26話 仮面を脱いだ侯爵代理と、ゴブリンデーモンキング
静かになったゴブリン達が左右に分かれ、それによって出来た道から一組の男女が歩み出た。
女性の方は、一見すると高級娼婦のようだった。顔立ちは控えめだが整っているのに、赤いボンテージを纏って細さと豊かな曲線が合わさった体を隠そうともしない。そして手には抜身の剣……刃が炎のように波打っているフランベルジュを抜身で携えている。
一方、男性の方は女性より場違いだった。上質な生地で仕立てられた服に白手袋、そして上等な革靴。煌びやかだが上品な指輪やブローチ等の装飾品。まるで夜会にでも出席するような出で立ちだ。
「な、何故貴方がここに!?」
その姿を見たラドフ・ヘメカリス子爵は、目玉が転がり落ちそうな程目を見開いて驚き叫んだ。
「セオドア・ジャオハ殿!?」
そう、現れた男女の内男性はヘメカリス子爵家の寄り親、ジャオハ侯爵家の当主代行を務める成年、セオドアだった。
しかし、セオドアはヘメカリス子爵の叫び声を無視して討伐隊の前線側にいる少年に目を向けた。
「落ち着いているね。まるで『予想通りだ』とでも言いたげな顔つきじゃないか、カイルザイン君」
何らかの魔法で声を拡声しているのか、セオドアの声は話しかけられたカイルザインだけではなく、他の討伐隊の面々にまで明瞭に届いた。
「買い被りだ、十分驚いている。……妙な魔法を使っているな」
つい先日、晩餐を共にした赤毛の青年の顔をカイルザインは睨みつけるが、自分の声まで離れた場所にいる討伐隊員にまで届いているらしい事に気が付いて顔を顰める。
「どんな魔法か分かりますか?」
「さて、私の知識には無いな。おそらく風ではなく空間……。ふむ、私とルペル殿の会話は伝わっていないようだ」
「セオドア殿の言葉と彼に話しかけた声のみ拡声、いや、伝達される魔法と言う事か。……習得したい」
ルペルとゾルパの会話から、条件を満たした声がこの空間内にいる者達の耳に届くという魔法だと理解したカイルザインは、同感だとルペルに頷いた。
「どういう事か説明しろ、何故貴様がここにいる?」
「随分な態度だ。まるで、私が君達の敵だと言わんばかりじゃないか」
「違うというのなら、自分の口で証明してみせろ」
悪党は自分の悪事を高らかに解説しなければならない。カイルザインは、そんな芝居のお約束を求めるつもりは無かった。セオドアに説明させなくても、彼が敵である事は出入り口側ではなくゴブリン側から現れた事と、ゴブリンが彼と供に現れた女に従っているらしい事から、疑いようは無い。詳細は彼を捕らえるか討ち取るかした後で、調べればそれでいい。
だが、カイルザインは自分達以外の討伐隊の面々の動揺が激しい事を感じ取っていた。
セオドアと直接面識がある者は少なくても、総指揮官のヘメカリス子爵が彼の名前と身分を大声で呼んでいる。そのため、子爵が集めた衛兵に各貴族家が派遣した騎士団、そして冒険者達も困惑し、侯爵代理である彼に剣を向ける事を躊躇っていた。
状況的に見てセオドアは黒だと、彼等の多くは理解している。しかし、平民相手なら黒を白に出来るのが貴族の権力だ。状況証拠だけで剣を向けたら、後で罪に問われるのではないか。そんな不安に駆られ、迷うのも無理はない。
そのため、彼等が冷静さを取り戻し、ギルデバラン達の態勢が整うまでの時間稼ぎがカイルザインの目的だった。セオドアが素直に吐くとは期待していなかった。
「フフフ、いいだろう。私はね、この国を正しい在り方に戻そうとしているのだよ」
しかし、意外な事にセオドアは答えた。
「正しい、在り方?」
「あのセオドアって貴族、何を言ってるんだ?」
困惑は静まるどころかより深まってしまったが。だが、セオドアは彼等の事を聴衆とは認識していないらしい。カイルザインに視線を向けたまま語り続けた。
「我らがメルズール王国は四方に守りの要となる家が配されている。南のグルプラス公爵家、東のガルトリット辺境伯家、北のゼダン公爵家、そして西のジャオハ侯爵家。
だが、その力は平等ではない。明らかに、我がジャオハ侯爵家は王国から軽んじられている」
「……確かに、国から出ている軍事費が最も多いのは我がゼダン公爵家。そして、最も少ないのがジャオハ侯爵家だと聞いている」
(だが、それには合理的な理由がある。それを理由に王国政府がジャオハ侯爵家を不当に扱っていると断じる事はできないと思うが、本気で言っているのか?)
嫡男にはなっていないものの、公爵家の第一子としての教育を受けているカイルザインは主だった貴族家についても学んでいた。
だが、セオドアが語ったようにジャオハ侯爵家が不当に扱われている事を示す情報は無かったはずだ。
「その通りだ。メルズール王国は我がジャオハ侯爵家を西の雄と讃えつつも、力を緩やかに削ごうとしている。特に、曾祖父の代からそれが顕著になった」
セオドアはカイルザインが疑問に思った事を察せず、演説を続けた。
「駐屯していた王立騎士団の引き上げ、砦を維持するための補助金の減額からの支給停止……メルズール王国を守るために血を流した父祖を蔑ろにするような仕打ちの数々。
これらは、代々の国王がエルフの国の中枢を牛耳る狡猾で傲慢なハイエルフ達に篭絡され、奴らが王国を滅ぼしえる脅威である事を忘れ去ってしまったが故に起きた事だ」
メルズール王国とエルフの国の争いは、王国建国当時に一度起きただけだ。それによって王国西部が受けた被害は甚大で、いくつもの村が焼かれ、町が占領された。
しかし、争いは半年もたたずに収束した。それは当時のジャオハ家や王国騎士団の奮戦によって、エルフの国の進軍が止まり、それによってエルフの国の主戦派が失脚したためだと、ゼダン公爵家の書庫にある戦記には書かれていた。
主戦派の失脚によって政治の中枢を取り戻した非戦派のハイエルフ達は、メルズール王国を侵略していた先遣隊を撤退させ、王国との交渉を開始。主戦派を抑える事が出来なかった事で起きた大儀無き侵略を詫び、メルズール王国に様々な面で有利な条件を提示し、友好及び通商条約を結んで終戦とした。
しかし、メルズール王国と王国西部の人々の記憶にはエルフに対する恐怖心が深く刻まれた。何故なら、王国が必死になって応戦したこの戦いは、エルフの国にとっては「大戦」ではなく、「小競り合い」でしかなかったからだ。
そうなると同盟の有利な条件の数々も、エルフの国がメルズール王国に対して全ての面で圧倒的に優れている故……エルフの国が王国に対して支払う賠償金や復興のために行う援助は、エルフの国にとってたいした事のない出費に過ぎないのではないかとしか、思えなかった。
当時のメルズール王国は、武功を上げたジャオハ家に侯爵位を与え、複数の軍事拠点を含めた広大な領地を任せた。褒章と言う名目で莫大な軍事費、防衛費を補助し、王立騎士団も派遣した。
また、エルフの国との交流も盛んに行った。外交を通じてエルフの国で再び主戦派が力を持たないよう非戦派を後押しし、同時に開戦となった時に備えて情報を集めるために。
しかし、その後エルフの国と争いが起きる事は無かった。個人単位やグループ単位での犯罪者が現れる事はあっても、お互いの国は友好関係を維持し、セオドアの曾祖父の時代には友好国として同盟を結ぶに至っている。
エルフと人間と言う種族の違いから正妃ではなく側妃としてだが、メルズール王国の王族とエルフの国のハイエルフとの政略結婚も過去に数度行われている。……五百年生きる長命種であるエルフ達にとっては、かなりの頻度と言えるだろう。
また、険しい山脈に隔てられたドワーフの国よりも行き来が容易いエルフの国との交易は盛んにおこなわれており、互いの国の産物や資源をやり取りし、今では豊かさを分け合う関係となっている。少数だが、お互いの国に移住した者達もいる。カイルザインも王都でエルフの妻を娶った外交官や、エルフの国からの移住者と挨拶を交わした事がある。
エルフの国との友好ムードはかつて戦地となった王国西部にも及んでおり、領民はもちろんヘメカリス子爵を含めて多くの領主達もエルフの国を脅威だと、本気では見なしていない者が殆どだ。
「だ、だが、それは当たり前の事です! エルフの国との戦争が起きてから何百年経ったとお思いか!?」
思わずと言った様子で、ラドフ・ヘメカリスの息子、エザクが反論しようと声を張り上げた。
「そうだ。それこそがエルフ達の狙いだ」
だが、彼の反論はセオドアが演説を続けるのに、都合の良い物だった。
「エルフは我々人種の五倍の寿命を持つ。我々にとって遠い昔の出来事でも、エルフ達にとっては父母や祖父母の時代の事。我々貴族が子の世代、孫の世代の事を考えるのと同じように、奴らは五百年後、千年後を見据えて動いている。
エルフは友好と言う甘い罠で我々の警戒心を溶かし、こうしている今も侵略の機械を狙っているのだ! 我々は備えなければならない。偽りの友好に酔った者達の目を覚まさせ、早急に力を手に入れる必要がある!」
セオドアの演説には熱と力があった。一方的に聞かされ続けた各貴族家に使える騎士達や冒険者達は、彼の言葉に思わず「その通りかもしれない」と思った。
「その手始めに、滅天教団と組んで地下で大量発生させたゴブリンを使い、ヘメカリス子爵領を含めた周辺の貴族領を滅ぼそうとしたわけか?」
だが、カイルザインの言葉でその熱は一気に冷え切った。
「去年王都で起きた魔物の大量発生事件の犯人だった事から考えて、滅天教団には魔物を人為的に発生させる技術があるのは確実。それだけではなく、発生した魔物を従属させる技術も保有しているようだ。
そう考えなければ、ゴブリン共が大人しく物資が限られた地下に籠って戦力を増やし続けるとは思えんからな」
この件は滅天教団が仕組んだことかもしれない。カイルザインは討伐が始まってから、薄々そう考えていた。しかし根拠の無いただの推理でしかないため、彼自身も真剣には考えていなかった。
実際、デーモン系の魔物は他の魔物を配下にしている事があるため、逸れデーモンがゴブリンキングを従えて様々な策を授けている可能性も無いとは言えないと思っていた。
だが、セオドアが妙な女を連れて現れたのを見て、彼女が滅天教団の教徒でセオドアは教団を組んでいると推測した。
何故なら、女性にセオドアを敬う仕草は見られず、ゴブリン達が時折視線を向けるのはセオドアではなく女性の方を気にしているからだ。
「で、では、何故我が領地でこんな事を!? 我がヘメカリス子爵家は初代からジャオハ侯爵家を寄り親として敬って来た家系だ! それを滅ぼす事が何故メルズール王国を正しい在り方を取り戻す事になるのですか!?」
「……以前からの寄り子であるため領地の事情を把握しているから陰謀を仕掛けやすく、王国にジャオハ侯爵家の価値を思い知らせる生贄にも丁度いいと考えたのだろう」
ラドフ・ヘメカリス子爵の叫びに、カイルザインは冷静に答えた。緩やかな衰退を止められない寄り子の子爵家を援助し、戦力としてまとめ上げるよりも、いっそ滅ぼした方が合理的だとセオドアは考えたのだ。
「ゴブリンの大群でヘメカリス子爵領を……領主一家を滅ぼし領民の過半数を始末させ壊滅させる。その後、ジャオハ侯爵家が何食わぬ顔でゴブリンを討伐する。首尾良く行けば、王国はジャオハ侯爵家の功績に対する褒章として、壊滅した貴族領をジャオハ侯爵家に与えるはずだ」
領主一族の親類を擁立して新たな領主に任命することや、王国の直轄地にする事も考えられる。だが、ジャオハ侯爵家の新たな領地とする方が王国としては合理的だ。
壊滅した町や村を復興させる力がヘメカリス子爵家の親類にあるとは思えないし、王国の直轄地にした場合復興事業を全て王国が担わなくてはならなくなる。それよりも、ジャオハ侯爵家に復興事業を補助金と一緒に押し付けた方が国庫の損失は抑えられ、復興も上手く進むとダリオムーク王は考えるだろう。
そしてセオドアは手に入れた新たな、それも領民が殆ど生き残っていないまっさらな領地を利用して「滅天教団の脅威に備えるため」という名目で、実際にはエルフの国との戦争を想定した軍事拠点を建設し軍事力を増す。そんな腹積もりだったのだろう。
「その後、具体的にどうやってエルフの国と戦争を起こし勝つつもりなのかは分からんが……滅天教団の信者はエルフの国にもいるだろうからな。どうとでも工作できるとでも考えているのだろう」
カイルザインの推測とそれを一切否定しないセオドアの様子から、ラドフ・ヘメカリス子爵は信頼していた寄り親に裏切られたと思い知り、がっくりと肩を落とした。それとは逆に、セオドアと供に現れた女性は微笑んで拍手を始めた。
「流石ゼダン公爵家の令息。おおむねその通りよ」
「なら、貴様が滅天教団の信徒である事も正解だと?」
「ええ、その通り。滅天教団の幹部、ゼヴェディルよ。こちらのセオドア殿とは十年来の付き合いになるわね」
「そうか。狂信者共とそれだけ長い付き合いと言う事は……嫡男のカルザイ殿の失踪と、キドルク殿が病床に伏せている事にも関係がありそうだな」
カイルザインの指摘にざわりと討伐隊の面々に動揺が走った。しかし、セオドアは愉快そうに唇の両端を吊り上げると、彼を賞賛しだした。
「カイルザイン君、やはり君は他の貴族とは違う。君と後継者の座を争っている義弟がどんな少年か、私はまだ詳しくは知らないが……君は選ばれた存在だ。この国を導く傑物だ、この私と同じくね。
どうだろう、我々の仲間にならないか?」
すっと、握手を求めるかのように手をカイルザインに向けて伸ばすセオドア。
「それは、滅天教団へ入信しろと言う事か?」
「いいや、私は滅天教団の信者と言う事になっているが、それは形だけだ。正確に言うなら協力者、利害が一致している間はお互いに利用し合う関係だ。
私は世界を滅ぼすつもりも無ければ、大魔王への狂信も無い」
胡乱気な眼差しで聞き返すカイルザインに、セオドアはそう答えた。
すぐ傍にその滅天教団の幹部がいるのによく言えたものだとカイルザインは思ったが、ゼヴェディルはセオドアを咎めるでも様子もなく黙ったままだ。どうやら、教団側もセオドアに信仰心が無い事を分かっていて組んでいるらしい。
「君が仲間になるなら、本来君が手に入れるはずだった嫡男の座を狙う義弟を速やかに排除しよう。そして君はゼダン公爵家嫡男として、私はジャオハ侯爵としてこの国を正しい方向に導く。
自分の足で立つ事も出来ない弱く、愚かな足手まといの寄生虫共は貴族や平民に関わらず間引き、エルフの国やドリガ帝国を征服し、世界を統一する! 君と私ならそれが出来る!」
そしてこちらに来いと手を差し伸べるセオドア。それに対してカイルザインは迷うように手を彷徨わせた後、歩き出した。
「確かに、俺も寄生虫は好かん」
その言葉に、セオドアの言う寄生虫……ヘメカリス子爵が「そんな……」と言って膝から崩れ落ち、息子のエザクも短く呻いて俯いた。前線でザックに肩を抑えられたジェシカが、戸惑った様子でカイルザインの背中を見つめている。
それに構わずセオドアとゼヴェディルに向かって歩きながら、カイルザインは流れるような動作で袖に仕込んだナイフを取り出した。
「やれ」
そして、魔力で腕力とナイフを強化してセオドアに向かって投げつけた。
同時に、前線にいる重武装の騎士達が盾の裏に仕込んだクロスボウでゼヴェディスを狙う。
「よし、もういいぞっ!」
「分かりましたっ!」
ザックがカイルザインのハンドサインをまだ覚えていなかったジェシカの肩から手を退かし、彼女達と共に猛然とゴブリンに攻撃を仕掛ける。
「マナよ、白き乙女の祝福の残滓よ、生命を穿つ螺旋となれ! 『氷牙散弾槍』!
早口で呪文を唱えたゾルパによって、『氷蔦』によって発生した氷の塊が次々に砕け、凍ったゴブリンごと回転しながら猛スピードで他のゴブリン達を襲う。
「ヘメカリス子爵とご子息を保護しろ!」
「こちらです!」
「なんだかわからんが好機!」
ギルデバランが部下を率いてジャオハ侯爵家騎士団に切りかかり、それにフェルゼンも便乗する。その間にルベル達がヘメカリス子爵とエザクを連れて距離をとる。
「あははははっ! 振られてやんの!」
「黙れ!」
矢を魔力障壁で弾いたゼヴェディルに笑われ、とっさに顔を庇った手の甲に刺さったナイフを引き抜いたセオドアは顔を歪めて叫んだ。
「どういうつもりだ、カイルザイン君!? 何故私の誘いを断る!?」
「好かないと言ったのが聞こえなかったのか、寄生虫?」
セオドアのいけ好かない態度が崩れたのを見て、カイルザインは愉快そうに笑った。
「ゲギィィィ!」
「うおおおおおっ!」
ゴブリンデーモンキングが左右の腕で振るう二振りの斧を、アッシュはバスタードソードで捌いていた。
(クソッ、隙が無い!)
頭部に二本の角を生やし、鎧と皮膚が一体化した事で昆虫や甲殻類のようにも見える姿になったゴブリンデーモンキングの斧裁きは、アッシュが想定していたよりも速く鋭かった。しかも、全ての攻撃が魔力で強化されている。
そのため、アッシュもバスタードソードを常に魔力で強化しなければならず、魔力の保有量が多くない彼は早くも追い詰められていた。
「ぐぅっ!」
ゴブリンデーモンキングの右の斧を、剣で受け止めたアッシュだが抑え込まれてしまう。その好機を逃さまいと、左腕を振り上げるゴブリンデーモンキング。
「『光の散弾』!」
だが、逆に勝負を焦って隙が生じてしまった。がら空きになった左脇に、リヒトの攻撃魔法が直撃し呻き声を上げてよろめくゴブリンデーモンキング。
「はぁっ!」
そのゴブリンデーモンキングの顔に、タリアの魔力で強化された蹴りが炸裂する。岩をも砕く踵が右頬にめり込み、口から血と砕けた歯の破片が吐き出される。
「……ブゲガァ!」
しかし、ゴブリンデーモンキングは怯んだ様子を見せず、すぐに体勢を立て直して怒りと殺意に滾る目をリヒト達に向けた。左脇の傷は君の悪い音を立てながら再生し、口元からは新しい歯が生えだしているのが見える。
「デーモンの再生力も持っているなんて……気を付けてくださいっ! 一撃で首を刎ねるか、急所を貫くかしないとそいつは殺せないと思います!」
ミーシャはそのゴブリンデーモンキングに倒されたライアンとサイモンに回復魔法をかけながら、そう警告した。その騎士はアッシュと肩を並べて戦おうとした二人だったが、ゴブリンデーモンキングの斧で盾と鎧を切断され腹部に重傷を負って倒れた。
ゼダン公爵家に仕える、C級冒険者に匹敵する騎士が二人とも一撃で倒れたのだ。ただのゴブリンキングだったらこんな事は出来ない。
「厄介な事になったな。リヒト、デーモンの弱点って知らないか?」
「光属性の魔法に比較的弱いって言われているよ」
「……治ってるじゃないか」
ついさっきリヒトが放った『光の散弾』も、ゴブリンデーモンキングには深手にならなかった。
「待って、確かに治っているけどあたしが蹴った顔よりも、リヒト様の光魔法の傷の方が治り難いみたい」
だが、タニアが指摘した通り、彼女に蹴られた顔の傷は既に完治しているのに、リヒトに撃たれた左脇の傷はまだ治りきっていなかった。
どうやら、デーモン化した事で新たな能力を手に入れたゴブリンデーモンキングだったが、デーモンの弱点まで備わってしまったようだ。
もっとも、その弱点も致命的とは言えない程度の弱点のようだが。
「なら、アッシュと交代だ。僕が出る」
「おいっ!? それは危険――」
「ガァァァ!」
アッシュがリヒトを引き留めようとする前に、ダメージから回復したゴブリンデーモンキングが猛然と襲い掛かって来た。狙いはアッシュではなく、リヒトだ。
「魔力障壁で受けるなっ! 割られるぞ!」
アッシュの助言を受けて、リヒトは迫りくる斧を魔力障壁で弾くのではなく、魔力で強化した剣で受け流した。
「くっ」
しかし、ゴブリンデーモンキングの攻撃は間断なく続いた。リヒトが側面に回り込もうとすれば斧を横凪に振るい、『光の散弾』を再び放っても今度は怯みもしない。
「やぁぁぁ!」
「邪魔だっ、退け、ゴブリン共!」
タニアが微かな隙を縫うようにゴブリンデーモンキングに向かって拳や蹴りを繰り出して牽制し、『千刃兵団』のホーガンも援護しようとする。だが、タニアの攻撃はすぐに治ってしまうため効果が薄く、ホーガンは他の傭兵達と同じく他のゴブリン達の相手をするために思うように動けない状態が続いている。
「『光刃』!」
追い詰められる前にと判断したのか、リヒトが奥の手を切った。右手に剣を握り、そして左手からは光の刃を放ってゴブリンデーモンロードの斧の二刀流に立ち向かった。
「ゲゲェ!?」
『光刃』から強力な光属性の魔力を感じ取ったのだろう。ゴブリンデーモンキングの顔に初めて脅えが浮かぶ。
「はっ!」
物理的な重さが存在しない『光刃』を、ゴブリンデーモンキングは大きく体を逸らせて回避する。
ゴブリンデーモンキングは発生してから数年が過ぎており、去年リヒト達が倒したブラッドトロールと比べれば豊富な経験と技術を持っていた。しかし、所詮は他者によって成長を促され世話をされた……養殖された個体。戦闘経験はあっても、敗北の可能性がある強敵との殺し合いは今日が初めてだった。
「くらえっ!」
「ギッ!!」
リヒトが体勢を崩したゴブリンデーモンキングに向かって左腕を振り上げ、二メートル程の長さに伸びた『光刃』を振り下ろそうとする。避けられないと判断したのか、ゴブリンデーモンキングは魔力で強化した両手の斧で『光刃』を受け止めようと試みた。
「っ!?」
だが、その瞬間『光刃』が短剣サイズに縮んだ。振り下ろされる『光刃』を受け止めるため斧を掲げたゴブリンデーモンキングの胴体が、がら空きになる。
「今だっ!」
その胴体に向かって、リヒトは『光刃』を伸ばして突いた。彼はプルモリーからの授業で、『光刃』の維持以外に刀身を伸縮自在に操作する事にも取り組んでいたのだ。
「ガガガガ!?」
咄嗟に魔力で皮膚と融合した鎧を強化して、光刃に胴体を貫かれる事を防いだゴブリンデーモンキング。何とか二振りの斧で光刃を叩き割ろうとするが――。
「任せてっ!」
「『風刃』!」
右腕に騎士の治療を終えたミーシャの『風刃』が、左腕にタニアの回し蹴りが炸裂した。斧と胴体を強化するために魔力を集中していたゴブリンデーモンキングの右腕は、ミーシャの『風刃』によって右腕は半ばまで切断された。左腕も、タニアの蹴りで骨を砕かれた。
「ギャァァァァ!」
激痛に絶叫を上げ、両腕を力なく降ろすゴブリンデーモンキング。その目に、魔力で強化された剣を構えるアッシュの姿が映った。
「止めだ!」
リヒト達の作戦は、ゴブリンデーモンキングの弱点である光属性の攻撃魔法が使えるリヒトが主に戦う事ではなかった。彼が光属性の攻撃魔法でゴブリンデーモンキングを攻めて立ててチャンスを作り、彼以外の三人がそれを着いて倒す。それが狙いだった。
「ゲッ――」
両腕が動く程度に再生するには時間が足りず、そして光刃が刺さるのを防ぐために魔力を集中しているためその場を動く事も出来ない。
アッシュのバスタードソードには光属性の魔力は含まれていないが、流石のゴブリンデーモンキングも首を刎ねられては倒れるしかなかった。




