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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
30/33

30話 勲章を授与される転生勇者、人魔を司る義兄

 一見しただけではデーモンの変異種にしか見えない実験体の男は、四つの目でカイルザインを胡乱気に見つめ返した。彼らが自分達を化け物にした連中を捕まえに来た者達である事は、分かっている。だが、まさか話しかけられるとは思っていなかったのだ。


『俺に、何を聞きたい? 言っておくが、俺はたいしたことは知らないぞ。それより早く、殺してくれ。もう、楽になりたい』

 実験体の男は、人生に絶望していた。自分は終わりだ、人だった頃に手にしていた物は失われ、思い描いていた幸福はもう手にする事は出来ない。救済とは死を意味し、それ以外に望みは無い。


 捕らえられ、尊厳を奪われ、苦痛と恥辱に満ちた実験体としての日々。

 彼は肉体の構造や能力をデーモンに近づけつつ、人格や記憶を維持できるか確かめる実験体に選ばれたため、正気や記憶を失う事はなかった。だが、それが幸運だとは思えなかった。

 いっそ他の実験体のように正気を、せめて記憶だけでも失えればどれだけ楽だったか。


「聞きたいのは返事だ。お前、俺に仕える気は無いか?」

『……お前、正気か?』

 そんな自分にそう尋ねて来た貴族の少年の正気を、彼は本気で疑った。


『俺は見ての通り、もう化け物だ。そんな俺があんたに仕えて何が得られる? 金か? 名誉か? それとも命か? 笑わせるな』

「そうです、カイルザイン様。突然何を言い出すのですか」

 実験体だけではなく、ゾルパも驚いた様子で主君を諫めようとした。しかし、カイルザインは「安心しろ、ちゃんと考えあっての事だ」と答えた。


「俺の考えについては後で説明するが……お前達が俺に忠誠を誓う事で得られるのはチャンスだ」

『死ぬチャンスか? そんな物――』

「死ぬ事ができるのは確定だ。だが、もし俺の話を蹴った場合は出来るだけ苦痛なく命を奪い……その記録と共に躯は長きにわたって資料として保存される事になるだろう」

『な、なんだと!?』

 四つの目を見開く彼に、カイルザインは笑いながら続けた。


「お前達は滅天教団の幹部が行っていた研究の貴重なサンプルだ。滅天教団が今後も人間を魔物に改造にし、先兵とする可能性が高い以上、対策を練る必要がある。

 生きたまま解剖されないだけ、温情があると思え」


『惨い事を……』

 そう呻く実験体の男。彼は、自分はともかく他の実験体、特に女性には醜く変異させられた肉体を死後も晒されるなど耐えがたい屈辱だろうと思い、悔しさに身を震わせた。

 しかし、一方でカイルザインの言葉が正しい事も理解できてしまった。何より、所詮自分達は化け物なのだという諦めが大きく、強く抵抗する気にはなれなかった。それにさらし物にされると言っても、どうせ死後の事だ。自分の魂があの世に逝った後で、身体がどうされようとかまわないという思いもあった。


「どんな人間が改造に適しているのか、改造にはどの程度の時間と費用が掛かるのか、調べたい事はいくらでもある。調査を国から任せられた者達は、徹底的に調べるだろう。幸い、情報源は確保できたからな」

『っ!? 待てっ、俺達がどんな人間だったか……誰だったのか調べるつもりなのか!?』

 しかし、そんな実験体の男にも諦められない事があった。


『頼む! やめてくれ! それだけは、頼む!』

 叫び出す実験体の男に、ニコル達は思わず身構えるが、カイルザインは笑みを深くした。

(予想通り、元は身元のしっかりした人物……おそらく騎士だな。それにこの反応を見ると、家族がいる)

 カイルザインが複数いる実験体の中からこの男を選んだのは、彼が意味のある言葉を話していたからだ。その後、話しかけながら観察すると、挙動から訓練を受けた様子が見て取れた。


 そこで、自暴自棄になっていても名誉や家名に捨てられない拘りがあるだろうと思い、利用する事にしたのだ。

(この男を手なづけるのに成功するのと失敗するのでは、他の実験体のスカウトの成功率が大きく変わる。同類が従っていれるなら、話を聞こうという奴もいるだろうからな)

 ただし、調査を命じられた者達が徹底的に実験体について調べ、死後も標本にして保存するだろうという予想はデタラメではない。


「だが、俺に従うと誓うのならその情報を出来るだけ秘匿してやろう。もちろん、口先だけで誓うのではなく呪をかけさせてもらう。お互いにな」

『出来るだけ……絶対じゃないのか!?』

「ここに居ないゼヴェディルやその配下が漏らす可能性があるだろう。絶対とは約束できん」

『お互いに、とは?』


「貴様は忠誠を、俺は貴様等の待遇を条件に呪をかける。元冒険者や傭兵、そして貴族だった奴隷と所有者が契約する際に交わす呪の応用だ」

 この世界の人間の身体能力の上限は地球人類と比べると圧倒的に高い。冒険者や傭兵の中には手錠や枷を引きちぎる者もいるし、平民よりも高い魔力を持つ者が多い貴族が身体能力を強化すれば鉄格子を飴細工のように曲げる事も出来る。


 そうした者達が様々な理由で奴隷に身を堕とした場合、安全に取り扱う為に呪いをかけて行動を縛る事になる。所有者は奴隷の身の安全や待遇を守る事を誓い、奴隷は服従を誓う。マジックアイテムを使ってお互いに呪う事で効果が高まり、どんなに高い魔力を持っていても破れない強固な呪が完成するのだ。


「それでも不満なら諦めるが、どうする?」

 そう問いかけるが、実験体の男はすぐには答えなかった。考え込んでいる様子の彼に、カイルザインの期待は大きくなった。考え込むという事は思考できるという事で、目の前の男は異形と化していても理性を保っている事が確信できたからだ。


『……分かった。お前に忠誠を誓おう』

「いい返事だ。呪の細かい内容はこれから決めるが、その前に貴様が俺に従う事で得られるチャンスについて話しておこう。

 それは、人間の姿に戻るチャンスだ」


『人間に戻れるのか!?』

「いや、姿だけだ。お前達を改造される前の状態に戻せるかは分からんが……姿だけなら、成功例を二体見た。お前達をそうできる可能性は十分あるはずだ」


 セオドアとエリオットは、姿を変異させる前は完全に人間だった。姿はもちろん、気配も何もかも。なら、他の実験体もそのように改造出来るかもしれない。


『それでも、それでも十分だ。姿だけでも人間に戻れるのなら俺……私だけではなく、他の者達も従うだろう。だが、貴方は我々をどうこうできる立場なのか?』

 項垂れる実験体の男に、カイルザインは告げた。

「それはこれからだ。だが安心しろ、俺は公爵家の令息で、政治力に長けた伯父がいる。最初から人間と同じ扱いにするのは無理だが、それ以外はどうとでもしてやる」

 そう告げた後、ふとカイルザインは顔を顰めた。


「人間を魔物化させる研究の実験体……長いな。短い名称が欲しい。魔人ではデーモンと混同してしまう。なら、人魔でどうだ?」







 社交シーズンに入る前に、王宮に仕える法衣貴族だけではなく、各領地を治める貴族達にもゼダン公爵領とヘメカリス子爵領で起きた事件の概要が報せられ、「魔物の出現が過去に比べて著しく減った土地がある場合、その土地の地下を調査せよ」という通達がなされたためだ。


 また、同様の知らせは友好国であるエルフの国や南の大陸、国交と呼べる規模ではないが交流がある東のドワーフの国、更には敵国であるドリガ帝国にも行われた。

 結果、秋までにメルズール王国南部のグルプラス公爵家の寄り子の伯爵領で千数百のゴブリンの群れが地下で発見され、討伐に成功した。また、エルフの国と南の大陸の国でも同様のゴブリンの群れが発見されたとの連絡があった。


 そのため今年の社交シーズンには、例年よりも多くの貴族家の当主やその代行が王都に集まっていた。メルズール王家は事件の規模とその影響の大きさを鑑みて、出来るだけ多くの貴族達に一連の事件における功罪を公にする事にしたのだ。


 大勢の貴族や各国の大使が居並ぶ大広間で、玉座に座ったダリオムーク・レム・メルズール国王の横に立つアーネスト・レベレット宰相が厳粛な口調で告げた。


「キドルク・ジャオハ侯爵、前へ」

「ははっ」

 進み出たのは、杖を突いた痩身の老人……セオドアによって毒を盛られていた現ジャオハ侯爵のキドルクだった。


 キドルクはセオドアの陰謀について何も知らないまま病床に伏せていたが、乗り込んで来たカイルザイン一行に保護され治療を受けた事で、杖を突けば歩けるほどに回復した。

 それだけに、信頼していた自身の息子が腹違いの弟を謀殺し、自身に毒を盛っていた事実を突きつけられ打ちのめされた。だが、当主として倒れたままでいる事は許されない。


 居並ぶ貴族達の内、セオドアが当主代行になる前のキドルクを知る者達が哀れみの込もった視線を向ける。当時の彼は侯爵に相応しい威厳を纏っていた紳士だったが、今はまるで別人のようにやせ衰えていた。


「この度明らかになった、ヘメカリス子爵領で起きた事件――」

 宰相が罪状を述べていく度に、彼に向けられる同情の眼差しが増えていく。寝たきりにされていたキドルクは、彼が犯した罪について何も知らず、気が付けなかった。宰相が読み上げる事は無いが、それがジャオハ侯爵家の当主である彼の罪である。


「よって、キドルク・ジャオハを貴族籍から抹消、およびジャオハ侯爵家の取り潰しを申し渡す」

 広間に立ち並ぶ貴族達の間に衝撃が走った。

 罪を犯した者や貴族としての資格なしと見なされた者が貴族籍――法的に貴族として認められた者達が登録される戸籍――から排除され、平民に堕とされる事は数年に一人から二人はいる。


 家の取り潰しも、平時でも十年に一つや二つはある。だが、その多くは新興の男爵家や子爵家で、伯爵以上の上級貴族の家は王家でも潰すのは難しい。だというのに、実態は薄れつつあったとはいえ西の雄と呼ばれ、歴史あるジャオハ侯爵家を潰すという処分が下されたのだ。居並ぶ貴族達の驚きは大きかった。


 貴族達もセオドアがやった事は知らされている。だが、当人は討ち取られ当主であるキドルクは被害者でもある。それにジャオハ侯爵家は貴族派の重鎮の一つで、他の貴族家に親類も多く、百年以上前だが当時の王女が嫁入りした事もある名家だ。

 精々キドルクは責任を取って引退し、家は親類が継承。位は子爵に降爵して領地もそれに合わせて没収と言う程度で手を打つ事になるだろう。そう予想されていた。

 数十年経ってほとぼりが過ぎた頃に、適当な名目で没収した領地を返して昇爵し、元の侯爵に戻すのだろうとも。


 しかし、取り潰しとはジャオハ侯爵家は今後、基本的には復活しない事を意味している。


 貴族達はジャオハ侯爵家と同じく貴族派の重鎮にして、この一件を処理するために積極的に動いたビスバ侯爵家当主のリジェル・ビスバに視線を向けた。しかし、彼はキドルクを憐れむように見つめてはいるが、口を閉じたまま擁護する様子はない。


「はは。謹んで処罰をお受けします」

 そしてキドルクも潔く処分を受け入れた。


 この重い処分は、ダリオムーク王やアーネスト宰相にとっても気が進まない物だった。しかし、穏便に済ませるにはセオドアが行った事はあまりにも危険すぎた。

 嫡男である腹違いの弟を謀殺した事だけなら、セオドア本人が討ち取られているのでキドルク本人にまで責任は及ばなかっただろう。メイドをカルザイの愛人に仕立てて始末した事も同様だ。


 犯罪奴隷や流民をゴブリンの養殖のために使っていた罪も、家の廃絶までには遠く及ばない。

 犯罪奴隷は法律上人ではなく、家畜と同等に扱われる。鉱山で死ぬまで労働をさせるのも、ゴブリンの餌にするのも変わらない。罪に問う場合は、せいぜい私的に侯爵家の財産を消費した横領止まりだろう。


 流民の場合も近年の法改正によって、罪を犯していないのに捕まえ奴隷として売却する事や処刑する事は禁じられている。つまり、流民を捕まえゴブリンの養殖のために殺すのは誘拐や拉致、監禁、そして殺人の罪に問われる。だが、それも指示したセオドアと実行したエリオット以下騎士達までだ。


 大きかったのは、領主代行の立場にあったセオドアが滅天教団に所属し、人間の魔物化という禁忌の研究や寄り子の貴族やその領地を滅ぼす計画に積極的に協力していた事だ。

 もしセオドア達が討ち取られず野放しになっていたら、ヘメカリス子爵領や周囲の下級貴族の領地はゴブリンの大群に滅ぼされ、ジャオハ侯爵家の力は増していた。そして近い将来、セオドアはエルフの国だけではなくメルズール王国にも牙を剥いていただろう。魔物化した王国民を率いて。


 セオドアは直接メルズール王国への反逆の意志を表していなかったが、強大な力を手に入れた彼が『西の雄』で満足するとは思えない。それに、滅天教団も彼を放ってはおかないだろう。


 仮定の話を抜きにしても……滅天教団が王都にある貴族の別邸で魔物を大量発生させた事件は、まだ人々の記憶に新しい。

 ここで厳しい処罰を下さなければ、滅天教団と通じても上級貴族ならお目こぼしされるという、悪しき前例を作りかねない。


 そのため、王国政府は出来るだけ厳しい処罰を下す事になったのだ。

 他にも、この場では公表されていないがキドルクの側室でセオドアの母親は、息子の協力者の一人となっていた事がカイルザイン一行の迅速な行動の結果抑えられた証拠によって明らかになっている。そのため、彼女は既にキドルクから離縁され実家ではなく、特殊な修道院に送られている。


 また、エリオット達ジャオハ侯爵家騎士団の騎士の内、セオドアの悪事を知っていて協力した者。その中でもギルデバランに降伏し後の捜査に協力的だったと認められた者は修道院、それ以外の大多数は犯罪奴隷に落とされたた。

 犯罪奴隷に落とされた者の家族は直接罰せられる事はなかったが、夫や息子が罪人となった事で弟妹や子供が家を継いで騎士叙勲を受ける事を認められず、ただの平民になる事になった。


 他にも犯罪奴隷の横流しを黙認していた衛兵や、人間の魔物化に関する研究に加わっていた魔道士、セオドアの裏の顔を知って尚仕えていた使用人達もそれぞれ相応の罰を受けている。

 ジャオハ侯爵家の財産は没収。領地の七割は王国の直轄地となる事が決まっている。


「以上である。下がってよい」

「ははっ!」

「次に――」


 続いて、アーネスト宰相が複数の貴族の名を呼び、罪状と処罰を言い渡す。セオドアが「足手まといの寄生虫」ではないと見なしたジャオハ侯爵家の寄り子達の内、彼に協力した貴族達だ。


 資金や犯罪奴隷を融通していたが、セオドアが滅天教団に与している事や企みを知らなかった貴族は罰金と当主の引退。嫡男も与していた場合は廃嫡。ただし、爵位は維持し他の子弟や親類を当主として家の存続は許す。

 ただ融通していただけではなくセオドアの企みを知って手を組んでいた場合は、関与していた度合いによって死罪から修道院行き。家は降爵、男爵の場合は取り潰しとする。


 そしてセオドアが滅天教団の一員である事を知って協力していた貴族は、上記の貴族達とは違い従犯ではなく共犯と見なし、爵位に関わらず取り潰し。一族の貴族籍からの排除、関与していた当主を含めた一族の者は罪の度合いによって死罪から貴族用の牢獄へ、夫人は修道院へ。ただし、温情として何も知らず関与していない令息や令嬢は他の貴族家への養子縁組を許可する。


 養子縁組にはリジェル・ビスバが積極的に動いたため、今日までにだいたい話を纏める事が出来た。また、婚約や婚姻関係を維持する事を勧めている。

 ……罪人の一族との養子縁組や婚約は忌避されるのが普通だが、リジェルは「彼等を養子、または配偶者として迎え入れる事で、将来彼らの子供達が廃絶された家名を継ぐ事が出来るかもしれない」、「その折には我が一族も協力しましょう」と申し出たのだ。


 貴族家が何らかの理由で廃絶されても、後に家名の再興が許される事はメルズール王国に限らず昔からあり得る事だ。事が事なので数年で再興が許される事は無いだろう。だが十数年後、国王が代替わりして状況が変われば可能性はある。……もちろん可能性だけで、今回の場合は結局復活しない事も十分あり得るが。


 リジェルとしても、やらかした貴族達を庇って王国政府や国王派の貴族から睨まれたくない。だが、まったく動かなければ貴族派の貴族達に対する発言力が低下する……どころか、国王派に寝返ったと判断されかねない。

 そのため、庇っても王国政府から睨まれにくく、貴族派の貴族達からは「情け深い」と称賛されやすい、幼い令息や嫁入りを控えた令嬢達の保護のために動いたのだった。


 こうしてジャオハ侯爵家の寄り子の内、伯爵家が一つ、子爵家が三つ、男爵家が二つ取り潰され、それ以上の家が爵位を落とす事となった。


「次に、本来であれば時期ではないが、特別な事情により目覚ましい働きを見せ、多大な貢献を行った者達を賞賛し、褒章を取らせる。

 リヒト・ゼダン、前へ」


 そして、処罰だけではなく貢献した者達に恩賞を取らせる事も王国への忠誠心を維持するのに大切な事だ。まず呼ばれたのはリヒトだった。

「はっ!」

 十一歳になったリヒトが前に出て膝を突く。彼が仲間と共にゴブリンデーモンキングや、滅天教団の幹部を討伐した事は既に知られており、王国からどんな褒章が与えられるのか誰もが注目していた。


「グラフを発見し、その有用性を報せた働きは学問のみならず、王国の政治や経済を長きにわたり発展させる事であろう。

 よって、リヒト・ゼダンに金月勲章を授与するものとする!」


 しかし、貴族達の予想に反してリヒトに告げられたのは、グラフの再発見による功績だけだった。拍子抜けしたような眼差しを向ける貴族達に、リヒトは内心で苦笑いを浮かべた。


 このようになったのは、リヒトが今回行ったのがゼダン公爵領で起きた事件を解決しただけだからだ。

 領地を治める貴族は、その領地内の事柄に対して王国政府に準ずる権力を持つ。そのため、領地内に納まる問題を解決した功績は、王国政府ではなくその地を治める貴族が恩賞で報いるのが慣例だ。


 デビス村周辺の地下で発生したゴブリンの大群の背後で滅天教団が糸を引いていたが、ゼダン公爵領内に納まる問題だった。しかも、リヒトは庶子とはいえ現当主であるヴィレムが継承権ありと認めた公爵家の令息だ。

 自らの一族が治める土地を守るのは、貴族の義務でそれは令息も負うものである。


 ただ、勲章や褒章が出ないだけでリヒトの歳に似合わぬ武勇は王国中に広まっているし、ゼダン公爵領内での評価もカイルザインに並ぶ程高まっている。特に、デビス村や傭兵達の間ではカイルザインを超える程だ。


(それに、実は金月勲章も僕には過剰な評価なんだよな)

 メルズール王国の勲章は、戦争での戦功は獅子、戦争以外での戦功は鷲、学術的な功績には月。そして功績の評価の高さによって、金、銀、銅に色が変わる。

 金月勲章は、歴史に残る学術的な功績をあげた事を意味し、ゼダン公爵家でリヒトのために組まれている予算と比べれば僅かだが、生涯年金が支給される。それに、十一歳は金月勲章が授与された者達の中では最年少で、まさに歴史に残る記録になるだろう。


 前世の知識を流用しただけの自分には過ぎた評価だが、今更気にしても仕方がない。


「並びに、滅天教団の企みを解明するために有用な手掛かりを入手した事に対する報奨金を与えるものとする」

 手がかりとは、ゴブリンデーモンキングの死骸の事だ。特殊な個体故に冒険者ギルドではなく王国政府の研究機関と魔道士ギルドに売り払われ、調査が行われている。


 その調査にはプルモリーも参加しているが……リヒトにとって気になる人物も関わっている。

(カイルザインが何を考えているのかが問題けど、僕が直接尋ねて答えてくれるだろうか?)


「身に余る光栄です。王国のさらなる発展のため、精進してまいります」

「うむ、期待しておるぞ」

 ゴブリンデーモンキングを討ち取った手柄が報奨金だけになったのは、リヒトがゼダン公爵令息だからだ。もし彼がただの冒険者なら仲間と共に昇級が打診されただろうし、ゼダン公爵家を含めた貴族から士官の話もあっただろう。……功績をあげた者に気前良く恩賞を与えられないのは、王家としては不名誉な事なので、国王や宰相も悩んだ結果なのだ。


 そして、与える恩賞をどうするか国王達が最も頭を悩ませた人物の名が呼ばれた。

「カイルザイン・ゼダン、前へ」

「はっ!」

 リヒトと入れ替わりで国王の前に現れたカイルザインの姿に、居並ぶ貴族達は注目した。リヒトもそうだが、去年よりも彼の背は伸び、顔つきも幼さがやや残っているがまだ十四歳になっていない少年とは思えない程凛々しく引き締まっている。


「汝はゴブリンキングの討伐、そして逆賊セオドア・ジャオハの討伐、ジャオハ侯爵領の捜査、キドルクの保護……数々の武勲と功績をこの度あげた。よって、汝には金鷲勲章を与えるものとする」

 本来、これほどの武勲や功績を上げれば平民でも爵位を得て貴族になれるし、貴族なら昇爵が妥当だ。特に、ジャオハ侯爵家とその寄り子がいくつか瞑れているため、王国西部に治める貴族が居ない王国の直轄地が大量に生まれている。


 普通なら、王国は最も手柄を上げた者を新たに侯爵にしてジャオハ侯爵家の領地を統治させただろう。だが、そのもっとも手柄を上げたカイルザインは未成年で、しかも公爵家の令息で、現在後継者争いの最中の第一子だ。

 公爵家を継ぐ可能性のある令息を、褒賞として実家から独立させて爵位が下の侯爵か伯爵にする。……これでは恩賞にならない。


 カイルザイン本人が望めばそれもありだったが、彼は当然のように拒否した。ゼダン公爵家の家督を狙う彼にとって当然の判断だ。

 ジャオハ侯爵家の領地は豊かで、セオドアが人間の魔物化の研究費用や裏工作のために使い込んでいた分を差し引いても財産は莫大。しかし、ゼダン公爵家の領地の方が遥かに豊かで広大、経済力も軍事力も圧倒的に勝っている。


 更に、セオドアは何も知らない領民達に対しては良い領主を演じていたため人望があった。そのセオドアを討ち取ったカイルザインが新たな領主となれば、領民からの強い反発が予想される。

 そして、関わった者を罰したので文官も武官も……特に騎士団員が足りない。


(いくら栄誉でも、人材が足りないくせに広く、人口も多い領地を経営するには俺には無理だ。リヒトに押し付けられるなら行幸だったが……)

 そのため、カイルザインは「確認だけど、ジャオハ侯爵家の領地を貰って侯爵になるつもりは無いよな?」と尋ねる伯父に、「もちろんありません」と迷わず答えたのだった。


 そのため、国王や宰相もカイルザインに元ジャオハ侯爵領を治めさせようとはしなかった。


「並びに、ジャオハ侯爵家から押収した人魔の研究と管理、運用を行う人魔長官の役に任命する事とする。

 今回押収した人魔はカイルザイン・ゼダンの従魔として扱い、所有物とする」

「謹んで拝命し、期待に沿えるよう努めてまいります」


 そして、この人魔長官の役職こそカイルザインにとって何よりの褒章だった。これによって、カイルザインは人魔達をテイムしたテイマーと扱われ、その管理を一任される事になる。

 所有物扱いと聞くと奴隷より下の立場を思うかもしれないが、人魔達の所有者はカイルザイン……ゼダン公爵家の令息だ。貴族の持ち物を平民が傷つければ、良くて鞭打ち、悪ければその場で首を刎ねられる事もある。

 貴族であっても、公爵家の令息の持ち物に迂闊な事は出来ない。


 奴隷と違ってどんなに手柄を上げても解放される事は無いし、扱いはどうしても奴隷よりも一段以上低くなるが……化け物扱いよりはずっと上等だ。

 なにより、これで人魔達は法によって守られる事になる。人魔達の存在に目を顰め、忌まわしく感じる者は少なくないだろうが、実害を及ぼすハードルはずっと高くなったはずだ。


 そして人魔を取り扱う組織の長になった事で、彼等に関する情報の扱い方もカイルザインが決める事が出来る。

(これで人魔達との約束を守る事が出来た。なにより、滅天教団に対抗できる戦力と奴らに関わる理由も手に入った。伯父上に骨を折っていただいた甲斐があるというものだ)

 カイルザインが態々人魔達を配下に治めた理由……それは人魔達の戦力を手に入れ、それをもって滅天教団に対抗し、あわよくば更なる手柄を上げる事を狙っているからだ。


 滅天教団幹部のジャドゥルやゼヴェディルは、上司である『殺謀執事』ディジャデスからゼダン公爵家の子息を殺すよう命じられていた事を直接は口にしなかった。しかし、ジャドゥルの行動は余りにもあからさまだった。


 ジャドゥルは姿を隠して討伐隊の指揮官であるグレンでもなく、最高戦力のプルモリーでもなく、リヒトの暗殺を試みた。それが失敗して、グレンとプルモリーを相手どる事になると二人を先に殺した方が「成功率が上がる」と発言し、ゴブリンデーモンキングが討ち取られた時には、「ガキ一人の首すら取れないのか」と口走って激高した。


 この事から推測すると、ジャドゥルはゴブリンを養殖しゼダン公爵家に大きな被害を出させる計画以外にも、滅天教団から命じられていた事は明らかだ。それはリヒトの……ゼダン公爵家の令息の抹殺ではないかと、報告を聞いたリヒトの義父であるヴィレム・ゼダンは推測した。


 しかし、ゼヴェディルの方はカイルザインを狙っている様子が見られなかった。だが、それはセオドアがカイルザインに対して積極的に勧誘や抹殺を仕掛けたから表に出なかっただけで、実際には彼女もゼダン公爵家の令息の抹殺を命じられていたのかもしれない。

 そのため、ヴィレムはタレイルや彼と母親が同じ彼の弟妹の護衛を増やし、リヒトとカイルザインに推測を伝えつける戦力を増やすよう動こうとした。


 しかし、カイルザインの意見は違った。

(おそらく、滅天教団が狙っているのはリヒトだ。俺ではない)

 カイルザインは、ゼヴェディルが自分を積極的に狙っている言動を見せなかった事から、そう思い込んでいた。


(リヒトの高い光属性への才能を、四天王かその副官の一部が脅威に感じての事だろう。だが、奴にだけ手柄を立てさせるつもりは無い)

 リヒトが滅天教団に狙われている。そう考えた時にカイルザインが覚えたのは危機感だ。今後、リヒトが滅天教団の企みを破り、幹部を撃ち取り続ける事で上げる功績でもって公爵家の家督を手にする事を恐れたのである。


 もちろん、滅天教団全体がリヒトを抹殺対象として狙っているならカイルザインも義弟の命は儚く散るだろうと、同情した事だろう。だが、それにしてはゾルパの使い魔が運んできた報告書にあったジャドゥルの行動……滅天教団の動きがぬる過ぎる。


 討伐隊にはリヒトの幼馴染で側近のアッシュに、その父のグレン、剣の師匠であるデリッド、そして王国でもトップクラスの魔道士であるプルモリーがいる。それなのに、リヒトを直接暗殺しようとしたのはグレーターデーモン一匹。成功する確率はそれほど高くない。甘く見積もっても五割程度だっただろう。

 本気でリヒトを消すなら、後数匹グレーターデーモンを投入するべきだ。もしくは、彼の抹殺を命じたジャドゥルの上司が直接手を下しに来るべきだった。


 その事から、カイルザインは滅天教団とってリヒト抹殺の優先度はそれほど高くないと推測していた。そして、リヒトなら滅天教団が適当に送り込んで来る刺客を返り討ちにするはずだと。

 ……ある意味、リヒトを信頼していると言えるかもしれない。


 だからこそ、カイルザインは滅天教団が自分に目を向ける理由と、返り討ちにするための戦力を欲していた。そこで目をつけたのが、ジャオハ侯爵領で秘密裏に研究されていた実験体達、人魔だ。


 その有用性は、セオドアと戦ったカイルザイン自身がよく知っている。彼らを配下に加え、人魔について調査研究を続ければ滅天教団が自分を狙うかもしれないし、そうなっても返り討ちに出来るだろう。

 また、外見を元通りにする技術が確立されれば、滅天教団が今後も生み出す被害者の救済につながり、それもまた人魔長官の任に命じられたカイルザインの功績となる。


 もちろん改造された人間を従魔扱いする事をよく思わない者達もいるだろうし、反発もされるだろう。特に神殿は良い顔をしないはずだ。実際、彼等を速やかに救済……抹殺するべきだと訴える書状が王都の神殿から王国政府に届いていると聞いている。

 しかし、そうしたデメリットを考慮してもメリットの方が大きいとカイルザイン達は考えた。


 何より、これは王命によって任じられた役職だ。各地の神殿、そして何より父であるヴィレムも手出しする事は出来ない。

(敬愛する父上の跡を継ぐために、敬愛する父上を警戒しなければならない。相変わらず矛盾しているな)

「うむ、下がってよろしい」

「はっ、失礼いたします」


 内心でため息を吐きながら、カイルザインは国王と宰相の前から辞した。居並ぶ貴族達の内、情報収集能力にたけた者は人魔と言う未知の技術と戦力を手にした彼がどう動くのか、注目していた。


「次に、ラドフ・ヘメカリス子爵、前へ」

「はは~っ!」

 次に名を呼ばれたのは、去年は誰も注目していなかった地方貴族の名だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実験体を戦力としつつ、手柄を上げるためのヘイト集めに利用する。 巧い!
[良い点] カイルザインは敵も多そうだけど 信者も増えそう [一言] しかしこれリヒトが無駄に 警戒する悪循環ね
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