 そして命乞いを遮るように喉を剣で刺し貫いた。賊の声が喉に溢れた血で濁って途切れ、瞳から光が無くなっていく。

 剣が山賊の首の骨と神経を切断する小気味いい手応えに、口元が緩みそうになる。


(……想像と違う)

 それを抑えて山賊が死にゆく様子を観察したカイルザインは、胸の内でそう呟いた。しかし、身体は停滞なく動いていた。他の賊がかかってくる前に体勢を正し、騎士団員達との距離を一定に保つ。


「お頭ぁっ、どうにかしてくれぇ!」

 次々に仲間が討ち取られ、実力だけではなく数の利も失いつつある山賊達。堪らず手下の一人が頭目に助けを求めた。

「クソッ、騎士なら皮鎧なんて着ないで騎士らしい恰好をしやがれ! お前ら、矢を射かけながら撤退だ!」

 しかし、頭目に手下を助けるつもりはなかった。むしろ、手下達が騎士達を足止めしている今の内に逃亡を企てた。


「万物の根源たるマナよ、雷の矢となって我が敵を撃てぇ! 『雷の矢』!」

 だが、頭目達が逃げ出そうとする事を読んでいたゾルパが唱えた攻撃魔法が降り注いだ。雷で出来た矢が逃げようとする頭目や弓隊の賊を狙う。


「危ねぇっ!」

「きゃぁぁぁ!?」

 雷の矢に射られて次々に落馬、もしくは馬上で突っ伏す弓隊の賊達。だが、頭目は直前まで値踏みしていた少女の胸倉を掴み上げて持ち上げると、自身の盾にした。


「おっと、いかん」

 あわや少女を射かけた雷の矢だが、ゾルパが攻撃魔法を解除した事で彼女に鏃が触れる前に弾けるようにして消えた。


(よし、この女を盾にすれば逃げられる! 隠れ家に戻ったら残りの手下と金を持って、隣の国に逃げ込めば助かる!)

 隠れ家に捕えている商品を置いて行くしかないのが痛いが、また手下を集めて別の場所で稼げばいい。


「うおっ!?」

 そう考えながら馬を走らせる頭目だったが、馬はすぐにつんのめって動きを止めた。見ると、馬の脚に泥が纏わりついて走るのを邪魔している。


「カイルザイン様、見事な『泥玉』です。執着心の強さが泥の粘りによく表れておいでですぞ」

「ゾルパ、貴様は生徒を素直に褒められんのか?」

 派手な『雷の矢』をゾルパが放った直後に、カイルザインが馬の脚を狙って魔法で作った『泥玉』を放っていたのだ。


 頭目は盾にした少女が死角になって『泥玉』が見えなかったのだ。


「くっ、来るんじゃねぇっ! このガキを殺されたくなければ俺を見逃せ!」

 頭目は盾にした少女を片腕で抱え込み、もう片方の手で彼女の首筋に剣をかざした。

 馬の脚が封じられた以上、頭目が自力でカイルザイン達から逃げる事は不可能だ。彼が捨て石にしようとした手下達は、もう全員倒されるか騎士達に降伏している。彼に残された道は、盾にした少女をそのまま人質にする事だけだった。


「お、お願いします! 助けてください! 大切な、大切なたった一人の妹なんです!」

 地面に倒れていた少女の兄が、恐怖のあまり悲鳴をあげる事も出来ないらしい妹の代わりのように叫び声をあげる。

「安心しろ、もう助けた」

 しかし、カイルザインはこともなげに言った。


「もう奴は指一本動かす事は出来ん。人質を救助しろ」

「はっ!」

 騎士達が頭目に近づく。頭目は「ふざけるな!」と怒鳴り、警告のために少女の首を血が滲む程度に切ろうとした。

「……っ!?」

 しかし、頭目は指一本どころか瞬きをする事も出来なくなっていた。馬も同様なのか、石像になったかのように固まったまま動かない。


「闇魔法『影縫い』。『泥玉』に仕込んでおいたが、成功したようだな」

 対象の影を武器や魔法で貫いて呪をかける事で動きを止める、闇魔法としてはポピュラーな魔法。それをカイルザインはここ最近習得していた。


 しかし、まだ研鑽を積む必要があったようだ。

「カイルザイン様、人質の少女も動かせないのですが……?」

「影が一塊になっている全員に『影縫い』をかけてしまったようですな。とりあえず、賊に『麻痺』をかけるので、それから魔法を解いていただけますか?」


「チッ、分かった」







 頭目を拘束した後も、怪我人の治療と生け捕りにした山賊の拘束、死体の処理と騎士達は忙しく動き回った。

 特にカイルザインは自主的に負傷していた乗合馬車の護衛達に回復魔法をかけ、土魔法で街道の横の空き地に山賊の死体を埋める穴を掘るなどした。


(魔法も普段通り唱えられている。人を殺した事に動揺は無いようだな)

 その目的は魔法の練習でも騎士団や乗客達に良いところを見せたいからでもなく、自己分析だった。

 山賊とは言え、命乞いをした人間を刺し殺した。その事に何も感じていない自分に対して、カイルザインは若干ショックを受けていた。


(この演習に出てから、ギルデバランやゾルパ、ルペル達から様々な話を聞いた。人を初めて殺した時の事も聞いたが……皆、何かしらショックを受けていたはずだ)

 戦いの後、手足の震えが止まらなかった。胃の中の物を全て吐き出した。暫く悪夢にうなされた。魔法を唱えるのに集中できなくなった。


 自分もそうなるだろうと覚悟していたカイルザインだったが、そうはならなかった。罪悪感はまったく覚えていない。ゴブリンやエレメントウルフを切り殺した時と、何も変わらない。それどころか達成感や高揚感で、何かを成し遂げた後のような爽快な気分だった。


(人を殺しても何も思わないどころか、喜ぶとは……俺はもしかして異常なのか?)

 だからこそ、自身への違和感が拭えない。この時のカイルザインの心の声をリヒトが聞けば、彼も違和感を覚えただろう。


 エルナイトサーガに登場するカイルザインは、人を殺す事に躊躇を覚えない、罪悪感を覚えるどころか快感のあまり笑い出すような残虐な性格の持ち主だったから。そして、そんな自分自身に違和感を覚え不安になるなんて事はあり得ないキャラクターだった。

 しかし、この場にリヒトはおらず、カイルザインが彼に自身の心理を詳しく教えるはずもない。この時リヒトがカイルザインを、彼が知るキャラクターであってキャラクターではない事に気がつく事は不可能だった。


 そんなカイルザインに近づく者達がいた。


「カイルザイン様! 先ほどは妹を助けてくださりありがとうございました!」

「ありがとうございます!」

 頭目に人質にされた少女とその兄だ。悩むのに忙しかったカイルザインは、声をかけられてハッと我に返った。


「あ、ああ。気にするな、俺は貴族としての務めを果たしただけだ」

 領民は貴族を敬い、税を納める。貴族は税を徴収する代わりに、領民の安全と生活を守る。父を敬うカイルザインにとって『そうなりたい』と憧れる貴族が守る常識だ。


 しかし、最近まで箱入り息子だったカイルザインと違い、それを守っていない貴族も少なくない事を兄妹は知っていた。

「それでもお礼を言わせてください。ありがとうございました!」

「この御恩は忘れません!」

「そうか……分かった。その気持ちは受け取っておこう」

 兄妹から重ねて礼を言われたカイルザインは、鷹揚な態度でそれを受け入れた。


「領民、か」

 何度も頭を下げながら他の乗客達の所に戻っていく兄妹を見送りながら、カイルザインはそう短く呟いた。

 貴族には高貴な青い血が流れている。領民を含めた平民とは違う。全ての貴族の子弟はそう教えられる。カイルザインも例外ではない。そして、カイルザインは今までこの考え方に疑問や違和感を覚えた事は無く、その通りだと思って生きて来た。


 もちろん、知識としては王侯貴族も平民も、先ほど彼が殺した山賊も、同じ人種……人間だと理解している。

 貴族の血の色は実際には青ではなく平民と同じ赤である事も知っている。

 爵位の剥奪や廃嫡によって、もしくは伯父のザリフトのように自ら家を出奔した事で後天的に平民になる貴族もいれば、逆に功績によって爵位を与えられ貴族になる平民がいる事も、その実例も知っている。


 だが、公爵家に生まれつき教育を受けたカイルザインの価値観は、自分達貴族と平民を同じ人間に分類しなかった。しかし、ギルデバラン達と演習に出てから、カイルザインの価値観に変化があった。


 魔物に脅かされ、暗い顔つきで窮状を訴える猟師。カイルザイン達がその魔物を退治すると、別人のような陽気な顔で感謝し、宴を開いて祝う村人達。

 大人達の話や英雄譚を聞いて想像した事しかなかった、賊の下賤さ。そして醜悪な死に顔。

 そして、あの兄妹の笑顔。


(領民……平民も俺と同じように悩み苦しみ、そして喜び笑う存在。同じ人間なのか。異なるのは地位や立場、そして力だけだ)

 それはこの演習に参加する前のカイルザインにとって、革命的な価値観の変化だった。彼を演習に連れ出したギルデバランやゾルパも、ここまで大きな心境が彼に起こるとは想定していなかった。


(つまり、地位や立場の高低、そして権力や財力、戦闘力……あらゆる力を合わせたものの強弱が人間の差を決定づけるのだ)

 ただし、カイルザインは自分と平民は平等だとは考えなかったし、平民の生活に憧れもしなかった。ただ、将来良き君主として領地を治めたいなら、無条件に貴族を優れていると思い込み、意味もなく平民を侮蔑し、悦に入るのは間違っていると理解した。


「カイルザイン様、怪我人の治療と賊の死体の始末が終わりました」

 そこにギルデバランとゾルパがやって来た。


「どうだった?」

「怪我人の方は問題ありません。乗客はあの賊の人質にされた少女を含めて、掠り傷程度。護衛の冒険者達は重傷でしたが、ポーションを与えたので動ける程度には回復しています。

 御者は危ないところでしたがゾルパの回復魔法が間に合い、命に別状はありません。ただ、しばらく安静にする必要があるため、御者の経験がある部下に近くの町まで送らせる事にしました」


「賊の尋問も一通り済ませておきましたぞ。カイルザイン様の回復魔法の練習台になってくれたお礼に、私の闇魔法をかけてやったら歌でも歌うように話してくれました。

 隠れ家の場所や残っている人員や囚われている者達の数、取引している奴隷商人、そして買収されて情報を流していた者共……詳細はまだですが、大まかに纏めております」


「そうか。では、これから賊の隠れ家を急襲するのだな?」

「はい。ゾルパの魔法で賊に変装して隠れ家に入り、奴らを一網打尽にして囚われている領民を救出します。カイルザイン様はいかがしますか?」


 ギルデバランはカイルザインの意向ではなく、初めて人を殺した直後の彼の精神状態を確認するために問いかけたが、彼の答えは決まっていた。

「無論参加する。そして、その後もな」

「後、ですか?」

「賊と取引していた奴隷商人の摘発だ」


 怪訝な顔をしたギルデバランに、カイルザインはそう言って幼さない顔つきに不似合いな獰猛な笑みを浮かべた。

「違法な奴隷売買を行う奴隷商人を放置していては、領民は安心して暮らせまい? 領内の治安維持はゼダン公爵家の義務だ」

 メルズール王国では奴隷制を採用している。しかし、それは重罪人を刑罰として奴隷にする犯罪奴隷や、借金を返せない者がなる借金奴隷、そして戦争で出た捕虜や親から子を奴隷商人が買い取る奴隷だけだ。

 今回のように、賊が脅して無理やり拉致した人々を奴隷として売買する事は重罪だ。


 ギルデバランも、現地の衛兵に報告して摘発させるつもりだった。しかし――。

「賊に買収された衛兵や役人達を俺達が勝手に捕まえる事は管轄上できないが、奴隷商人なら問題あるまい。それとも問題があるのか?」

「カイルザイン様、町中に店を構えている奴隷商人も、我々の管轄外です。ヴィレム様の命令があれば別ですが」

 しかし、町中の犯罪者を捕まえるのはギルデバラン達騎士団ではなく、それぞれの町の衛兵の管轄だった。


「何っ!? 思ったよりも管轄が狭いのだな、騎士団とは」

「申し訳ありません」

 驚くカイルザインに情け無さそうな顔をするギルデバラン。その様子を見てゾルパは、笑いながら口を開いた。


「ホッホッホ、騎士団の普段の任務は野外の魔物や賊の討伐、そしてカイルザイン様を含めた貴人の護衛ですからな。しかし……仮にですが、偶然滞在している街でふと奴隷を購入しようと思い立ち、訪ねた店で不正の証拠を意図せず目にした場合は、仕方ないのではないかと」

 そして、徐々に笑顔を歪めていく。確かに、彼の言う通り管轄外であっても目の前で犯罪が行われている、もしくはその証拠を手にした場合、管轄や縄張りがどうのこうのと言っている場合ではない。


 早急に犯罪者を捕まえ、被害者を保護しなくてはならない。


「なるほど。この演習と同じか」

「その際は、衛兵を何人か道案内に狩りだすと良いでしょう。よく知らない町で道に迷っては事ですからな。何、このゾルパの魔法にお任せください」

 現地の衛兵も噛ませておけば、後々文句を言われる事も無いだろう。人数が増えても、魔法で賊に変装するのに支障は無い。


「では、早速動くぞ。まずは賊の隠れ家からだ!」

「はっ! 賊の見張り以外は出発だ!」


 その後、カイルザイン一行は賊の隠れ家の襲撃、並びに賊と違法な取引をしていた奴隷商人の摘発を成功させた。さらに、その際得た情報と厳しい尋問によって口を割らせた奴隷商人の証言で判明した山賊団やそれと取引している奴隷商人を電光石火の勢いで次々に捕えていった。


 ゼダン公爵領内を巡回しながら訓練を行うという名目だった演習の予定期間は倍以上に伸び、その間カイルザイン一行は数えきれないほどの魔物の討伐、七つの山賊団の壊滅、四つの奴隷商店の摘発に成功したのだった。


 もしカイルザイン一行が山賊団や奴隷商人、そして汚職に手を染めた者達を討伐していなければ、三年後にゼダン公爵領に巣くう大規模な違法人身売買組織へと成長していたかもしれないが、その悪の芽は摘み取られたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い領主になりそうですね。 [一言] 更新ありがとうございます。 最狂錬金術師の方も気長にお待ちしております。 無理をなさらないように
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