24話 ゴブリン討伐ヘメカリス子爵領編
やや時間を巻き戻し、ヘメカリス子爵領のゴブリンブッシュのすぐ近くに立てた陣の会議用の天幕で、ラドフ・ヘメカリス子爵は討伐隊の指揮を執っていた。
「遅いっ! ジャオハ侯爵家騎士団はまだか!? 予定では昨日には到着しているはずではないか!」
喚くヘメカリス子爵が集める事が出来た討伐隊は、約三百名。数千匹のゴブリンの大群を討伐するのに十分な数と戦力だ。しかし、それは百名のジャオハ侯爵家騎士団を入れての数字だ。
ジャオハ侯爵家騎士団はゼダン公爵家やガルトリット辺境伯家に匹敵する精強な騎士団だと評判で、ヘメカリス子爵は彼等を頼りにしていた。それに、彼等が不在のままでは討伐隊に加わっている他の貴族家から派遣された騎士団や、冒険者の士気も上がらない。
「仕方ない、ジャオハ侯爵家騎士団の到着を待つため討伐を延期する」
同じ天幕に集まっている各貴族家から派遣された騎士団の代表者や、冒険者ギルドや魔道士ギルドから派遣された職員、そしてカイルザインと供のゾルパもヘメカリス子爵の判断に頷いた。
討伐が延期になれば、すでに集まっている二百人分の食費や雇った冒険者達への支払いなどその分金がかかるし、士気の低下を防ぐための工夫が必要になる。だが、一日二日ならどうとでも出来る。それより、足りない戦力で討伐を強行する方が問題だ。
(今の状態でもゴブリンキングを討伐する事は可能だが……討ち漏らしを防ぐのは難しい。ゴブリンがいるのは地下だが、ゴブリンメイジが何匹かで組めば地上への出口を空けられるはずだからな)
地下でゴブリンキングを討伐した後、統制を失った生き残りのゴブリンが数百匹地上へ脱出して付近の村に襲い掛かったら被害は甚大だ。そこまでしてゴブリンキングの討伐を焦る理由は、カイルザイン達には無かった。
この時までは。
会議を終え、それぞれの部下や仲間に延期を伝えるためにカイルザイン達が天膜を出ようとしたその時だった。
腹に響くような振動と音がしたと思うと、外が一気に騒がしくなった。
「な、何事だ!?」
「報告します! ゴブリンブッシュに穴が開き、ゴブリンが地上に現れました!」
「な、なんだと!?」
ヘメカリス子爵家お抱えの魔道士が天幕に駆け込んできた。彼の報告を聞いた子爵の顔から、血の気が引いて真っ青になる。
「見張りについていた冒険者だけでは対応できず、残りの冒険者、そしてゼダン公爵家騎士団の方々が既に出陣なさいました!」
「こ、こうなれば致し方ないっ! 討伐を開始する! 各々方、頼んだぞ!」
続く報告に何とか持ち直したヘメカリス子爵は、指揮を各員の判断に任せた。元々彼は大規模な戦いの指揮を執った経験が無く、飾りだけの討伐隊総指揮官である事を自覚していたからだ。
「お任せあれ! ゾルパ、ギルデバラン達と合流するぞ!」
「ははっ!」
カイルザインもそれは分かっていたので、ゾルパを連れて早々に出陣する。貴族、それも公爵家の令息が前線に出るなんて本来ならあり得ないが、今更である。
天幕を出てゾルパを引き連れて魔法で飛行して十数秒後、ゴブリンブッシュに到着した。丘だった場所には大穴が開き、そこからあふれ出てきたゴブリンが数十匹周辺に群れている。見張りについていた冒険者達が戦っているが、数の差で押されていた。
「カイルザイン様!」
そこにギルデバランがルペル達を引き連れて現れた。どうやら、途中で彼等を追い越していたらしい。
「ギルデバラン、いつも通り指揮は任せる」
「お任せください。その代わり、土産にゴブリンキングの首級を取って来ていただきましょう」
「当り前だ」
剣を抜き、ゴブリン達に向かって駆け出すカイルザイン。その背後にザックやニコル、そしてジェシカが続く。
「あのっ!? まだ到着していない騎士団の人がいるって聞きましたけど、大丈夫でしょうか!?」
「それは忘れろ! 気にしてもどうにもならん」
ゴブリンが動き出してしまった以上、彼等の到着を待つことはできない。そしてジェシカはもちろん、カイルザインも討伐隊の総指揮官でも軍師でもない。そしてこの戦いにかかっているのは、ヘメカリス子爵領の存亡と領民の命だ。
「俺達はただ命をかけて戦うだけでいい。気軽な立場で結構な事だとは思わないか?」
「いや、俺達はともかくカイルザイン様は命をかけないでください!」
「当り前だ。俺がゴブリン如きに負けると思っているのか!?」
苦言を呈するザックに言い返しながら、カイルザインはゴブリンソルジャーを一匹、早速切り伏せる。それに続いてザックの斬撃が首を刎ね、ニコルの刺突が粗末な鎧ごと胴体を貫き、ジェシカのメイスが跳ね飛ばす。
地上に出て来たゴブリンは全てソルジャーだったようだが、カイルザイン達にろくな抵抗も出来ず瞬く間に倒されていった。
それに勢いづいたのか、最初は数に押され気味だった冒険者達もゴブリンソルジャー達を押し返し始めた。
(なんだ? あまりにも手応えが無さすぎる。本当にゴブリンキングに統率されているのか?)
ゴブリンソルジャーはカイルザイン達にとってザコに過ぎない。魔力で身体能力や武具を強化しなくても、容易く殺す事が出来る。
だが、それにしてもゴブリンソルジャー達の様子はおかしい。何処かへ攻め込むでも逃げるでもなく、そして穴の周りを占拠し防衛しようとするでもなく、数匹から十匹程のグループになって周囲をうろついている。
初めて目にする太陽の輝きに目がくらみ、戸惑っているのかもしれないがそれにしても統率が取れているようには見えない。
まるで地上に出ろとしか命令されていないようだ。そして、地下からさらなるゴブリンが出てくる様子はない。
「これは、まさか誘き出されたか?」
地上に出ていたゴブリンソルジャーを一掃する頃には、ギルデバランも違和感を覚えそう呟いた。だが、もう穴は開いている。ゴブリン達が別の場所に新たな出入り口を空けない根拠はないため、攻め込んで退治するしかない。
「冒険者の方々に一番槍を頼みたい! どうか!?」
そして陣に詰めていた各貴族家に仕える騎士団や冒険者達が追い付いて来た。
「なら、俺達『果て無き道』に任せてもらおうか!」
「その役目、我ら『暁の旋風』こそ相応しい!」
ギルデバランに応えて、二組の冒険者パーティーが手を上げた。どちらもD級冒険者で、ヘメカリス子爵領では腕利きのベテランだと書類に書かれていた事をカイルザインは思い出した。
「あたし達は一番槍に立候補しないんですか?」
「当たり前でしょ。こういう場面で、騎士が冒険者や傭兵より命を張ってどうするの」
「それに、こういう事は俺達騎士より冒険者の方が、生存率は高いんだよ」
数人でパーティーを組んで魔物と戦う冒険者達は、騎士が経験していない様々な状況での戦闘を経験している。そして前衛、盾役、斥候、魔道士や癒し手等、様々な役割の者が組んでいる冒険者は応用力で騎士団を上回る。
「まあ、俺達も冒険者と似たようなもんかもしれないけどな。カイルザイン様なら喜んで一番槍をやりそうだし」
「よく分かっているな、ザック」
「っ! き、聞こえてたんですか? でも、まさか立候補したりなんかは……」
「そんな事はしない。俺も自分の立場は弁えている」
一介の冒険者と公爵家令息のカイルザインでは社会的立場と命の重さが違う。もし彼の身に何かあれば、討伐隊全体の士気にかかわる。
「だから、一番槍は譲る。三番槍で十分だ。構わんな、ギルデバラン? ザック達以外にゾルパ、それと後三人ついて来い。騎士は盾を忘れるな。ルペルには俺とギルデバランを繋ぐ伝令役を任せる」
「やっぱりこうなったか」
突入準備を始める『果て無き道』と『暁の旋風』に続いて動き出すカイルザインに、苦笑いを浮かべてついて行くザック達。
各貴族家から派遣された騎士団や冒険者達はその行動に驚くが、ギルデバランは「それでこそカイルザイン様だ」と笑った。それに空間魔法が使えるカイルザインなら、ゴブリンが他に地上への出口を作っていないか魔法で調べる事が出来る。それに、彼が次期ゼダン公爵になるためには手柄が必要だ。
「よし、行くぞ! 貴族様に俺達の働きを見せてやろうぜ!」
『果て無き道』と『暁の旋風』、合計十名の冒険者がランタンや『灯り』の魔法をかけた杖や槍を持って大穴へ入って行く。ゾルパと三名の大盾を装備した騎士の四人を加えたカイルザインはその後ろに続いた。
今回は以前とは違い人数が多いので『闇死』はかけていない。代わりに、カイルザインは『空間把握』を唱えた。
「……浅知恵だな。おい、この穴を抜けた先でゴブリンアーチャー共が待ち伏せをしている」
「忠告感謝するぜ。だが、それくらいなら予想済みだ」
カイルザインが警告すると、『果て無き道』のリーダーの剣士はそう軽く応えた。
「キングは初めてだが、俺達はこう見えても数えきれない程ゴブリンを退治している。中にはジェネラルやメイジが率いている群れもあった」
「あいつらは妙に悪知恵が効く。上位種に統率された群れなら、待ち伏せや落とし穴なんかの簡単な罠を仕掛けてきても驚く事じゃない」
『果て無き道』と『暁の旋風』のリーダーの態度に、カイルザインは若干苛立ちを覚えた。しかし、今は戦時と同様の非常事態である事と、初代ゼダン公爵の言葉を思い出してそれを抑える。
(戦場で戦う者に貴賎なし。無駄な事に拘る暇があるなら、一人でも多く敵を殺せ。……俺は未熟だが、戦場に身を置く以上、ゼダン公爵家の一員として初代様を見習わなければ)
苛立ちを抑えて、魔法で知った事を冒険者達に説いた。
「ただの待ち伏せや単純な仕組みの罠なら、確かにお前達に忠告する必要はないだろう。だが、そうではない。奴らは――」
カイルザインの警告は、冒険者達はもちろん聞いていたゾルパまでゴブリンがそこまでするのかと驚くような内容だった。そのためゾルパ達はともかく、冒険者達は半信半疑だったが……穴を抜けて地下空間に出た時、その通りだったと理解した。
耳障りなゴブリンの声が何重にも重なった掛け声とともに、何百もの矢が冒険者達に向かって降り注いだ。
「クッ、公爵家の坊ちゃんの言う通りだったか!」
「俺達だけだったら危ないところだったぜ!」
ゴブリンアーチャー達は、デビス村周辺の地下の大群と同じように地下空間の柱に造った足場や、魔法で作った高台で侵入者を待ち伏せていた。
だが、それだけではない。ゴブリン達は侵入者が矢を掻い潜って接近する事が出来ないよう地面に無数の凹凸を作り足場を不安定にし、侵入者の足を引っかけるために縄を使った罠を仕掛けたのだ。
平坦なままの地面もあるが、そこはゴブリンアーチャーが配置されている場所から離れている上に、ジェネラルやメイジに率いられたゴブリンソルジャーやナイトが待ち構えている。
矢の雨を浴びながらゴブリンの軍勢との対決は、二百に減った討伐隊にとって厳しい戦いになるだろう。
それに対して『果て無き道』と『暁の旋風』の冒険者達は、盾職が矢を防ぎ、魔道士や神官が風魔法や付与魔法で援護し、見える範囲でゴブリンの配置を後続の味方に報告して援軍が来るまで耐えるつもりだった。
しかし、三番槍の騎士達と合流しても矢の豪雨に押されている。
「くっ!? こいつら、何処から鉄の鏃を調達しやがった!?」
風魔法で矢の大部分を逸らす事に成功しているが、ゴブリンアーチャー達が放つ矢の中に加工した石や骨ではなく、鋭い鉄の鏃の矢が混じっていていた。
そうした矢が風魔法を突き抜けて盾に食い込み、ジェシカのスケイルメイルに当たって大きな音を立てて弾かれる。
「まだなのかよ!?」
「きっともうすぐです!」
堪らず叫ぶ冒険者に、ジェシカが怒鳴り返す。彼女の声に応えるように、カイルザインが姿を現した。
ゴブリンアーチャー達が側面に足場を作っている柱の根元に。
「古の時代より在る大地よ、我が意に従え。『大地操作』!」
カイルザインが魔法を唱え、柱の表面を生き物のように並立たせた。
「ゲェ!?」
「ギヒィィィ!?」
それだけでゴブリン達が組んだ足場は崩れ、ゴブリンアーチャー達が次々に地面に落下していく。
足場は魔物が組んだにしては出来た建造物だったが、間に合わせの資材で技術の無いゴブリンが強引に組んだものだ。カイルザインが柱の表面に凹凸を何か所か作るだけですぐに崩す事が出来た。
「ガ、ギャベ!?」
地面に比較的近い位置の足場にいたゴブリンアーチャーは軽傷だったが、その上から足場にしていた建材や高い場所にいたゴブリンが降って来て被害が広がっていく。
「ギャーッ! ガゲェゲェ!」
その時には別の柱の足場や高台に配置されたゴブリンアーチャー達が、カイルザインに気が付いて矢を放つ。
「『影航』」
だが、矢が到達する前にカイルザインは影に潜って逃れる。そしてそのまま影を伝って次の柱へ移動する。
「クククッ、暗い穴倉に籠った事を悔いるがいい。古の時代より在る大地よ、我が意に従え。『大地操作』!」
そして再び柱の側面を操作し、足場を崩していく。灯りがあればカイルザインが『影航』で移動するのを邪魔できたが、暗視能力があるゴブリン達は照明を必要とせず、また地下で火を燃やす愚をゴブリンキングが知っていたため火矢の準備もしていなかった。
「ホッホッホ、では儂の魔法も披露するとしよう!」
「ゾルパさん、地下で派手な攻撃魔法は拙い!」
「爆裂火球を撃ったら、カイルザイン様の邪魔になっちゃいますよ!?」
「私が使えるのは何も攻撃魔法ばかりではない! そらっ!」
カイルザインがゴブリンアーチャー達の足場を崩している間、矢の勢いが緩んだすきにゾルパは地面に手を突くと呪文を唱えた。
「『大地操作』! 足元を平にしてやったぞ、これで進みやすくなっただろう?」
ゴブリン達が凸凹にした地面の一部がならされ、奥に進む道が出来た。
攻撃魔法の腕を見込まれてカイルザインの魔法の家庭教師に就任したゾルパだが、彼と行動を共にして演習にも参加している内に、攻撃魔法以外の魔法の腕が磨かれ応用力が上がっていた。
「カイルザイン様は何処に?」
それに合わせたようにギルデバラン率いる討伐隊の本体が到着した。重武装の騎士達が冒険者達と入れ替わるように前に出て矢を防ぎ、後続が矢を放ってゴブリンアーチャーに反撃する。
「今戻った。子爵殿は?」
「地上でエザク様や護衛の兵と指揮を執っています。照明は控えますか?」
影を伝って戻ったカイルザインにギルデバランが答え、彼が闇魔法を使いやすい状況を維持するかと尋ねた。
「さっさと明かりを灯せ、お前達の目が闇に慣れるまで待つ時間は無い」
「御意。光を! 退路を確保しつつ進め! ゾルパが作った道から逸れぬよう注意しろ!」
二百名の討伐隊が前進を開始した。魔道士や神官が唱えた光魔法が打ち上げられて地下空間を照らし、騎士達が盾を構えて平らな道を進む。
ゴブリンアーチャー達はそれを防ごうと一層激しく矢を放つが、全ての柱の足場がカイルザインによって崩され無傷なのは高台に配置されたゴブリンアーチャーのみ。墜落死を免れたゴブリンアーチャーも少なくなかったが、彼等は柱の周囲に残ったまま討伐隊に向かって矢を放ち始めた。高台や奥で待機している同族との合流や、戦闘不能になった同族を救助しようとはしない。
彼等はゴブリンキングに統率され、死すら恐れぬ忠実な配下となった。だが、知能そのものが高くなったわけではない。更に、ゴブリンアーチャーのみで纏め現場指揮官に相当する個体が存在しないため、命令された事を繰り返す事しかできないのだ。
そこに、岩と岩をぶつけた音が響き渡った。それに応えるように奥から千匹以上のゴブリンソルジャーが現れ、前進を続ける討伐隊に向かってくる。戦況を見ていたゴブリンキングが命令を出したようだ。
「前進止め! 迎え撃て!」
討伐隊はそれを正面から迎え撃った。
「ここからは持久戦だ。焦らず、手筈通りに戦え!」
隊列を組み纏まって向かってくる分、地上で蹴散らした同族よりゴブリンソルジャーは手強かった。そして何よりも数の力があるため、討伐隊が並の騎士や冒険者だけだったら押しつぶされていたかもしれない。
「こいつ等より、睡魔の方が手強いな」
「そう言いながら楽しそうですね、カイルザイン様」
カイルザインが剣を振るう度にゴブリンソルジャーの首や胴体が切り裂かれ、ジェシカがメイスを振り回すたびに潰される。
「でも、他のゴブリンより手強いですね、こいつら! あたしなんて槍が何度も当たっちゃいましたよ」
死を恐れないゴブリンソルジャー達の決死の攻撃は、ジェシカの隙を突いて何度も彼女に当たっていた。ただ、スケイルメイルの防御力と生来の頑強さのお陰で掠り傷も負っていなかった。
「それはお前の盾の使い方が下手で、型が身についていないから隙が大きいだけだ! 死にたくなければ次までに精進しろ」
「そう言いますけど、あたしはちょっと前までただのメイド見習いだったんですからね! 邪魔です!」
カイルザインに言い返しながらジェシカが足元に転がるゴブリンの亡骸を蹴り飛ばす。
「こいつらを殺すより、死体で踏んで転ばないようにするのが大変ね」
「それは向こうも同じだからお互い様だな!」
ニコルがそう言うように、地面に折り重なるゴブリンソルジャーの死体は彼女達が前進を再開する邪魔になっていた。だが、ザックの言う通り死体は攻め寄せるゴブリン達の障害物にもなっている。
「前線を下げる! 弓兵は後退を援護せよ!」
ゴブリンの死体が積み重なっていよいよ邪魔になる前に、ギルデバランは後退を命じた。
「ギャッハハ!」
それを自分達の攻勢によって押されているからだとでも思ったのか、ゴブリンソルジャー達は仲間の死体を踏みつけながら追うが、そこに弓兵からの矢が降り注ぐ。そして矢を掻い潜って騎士達に追い付いた者は次々に返り討ちにされた。
「ナイトに護衛されたメイジが出てきました! ジェネラルもです!」
不甲斐ない同族に業を煮やしたのか、それとも頃合いだったのかゴブリンの上位種が前線から見える位置に現れた。しかし、ギルデバランは「警戒せよ」と命令するだけで率先して倒すつもりは無かった。
既に数百匹のゴブリンソルジャーとアーチャーを倒しているが、まだまだゴブリンの方が圧倒的に多かったからだ。いくら雑魚とはいえ、メイジやジェネラルを狙って敵陣深く切り込めば少なくない被害が出る。そして、そこまでして倒しても群れを統率しているのはキングである以上、戦況が有利になる事は無い。そう考えたためだ。
しかし、ゴブリンメイジから禍々しい魔力が放たれているのに気が付いたカイルザインは咄嗟にナイフを抜くと魔力を込めて投擲した。
「ゲッゲ!?」
ナイフはゴブリンの間を縫うようにして閃いたが、その軌道上にゴブリンナイトが割って入った。構えている盾は淡く光っており、魔力で強化されている事が伺える。
「グゲェ!?」
だが、カイルザインが投げたナイフはゴブリンナイトの盾と体を貫いてゴブリンメイジの胸板に深々と突き刺さった。ナイフと盾の品質、そして何より込められていた魔力の量と強化の精度の差だ。
しかし、ゴブリンメイジはまだまだいる。ソルジャーやアーチャーに比べると圧倒的に少ないが、百匹を下回る事は無いだろう。
「ルペル、ゴブリンメイジを一匹でも多く殺せと伝えろ! 嫌な予感がする」
「御意!」
弓矢でカイルザイン達を援護していたルペルが、伝令として素早くギルデバランにカイルザインの命を伝える。
「戦線を維持しつつゴブリンメイジを優先して討伐せよ!」
「おうっ! 任せな!」
一旦後ろに下がって矢傷の治療を受けていた『果て無き道』と『暁の旋風』が伝令を受けたギルデバランに応えて再び前に出た。風魔法や土魔法でゴブリンソルジャーを吹き飛ばし、その隙に前衛がゴブリンメイジ目掛けて切り込んでいく。
「ウオオオオオ! 退けぃ、雑兵ども!」
ケビロス準男爵家の紋章が刻まれたチェインメイルを着た筋骨たくましい大男が、槍を振り回してゴブリンソルジャーを蹴散らす。
「無理をするなっ、私達は冒険者ではないのだぞ!?」
その後ろで魔道士らしい、同じ紋章が刺繍されたローブを着た青年が叫んでいるが、大男が止まる様子はない。
それどころか、大男は背中に背負った短槍に掴むと、高らかに呪文を唱えた。
「マナよ! 天翔ける雷よ、穂先に宿り敵を貫け! 『雷撃槍』! ぬぅんっ!」
そして、電撃を付与した短槍をゴブリンメイジ目掛けて投げた。剛力だけでなく魔法の威力も足された短槍は、軌道上にいたゴブリン達を貫き、ゴブリンメイジの頭部に風穴を開け、その背後のゴブリンを数匹貫通してやっと止まった。
この大男はケビロス準男爵嫡男の腹心――
「無茶はしておらん! 愛しの君の生家の危機に、全力で立ち向かっているだけだ!」
ではなく嫡男本人だった。彼がフェルゼン・ケビロス。開拓中の領地でコヒの栽培事業を手掛ける、キリエラ・ヘメカリスの婚約者だ。
危険な未開の地の開拓。それは逞しくなければとてもできない事業である。
「それに、スポンサー殿の要望には応えなければならないとお前も言っていたではないか!」
「そう言う意味じゃない! だけどもういいっ、援護するから戻ってこい!」
「いや、後三匹は行ける!」
集まって来たゴブリンソルジャーを、再び槍を振り回して蹴散らしながらフェルゼンは二匹目のゴブリンメイジを探す。彼について来た側近の青年は、彼を怒鳴りつけたい気持ちを抑えて援護するために呪文を唱えた。
「あたし達も負けてられませんね! ぬ~ん!」
それを見て発奮したジェシカがメイスを振り回しながら前に出てゴブリンソルジャーを蹴散らす。しかし、彼女はケビロスのように魔法が使えないばかりか、飛び道具も持っていない。
ザックやニコルのクロスボウがその代わりにゴブリンメイジに向かって放たれた。ザックの矢が護衛のナイトを倒し、続くニコルの矢がゴブリンメイジの目を貫いた。
そしてゾルパや魔道士達が放つ風や雷の攻撃魔法がゴブリンメイジを討ち取るが、生き残った数十匹のゴブリンメイジの魔法が遂に完成した。
『ゲア゛ァァァ……』
『オ゛ォォォォォ!』
その途端、地面に横たわり同族に踏みつけられていたゴブリンの死体が起き上がり、怨嗟に濁り生前よりも更に耳障りな声で鳴きだした。
「ま、魔物が生き返った!?」
「違うっ、あれはゾンビだ! 奴等、死体をアンデッドにしやがった!」
それを見たピオス男爵家に使える騎士の叫びを、冒険者が即座に否定した。
ゴブリンメイジを半減させた事でゾンビ化した死体の数は全体の三分の一程に抑えられたが、それでも数百体以上の死体が動き出している。せっかく減らした敵が増えた事で、討伐隊の士気は目に見えて下がった。
「構うなっ! ゾンビの首を斬り飛ばし、頭を叩き潰せ! 損傷の激しい死体はゾンビ化しないはずだ!」
「チィ! 予想よりつまらん策だ!」
しかし、それを吹き飛ばすようにギルデバランは指示を飛ばし、カイルザインは剣を振るいながら呪文を唱える。彼らの部下達も、構わずゾンビ化したゴブリンをもう一度殺していく。
「ゾンビ化しても多少力が強くなる程度で、他は生前と大差ねぇっ! 切り伏せて踏み潰せ!」
「弓兵は生きているゴブリン、出来ればメイジを狙ってください!」
「細かい事は考えず、動く敵は全部ぶっ潰しちゃえばいいんですよね!? ダメでもそれ以外できませんけど!」
カイルザインが演習に加わるようになってから、ギルデバラン率いる隊や行動を共にするようになった隊の騎士達は下手な冒険者より高い頻度で魔物と戦ってきた。
「なかなかの女傑がいるようだ! 流石はゼダン公爵家の騎士団、優れた人材が多い!」
「いや、彼女は騎士では……それより戻ってこい! もう三匹やっただろう!」
「おっとすまん、今戻る!」
そのため、死体がすぐにゾンビ化した程度では驚いても動揺はせず、士気を保ち続けていた。特にフェルゼンはゴブリンメイジを三匹討伐した後、側近の青年の元に戻るためにゴブリンゾンビを十数匹薙ぎ払った。
「夜よりも深き闇よ、迷える魂に安寧を。『不死者退散』」
それでもゾンビはなかなか減らなかったが、カイルザインが放った凪のように穏やかな闇に触れると、その場に崩れ落ちて二度と動かなくなった。
「闇魔法でアンデッドを浄化した!?」
それを見た神官の一人が驚いたように声を上げる。
「神官! 怪我人の手当てで手が塞がっていないのなら、さっさとアンデッドの浄化を手伝え! 火でも水でも何でも構わん!」
そんな神官達にカイルザインの叱責が飛び、彼らは慌てて呪文を唱えた。
確実に減っていくゴブリン達に、弄した策を確実に踏み越えて来る討伐隊。その様子を奥の部屋から魔法で身ながら、一組の男女が向かい合って腰かけて話していた。
「やっぱり数が揃わない内に誘い込んでもダメか。どうします? お勧めのタイミングは、もう少し後だけど」
「……そうだな。彼に断られた場合も考えると、君の言う通りもう少し待った方が良いだろう。それと君にも出てもらうよ、ゼヴェディル」
「もちろんですよ、閣下」
前話から時間が空いてしまい申し訳ありません。執筆ペースを戻すどころかどんどん落ちていますが、これから取り戻していければいいなと思います。




