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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
3/33

3話 父に疎まれる義兄、演習へ

 実の父が長子である自分を疎ましく思っている。そう言いだした少年に対して普通の大人なら「そんな事は無い」、「お父さんは君の事を愛しているはずだ」と言って励まそうとするかもしれない。

「気がついてしまわれましたか、カイルザイン様」

「ほほほ、その様子ではしっかりと現実を受け止めている様子。またひとつ大人になりましたな」

 しかし、ギルデバランもゾルパも、カイルザインの言葉を否定しなかった。何故なら、それはゼダン公爵家では半ば公然の事実だったからだ。


 ヴィレム・ゼダン公爵の第一子、カイルザイン。武と魔の才能に恵まれ、容姿も整い身体も頑健にして強靭。また、母は公爵家と縁あるビスバ侯爵家の長女だったローゼリア・ビスバで、母親の立場と血筋も申し分ない。

 本来なら優秀な長男だと愛情を注がれて然るべきはずだった。


 ゼダン公爵家とローゼリア・ビスバの婚姻は二人の親世代の政治的な駆け引きの結果交わされた、政略結婚だった。そして、本来なら彼女の夫になるのは弟のヴィレムではなく兄のザリフトのはずだった。

 しかしザリフトは公爵家の家督を継ぐ前に出奔し、ヴィレムが家督を継ぎローゼリアの夫となる事になってしまった。これはヴィレムとローゼリア、両者にとって予想外だった。


 ローゼリアを正妻にするのは自分ではないと考えていたヴィレムは、とある男爵の庶子の娘に思いを寄せていた。公爵家の家督を継がず、一族の一人として公爵領の運営に携わるだけなら問題の無い組み合わせだ。

 しかし、ヴィレムが公爵家当主になってしまうと同じ貴族とはいえ公爵と男爵の娘、しかも庶子ではとても釣り合わない。


 さらに、ヴィレムはローゼリアに対して良い感情を持っていなかった。それは彼女が以前からザリフトに夢中だったからだ。ヴィレムの事を嫌っていた訳ではないが、彼女の瞳にはザリフトしか映っていなかった。

 ローゼリアも、自分の夫になるのはヴィレムではなくザリフトだと思い込んでいたのだ。


 お互いに予期せぬ組み合わせになったヴィレムとローゼリアだが、前々から決まっていた婚約を破棄する事は出来ない。

 そのためヴィレムは正妻をローゼリア、想い人だった男爵家の庶子を第二夫人として娶るしかなかった。

 そしてローゼリアとの間に第一子であるカイルザインが生まれたが……彼が物心ついて間もなく、ローゼリアは病で命を落とす。その後、ヴィレムは新たに妻を迎えないまま今日に至っている。そのため、第二夫人の元男爵家庶子が事実上の正妻となっている。


 カイルザインの腹違いの弟であるタレイルは、その第二夫人との間に生まれた息子だ。


「リヒトが来る前は、俺が父上に疎まれているとは夢にも思わなかった。母上は俺には何も言わなかった。それにギルデバランやクランベが上手く誤魔化してくれたからな」

 ローゼリアは息子に対して愚痴や自らを憐れむ言葉を漏らさず、「次期当主として父上を支えるのですよ」と言い残した。その遺言には、自分を愛さない夫に、自分との間に生まれた息子を認めさせたいという思いも含まれていたのかもしれない。

 しかし、幼いカイルザインは母の遺言を言葉通りに受け取った。


 そしてギルデバランや執事のクランベ達は、ヴィレムが息子であるカイルザインとの時間を作ろうとしない事について「ヴィレム様はこの国のため、公爵領のため、働くのにお忙しいのです」と誤魔化した。

 また、ヴィレムもカイルザインを冷遇する事でローゼリアの実家であるビスバ侯爵家との政治的な関係に綻びが生じるのを嫌ったのだろう。本当に最低限だが、親として行うべき事はやっていた。


 しかし、伯父の忘れ形見のリヒトを引き取ってから、カイルザインの目にも父親が誰に関心を払っているのかが見えて来た。

 亡き兄の忘れ形見とはいえ、養子のリヒトに前ゼダン公爵家騎士団団長や、王都から招いた著名な魔道士、他にも礼儀作法や学術の一流の家庭教師をつけ、執事のクランベを始めとした使用人数名を彼の専属とした。

 養子であるはずのリヒトの誕生日には僅かでも時間を作って出席して贈り物を手渡し、公式な行事ではないが領内の視察には彼とタレイルを同行させた。


 それに対して自分はどうか? ギルデバランやゾルパはもちろん、他の家庭教師にも不満がある訳ではない。使用人も十分な人数が仕えてくれている。だが、父上が入れた力とかけた手間はリヒトの方が上ではないか?

 ゼダン公爵家全体で祝う祝祭等の公式の行事以外で……例えば、自分の誕生日に父上が直接祝いの言葉をかけてくれた事が一度でもあっただろうか? それに十歳から出席している社交シーズンのパーティーでも、自分が一方的に話しかけるばかりで父上の方から口を開いた事は殆どなかったではないか。


 父上はリヒトを憐れんでいるだけだ。

 伯父上の息子とはいえ粗野な冒険者に囲まれて育ったリヒトを、公爵家の人間として恥ずかしくない人間にするために手を尽くしているのだ。

 自分は優秀だから、手がかからず指図する必要が無いだけだ。タレイルやリヒトは不出来だから、父上は二人のために自分の時間を削らねばならないのだ。


 昨日までは薄々察しながらも、そう自分を誤魔化して目を逸らしていた。尊敬する父に疎まれている事を、愛されていない事を認めたくなかったのだ。


「ヴィレム様が今日お三方を集め後継者候補とすると述べたのも、先日の模擬戦でカイルザイン様と争ってもリヒト様に勝ち目が十分あると踏んだからでしょう。

 ククク、ヴィレム様も人が悪くなったものです」


 ヴィレムが後継者選びを始めるとカイルザイン達に宣言したのは、ゾルパの推測通りリヒトに十分な実力が付いたと判断したからだった。

 もしリヒトの実力が不足していれば、ヴィレムが後継者選びを始めると宣言するのは一年後や二年後、もしかしたら三年後だったかもしれない。


「失礼ながら、競争相手がタレイル様だけならカイルザイン様の勝利は揺るぎなかった。タレイル様も優秀ですが、ゼダン公爵家の当主には向かない」

 ギルデバランの言うように、タレイルも才能豊かな少年だ。しかし、武や魔ではなく政治や学術方面の方が圧倒的に才能豊かだ。

 将来、戦士や魔道士になるなら並より少し上程度で終わるだろうが、統治者や文官になるなら辣腕を振るい治める領地や国を盛り立てていくだろう。


 彼がカイルザインに対し手の平を返してリヒトに着いたのも、カイルザインの性格上自分を強く恨む事はない、もし出戻る事になっても拒絶しないと見抜いたからだ。


 普通の貴族なら、三人の中でタレイルが最も当主に相応しいと考えるだろう。だが、ゼダン公爵家は普通の貴族ではない。いざという時はメルズール王国の盾となり剣となるのがゼダン公爵家の役目だ。

 タレイルは直接将兵を率いて戦場で指揮を執り、必要があれば自ら剣を取って戦わなければならない。彼は性格的にも、そして素質的にも向いていなかった。

 そのため、ヴィレムの本心がどうであれタレイルが次期当主に選ばれる可能性は低かった。


「しかし、リヒト様が後継者争いに加わるなら苦戦は必至。ヴィレム様がリヒト様の肩を持つのは確実故に」

「選抜開始を決めるのがヴィレム様なら、選抜終了を決めるのもヴィレム様ですからな」

 タレイルと違い、リヒトは武も魔もカイルザインに対抗できる才を示した。そして後継者争いの勝敗と決着を決めるのはカイルザインを疎んでいるヴィレムだ。

 リヒトがカイルザインに対して優勢になるまで、後継者争いを続ける腹積もりのはずだ。


「勝ち目の薄い苦しい戦いである事は、お前達に言われなくても分かっている。

 だが、俺は負けたくない。ゼダン公爵になるのはリヒトではなく、この俺だ!」

 カイルザインもそれを理解していたが、それでも公爵位を諦めたくなかった。


 母、ローゼリアの遺言を守りたかった。

 自分を疎んでいると理解して尚、尊敬する事を止められない父に認められる事を諦めたくなかった。

 そして、ゼダン公爵家の後継者と婚約する事が決まっているフィルローザ・ガルトリットをリヒトに渡したくない。


「だから、二人とも知恵を俺に貸せ」

 何より、ゼダン公爵家を自ら出奔した自分勝手で無責任な伯父の息子に何もかも奪われるなんて、カイルザインのプライドが許さなかった。


「お任せください。もしもの時のために、我々も知恵を絞っておりました」

「ヴィレム様がそのつもりなら、我々も馬鹿正直に戦う事はありません。賢く立ち回りましょう」

 すると、ギルデバランとゾルパは口元を歪め、まるで悪企みを提案するように言った。


「カイルザイン様、我が分隊の演習にご参加ください」







 革製の鎧を纏い、茶色のマントを羽織った十人程の集団が街道を逸れて森の中を進んでいた。

『南南東にエレメンタルウルフの群れ。数は十二』

 その時、風に乗って何処からか囁き声が届いた。


『構成は風が七頭、土が四頭、リーダーと思われる個体が雷』

「分かった。カイルザイン様、ルペルが目標を発見しました!」

「聞こえている。行くぞ!」

 十人程の集団、カイルザインを加えたギルデバラン率いるゼダン公爵第一騎士団の第六分隊の面々は、「はっ!」と短く応えると風のような速さで走り出した。


「ヴォウ!」

「グゥゥゥ!」

 すると、ほどなくして自分達に迫る人間に気がつき十二頭の狼達の姿が見えて来た。ただ普通の狼とは異なり、毛皮に渦巻く風や砂利、そして一際大型の狼は稲光を纏っている。


「間違いない、この辺りの森を荒らしているエレメンタルエルフの群れだ!」

 エレメンタルウルフとは、兎や鹿等通常の動物と比べると多くの魔力を持つ人間やゴブリン等の魔物を食らい続けた事で、自らも魔物化した狼だ。

 体の大きさや形状に大きな変化はないが、毛皮に魔力を纏い、本能で攻撃魔法を行使する。しかも、多くの場合単独ではなく群れ全体が同時期に魔物化するため、並みの冒険者や兵士では討伐する事は難しい厄介な魔物だ。


「俺が分断する。お前達は各個撃破しろ!」

 指揮を執ったのはギルデバランではなく、なんとカイルザインだった。


「マナよっ、我が意に従え! 『岩壁作成』!」

 カイルザインの叫ぶような呪文に応えて、地面から岩の壁が生えたかと思うとエレメンタルウルフの群れを左右に分断した。

『!?』

 獣の脚力でも飛び越えられない高さの壁の出現に驚き、エレメンタルウルフ達の動きが瞬間的に鈍る。


「かかれっ!」

 そこに騎士達が殺到していく。エレメンタルウルフは剣を逸らす風や、刃を止める砂利を纏っているが、騎士達が振るう剣や突き出す槍はそれらに阻まれる事なく肉を裂き、臓腑を貫く。


「ウオォォォォン!」

 瞬く間に群れの半数を討ち取られたエレメンタルウルフだが、やられてばかりではない。リーダーが吼えるとそれに応えての無事な残り半分の個体が騎士達に向かって攻撃魔法を放った。


 体に纏った風や砂利を弾丸にして放つ単純で初歩的な攻撃魔法だが、森で素早く行動するため軽装の騎士達に当たればかなりのダメージを与える事が出来る。

「『魔力障壁』!」

 しかし、騎士達は二人一組で動いていた。エレメンタルウルフを討った攻撃担当の騎士の前に、呪文を唱え終わっていた防御担当の騎士が出ると、防御魔法を発動して風や石の弾丸を受け止める。


 そこに樹上から放たれた矢が、さらに一頭エレメンタルウルフを討ち取った。斥候に出てこの群れの存在を魔法で知らせたルペルだ。


「うおおおおおっ!」

 そして岩壁の片方では、ギルデバランが突貫を敢行していた。攻撃魔法を放った直後で動きが止まったエレメンタルウルフに対して間合いを詰めると、剣を振り下ろしてまず一頭仕留めた。


「ギャウン!」

 纏っていた砂利を鱗のように変形させたエレメンタルウルフが、ギルデバランに向かってタックルを仕掛ける。「ふんっ!」

 だが、ギルデバランも武力を是とするゼダン公爵家に仕える騎士団の分隊長だ。対人だけではなく、対魔物戦の経験も豊富だった。既に付与魔法で筋力を増強していた彼の脚は、逆にエレメンタルウルフの頭を石の鎧ごと蹴り砕いた。


 一方、岩壁の反対側ではカイルザインが奮戦していた。

「マナよ、我が意に応えて敵を射よ!」

 呪文を唱えて風の矢を放ち他のエレメンタルウルフを牽制し、囲まれないよう立ち回りながら一頭ずつ剣で始末していく。


「ガアアアアア!」

 群れの大半を討ち取られ、エレメンタルウルフのリーダーは怒りの咆哮をあげるとカイルザインに襲い掛かった。通常の狼がここまでやられれば逃走を選ぶだろうが、魔物化して人間に対する敵意と狂暴性が増大している反面理性はただの獣だった頃と変わらない彼らは、余ほどの事が無い限り人間に対して背中を見せない。


「ガルルルゥゥゥゥオォォォォ!」

 リーダーが纏う電撃が消えたかと思うと、口から強力な電撃がカイルザインに向かって放たれた。魔力を収束して放つ、とっておきの切り札だった。


「『岩壁作成』!」

 だが、そう来る事を見抜いていたカイルザインは自分とリーダーの間に岩の壁を作り、電撃を防ぐ。

「グルッ!?」

 切り札を防がれると同時に視界を遮られ、リーダーの動きが一瞬止まる。壁を飛び越えるか、それとも回り込むか咄嗟に判断する事が出来なかった。


「はぁぁ!」

 それがリーダーの敗因となった。岩壁から魔力の刃が飛び出したかと思った次の瞬間には、リーダーの体は両断されていた。


「悪くない手応えだった」

 カイルザインは岩壁で電撃を防ぐと同時に剣に魔力を込め、斬撃を飛ばして岩壁ごとリーダーを斬ったのだ。

 十二歳にして剣だけならゼダン公爵騎士団の騎士団員と互角に戦えるカイルザインだが、魔法を使えばギルデバランに匹敵する実力を持つ、まさに天才であった。







「これはお手柄ですな」

 全てのエレメンタルウルフを討ち取ると、万が一の時に備えて控えていたゾルパが護衛の騎士と共に姿を現した。

「『演習中の予期せぬ遭遇』にもかかわらず、大きな怪我人も出ず何よりですな」

「ああ、まったく。ゼダン公爵に仕える騎士としては、『偶然』とはいえ、領民を脅かす魔物と遭遇した以上見逃す事は出来ないからな」

 まるで悪事でもしているかのように、顔を合わせて含み笑いをするゾルパとギルデバラン。いつもの事なのか、分隊員達は二人に構わずエレメンタルウルフの解体を粛々と進めている。


「演習に出る前にも聞いたが、こんな事で本当に後継者争いに勝てるのか?」

 しかし、その様子を見ていたカイルザインは不安を覚えたのかそう問いかけた。

「この二週間、演習という名目で領内を回り魔物相手の実戦を繰り返し、経験を積む事が出来た。だが、この程度の魔物をいくら討伐したところ、父上が評価する程の功績になるのか?」


 これまでの二週間の演習で、カイルザインが騎士達と共に倒した魔物はゴブリンの群れが三つ、オークの群れが一つ、逸れオーガーが一匹、ジャイアントアントの群れ一つ……等々、冒険者としてならかなりの収穫になる。領内の魔物を間引くために出動した討伐隊だったとしても、十分な成果になるだろう。

 しかし、公爵家の後継者に相応しい功績とはとても言えない。


「二週間前にもご説明いたしましたが、この演習の目的はカイルザイン様に実戦経験を積んでいただくため。

 ゼダン公爵家とは言え、戦時下のような非常事態でもないのに未成年の貴族の子弟を実戦に連れ出す事は出来ません。それ故、演習中に偶然遭遇したため仕方なく戦闘を行った、という建前が必要なのです」


 屋敷の敷地内にある騎士団の詰め所で騎士団員達を相手に連日鍛錬に励んでいたカイルザインだが、それでは対人戦に偏ってしまう。魔物の中にはゴブリンやオーガー等対人戦の経験を活かせる相手も少なくないが、先ほど倒したエレメタルウルフのような獣や人型からかけ離れた異形の化け物も多い。

 敵国だけではなく魔物からも国を守る剣であり盾である事を義務付けられるゼダン公爵家の当主になるなら、対魔物戦の経験も必須。そのための『演習』である。


「とはいえ、それは表向きの目的。真の目的は、カイルザイン様の存在と名声を家臣と領民、そして他の貴族の方々にまで広め知らしめることにあるのです!

 この後継者争いの審判も審査も運営責任者も、全てヴィレム様お一人! ですが、ヴィレム様も貴族である以上外聞……国王陛下や他の貴族の方々、領民からの支持を無視する事は出来無いのです!」


 ゾルパが高らかに語ったように、自身の後継者とはいえ現当主のヴィレムの自由に決められる訳ではない。

 メルズール王国の貴族達の中でも大きな軍事力と政治力を持つゼダン公爵家の後継者が誰になるのかは、国家を左右する大問題だ。ヴィレムがいくらリヒトに肩入れしたくても、国を納得させなければリヒトを後継者に指名する事は難しい。

 強権を振るって強引に後継者を決めても、その後に周囲の信頼を損ない政治力や権威が落ちてしまう。そのため、ヴィレムが理性的であればそんな真似はしないだろう。


「無論、この演習一回では終わりませぬ! カイルザイン様にはこれから何度もギルデバラン殿の分隊と、そしてそれ以外の分隊とも演習に出ていただきます!

 そして功績を上げ、実績を積み、ゼダン公爵家を支える騎士達と領民の支持を得るのです! そのための時間は――」


「たっぷりあるのだろう。分かっている。それにしてもゾルパ、お前はその芝居がかった話し方しかできないのか?」

 候補の中から後継者を決定するタイミングも、現当主のヴィレムの意思で決められる。しかし、リヒトを選ぶならある程度彼が成長してからでなければ具合が悪い。

 ヴィレムは早くても、後五年はリヒトを後継者に指定する事は出来ないとゾルパは予想していた。


「これは失礼を。しかし、これもカイルザイン様に政治や帝王学を飽きさせずに教えるための工夫でございます」

「確かにお前の授業は面白いが、今はそれより血抜きの魔法の見本を見せてくれ」

「よろしい、ではよくご覧ください」

 ゾルパも加わりエレメンタルウルフの解体を素早く終えた一行は、食料等を積んだ馬車を守る後続の分隊員達と合流し、被害に遭っていた村に向かい、エレメンタルウルフの肉を振る舞った。


 あのエレメンタルウルフの群れは強力なリーダーに率いられていたため、冒険者達もなかなか退治してくれず村人達も手を焼いていた。彼らはカイルザイン達の凱旋を歓迎し、その日は村をあげての宴となった。

 ただの狼の肉は食えたものではないが、魔力を含んだエレメンタルウルフの肉は上手く臭みを抑えれば十分食用になる。何より、費用を全てカイルザイン一行が出した事で村の財政が損なわれるどころか潤ったのが村人達にとって大きかった。


 カイルザインを疎み愛情をかけなかったヴィレムだが、金は惜しまず公爵令息の教育費として十分な予算を割り当てていた。







 翌日、カイルザイン一行が村を出てしばらく経った頃、先行していた騎士から、風魔法で報告があった。

『乗合馬車の一行が武装集団に襲われています! 数は馬に騎乗した軽装兵が二十、同じく馬に騎乗した弓兵が五! 乗合馬車側が劣勢!』


「乗合馬車側を援護しろ! 我々もすぐ――」

 報告を受けたギルデバランは、カイルザインを残し自分達だけで救援に向かうべきか否か迷った。


 カイルザインはこの演習で魔物を何匹も討伐し、人間に近い姿のゴブリンやオーガーも討ち取って来た。だが、彼は多感な年頃の少年で、人型の魔物を討ち取るのと人間を殺すのは心理的に大きな違いがある事をギルデバランは経験的に知っていた。

 騎士として訓練を積んできた者達の中にも、人間を斬る事がどうしても出来ず他の職に就く者が数年に一人は出る。カイルザインならそんな心配はないと彼は考えていたが……。


(カイルザイン様には屋敷に戻った後、犯罪奴隷か生け捕りにした賊で試し斬りをして殺しに慣れていただくつもりだったが……いきなり実戦で経験させていいのか?)

 そしてギルデバランがカイルザインに視線を向けると、丁度彼もギルデバランを見ていた。


「どうした、ギルデバラン? さっさと行かなければ賊に逃げられるぞ」

 何故さっさと号令を出して馬を走らせないのかと不思議そうな顔つきで。その瞳には、自分と同じ人間と戦う事への忌避は欠片も浮かんでいない。


「まさか、先行しているルペル達だけに相手をさせるつもりではないだろうな?」

「いえ、私の杞憂でした。

 十騎は我々に着いてこい! 残りは馬車を守れ!」

 ギルデバランは胸中で『流石は私が見込んだお方だ』と喜びながら、号令をかけカイルザインとゾルパ、そして十人の部下を率いて走り出した。


毎日投稿は以上となります。次話以降は書き終わった後、私なりに添削してから投稿する予定です。気長に待っていただければ幸いです。

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[一言] 表記揺れ→エレメンタル?エレメント? ヴィレムくんさぁ……冷遇してエコ贔屓までしているのだから、体裁取り繕わないで『冷遇しているカイルザインじゃなくて、溺愛しているリヒトきゅんに家を継がせ…
[気になる点] 数は十三 十二 かな?
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