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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
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23話 ゴブリン討伐、ゼダン公爵領編

 ゼダン公爵領とヘメカリス子爵領。別々の場所でほぼ同時に発見された、地下に巣くうゴブリンキング率いるゴブリンの大群。これまでの歴史を顧みてもそうそうあり得る事ではなく、何者かの意志が働いている事は明らかだった。


 しかし、その事を知っているのはその何者か以外ではヴィレム・ゼダン公爵とその側近数名だけだった。彼の元には騎士団長のグレン・ダンロードからの報告書と、演習に出ている第一子カイルザインからの報告書の二つがあったが、彼等はまだ自分達以外の場所でもゴブリンキング率いるゴブリンの大群が発見された事を知らない。


 戦力をどちらかに集中させるには、距離があり過ぎる。また、何者かが意図して地下でゴブリンを増やしているなら、片方の討伐を後回しにすれば、それを察知してゴブリンを動かす可能性がある。


「デリッドとグレン、そしてリヒトには背後で何者かが糸を引いている可能性があると連絡せよ。ゴブリンではなく、人間相手の掃討戦とのつもりで戦えと。ただ、この事は信用できる者の内に止めるようにと」

 ゴブリンの背後に何者かがいるなら、討伐隊を組織するために雇った冒険者や傭兵の中に、スパイが潜り込んでいるかもしれない。


「リヒト様にもですか? リヒト様は確かに年齢以上に利発な方ですが、討伐隊を指揮する立場ではありませんが?」

「そうだ。彼はお前が言うように利発だ、既に何か察しているかもしれない。だからこそ、『信用できる者の内に止めるように』と伝えた方がいい」


「では、カイルザイン様にも同様の警告を送りますか?」

「ああ。ただ、間に合わないだろう」

 事後承諾を狙ったカイルザインによって、ゾルパの使い魔が手紙をヴィレムに届けたのはゴブリンブッシュの地下に潜むゴブリンの大群を発見してから、日にちが経ってからだった。


 使い魔と術者は五感を共有する事が出来るが、それにも術者の魔力と技量によって距離に限界がある。ゾルパは腕利きの魔道士だが、ゼダン公爵家の本宅とヘメカリス子爵領は流石に離れ過ぎている。

 使い魔の脚に着けられた筒に手紙を入れて返したが、あの鳥がゾルパの元に戻る時には討伐が始まった後だろう。







「では、討伐作戦を開始します」

 ゼダン公爵領のゴブリンキング率いる最低でも数千匹のゴブリンの群れとの戦いの号令は、派遣されてきた武官によって静かに始まった。


 既にデビス村の住人は全て避難しており、残っているのは警備を担当する等級の低い冒険者や、集められた衛兵だけだ。


「「「大地よ――」」」

 まず、魔術師ギルドから来た魔道士達が十日前にアッシュが落ちた場所から地下空洞に続く通路を造る。元々あった洞窟の幅も広げ、崩れないよう補強し、五人から六人が武装して横並びに歩いても問題なく動ける広さにする。


「行くぞっ! 一番槍の報奨金は俺達『千刃兵団』のものだ!」

「チッ! さっさと行きなさい! お前達、奴らに続いて我々も突入しますよ!」

 そしてまず地下に突入するのは傭兵達だ。彼らは冒険者に比べると対魔物戦の経験は圧倒的に少ない。だが、冒険者より圧倒的に集団戦の経験を積んでいる。


 多くの冒険者は自分達が組んでいるパーティーでの戦闘しか経験していない。しかし、傭兵達は数十人以上の団体で動くため、大規模な戦いでの連携は傭兵達が上回る。特に、今回は広大な地下空間に入りゴブリンを掃討しなければならないため、兵を迅速に展開できる傭兵団が最初に突入する事に異を唱える者はいなかった。


 その中でも『千刃兵団』は、ドリガ帝国との争いに幾度となく参加して生き延びて来た実績のある傭兵団だ。最近はドリガ帝国との小競り合いの頻度も落ちているが、その仕事不足を補う為に冒険者ギルドにも登録して魔物の討伐経験を積んでいる。

 一番槍を任せるのに適任であると言えるだろう。


「野郎ども、今日は稼ぐぞ!」

 千刃兵団団長のホーガンはゼダン公爵家騎士団の団員を上回る実力を持ち、団全体での評価は五つ星の評価――傭兵ギルドでは星の数で傭兵団を評価し、実績を積めば積むほど星の数が増えていく。下は一つ星、上は最大七つ星――を得ている。


(ヘッ、ゴブリン如き恐れる事はない。だが、油断はしねぇ。こんな仕事で足元を掬われちゃあ、次の仕事に差し支えるからな)

 そんなホーガンは、今回の依頼を難しいとは思っていなかった。ドリガ帝国との戦争が再び始まるまでの間腕が鈍らないように、そして新人を鍛えるのには手頃な仕事だと認識していた。


 数は推定一万匹と多いが、自分達が参加している討伐隊には十分な戦力が集められている。戦う場所が地下である事は珍しいが、それだけだ。それにしてはゼダン公爵家の動きが慎重だが……。


(今のゼダン公爵は、小競り合いじゃない本格的な戦争を経験してないせいか神経質なんだよなぁ。無謀よりはいいけどよ)

 ホーガン達傭兵は、ヴィレムを「慎重で神経質すぎる」と評価していた。そのため、彼からの警告も慎重になり過ぎているだけだと思っていたのである。


 火ではなく『灯り』の光魔法を灯したランタンを腰に下げた傭兵達は、素早く通路を駆け、地下空間に到達する。

「打ち合わせ通りにやれ!」

 ホーガンの号令に応えて、千刃兵団の重装兵が盾を掲げて展開し、その後ろの軽装兵が『光』や『灯り』の魔法で照明を確保する。


 夜目が効くゴブリン達に対して自分達の存在をアピールするのは危険を伴う。だが、暗視能力を持たない人種で編成されている討伐隊にとっては、暗闇の中で戦う方が危険だ。

 それに、討伐隊はあくまでも奇襲をかける側。地下に籠って数を増やしていただけで、戦闘経験を積んでいないゴブリンが対応できるとは思えない。雇い主からの警告を完全に無視する訳にはいかなかったので、重装兵を前に並べたが、本来ならそれも必要ないとホーガンは考えていた。


 だが、その判断のお陰でホーガンの部下達は助かった。

「っ!? 団長っ! 敵の弓兵からの攻撃だ!」

 千刃兵団に雨のように矢が降り注いだのだ。重装兵が盾を掲げ、軽装兵がその陰に隠れた事で被害は無いが、矢の雨に終わりが見えない。


「チィッ!? 何故俺達が攻め込む場所が分かった!?」

 ホーガンも盾を構えて矢から身を守ると、腰に下げた小型のクロスボウを素早く構えて矢が飛んできた方向に向ける。


「マナよ、小さき導をもたらしたまえ。『光』!」

 ろうそくの火程の明るさの光を作る魔法を矢にかけ、クロスボウの引き金を引く。重装兵の影に隠れる軽装兵達もホーガンに習ってクロスボウを撃つ。


「ギャッ!?」

「ゲギッ!」

 光の軌跡を描いて飛んだ矢のうち何本かが命中した。だが、その結果あぶりだされた光景にホーガンは息を飲んだ。


「ゴ、ゴブリンアーチャーの大群!?」

 それは地下空間を支える柱の側面に組まれた足場や、魔法で作った高台に陣取る千匹以上の弓矢を構えたゴブリン、ゴブリンアーチャーが自分達を包囲し、見下している光景だった。


(ゴブリンが弓兵を、足場まで作って配置するだと!? そもそも奴らはこの穴倉でどうやって大量の弓矢を調達したんだ!?)

 ゴブリンが存在進化する時、多くの個体はゴブリンソルジャーになる。何故なら、ゴブリンの多くは知能が低く、武器代わりの木の枝を振り回すのが精いっぱいで、飛び道具を自作して使う事が出来る個体は少数だからだ。


 だから、ホーガンはゴブリンが一万匹いたとしても、殆どはただのゴブリンかゴブリンソルジャーで、ゴブリンアーチャーは百匹を越えないだろうと推測していた。

 しかし、その十倍を超える数のゴブリンアーチャーが、奇襲を仕掛けたはずの自分達を包囲して待ち構えていた。


(これもゴブリンキングの統率力の成果だとでも言うのかよ!?)

「団長っ、どうします!?」

「情けない声を出すな! 仕事をしやがれ! 矢を光らせて放ち続けろ!」


 ホーガンは矢の大雨と自分達の三十倍近い数のゴブリンアーチャーに狼狽える部下を叱責しつつ、その場で待機を命じた。

 ゴブリンアーチャーの矢は重装兵の鎧や盾を貫通できないが、浴び続ければ運悪く鎧の隙間に刺さるなどして傷を負うし、逆に千刃兵団がクロスボウで反撃して数匹倒しても焼け石に水。だが、ゴブリン達は自分や壁に刺さった『光』かかった矢を引き抜き、ボロ布や小石を被せて照明を消そうとする。そのため、矢を射続けなければならない。


 だが、彼等の仕事は元々地下空間に攻め込み、陣地を確保する事だ。


「盾を掲げなさい! 敵はいまのところ弓兵のみです、反撃は考えなくてよろしい!」

「千刃の、苦戦しているようだな!」

 そこに後続の別の傭兵団が到着する。彼らは千刃兵団がゴブリンアーチャーに矢の大雨を降らされているのを見て、最初から盾を掲げて地下空間に入り、陣地を広げにかかる。


 するとゴブリンアーチャーの狙いが分散して、矢の勢いが減じた。

「魔道士班、反撃は可能か?」

「無理です。この距離では我々の攻撃魔法は届かない。矢に付与魔術をかける事は可能ですが……」

「チッ、『爆裂矢』を使う訳にはいかねか!」


 多くの魔道士が放つ攻撃魔法の射程距離は、長くても五十メートルとされる。マナで創り出され、打ち出された炎や風、雷は術者から離れれば離れる程不安定になり、一定の距離を超えると消えてしまうからだ。

 そのため、実戦経験を積んだ魔道士達は弓矢の扱いと矢にかける付与魔術を習得するか、弓矢に匹敵する有効射程距離の攻撃魔法を開発する事を目標にする事が多い。だが、後者を達成できるのは一部の才能ある魔道士だけだ。


「稼ぎ時まで大人しく待つとするか」

 そう反撃を諦めたホーガンの背後にある洞窟から、グレン・ダンロード率いるゼダン公爵家騎士団が現れた。

「マナよ、日輪の如く輝きとなれ! 『大閃光』!」

 大声で呪文を唱え始めたリヒトに、何をするつもりだとゴブリンアーチャー達が視線を向ける。その瞬間、太陽よりも激しい閃光が彼らの目を焼いた。


「ギギャァァ!?」

「目ガ! 目ガァァ!?」

 発生してから一度も地上に出た事が無いゴブリンアーチャー達は、離れた所にいる千刃兵団が持つランタンや弱い『光』が付いた矢とは比べ物にならない閃光による目の痛みに狼狽し、パニックに陥った。


 弓を落として目を両手で抑えて苦しみ悶え、地下空間を支える太い柱の壁面に作った足場や高台から転げ落ちる者が続出した。

「命を奪う白き乙女の接吻を宿せ、『氷蔦の矢』。はい、撃っていいよ」

「おうっ!」


 プルモリーが付与魔法をかけた矢を、アッシュ達が放つ。放たれた矢は何かに衝突すると、凄まじい冷気と共に氷の蔦を生じさせ、矢が刺さった者だけではなくその近くにいたゴブリンも巻き込んで凍らせてしまう。

 柱の壁面から凍り付いたゴブリン達が次々に落ちていき、先に落ちていたゴブリンを押しつぶし被害を拡大させる。その数は百を超えていた。


「凄い。直接当てなくてもゴブリンが次々に落ちていく」

「難易度が高い上級付与魔法……私もいつか使えるようになりたい」

 タニアとミーシャはクロスボウを撃ちながら、付与魔法をかけ続けるプルモリーに尊敬のまなざしを向けた。


「順調だけど、事前に予想していた十倍くらいゴブリンアーチャーがいるから埒が明かない。……飽きた。

 雷よ、轟き叫ぶ破滅の光よ、我が手の内に集い力を振るえ、『雷撃球』。

 雷雲を駆ける蛇よ、我が前に現れ閃け、『雷撃閃』」


 だが、そのプルモリーは同じ魔法を唱え続ける事に飽きて、打ち合わせに無かった攻撃魔法を放った。彼女の攻撃魔法は百メートル近く飛び、光る球体は爆発して周囲に電撃をばらまき、手から放たれた雷はゴブリン達を貫通しながら暗闇を駆けて行った。

 感電死したゴブリンアーチャー達が次々と倒れ、無事なゴブリンアーチャーは残り千を切った。


 並の魔道士の魔法では届かない距離を、容易く超えて敵を蹴散らす。それが可能なのがメルズール王国トップクラスの魔道士プルモリーの実力である。

「プルモリー殿、もっと魔力を節約していただきたい!」

「ゴメンゴメン」

 しかし、そのプルモリーは実際にはゴブリンがどれだけいるか分からないから、しばらくの間魔力を節約すると打ち合わせで決めていたのに、上級攻撃魔法を連射した事で怒られていた。


 タニアとミーシャの眼差しに込められた尊敬に、呆れがやや混じる。


「マナよ、見えざる波に姿を変え我が目、我が耳となれ、『音波探査』。グレンさん、ゴブリンアーチャーがいる柱や高台の後ろに敵がいる。それに、地面にいくつも落とし穴が掘られています」

 リヒトの報告を受けたグレンも驚いていたが、彼自身も驚いていた。


(原作より、ゴブリンが賢い。原作では、討伐隊を待ち受けて罠を設置するような事はしていなかった。原作より早い段階で発見したのに、原作より手強くなっている)

 統率力と知能に優れたゴブリンキングだが、戦略眼を磨く経験は生まれつき持ってはいない。地下に潜み続けて本格的な戦闘を経験していないはずのゴブリンキングは、原作では数に任せた力推ししかできなかった。


 それはこの世界でも同じはずなのに、この世界のゴブリン達は原作に無かった戦略をとっている。

(やはり、何者かがゴブリンを操っている。僕達を待ち受けていたのは、以前唱えた『音波探査』に気づかれただけかもしれないけど、ゴブリンアーチャーの配置や落とし穴の事を考えると、そうとしか思えない。だとしたらそれは……やはり滅天教団か?)


 そう思案しながらリヒトは、光魔法で光の弾を閃光弾代わりに次々に打ち上げ、地下空間を照らし出す。すると、柱や高台の後ろで待機しているゴブリンソルジャーの大群が見えた。

「前線の傭兵は進軍を停止! 冒険者隊、兵士隊は手筈通りに!」

 グレンの号令に応えて、地下空間に待機していた冒険者達と兵士が駆け込む。兵士達は傭兵や騎士の後ろで弓矢を構えて射撃に専念し、規模の大きい戦闘の経験が浅い冒険者達は出番までの間兵士達を守る。


 その時、甲高い絶叫のような風の音が響いた。

「ギゲェェェェ!」

 その途端、パニックに陥っていたはずのゴブリンアーチャー達が立ち直り、まだ戻り切っていない目で狙いをつけて矢を放ち始めた。


「なんだ、あいつら? 急に冷静になったぞ」

「あれはゴブリンキングからの指示だ。地下空洞の岩の隙間を風魔法で吹いて、陣太鼓や笛の代わりにしているのだろう。それよりアッシュ、ゴブリン共が次の手に出るぞ」

 デリッドがそう促した通り、ゴブリン達が動き出した。ゴブリンアーチャー達は最前線の傭兵や騎士ではなく、弓を構える兵士達やプルモリー達魔道士等、陣の内側にいる軽装の者達に狙いを絞り出したのだ。


 そして今まで待機していたゴブリンソルジャー達が動き出し、標的から外れた重装兵や騎士達に襲い掛かった。

「好都合だ! 各員、ゴブリンを倒しながら前進再開! ただし、ゴブリンが通った場所以外は進むな!」

 ゴブリンが通った場所には、落とし穴はない。安全な場所がそれで見分けられる。


 しかし、襲い掛かってくるゴブリンソルジャーの数はゴブリンアーチャーよりも更に多かった。

 ゴブリンソルジャーはアーチャー同様に、冒険者ギルドが指定する討伐難易度はE。外見はただのゴブリンだった頃からほぼ変化しておらず、ただのゴブリンだった頃は武器を力任せに振り回す事しかできなかったゴブリンが、剣や槍、棍棒等のうち一つの武器の扱いを覚えて身体能力が一般人をやや下回る程度から、衛兵にやや劣る程度に上がった魔物だ。


 訓練した兵士なら一対一で怪我をする事はあっても負ける事は稀だが、一対二ではまず勝てない。そして、押し寄せるゴブリンソルジャーの数は三千以上。しかも、全員が槍を装備しており討伐隊の間合いの外から攻撃を仕掛ける事が出来る。並みの兵士ではこの攻勢に堪える事は出来なかっただろう。


「近づいて来ればこっちのもんよ! 野郎共、今度こそ稼ぎ時だ!」

 だが、討伐隊の最前線を支える千刃兵団とゼダン公爵家騎士団は並の兵士ではない。ホーガンは盾でゴブリンソルジャーの槍を跳ね除け、衝撃で体勢を崩した隙を突いて前に出てバトルアックスで首を刎ねた。

「応! 団長に続け!」

 千刃兵団の傭兵達も槍やハルバード、モーニングスターを振るって次々にゴブリンソルジャーを貫き、断ち割り、叩き潰していく。


 ゼダン公爵家騎士団もそれに負けず、近づく端からゴブリンソルジャーを剣の錆にしていく。


「爺ちゃん、俺達はまだ待機なのか!?」

「そうだ」

 血気盛んな孫にデリッドは短く応えると、地面に転がるゴブリンソルジャーの折れた槍を拾った。


「ゴブリン共との戦いはまだこれからだ。今は体力と魔力の消耗を抑えろ。どうしても戦いたければ……ふんっ!」

 そして、それを振りかぶって投げた。


「ゲッ!?」

 矢のような速さでデリッドに投擲されたゴブリンの骨を加工して作られた槍は、ゴブリンソルジャーの右目に刺さった。後頭部から穂先を出したゴブリンソルジャーは、痙攣しながら仰向けに倒れる。


「このように前線の援護に徹し、いざという時はすぐに動けるよう備えるように。無論、肉体強化は無しだ」

「いや、魔力無しでそんな事が出来るのは、爺ちゃんと親父くらい――」

「いいわね! 私もやってみるわ!」

 アッシュが言い終わる前に、タニアが同じように落ちていた槍を拾い、ゴブリンソルジャーに向かって投げつけた。


「ギャッ!? グゲゲ!」

 弧を描いて前線の騎士達を飛び越えた槍は、ゴブリンソルジャーの肩に突き刺さった。だが、そのゴブリンソルジャーは痛みに怯まず刺さった槍を引き抜くと、血を流しながら同族と共に騎士達に向かっていく。


「やっぱり狙った通り頭には刺さらないわね。アッシュ、無理はしなくていいと思うわ」

「……いや、俺もやる!」

 アッシュは落ちている槍を探し始めた。


「大気よ、マナを糧に見えざる剣を振るえ、『風刃』!」

 ミーシャが放った風の刃がゴブリンソルジャーの一匹の胴体を切り裂いた。ゴブリンソルジャーは悲鳴を上げて倒れると、同族の波にのまれ踏み潰されてしまった。


「うん、悪くない。でもミーシャ、ちょっと風の収束が甘いよ。頑張ればこんな風に――『風刃』

 それを見ていたプルモリーが弟子を評価しつつ、手早く呪文を唱えて彼女と同じ魔法を放った。

「「「ギギャァア!?」」」

「グゲェッ!?」

 プルモリーが放った『風刃』は、最初の一匹の胴体を切断しても鋭さを失わず背後にいた二匹目、三匹目と続き、四匹目の胸板を深く切り裂いて消えた。


「今の『風刃』は、君が使ったのと同じくらいの魔力で放った。使う魔力の大きさが同じでも、収束する事でこれだけ威力が変わる。分かったかい」

「はい、先生っ!」


 そう生徒に教えるプルモリーだが、そうしている間にも彼女達や衛兵を狙ったゴブリンアーチャーの矢が降り注いでいる。プルモリーはそれに対して傘のように防御魔法を展開して、矢を弾いている。

 推定一万匹のゴブリンの大群と戦いながらも、デリッドやプルモリーには余裕があった。それが周りに伝播し、良い意味で影響を与えている。


 実際、討伐隊には今まで大きな被害は出ていない。負傷者は数十人出ているが、全て軽傷で戦闘に支障をきたす程ではないし、支給されたポーションを使って既に治療を終えている。


 対してゴブリン側は、ゴブリンアーチャーは半数以下になり、ゴブリンソルジャーの死体が無数に転がっていて、死体が障害物になりつつある。そのため前線の騎士や傭兵達はゴブリンの死体を蹴り飛ばし、彼等が掘った落とし穴に落として何とか進んでいた。


 それでもゴブリンソルジャーの勢いは衰えていないが、このままならいずれ尽きるだろう。

「ゴアアアアア!」

 その時、地下空間に造られた高台に、一匹のゴブリンが現れたのだ。乱れた髪に長く歪んだ鼻、暗緑色の肌と外見的な特徴は他のゴブリンと一致する。しかし、その背はグレンやホーガンのような長身の男性と同程度に高く、四肢にはしなやかな筋肉が付き、岩や骨を魔法で加工して作ったと思われる鎧を纏い、どうやって手に入れたのかは不明だが左右それぞれの腕にバトルアックスを構えている。


 その威容から、ただのゴブリンの上位種ではない事は明らかだ。

「ゴブリンキングだ! ゴブリンキングが出て来たぞ!」

「これからが本番って事か」

 それを見た傭兵や騎士達の顔に危機感が滲んだ。ここから一層戦いが厳しくなる事を確信したのだろう。


(バトルアックスの二刀流。装備は原作と同じだけど……ゴブリン達の戦略が原作と違うなら、きっとキングも原作とは違うはず)

 エルナイトサーガの原作知識を持つリヒトはそう予想しながらゴブリンキングを見上げていたが、現実は彼の予想を超えていた。


「グッ、ゲゲッ、ゲグオォ!」

 突如ゴブリンキングが苦悶するように呻きだし、全身に力を漲らせる。すると、側頭部からねじくれた角が、腰から鞭のように長い尻尾が生えた。全身が一回り以上巨大化し、纏っている鎧と肌が融合し肉体の一部と化す。


「このタイミングで存在進化したのかよ!?」

「いや、違う。あれは存在進化じゃない」

 離れていても寒気を覚える程禍々しい魔力を放つゴブリンキングの変化に、信じられないと叫ぶアッシュに、リヒトはそう語った。


 原作エルナイトサーガの中編以降では、同じ展開が度々起こった。滅天教団の幹部や信者、そして滅天教団四天王の一人となったカイルザインにも。

「外部から汚染された魔力を強引に注ぎ込んで、存在進化と同じ効果を疑似的に起こしている。敢えて言うなら、強制変異――」

「リヒト君!」

 言葉の途中で、プルモリーの口からこれまで聞いた事が無い程緊迫した声が迸る。リヒトがはっとした時には、彼の後頭部に向かって凶刃が振り下ろされていた。


「リヒト様! お下がりください」

 だが、その寸前でグレンが割って入り、魔力で強化した盾で刃を受け止めた。

「むっ、不意を突けたと思いましたが、失敗ですか。人間を駆除したいという思いが先走りすぎたか」

 リヒトが振り返って目にしたのは、グレイブを両手に構えた細身の老人だった。白くなった髪と髭を蓄え、柔和そうな顔つきをしているが背筋はピンと伸びている。その手に武器さえなければ、品の良い老執事に見えただろう。


 そして、リヒトはその姿に見覚えがあった。正確には、イラストやアニメで見ただけだが。

(こいつは滅天教団の幹部で、カイルザインの部下のジャドゥル! たしか、正体は――)

「では、暗殺は諦めて正面から殺して差し上げましょう」

 ジャドゥルは人間に化けるのをやめ、真の姿を現した。肌は暗紫色に変色し、所々鎧のような甲殻が現れ、頭部には二本の角が、背中から翼が、そして腰からは先端が尖った鞭のような尻尾が生える。


 体格自体は変化していないが、強制変異したゴブリンキングを上回る禍々しい気配を全身から放ち、そこにいるだけで生きとし生ける存在を威圧する。

「グレーターデーモン!」

 デーモンの上位種。一晩で町を滅ぼす事が出来る、討伐難易度Aの恐るべき魔物。それがジャドゥルの正体だった。


「よくご存じですね、クソガキ。ですが、この姿になった以上楽には死ねないと覚悟なさい」

 ジャドゥルは翼を羽ばたかせて後ろに下がり、グレイブを構え直す。彼から殺意を向けられたリヒトは戦慄を覚えた。


(こいつは中盤の王立学園編の直後、カイルザインが滅天教団四天王の一人になったエピソードで出て来たキャラクターだ。『妖魔道士』にされたプルモリー先生の前衛として出て、そのままカイルザインに捨て石にされた、特に見せ場の無いキャラクター。

 でも、今は――)


 原作エルナイトサーガでは、ジャドゥルは名前のある中ボスの手下と言う立場に過ぎなかった。しかし、物語の序盤以前に相当する現在では、その強さはリヒトを圧倒的に上回る。

 陣地内に単身で攻め込んだにもかかわらず、衛兵はもちろん冒険者や傭兵もジャドゥルの迫力に飲まれ、攻撃する事が出来ない事がこの場における彼の強さを表している。


 それでも戦わなければならないと身構えるリヒトだったが、プルモリーが彼を引き留めた。

「リヒト君達にはゴブリンを任せた。こいつの相手は私とグレン君がやろう。

グレン君、全体の指揮はデリッド君と交代してくれないかな?」

「そうするしかないだろうな」


「ふむ……まあ、いいでしょう。現騎士団長と王国トップクラスの魔道士を先に駆除した方が、成功率が高まりそうですし」

 ジャドゥルがそう言い終えた時、高台で咆哮を上げていたゴブリンキングが動き出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 頼むぞジャドゥルさん!リヒトは無理でもネームドキャラの数十人は退場させておいてくれ!!
[一言] 原作との乖離がリヒト君に危険な状況を運んできましたね。 外道なゴブリンを滅っして終わりのイージーな展開だと思っていました。 果たしてグレーターデーモンを相手取るグレンとプルモリー先生は、原作…
[一言] ジャドゥルがんばれー! 公爵領の未来はキミに掛かってるよ!
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