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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
25/33

25話 遅れて到着するのはヒーローとは限らない

 上司である『殺謀執事』ディジャデスからの命令は、「できればゼダン公爵家の子弟、カイルザインかリヒトを始末しろ」だったが、ジャドゥルは立ちはだかったグレンとプルモリーを先に殺す事にした。

 二人に邪魔をされながらリヒトを殺すよりも、先に二人を始末してからリヒトを殺す方が効率的だと考えたからだ。


「そら、まずは小手調べじゃっ!」

 そう叫びながら、ジャドゥルはグレンに向かってグレイブを振るった。だが、彼の意識は目の前の騎士団長ではなく、その後ろにいるエルフの魔道士に向けられていた。


 グレーターデーモンであるジャドゥルを殺しえる存在は、ゼダン公爵家から派遣された討伐隊の中ではプルモリーただ一人。彼女さえ警戒していれば、負ける事は無い。そう思い違いをしていた。

「貴様のお遊びに付き合うつもりは無い!」

 グレンはジャドゥルが横凪に振るったグレイブをバックステップで回避し、即座に反撃に転じて見せた。


 想定以上に鋭い踏み込みと共に突き出される切っ先を避け切れず、ジャドゥルの腕に傷が刻まれる。

「ぬぅ!?」

 傷は浅く、流れた緑色の血も僅か。そして数秒で後も残さず再生したが、格下のはずのグレンに反撃を許してしまったジャドゥルの動揺は大きかった。


「マナよ、かの者に獣の素早さを与えよ。『敏捷強化』。

 マナよ、かの者に竜の剛力を与えよ、『筋力強化』。

 マナよ、か弱き人の子に万魔を退ける加護を与えよ。『魔法耐性付与』。

 雷よ、空に轟く咆哮よ、かの者の刃に宿り力となれ、『雷撃剣』。

「プルモリー殿、感謝する!」


 グレンの大幅なパワーアップは、プルモリーが付与魔法を連続でかけているからだった。だが、そうと分かれば話は速い。

「ならば儂も魔法を使えば良いだけの事! 人間如きがグレーターデーモンである儂の魔力に敵うと思うなぁ!」

 ジャドゥルは素早く呪文を唱えながら、グレイブを巧みに操りグレンへの攻撃を繰り出し、彼の反撃を回避し受け流していく。


「くっ! ぬおおおっ!」

 プルモリーの付与魔術のお陰で身体能力が倍以上に高まっているにもかかわらず、ジャドゥルの猛攻はグレンにとって激し過ぎた。グレイブを盾で弾くたびに体力が削られ、決死の思いで繰り出した反撃は届かない。


 攻防を繰り返している間に、ジャドゥルの魔法によって彼自身の体が不気味に輝きによって防御力が高められ、グレイブの刃から毒が滴り、全身に魔力が漲る。

「死ね!」

 グレイブを弾いたグレンの頭に、先端が槍の穂先のように尖ったジャドゥルの尻尾が迫る。


「『雷閃』」

 その寸前で、いつの間にか側面に回り込んだプルモリーが放った電撃がジャドゥルの尻尾を撃ち貫いた。

「小癪なぁっ!」

 尻尾の激痛を強引に無視したジャドゥルが、グレンと言う壁の後ろから出たプルモリーに変える。


「隙ありぃっ!」

 その時、グレンは温存していた自身の魔力で身体能力を更に強化し、プルモリーの電撃にも負けない速さでジャドゥルの懐に踏み込み、電撃が宿った剣を一閃した。


「ぐおぉっ!?」

 胸板を深く切り裂かれたジャドゥルは翼をはためかせ、大きく後ろに下がる。それを好機と見た騎士団員や傭兵が彼に向かって殺到しようとする。


「手を出すな!」

 だが、グレンの鋭い声によって騎士団員達は反射的に止まった。

「ぎゃっ!?」

 しかし、傭兵達は止まらず深手を負ったかはずのジャドゥルの翼や尻尾に薙ぎ払われ、地面に叩きつけられた。地面に何度もバウンドした傭兵達の内二人は倒れたままだが、呻き声を上げながら立ち上がろうと足掻いていた。しかし、もう一人は首がおかしな角度に曲がり小刻みに痙攣している。


「くふぅっ! この儂を手こずらせるとは……不愉快だぞ、ムシケラ共がぁ!」

 胸板と尻尾の傷は、電撃で焼かれた事で再生力が働き難くなっている。だが、もう緑色の血は止まっていた。人間なら致命傷になる傷でも、グレーターデーモンにとっては放置しておいても治る傷でしかない。


「これで分かっただろう。離れていろ!」

 グレンはジャドゥルではなく、周囲の傭兵達に警告を発した。ジャドゥルは自身が倒した傭兵達に視線を向けもしない。自覚していないのだ、自分が彼らを薙ぎ払い、殺した事を。


 ジャドゥルは体勢を立て直すために翼や尻尾を振るっただけで、それがたまたま傭兵達に当たっただけだ。それが傭兵達にとって致命的なダメージになる。それだけの差が、グレーターデーモンと彼等の間にはあるのだ。







 息子のグレンに代わり討伐隊前代の指揮を執る事になったデリッドだったが、さっそくゴブリンに新たな動きがあった。

 ゴブリンメイジが護衛のナイトを引き連れて、前線近くまで出てきたのだ。攻撃魔法で力推しをするつもりかと推測し、メイジを狙うように指示を出したがゴブリンナイトの壁が厚く、プルモリーはグレンと協力してジャドゥルの相手をするのが手いっぱいで上手く行かなかった。


 ゼダン公爵領側の地下空間はヘメカリス子爵領側の地下空間よりも広大で、ゴブリンの数も多い。そのため、ゴブリンナイトに守られたメイジを討ち取る難易度は、ヘメカリス子爵領側よりも数段高くなっている。だが、それだけではない。


「風よ、力となって敵を撃て。『風弾』!」

「やぁっ!」

 ミーシャが攻撃魔法で、タニアはゴブリンが使っていた槍を投げてメイジを狙うが、それもゴブリンナイトの盾によって弾かれてしまった。ナイトが構えるゴブリンメイジが魔法で岩を加工して作った粗末な盾は、淡く光っていた。


「あのゴブリンナイト、盾を魔力で強化しています!」

「ゴブリンナイトってそんな事出来るの!?」

「いや、だいたいの討伐難易度Dの魔物は出来ない!」


 姉妹に、近くにいた冒険者が驚愕しながら答えた。魔物は基本的に、種の存続や知識や技術の伝達を重視しない。フォルトゥナが直接創り出した魔物の種の場合は特にその傾向が強い。魔力の操作や制御技術を他の個体に教えるような事は、まず行わない。


 そのため、魔力の操作と制御技術を持っている魔物は生まれつき魔力量が多く、センスに恵まれた個体……討伐難易度C以上が殆どだ。


「だからきっと、ゴブリンキングが他のゴブリンに技術を教えたんだ! 気をつけろ、ナイトの防御力もそうだが、ゴブリンジェネラルの攻撃力は脅威だ!」

 冒険者の男の警告に、他の冒険者や傭兵達に緊張が走る。だが、その横を誰かが投擲したゴブリンが使っていた槍が通り過ぎた。


「ガッ!?」

 その槍はミーシャ達の攻撃を防いだのと同じゴブリンナイトがやはり防いだが、それまでと違い大きく体勢を崩した。その隙を投擲された二本目の槍が突き、ゴブリンナイトの胸板を貫いた。


「魔力を使った強化は魔法程じゃないが魔力を消費する以上、何度も使える技じゃない! 俺達の方が数は少ない、守りに入ったら負けちまうぞ!」

 二本の槍を続けて投擲し、ゴブリンナイトを倒したアッシュはそう周りの味方を鼓舞した。


「その通りだ。狼狽える程の事じゃない! 魔力操作が使える者はナイトやジェネラルを倒し、メイジを狙え! できない者はソルジャーやアーチャーの相手に専念しろ!」

 孫に被せてデリッドがそう指示を出し、傭兵や冒険者達は持ち直した。傭兵や騎士達がゴブリンソルジャーを切り倒し、出来た前線の切れ目に冒険者達が押し開いてゴブリンナイトやメイジを切り倒す。そして前線の援護を受けて敵に押しつぶされる前に冒険者が帰還する。


 その戦法で何とかゴブリンの数を減らしつつあったその時、ゴブリンメイジ達が魔法を完成させた。

『グゲェェェ!』

 それまで討伐隊が倒した二千匹以上のゴブリンの死体の内、半数以上がゾンビ化して動き出したのだ。


(しまったっ!? 奴等は捨て石ではなく伏兵だったというのか!?)

 ゾンビはスケルトンと並ぶ、アンデッドに分類される魔物の中でも最下級の存在だ。不死者らしく頭を潰さない限り動き続け、生前よりも力はやや強くなっている。しかし、道具を使う事も出来ない程知能は下がり、敏捷さも無きに等しい。素体がゴブリンソルジャーやアーチャーでは、唯一上がる力もあまり期待できないはずだ。


 しかし、それが千匹以上、前線の内側に発生したのは拙かった。ゴブリンゾンビ達が一直線に進めば、弓兵達が襲われる。それを防ぐためにデリッドや弓兵達がゴブリンゾンビに集中して戦えば、前線が孤立する。

 神官達はゾンビの多さに動揺しつつも、重傷者に回復魔法をかけている者以外『浄化』の呪文詠唱に取り掛かっている。だが、数が多すぎる。彼等がゴブリンゾンビを浄化しきるには、何度魔法を唱えればいいか分からない。

 だが、出来るだけ早くゴブリンゾンビを再びただの死体に戻さなければならない。


「遊撃の冒険者隊及び神官隊はゾンビ――」

「マナよ、光によって安寧をもたらさん。『浄化』!」

 デリッドの指揮を遮って、リヒトの光魔法が発動した。彼から柔らかな光に触れた途端、ゴブリンゾンビ達が、そして実はゾンビ化していたジャドゥルに殺された傭兵が、次々に崩れ落ちていく。


「ば、馬鹿な!? なんだ、忌々しい不気味な光は!? 儂が授けた策が!? ギ!?」

 光に包まれた嫌悪感とゾンビの多くを浄化された動揺のあまり、動きが鈍ったジャドゥルがプルモリーの放った『風刃』によって肩を切り裂かれ、悲鳴をあげた。


 そのジャドゥルに弾き飛ばされた傭兵の一人を治癒している神官は、リヒトの光魔法の成果に目を見張った。

(一度でこれほどの広範囲を浄化の光で包むとは……光属性魔法は元々浄化や回復に優れているとはいえ、凄まじい!)

 あれだけいたゴブリンゾンビ達が、残り四分の一ほどにまで減っている。


「優しき水よ、慈悲深き流れよ! 不浄なる魂に救いを与えたまえ! 『聖水流』!」

「穢れを焼き清める炎よ、神の息吹よ! 『浄化炎』!」

 そこに神官達の水魔法や火魔法の浄化魔法が発動し、残りのゴブリンゾンビも崩れ落ちていった。


「ギィ!? グゲギゲ!?」

 ゴブリンメイジは再び呪文を唱えて同族の死体をゾンビ化させようとするが、浄化されたゴブリンの死体はピクリとも動かない。


「助かったぜ、リヒト!」

「ゴブリンメイジから嫌な魔力が立ち上っていたから、備えておいてよかったよ」

 プルモリーから、主に魔物が使う闇属性の死霊魔法について教えられていたので、いち早く気が付く事が出来た。


 その結果、死体のゾンビ化による奇襲を即座に潰す事に成功した。

「でも、ゴブリンメイジを倒さないとまた同じ事をされる! メイジを倒そう! デリッド、僕達も前に出る!」

「仕方ありますまい。アッシュ、タニア、リヒト様の供を! ライアン、サイモン、頼んだぞ!」

「おうっ!」

「お任せください!」


 前線に出るというリヒトを止めるよりも、デリッドは孫達と頼りになる元部下達をつける事を選んだ。

 同時に、グレンと切り結んでいるジャドゥルが口笛を吹く。それが合図だったのか、ゴブリンデーモンキングが動き出した。


「ガァァァァ!」

 雄叫びを上げて進路上のゴブリンソルジャーを横に退かせると、リヒト目掛けて突進する。

「リヒト、まずは俺が前に出る!」

 アッシュはそれに対して、リヒトの前に立ってバスタードソードを構えた。







 ヘメカリス子爵領地下の戦いも、激しさを増していた。

 カイルザインや神官達の浄化によってゴブリンゾンビを退けた討伐隊だったが、ゴブリンメイジがいる限り死体をゾンビ化されてしまう。

 そのため、ゴブリンメイジを倒す事を最優先に戦闘を進めていた。


 幸い、ゴブリンメイジは死霊魔法を死体にかけるため前線から十数メートルの位置まで前に出てきている。数体のゴブリンナイトの護衛に守られた状態でだが。

「ぬぉぉぉっ!」

 重武装の冒険者が壁のように巨大な盾を振り回し、ゴブリンアーチャーを蹴散らす。そうしてできた隙間に魔道士が攻撃魔法を叩き込み、ゴブリンが怯んだすきに槍使いが踏み込んでゴブリンメイジを狙う。


「ギギィ!」

 その槍とメイジの間にゴブリンナイトが飛び込み、魔力で強化した盾で穂先を受け止める。

「そう来ると思ったぜ!」

 しかし、穂債を弾かれた槍使いはすぐに愛槍を翻し、素早くゴブリンナイトの強化されていない脚を一閃する。


「ギャァァァ!?」

 穂先の刃で脚を深く傷つけられたゴブリンナイトが転倒し、邪魔者が居なくなった槍使いはゴブリンメイジに向かって改めて槍を突き刺す。


「魔力操作が出来るって言っても、付け焼刃だ! 油断しなけりゃたいしたことはない! 行けるぜ!」

 そして勝ち誇りながら素早く後退して仲間達と合流する。


 魔力で鎧や盾を強化している相手と相対する場合は、自身も武器を魔力で強化して正面からぶつかり合う。もしくは、相手が魔力で強化していない部分を攻撃する。

 ゴブリンナイトに対して身体能力と技量で優れていている槍使いの冒険者は、後者を選んで巧みに倒していた。


「なるほど! 魔力を使わなくても工夫次第で倒せるって事ですね。やってみます!」

 槍使いの冒険者の声を聞いていたジェシカは、右腕でメイスを振り回してゴブリンソルジャーを跳ね飛ばしながらゴブリンメイジ目掛けて突進を開始した。


 片手で振るっているとは思えない勢いのメイスに、ゴブリンソルジャー達は触れる端から吹っ飛ばされていく。その隙を突いて攻撃をしようとした命知らずは、左腕に装着したバックラーが叩きつけられやはり跳ね飛ばされる。

「グゲェ!」

 そして今度は三匹のゴブリンナイトがジェシカの前に立ち塞がった。一匹が魔力で強化した盾で彼女のメイスを受け止め、二匹目が左手のバックラーを受け止め、三匹目がジェシカに反撃する。そんな作戦だったのかもしれない。


「ふんぬぅっ!」

 だが、甘かった。掛け声だけは甲高く可愛らしいジェシカは、両手でメイスを振るう。すると、一匹目のゴブリンナイトの盾砕け、腕がひしゃげ、胴体がくの字に折れる。そして、そのまま二匹目に叩きつけられ一匹目と一緒に撥ね飛ばされていった。


「ぬおりゃぁ!」

 そして返すメイスで残った三匹目をゴブリンメイジに向かって跳ね飛ばす。「ゲビ!?」、「グベェッ!?」と、二匹は悲鳴と肉と骨がぶつかり合う鈍い音を立てて一つになり、後ろのゴブリン達を巻き込んで飛んで行った。


「出来ました!」

「……工夫、あったか?」

「ゴブリンナイトを、メイジを攻撃するための飛び道具に使ったのが工夫だろう。魔力で強化された盾の破片がメイジに突き刺さっていたように見えた」

「流石カイルザイン様! 正解です!」


 呆れるザックに、ゴブリンソルジャーの胴体を構えた槍ごと切り裂きながら解説してやるカイルザイン。

「やはり、ドワーフだとしてもジェシカの怪力は異常だ」

 人型の台風のようにゴブリンを跳ね飛ばしながら戻って来たジェシカを見て、ゾルパは髭を扱きながらそう評した。


 頑健さと筋力に優れている事で知られた種族であるドワーフだが、ジェシカ程の怪力は珍しい。少なくとも、ゾルパが知るゼダン公爵家に仕えるドワーフの鍛冶師一家に、彼女の程の怪力の持ち主は無い。

 そもそもジェシカは数か月前までただのメイド見習いだったのだ。主にやっていたのが肉体労働だったとしても、鎧を着て警戒に走り回りメイスでゴブリン……それも平均的な成人男性より重いはずの武装したゴブリンナイトを二匹纏めて……殴り飛ばす事が出来るはずがない。


(ジェシカはドワーフの中でも筋力と頑健さに特化した特異体質に違いない! そのあまりの身体能力の高さから、外見以上にエネルギーを必要とするのだろう。

 つまり、カイルザイン様は得難い従僕を手に入れたという事だ! あの獣人の姉妹よりも!)


「ホッホッホ! 今回の遠征も大成功のようですな、カイルザイン様!」

 電撃を付与したクロスボウの矢でゴブリンメイジを間にいたナイトごと倒しながら、ゾルパが高笑いを上げる。

「調子に乗るのはまだ早いぞ、ゾルパ!」

 そう腹心を叱責するカイルザインだが、彼も楽し気に口元を歪める。ゴブリンメイジが討ち取られていくのに危機感を覚えたのか、一際大きなゴブリンが姿を現したのが見えたからだ。


「ジェシカ、ゾルパ、ザック、供を申し付ける! 留守はニコルと『果て無き道』に任せた!」

「はっ!」

「はぁっ!?」

 ニコルが返事を、『果て無き道』の冒険者が困惑して声を出すが、それに構わずカイルザインは『影航』を唱えて、傍にいたジェシカ達三人と自分自身を影に入れて移動した。剣を振り回しながら。


「ギャッ!?」

「ゲェッ!?」

 ゴブリン達の足元素早く進み、影から突き出た剣によってゴブリン達の脚を斬りながら影が地面を疾駆する。


「グガァ! ヤレ!」

 カイルザインが目指すのは、ひときわ大きなゴブリン……巨大な棍棒と盾で武装したゴブリンキングだ。しかし、その彼がいる影に向かって護衛のゴブリンメイジ達が攻撃魔法を唱える。


 『炎の矢』、『電撃』、『炎の槍』、闇魔法の弱点である光を発する攻撃魔法が影に向かって降り注ぐ。

「夜よりも深き闇よ、その天蓋で我を包め。『真闇』」

 その刹那、影の中にいるゾルパが闇魔法で影の周囲をドーム状の闇で覆った。より強い魔力が込められた光魔法でなければ解く事が出来ない、暗視能力があっても見通す事が出来ない真なる闇を発生させる魔法だ。


「ギャァァァ!?」

 それによって、光を発していて火魔法や風魔法でしかない『炎の矢』や『電撃』の魔法はカイルザインの影に何の影響も与えられなかった。それどころか、暗視も効かない闇に包まれ狼狽えたゴブリン達が攻撃魔法の犠牲になっている。


 そして『真闇』から出て来た剣が、ゴブリンキングに迫る。

「馬鹿メ!」

 だが、ゴブリンキングは魔力で自分自身の体を強化し、影から突き出たカイルザインの剣を蹴り上げた。鋼鉄並みの強度になったゴブリンキングの脚に蹴られ、カイルザインの剣とそれを握る手が影から出る。


「出テコイ、人間!」

 ゴブリンキングはすかさずその手首を掴むと、その剛力で影から引きずり出した。そして露わになった剣の主に護衛のゴブリンジェネラルが槍や剣を突き刺す。


「ッ!?」

 だが、ゴブリンキングが引きずり出したのはカイルザインではなく、その影から魔法によって創られた『影法師』だった。カイルザインは『影航』に潜った後、創り出した『影法師』に自身の剣を持たせていたのだ。


「かかったな、間抜けが!」

 すかさず影から飛び出したカイルザインがゴブリンキングに向かって予備武器であるナイフで襲い掛かる。

「カイルザイン様が敵の首を取るまで時間を稼ぐぞ!」

「ホッホッホ! 周りはメイジやジェネラルばかりか! こいつは良い!」


 続いて影から飛び出たザックが剣を振るって、影法師に武器を突き刺したままのジェネラルを一匹斬り倒した。その背後でゾルパが杖を掲げて叫んだ。

「味方を気にせず攻撃魔法を放てる! 命を奪う白き乙女の腕よ、我が敵を掻き抱けぇ! 『氷蔦』!」

 冷気が白い蔦のように広がり、ゴブリン達が次々に巻き取られ氷の中に閉じ込められていく。ナイトやジェネラルは魔力で強化した武器を振るって蔦を振り払おうとしたが、その甲斐なく凍死していく。


「ところで、ジェネラルとナイトの違いってなんなんですか?」

「ゲベェッ!?」

 ジェシカは斧を振り上げて襲い掛かって来たゴブリンジェネラルをメイスで薙ぎ払い、ナイトを叩きのめしながら訪ねた。


「あまり変わらない気がするんですけど?」

「強さは変わらねぇよ。冒険者ギルドの討伐難易度も同じDだ。他の上位種の護衛がナイトで、普通の群れの長がジェネラルだ!」

「そういうものです……かっ!」


 ゴブリンジェネラルが魔力で強化した武器ごとメイスで叩き潰し、ジェシカはカイルザインの戦いを邪魔しようとする者を次々に粉砕していく。

「どうした!? 動きが鈍いぞ!」

「ギギギ!」

 カイルザインはゴブリンキングの懐に入り、間合いを取らせないまま目まぐるしい戦いを繰り広げていた。


 ゴブリンキングの首や脇腹をナイフで刺そうとし、魔力で強化したブーツの踵で足の指を狙い、盾による反撃を影に下半身を鎮めて掻い潜る。


「魔法は使わないのか? さんざん策を仕掛けて来た割に凡庸な戦い方しかできんのか!?」

 ゴブリンキングは、カイルザインが去年ビスパ侯爵の別邸で戦ったオーガーコマンダーよりも強かった。身体能力ではゴブリンキングの方が劣っているが、発生したてのオーガーコマンダーが持ち合わせていなかった経験と技術があり、魔力を操作し制御する事が出来た。


「ゲギィィィ!」

 だが、その経験と技術は毎日鍛錬を欠かないカイルザインにはとても及ばない。首筋や脇腹に浅い傷を負い、足の指を潰され、ゴブリンキングが激高する。傷はどれも致命傷には程遠いが、痛みで精神力が削ぎ落されていった。


「ガ!?」

 そして、ついにカイルザインのナイフが鎧の隙間を突き破ってゴブリンキングの脇腹から肺に突き刺さった。

「ゴボボォ!」

 致命傷を負い、自暴自棄になったゴブリンキングは口から血を吐きながらカイルザインを道連れにしようと、攻撃を繰り出す。


「悪足掻きに付き合ってやる暇はない。『電撃』」

 カイルザインの攻撃魔法がゴブリンキングの胸を打ち貫き、瞳から輝きが消える。

 くたりとその場に崩れ落ちようとした体をカイルザインは掴むと、『影倉庫』に収納する。


「やった! これであたし達の勝ちですね!」

 カイルザインの勝利を目にして声をあげるジェシカ。しかし、そうはならなかった。

「いいや、これから掃討戦だ! とりあえずニコル達の所に戻りましょう、カイルザイン様!」

「また『影航』をお願いできますかな?」


 ゾルパがそう言い終わる前に、ゴブリン達が絶叫した。強力な統率者が討ち取られた事で、生来の臆病さが戻ったのだ。

 それでもまだ討伐隊より生き残りのゴブリンの方が十倍以上多いが、キングを倒され統率を失った事で群れが崩壊してしまった。それにより、ゴブリン達は自分の横にいる同族を同じ群れだと意識できない。


 二千匹以上の大群ではなく、同じ場所にいる二千匹以上の個体となったゴブリン達はパニックに陥り、我先にと逃げ出し始める。

「ご無事ですか?」

「当り前だ。しかし……この程度なのか?」

 『影航』でニコル達がいる場所まで戻ったカイルザインは、奇妙な胸騒ぎを覚えていた。ゴブリンらしくない様々な策を弄してきた上に、地下に潜んだまま数千匹の大群を形成するという今までの例にない行動をとったゴブリン達にしては、普通過ぎる。


「カイルザイン様?」

「いや、何でもない。掃討を急ぐぞ」

 気になる事はあるが、それよりもまだ二千匹以上残っているゴブリンの掃討を優先させなければならない。現時点で出口は討伐隊の背後にしかないが、ゴブリン達に時間を与えれば新たな出口を掘って地上に出てしまうだろう。


「おお、既にゴブリンキングを討ち取ったのか!? 素晴らしい!」

 そこに騎士達を引き連れたラドフ・ヘメカリス子爵が討伐隊の背後にある出入り口から現れ、歓声をあげた。

「ヘメカリス子爵!? 何故ここに?」


「うむ、指揮代行ご苦労。遅れていたジャオハ侯爵家騎士団が到着したので、このエリオット・ジャハナム騎士団長の進言を取り入れ、援軍を率いて助けに来たのだ。指揮はとらずとも、討伐隊の総指揮官である儂と息子がいるだけで士気が上がると言われては、動かぬわけにはいくまい」

「私は……止めたのですけどね」

 自信満々の父の言葉に、エザクがそう呟く。


「もっとも、一足遅かったようだが。いや、流石はカイルザイン君と彼の信頼熱い騎士団だ!」


 そう言うヘメカリス子爵家父子の後ろに展開するジャハン侯爵家騎士団を見て、ギルデバランは違和感を覚えた。

「おお、義父殿、義弟殿!」

「お褒めに預かり光栄です。なので、こちらへ。フェルゼン殿や護衛の方々も」

 ヘメカリス子爵達をジャハン侯爵家騎士団から離そうとするギルデバランに、困惑した様子を見せつつも彼に近づく面々。


「行動開始」

 それを無視するように、エリオットが短く部下に指示を出す。すると、出入り口を塞いでいた騎士達が振り返って魔法を放った。


 土魔法や火魔法が天井を破壊し、出入り口を轟音と共に塞ぐ。討伐隊の面々が緊急事態に気が付いてゴブリンを追うのを止め、立ち止まった。

「出入り口が崩れた!?」

「いったいどういう……待て、ゴブリン共の声が聞こえないぞ!」


 いつの間にか、ゴブリン達が叫ぶのを止めていた。


「見事な手並みだ、カイルザイン・ゼダン君」

 そして、土埃が納まる前にカイルザインやヘメカリス子爵父子には聞き覚えがある声が響いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >おお、義父殿、義兄殿 子爵(父)、イライザ(姉)、エザク(弟)の家族構成だったような [一言] なんてこったい……このタイミングでジャオハ家が裏切るなんて(棒) ジャオハくん大丈夫?…
[一言] リヒト君サイドも無理をせず良い感じに戦況が推移し、カイルザイン君も危なげなくゴブリンキングを倒して…と思ったら何やら不穏な感じ。 今回も楽しかったのに次回も楽しみです。
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