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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
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28話 呪う公爵家第一子と剛力ドワーフ

「ははははっ! 素晴らしいっ! 形状がほんの少し人の姿から逸脱するだけで、力が際限なく漲る! まるで無敵の超人にでもなったようだ!」

 セオドアは赤い血だまりのようになった目に喜びを浮かべ、鞭のような触手が何本も生えた腕を振り上げた。


「そう、超人だ! 私は君の言う通り、超人になったのだよ、カイルザイン君!」

 そして、自分に迫ろうとしたカイルザインに向かって振り下ろす。

「都合の良い部分しか聞こえていないようだな、化け物!」

 カイルザインが走りながら回避し、触手が叩きつけられた地面が砕け、石が飛び散る。


「化け物? それは凡人が才ある者を恐れる時に使う言葉だ」

 そして接近したカイルザインだったが、セオドアの鉤爪が生え鱗に覆われた左手が閃く。剣で受け流すが、その速さと力強さに間合いを詰める事が出来ない。


「だからあまり使わない方がいい。一度は期待した君が自分を貶める様子は、見ていて気分が良くないからね」

 セオドアの触手が蛇のようにくねりながらカイルザインの脚を巻き取ろうとし、同時に左手の鉤爪が首を狙う。

「チッ!」

 カイルザインは咄嗟に飛んで足元の触手を回避し、鉤爪を剣で受け止め、その反動を利用して後ろに下がる。


「ふはははっ! この体になる前は、武勇に優れていた訳ではなかった私が、若くしてオーガーコマンダーを一人で、それも何匹も討伐した君とやり合えるほどになるとは、素晴らしいと思わないか!?」

 そう高笑いするセオドア。分かりやすく力に溺れている彼が悦に入っている間に、カイルザインは周囲を見回して目当ての物を探し、ジェシカ達の様子を伺った。


 そして、目当ての物は幸いすぐ見つかった。ゴブリンがゼヴェディルに魅了され本能が抑えられているお陰で、食いつかれもせず転がったままだ。

「水の乙女の吐息よ、我が身を包め。『霧創造』」

 魔法を唱えたカイルザインを中心に、白い霧が発生してセオドアや周囲のゴブリンまで飲み込んだ。


「目くらましのつもりか? 随分つまらない真似をするじゃないか」

 物理的に存在する水蒸気は、闇と違って暗視能力を持つ魔物の視覚も遮る事が出来る。地面が岩で砂埃を立てにくいここでは有効だ。


「マナよ、見えざる獣の咆哮となれ。『強風』!」

 だが、デーモン化した事で人だった頃と比べて大幅に魔力を増したセオドアが唱えた風魔法によって、霧は一瞬で吹き散らされてしまった。

「っ!?」

 しかし、霧が晴れた後にカイルザインの姿は無かった。


「ザックはそのままゾルパの援護、ジェシカは俺の合図で奴に突っ込め」

「はいっ!」

 カイルザインが霧でセオドアの視界を遮った狙いは、目当ての物を回収しジェシカ合流する事だったからだ。


「ほう、一対一では分が悪いと理解したか。だが、その女ドワーフが加勢した程度で私に勝てるかな!?」

 セオドアはそれを都合よく解釈したのか、声を張り上げながら一層力を漲らせる。その影響か左右の腕が一段と太く、長く発達する。


「あの、本当にあれに突っ込んで大丈夫なんですよね!? 捨て石にしませんよね!?」

「俺は奴と違って、手足を簡単に捨てる程成り下がってはいない。分かったらさっさと行け!」

「は、はいぃ~っ!」

 細かい事は聞かされていなかったジェシカだが、カイルザインに急かされセオドアに向かって走り出す。メイスとバックラーを構えて涙目で近づいて来る様は、主に命じられて無謀な特攻を強制される哀れな捨て石にしか見えない。


「フン、やはりつまらない策だ」

 セオドアもそう思ったのだろう。触手でジェシカを薙ぎ払おうと、無造作に右腕を振り上げた。


「魂の澱より生じた闇よ、縁を伝い呪え。『呪撃』」

 回収してマントの内側に隠しておいたセオドアの右腕を、カイルザインが呪文と共に剣で突きさす。その途端、セオドアの右腕から生えていた触手が千切れとんだ。


「っ!? グガッ!?」

 血と肉をまき散らして触手が千切れてセオドアが動揺した隙に、ジェシカはがら空きになった彼の右脇腹にメイスを叩き込んだ。


 肉や内臓が潰れ、骨が軋み砕ける衝撃に化け物と化したセオドアがどす黒い血を吐き出す。

「やぁぁぁぁ!」

 ジェシカは更に攻撃しようとメイスを引き戻し、今度は上段に構える。しかし、セオドアは人外の生命力で耐え、左腕の鉤爪で反撃に移る。


「負のマナよ、活力をこそぎ落とし、抉り、衰えさせよ。『活力減退』」

 だが、その動きはジェシカが驚く程鈍く、弱々しい物だった。鉤爪がジェシカにかかる前に、彼女のメイスが命中した。


「ごぼっ!?」

 ジェシカのメイスは左肩から胸にかけて命中し、セオドアの胸部が大きくめり込む。人間なら、肺が潰れて呼吸が出来ずそのまま死に至る致命傷だ。


「ぐぶっ……!」

 だが、化け物となっていたセオドアは呼吸が出来なくても生命を維持できるようだ。左腕で自分の胸にめり込んだメイスを掴んで握り締める。


「抜けないっ!?」

 ジェシカは咄嗟にメイスから手を放し、予備の武器のウォーハンマーを握った。


「狼狽えるな! 両手で殴れ! 全力でだ!」

「は、はいっ!」

 そして、カイルザインの叱責に従って、両腕で柄を握り覚えたばかりの魔力強化を使い、全力でウォーハンマーを振りかぶる。


(馬鹿めっ! いくら強力でも、当たらなければ意味が無い!)

 それに対して、セオドアは右腕でジェシカの頭部を狙った。魔力を集中させ、触手を瞬間的に再生させて彼女の目を貫きその奥の脳を抉って即死させる。


「『治癒力減退』」

 だが、セオドアの触手の再生は彼の思惑より数秒遅れた。

「ふんぬぅっ!」

 その数秒の間に、ジェシカの素でも十分怪力であるのに更に魔力で強化された両腕で振るわれたウォーハンマーの切っ先がセオドアの脇腹に突き刺さり……そのまま反対側に抜けた。


「ぐぶあぁぁぁぁっ!?」

 血と臓物をまき散らしながら、セオドアの上半身が下半身をその場に残して後ろに吹き飛ぶ。

「うわっ……初めて魔力強化まで使って全力で振るいましたけど、すごい威力。暫く魔物の内臓料理は食べられないかも」

「お前がそんな繊細なはずがないだろう。それはともかく、よくやった」

 カイルザインは自分が切り落としたセオドアの右腕から剣を引き抜いて、ジェシカを労った。


「ありがとうございます! でもこの人様子が変でしたけど、カイルザイン様の仕業ですか?」

「ああ、呪をかけた。後、仕業ではなくお陰と言え」

 各属性にはそれぞれ得意分野が存在する。火なら燃やす、水なら冷やす。そして闇魔法の得意分野の一つが呪だ。


 闇属性に高い才能を持つカイルザインも、呪をかける魔法をいくつも修めていた。今回はセオドアの切断した右腕を触媒にして、セオドアに連続で三つの呪をかけた。

 直接ダメージを与える呪で右腕の触手を切断し、活力を減退させる呪でいわゆるデバフをかけ、治癒力を奪う呪で触手の再生を妨害したのだ。


「呪っ!? カイルザイン様ってそんな事も出来るんですね。でもちょっと意外です」

「そうか? タレイルにはイメージ通りだと言われたが」

「はい、カイルザイ様なら呪をかけるより、直接攻撃しそうです」

「その通りだ。腹違いの弟より俺を理解しているようだな」


 しかし、カイルザインは実際に誰かに呪をかける事は今までなかった。何故なら、呪とはかけるのに手間がかかるからだ。

 そして彼が戦ってきたのは、ジェシカが言ったように直接剣で斬るなり攻撃魔法を打ち込むなりした方が早く終わる相手ばかりだったからだ。

 ……そう言う意味では、セオドアは倒すのに手間をかける必要がある強敵であるとカイルザインに認められたと言える。


「さて、後は奴の死体を『影倉庫』に回収しておくか。現物があった方が、事後処理を楽に進められるだろう」

 そう言いながらカイルザインがジェシカに近づいた時、まだ立ったままだったセオドアの下半身がぐらりと揺れた。そして、ジェシカに蹴りかかった。


「えぇ!?」

 痛みというより驚きで声を上げたジェシカが、カイルザインの方に蹴り飛ばされる。その向こうから迫ってくるものを目にした彼は、とっさに叫んだ。


「影法師!」

 カイルザインは反射的にジェシカを受け止め、影に待機させていた影法師を起き上がらせた。次の瞬間、投擲されたジェシカのメイスが影法師に衝突し、鈍い音を立てて影法師の頭部が砕け散る。


「……よくも、やってくれたね。おかげで、私はこの通り酷い有様だ。今年の社交シーズンまでに治すのは苦労しそうだよ」

 ゆらりと、地面に横たわっていたはずのセオドアの上半身がふわりと空中に浮きあがり、憎々しげにカイルザインとジェシカを睨みつけた。


「そんな状態で社交の事を考えるとは、呆れた奴だ」

「何で生きてるんですか、あれ!? 上半身と下半身が別々に動いてますよ!? もしかしてアンデッドですか!?」

「だいぶ体を弄ったようだな。本当に首を落とすか心臓を破壊しない限り死なないようだ。それより、今の内にメイスを拾え」

「あ、はい」


 驚き慌てるジェシカを地面に落ちたメイスの方へ押しやると、カイルザインは手早く呪文を唱えた。

「昏き闇より這い出て侍れ、『闇纏い』」

 自分とジェシカに防御魔法をかけ、再び『影法師』を創り出す。そして、まずは駒のように回転しながら蹴りを放ってくるセオドアの下半身に斬りかかった。







 時は僅かに巻き戻り、まだセオドアの上半身と下半身が一体だった頃。ギルデバランは七人目のジャオハ侯爵家騎士団員を斬り捨ていた。

「これが我がゼダン公爵家騎士団に匹敵すると謳われた、ジャオハ侯爵家騎士団の正騎士か!? ゴブリンと大差ない弱兵ばかりとは笑わせる!」

「おのれ、言わせておけば!」

 同僚の亡骸を蹴りつけ嘲笑するギルデバランに向かって、激高した騎士が一人で斬りかかる。その剣は魔力で強化されている事を淡い光で示していた。


「フンッ!」

 ギルデバランはその剣に同じく魔力で強化した自身の剣を正面から振るった。剣と剣がぶつかり合ったが、力比べにはならなかった。


「ぐぁっ!?」

 ギルデバランの剣がジャオハ侯爵家騎士団員の剣を切断し、そのまま彼の胴体を深々と切り裂いたのだ。

「どうした? 臆したか? 仲間が殺されても仇を取ろうともしないとは、臆病さもゴブリン並と見える!」

 ギルデバランの挑発を受けても、ジャオハ侯爵家騎士団員達は彼に気圧されて近づく事が出来なかった。


 魔力で強化した武器同士がぶつかり合った場合、武器の品質や素材、使い手の技量、そして強化している魔力の強弱と制御力の差が勝敗を分ける。

 ジャオハ侯爵家騎士団達とギルデバランの剣の品質に決定的な差は無い。それなのにギルデバランが一方的に勝利できたのは、彼の技量と魔力の制御力が圧倒的に高いからだ。


(頭に血が上りやすい者はあらから始末し終わったか)

 敵が斬りかかってこないのを見て、ギルデバランは周囲の剣戟と部下達の声から戦況を確認する。

 討伐隊の衛兵達が少々やられたようだが、ギルデバランの部下とフェルゼン達がジャオハ侯爵家騎士団に応戦した事で、全体的には被害は軽微。魔道士ギルドや神殿から派遣された者達も、忙しく呪文を唱えているようだ。


 ゴブリン達の耳障りな声が近づいて来ない事から、ジャオハ侯爵家騎士団から離れた衛兵や各貴族家から派遣されてきた騎士達が奮戦しているようだ。ヘメカリス子爵親子も兵をよく鼓舞しているのだろう、多分。

(そろそろ降伏を促すか)

 ただ、ゾルパやカイルザインからの追加の指示や勝利の知らせが無い事から、戦いが続いているようだ。


「貴様等に勝ち目はない! 無謀な企ての咎が家族に及ぶ事を厭う者は、潔く降伏せよ! そうすれば助命に尽力する事を誓おう!」

 ジャオハ侯爵家騎士団の強さは、ギルデバランの部下のザックやニコルと比べると数段劣るものだった。彼らがゼダン公爵家騎士団に匹敵するという評判は、誇張されたものだったようだ。


 流石にゴブリンよりはだいぶ強いが、ギルデバランならこのまま戦い続けてもまず負ける事は無いだろう。

 だが、いくら実力が下でも死兵となれば厄介だ。それに、討伐隊が挟み撃ちに会っている事も忘れてはならない。

 彼としてはさっさと降伏して欲しかったが――。


「惑わされるな! 我らが主セオドア・ジャオハ様は人を超越したお方だ! 必ず勝利を手にする!」

 だが、団長のエリオット・ジャハナムが声を張り上げると動揺していたジャオハ侯爵家騎士団の団員達が、目に見えて落ち着いた。


「ゼダン公爵家騎士団のギルデバラン・トルバ分隊長! 貴様の相手はこの私自らが行う!」

 更に、部下では束になってかかっても犠牲が増えるだけだと判断したのだろう。指揮を副官に任せてギルデバランの前に自ら進み出た。


「ほう、私の家名まで知っているとは。今日途絶える歴史とはいえ、流石は由緒あるジャオハ侯爵家の騎士団を預かるエリオット・ジャハナム騎士団長だ」

「安い挑発だな。貴様こそセオドア様の手を取るよう、今からでも自分の主君を説得したらどうだ? さもなくは、ここが貴様等の墓穴となるぞ!」


 互いに言葉を、次いで剣をぶつけ合う。鋭い踏み込みからの一撃に、盾を鈍器として叩きつける戦い方。ギルデバランとエリオットの戦い方はよく似ていた。

「ぬおおおおおおっ!」

「ぐおおおおおおっ!」

 それは、二人がメルズール王国に伝わる騎士としての訓練を受けたからだった。そして、実力もほぼ拮抗していた。


(騎士団長の実力だけは、確かに我々に匹敵している! 面倒なことだ)

 エリオットの腕は、現ゼダン公爵家騎士団の団長グレン・ダンロードに匹敵するものだった。ギルデバランは、何故こんな高い技量を持つ騎士が道を踏み外したのかと思ったが、真実は逆だった。道を踏み外したからこそ、エリオットは強くなるしかなかったのだ。


 ジャオハ侯爵家の正当な嫡男であるカルザイを闇に葬り、テロ組織と手を組んで生け捕りにした賊はまだしも、故郷から働きに出て来ただけの流民までゴブリンの養殖や人間の魔物化の研究のための生贄にする。そんなセオドアの裏の顔を知りながら仕えるジャオハ侯爵家騎士団は、犯罪組織と何も変わらない。


 そんな騎士道から外れ、たがが外れた騎士団員達をエリオットが纏め続けるには、犯罪組織のリーダー同様に部下を恐怖で縛る必要があり、そのために彼は強くなければならなかったのだ。


 その時、ギルデバランの背後でセオドアの悲鳴が、次いで討伐隊の面々の歓声が響いた。カイルザインがセオドアの右腕を切断したのだ。

 だが、カイルザインの勝鬨は上がらなかった。何より、エリオットが動揺していなかった。故にギルデバランは振り返らなかった。


「フンッ!」

 そして繰り出した刺突が、エリオットの鎧と魔力障壁を貫き、彼の二の腕を深く斬った。狙っていた胸部は回避されたが、これで盾を自在に動かす事は出来なくなる。


「はぁっ!」

 だが、エリオットはその代わりと言うかのように剣を繰り出し、ギルデバランの脚を斬りつけた。だが、彼が追撃を諦めて距離を取った事で、腿の傷は血が軽くにじむ程度の掠り傷で済んだ。


 しかし、それを見たエリオットは勝ち誇るように口元を歪めて笑い出した。明らかに自分の方が重い傷を負っているというのに。

(まさか、剣に毒でも仕込んでいたのか? そうには見えなかったが……)

 そう怪しむギルデバランだったが、そうでは買ったようだ。


「クククッ、ポーションは持っていないのか? もっとも、使う余裕は与えないがな」

 そう笑うエリオットの二の腕の傷が、瞬く間に塞がっていく。血が止まり、新しい肉が盛り上がり、皮膚が傷口を塞ぎ数秒で元通りになってしまった。


「っ!? 回復魔法……いや、自動発動のマジックアイテムか?」

「どちらでもない! 我が主セオドア様から賜った力だ!」

 そうエリオットが叫ぶと同時に彼の体が一回り大きく肥大化し、鎧が皮膚と融合して外骨格のように変化する。


「グハハハハ! 見ろ、この力を! 人間を超越したこの俺に、貴様等は決して勝てない!」

 勝ち誇るエリオットの目は、主君であるセオドアと同様に赤い血溜まりのように変化していた。騎士団長であり続けるため、力を手に入れる必要があったエリオットは既に人を捨てていたのだ。


「やはり、ジャハン侯爵家騎士団は今日途絶えるようだ」

 ギルデバランはそう呟くと、剣を構え直してエリオットに斬りかかった。

「この姿を見ても減らず口を叩き続けるとは、度胸だけはあるようだな!」

 エリオットはそのギルデバランの剣を、左腕と一体化し鉤爪状の突起が生えた盾で弾き、剣と融合した右腕で反撃を行う。


 騎士型のデーモンと化したエリオットとギルデバランの攻防は激しさを増し、双方の味方は援護する事が難しい速さでお互いの武器を繰り出し合った。

 その度に血が流れるが、エリオットが受けた傷はすぐに再生してしまう。それに対してギルデバランが受けた傷は塞がらず、血を流し続ける。


 掠り傷でも数が増えれば出血に伴って体力を失い、痛みは集中力を乱す。更に、デーモン化したエリオットの身体能力や魔力は人間だった頃ではない。

「ぐうぅっ! おのれ、無駄な事を!」

 しかし、ギルデバランはエリオットの攻撃を紙一重で避け、もしくは最低限のダメージで抑えた。対してエリオットは再生能力が無ければ戦闘に支障をきたす傷をギルデバランによって何度も受けている。


「『爆光』」

「がっ!?」

 怒りと苛立ちで歪んだエリオットの顔に、ギルデバランは魔法を叩き込んだ。光属性魔法の『閃光』を火属性魔法で再現した魔法で、激しく輝きながら燃えるだけで攻撃力の無い魔法だ。


 だが、激しい光で視界を塗りつぶされ、デーモン化した事で光属性魔法が弱点になったエリオットは、分かりやすい目くらましに動揺し、反射的に左腕で顔を庇ってしまった。

「はあっ!」

 その隙を逃さず、ギルデバランの剣が閃く。エリオットは殺気を頼りに右腕の剣で受け止めようとするが、逆に腕を手首に当たる部分から切断され、脇腹を深く切り裂かれてしまった。


「がはっ!? だ、だが、この程度の傷はすぐに再生する。腕を斬り飛ばしても無駄だ! 貴様は――な、なんだ、これは!?」

 血を吐きながらも余裕が消えなかったエリオットの顔から、新たに生えた右腕を目にした途端血の気が失せた。そこにあったのは、剣と一体化した異形ながらも機能美があった頃とはまったく異なる、ぶよぶよと膨らんだ水死体のような不気味な腕だった。

 見れば、右脇腹の傷も再生はしている物の皮膚と一体化しているはずの鎧部分は欠けたままだ。


「どうやら、貴様が賜った力とやらは不完全だったようだな。再生を繰り返すうちに、不具合が出たのだろう」

 ゾルパならもっと詳しい推測が出来るのだろうなと思いつつ、ギルデバランは動揺するエリオットを見据えて息を整える。


「そ、そんな馬鹿な!? まさか、貴様はこれを狙って!?」

「そんな訳がないだろう。それよりどうする? 降伏するとしても、武装解除は難しいだろうが」

「ぐっ、ぬっ……うおおおおおっ!」

 エリオットは自棄になったように絶叫をあげながら、ギルデバランに向かって芋虫のような指がついた右腕を振り回しながら突進した。


 ギルデバランはサイドステップでエリオットを避けると、通り抜け様に剣で彼の脚を深々と斬りつける。そして、それまで通り焦らず、しかし確実に隙を突いて彼にダメージを与え続けた。

「ガアアアアッ!?」

 その度にエリオットの体は再生するが、弱体化していく。脚は捻じ曲がって素早く動く事が難しくなり、左腕の盾はぶよぶよとしたヒレのようになった。


「セ、セオドア様っ! お助けください、セオドア様―っ!?」

 そしてエリオットは、地面に倒れ込みながら主君であるセオドアに向かって命乞いを始めた。

 だが、セオドアは腹心の窮地に気が付かない。カイルザインとの戦いで激高、そして高揚し、エリオットや他の部下の事が頭から抜け落ちているからだ。


 そんなエリオットの句に向かってギルデバランは剣を一閃した。


「貴様が化け物にならずに戦い続けていたら、私にとって苦しい戦いになっただろう」

 手向けのようにそう言葉をかけて。


 その言葉は慰めではなく事実だった。エリオットはデーモン化した事で身体能力も魔力も強くなり、人間には無い高い再生能力を備えるようになった。

 だが、そのために痛みに対して鈍くなり、傷つく事を恐れなくなった。必然的に挙動は大雑把になり、生じる隙は大きくなった。


 ギルデバランは焦らず、その隙を突き続けたに過ぎない。


「エリオット団長が!?」

「団長の仇っ!」

 残っているジャオハ侯爵家騎士団の団員達がエリオットの仇を取ろうと斬りかかってくるが、一人はギルデバランが、そしてもう一人はルペルが斬り捨てた。


「ルペル、戦況は?」

「はっ! ジャオハ侯爵家騎士団は半壊! 残りはフェルゼン殿と我ら騎士団、そして冒険者の方々が抑えています! ゴブリンはニコル達と他の討伐隊が抑えていますが、劣勢!」

「ゾルパとカイルザイン様はどうした!?」

「ゾルパ様はザックと滅天教団の女を戦闘中! カイルザイン様はジェシカとセオドアを討伐しました!」


「いや、討伐はまだしていないようだ」

 ギルデバランは報告するルペルのずっと向こうで、空に浮かび上がる上半身だけのセオドアを見てベルトに保持していたポーションを一本抜き取り、中身を呷った。


 苦い薬草の味は好きになれないが、傷ついたからだが癒え体力が僅かだが戻ってくる感覚は心地良い。

「カイルザイン様に助太刀しますか?」

「必要ならばカイルザイン様から指示がある。私は敵騎士団の残党を処理する。お前はヘメカリス子爵に敵騎士団長を討ち取った事を伝えろ」

「はっ!」


 走り出すルペルを見ずに、ギルデバランは新たな標的に向かって切りかかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人を超えた能力を得ても精神面が緩めば…ということでしょうか。 こういう展開は王道ですね。
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