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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
22/33

22話 滅天教団員の皮算用、それぞれの討伐隊結成

 閉鎖された地下空間のマナを不安定にしてゴブリンが継続して発生する環境を作り、ゴブリンキングを発生させる。そしてゴブリンキングを存在進化させて、ゴブリンアークキング率いる十万匹を超えるゴブリンの大軍勢を創り出し、地上のゼダン公爵領を滅ぼす。


 ゼダン公爵領が滅亡すれば、メルズール王国と何度も戦争を繰り返してきたドリガ帝国は嬉々として挙兵して攻め込むはず。そしてドリガ帝国、ゴブリン、メルズール王国との三つ巴の大戦争になる。その過程でゴブリンは全滅するだろうが、その時点で彼等の役目は追えているので構わない。帝国と王国、どちらが勝っても大魔王の復活は進み、裏で糸を引いていた滅天教団には十分すぎる成果だ。


 この計画は十年以上前から、『殺謀執事』ディジャデス主導で進められていた。滅天教団の他の計画を進めつつ、発見したベリド村周辺の地下で失敗を繰り返しながらゴブリンをコツコツと増やしてきたのだ。


 それなのに邪魔が入った。ゼダン公爵家の子弟が、利用する予定だった賊や奴隷商を討伐してしまったのだ。

 ディジャデスは他の場所から人間を調達する案も検討した。攫った人間や安く仕入れた奴隷を、空間魔法の『転移』で地下空間に運び込む事は不可能ではない。


 しかし、『転移』する距離や運ぶ人数が増えれば増える程、消費する魔力は多くなり魔力紋(魔力における指紋のようなもの)が強く残るようになる。ゴブリンを養殖しているのは地下深くとはいえ、何度も遠距離から大勢で『転移』を繰り返せば、誰かに気が付かれる可能性が高まる。それは短期間ならともかく、年単位の時間をかける作戦では無視できない。


 それを嫌ったディジャデスは、計画は本来の規模より縮小する事を決断した。同時に、配下に命じてゼダン公爵領以外に目をつけていた場所でもゴブリンの繁殖を始めた。


(思えば大変だった。コツコツ真面目に人間を誘惑して殺すのは、精神的にとても辛かった)

 滅天教団の幹部の一人、ゼヴェディスはヘメカリス子爵領にあるゴブリンブッシュの地下でゴブリン同士が殺し合いをしているのを見下ろすと、ゴブリンキング用の部屋のさらに奥に作った自分用の部屋に入った。


 武器や暇つぶしに使う拷問具や日々の研究結果を書き記したノートや書類を治めた棚に応接セットがある部屋を見回し、感慨にふける。


(来る日も来る日も人間を殺す日々。それはそれで楽しかったけれど、いくら殺しても人間が絶滅する兆しは無かった。次から次に私の前に現れて、それなのに見苦しく抵抗する人間共。私一人がいくら頑張っても、世界は滅ぼせないんじゃないか。そう思い悩んだ事は数えきれない。

 だが、滅天教団に入って私は変わった)


 殺謀執事ディジャデスの下に配属され、愚かな人間を利用して大きな計画を遂行する。その度に、世界はゆっくりとだが確実に良い方向に、滅亡に向かっているとゼヴェディスは確信できるようになった。彼女の中に澱のように溜まっていた徒労感はいつの間にか消えていた。


 そして今は冒険者の数が減っている貴族の領地の地下を魔法で掘って、ゴブリンの養殖を行っている。ディジャデスの腹心気取りのジャドゥルからノウハウを盗み出して模倣し、最初は十数匹だったゴブリンを約六千匹まで増やす事に成功した。もちろんゴブリンキングも生まれて、今も存在進化目指して人間達から手に入れた奴隷を殺し、その血肉を食らってすくすくと育っている。


(やはり人間は便利ね。奴等のお陰で一年足らずでここまでゴブリンを増やせた。本心からではないにしても、滅天教団に入信するだけあって他の人間よりはマシだわ。嫌悪感も我慢できない程じゃないし)

「一万匹ぐらいまで増やしたら地上に侵攻して、まずヘメカリス子爵領を滅ぼして……その次は何処を攻めさせようかしら? フフフフフ」


 ゴブリンの大群に攻め滅ぼされ、女子供の区別なく殺される人々の姿を思い浮かべて悦に入るゼヴェディス。

 何なら、今利用している貴族の領地をゴブリン達に襲わせてもいいかもしれない。あの生意気な人間がみっともなく狼狽える様は、とても面白いに違いない。


 しかし、楽しい妄想の時間は長くは無かった。


「……この魔力は?」

 ゴブリンメイジが使えるはずがない空間魔法の気配を感じたゼヴェディルは、私室の奥にある扉に視線を向けた。この部屋の奥には『転移』を補助するための魔法陣が描かれた部屋と、利用している人間が行き来するための通路がある。


 だが、誰かが『転移』してくる様子はなかった。

「はぁ、侵入者か」

 なら、地上からの侵入者以外には考えられない。使い魔にしているゴブリンアーチャーの視覚を通じて確認するが、天井に穴が開いた様子はない。


「横穴のどれかを利用して入って来たのか? でも、どの横穴も地上にはつながっていないはずだったのに、どうして?」

 ゼヴェディスがゴブリンブッシュの地下にこのゴブリンの養殖場を造った時、偶然いくつかの天然の洞窟と繋がってしまった。ただ、どれも地上にはつながっていなかったので彼女はそのまま放置していたのだ。ゴブリン達が出すゴミや排泄物の捨て場所として使用できると思ったからだ。


 だが、何者かが空間魔法を使ったのは確実。侵入者を否定する事は出来ない。


「しかし、侵入した後の動きがみられない。ゴブリンの大群を見て、一旦退却したのか? だとすると……今頃地上に戻って報告しようとしている頃か。

 よし、侵入者が利用している洞窟の調査はゴブリンに任せて、ディジャデス様に報告して、計画を前倒しする許可を頂きましょう」


 早速ゼヴェディスは報告書を認め始めた。上司であるディジャデスが、口頭よりも文章での報告を好むからだ。

 そこに、奥から馬車が近づいて来る気配がした。

(そう言えば、今日はゴブリンの餌を人間が運んでくる日だったわ。態々馬車で二日以上地下を走ってくるなんてご苦労な事ね。丁度良いから、奴等にもここがばれた事を教えてやるか)

 ゼヴェディルが顔を上げると、部屋の奥の扉からノックの音が響く。


「どうそ」

 そっけなく入室を促すと、扉を開けて鎧の上に外套を羽織った人物が現れた。

「ゼヴェディス殿、『餌』を運んで来たぞ。確認を」

「ようこそ、同志エリオット。いつもありがとう、そこの椅子にでも腰かけて楽にしてください。確認が済むまでお茶でもいかがですか? 部下の方々もお疲れでしょう」


 兜を被っているため顔が半分程しか伺えない顎髭を生やした男、エリオットに作り笑いを浮かべて話しかけ、着席を促しお茶と評する液体を振る舞おうとするゼヴぇディス。

「結構だ。お茶も遠慮する。書類と現物の確認を早く済ませてもらいたい」

 それに対してエリオットは、硬い声で断った。扉を開けたまま入室しようともしないで、書類の束を彼女に向かって突き出す。


「それは助かります。私も君達や君達の主を益虫程度には評価しているけれど、虫は苦手なもので」

 エリオットを利用しているゼヴェディスだが、彼女にとって彼等も所詮人間。いつかは滅ぼすべき存在である事に違いはない。


 彼女が書類を受け取ると、エリオットは鼻を鳴らして後ろに下がった。すると、馬車が二台並んで通れるほどの通路と荷物を降ろせる広い空間があった。

 そこには馬車が四台停まっていて、その内三台にエリオットと同じような格好をした彼の部下達が『餌』……拘束された男達を檻から出していた。


 エリオットの部下が『転移』用の魔法陣から離れた場所に男達を並べているのを確認してから、ゼヴェディスは書類に視線を向ける。

「捕らえた山賊十五匹に、鉱山で死んだ犯罪奴隷七匹、流民九匹……男の割合が多いのはいいけれど、数が少ないですね」


 ゴブリンを含めた魔物は、体内の魔力を高める事で上位種へと存在進化する。それは自己研鑽や同じ魔物を殺して喰らう事でも可能だが、魔物にとって最も効率よく魔力を高める方法は人間を苦しめ、殺し、食らう事だ。

 例えば、ゴブリンがゴブリンソルジャーに存在進化するには魔蟲の場合は三匹以上、同じゴブリンの場合は二匹以上、殺して食わなければならない。だが、人間の場合はたった一人殺すだけで、もしくは人間の死体を四肢一本分喰らうだけで存在進化出来る。


 それは同じ汚染された魔力を持つ魔物よりも、魔力が汚染されていない人間の方が魔力を吸収しやすいからだと考えられている。


「山賊や犯罪奴隷は、貴様等と違って自然発生はしないという事を忘れてもらっては困るな。それに流民を大々的に狩りだすのは、外聞が悪い」

 文句を言うゼヴェディスに、そう文句を言うエリオット。


「……? 君達の国の法律だと、流民は治安を乱すから捕まえて処刑、もしくは奴隷として売り飛ばしてもいいんじゃなかったかな?」

「何処か別の国と勘違いしているようだな。お前達に法律について議論するつもりは無いが。

 事が露見したら困ったことになるのはお前達も同じはずだ。我々にもそこの『転移』の魔方陣を使っても構わないのなら、『餌』を運ぶ頻度をもっと上げる事が出来るが、そうするつもりはないのだろう?

 それで、次の『餌』の運搬だが――」


「ああ、露見する事の心配や次の『餌』の運搬はもう必要なくなりました。もう露見したので」

「なんだと!? どういう事だ!?」

 エリオットが狼狽えて大声を出すと、彼の部下達にも動揺が伝わる。連れて来られた山賊や流民達も不安そうにしている。


「先ほど何者かに侵入された。地下にゴブリンキングの群れが存在している事までは知られたが、裏に我々がいる事は知られていないから、そう動揺しなでください」


「当り前だ!! 何故追って始末しなかった!?」

 エリオットにとってゼヴェディスは、見た目だけは麗しく、彼が今までの人生で目にして来た女の誰よりも妖艶な女だったが、その内面は彼にとって理解できない不気味な存在だった。

 怒鳴られた今も、表情をまったく変えず瞳には怒りや苛立ちは浮かんでいない。それはもちろん冷静さや寛大さからではないだろう。


「始末しようと追っていたら、私の存在まで露見していましたよ。皆殺しにして口封じすればいいと思われるかもしれませんが、あなた方人間は逃げ隠れするでしょう? 取り逃がす可能性がゼロでない以上、追わない方がいいと考えました」


「だが、お館様の昇爵とエルフの国を手に入れるための計画はどうなる!?」

「同志の領地の周囲の貴族の領地をゴブリンで滅ぼす計画なら、前倒しするしかないでしょうね。まあ、現段階でも皆殺しは無理でも、ヘメカリス子爵領を滅ぼす事は出来るかもしれません」


 そう答えるゼヴェディスの顔を見ながら、エリオットは内心で「だから私は滅天教団等と組むのは反対だと申したのです!」とこの場にいない主君に怒鳴るが、今更だ。


「……では、討伐隊が編成される前に打って出るのか?」

「いいえ、守りを固めて迎え撃ちます。君達人間の軍略書にも、攻め手より守勢の方が有利だと書かれていたでしょう? 集まった精鋭を壊滅させれば、残りの町を攻め落とすのも容易いでしょうし」


 正直に言えば、ゴブリンの数は予定の半分なのでヘメカリス子爵領を滅ぼせるかも危うい。だが、ゼヴェディスはそこまで伝えるつもりはなかった。


「本当に大丈夫なのか? もしこの通路の事がばれたら我々がお前達に協力している事がばれてしまうのだぞ!?」

「それはそうですが……この通路を跡形もなく崩壊させるのも骨ですからね」


 実際は出来なくも無いが、面倒だった。それに計画を前倒しする事が決まった今、ゴブリンキング率いるゴブリンの大群が同志が治める領地以外を無事滅ぼす事に成功しても、逆にヘメカリス子爵が集めた討伐隊に敗れて同志や彼に使えるエリオットも討ち取られても、どちらでも構わない。


「そんなに心配なら、討伐隊を返り討ちにするためにも『餌』の搬入をよろしくお願いします」

「くっ、分かっている。さっさと運ぶぞ!」


 エリオットはゼヴェディスを睨みつけながら部下達に命じて、まず死体から彼女の部屋に運び込んでいく。

「今回は貴様の娯楽用の生贄は無いぞ」

「構いませんよ。それどころじゃありませんし」

 時々『餌』としての価値が低い人間を嬲り殺してストレスを発散していたゼヴェディスだが、まだ報告書を書き上げていないため今回はそんな気分になれなかった。


 そのため、肉の量が少ない流民達は彼女に嬲り殺されずに済んだ。


 騎士達は死体をそのままゴブリンキングの部屋へ、そしてそのままゴブリンの大群がいる空間に運び込む。


 その瞬間、無数のゴブリンが彼らに視線を向けるが――。

「ギャゲッハァ! オマエラ、餌ダッ!」

 部屋の外に出ていた大人と同じくらいの背丈のゴブリン、ゴブリンキングが声を張り上げるとゴブリン達は騎士達に興味を失い、耳障りな歓声をあげる。


「調理シロ!」

 ゼヴェディスに操られているゴブリンキングの命令に従って、ゴブリン達が騎士から死体を受け取ると錆や剣や斧を使って解体を始める。そして頭や四肢、内臓を次々にゴブリン達向かって投げ渡し始めた。


 夢中になって肉片を奪い合い、骨の欠片を噛み砕いて髄をすするゴブリン達。これを調理と呼ぶのは、人間が育んできた文化に対する冒涜だろう。

 だが、ゴブリン達の人間への冒涜はこれでもまだ序の口だった。


「お、おいっ、なんだこりゃぁっ!? どうしてゴブリンがいるんだよ!?」

「冗談はやめてくれよっ! 俺達は犯罪奴隷になるんじゃなかったのかよ!?」

 エリオットの部下達に引きずられるようにして、山賊達が縄で縛られたままゴブリンキングの前に転がされていく。


「フンッ、鉱山で死ぬまでこき使われるより、一思いに死ねる方が楽だろう。幸運だったな」

「ギャッギャッギャ!」

 吐き捨てるように発せられた答えに青ざめる山賊達が振り返ると、ゴブリンキングが笑いながら拳を掲げるのが見えた。


「ギャッギャッギャ!」

 ゴブリンキングは膝立ちになっていた山賊を殴りつけ、倒れ込んだ所を蹴りつけ、踏みにじった。

「ぐへ!? がはぁ!?」

「止めろっ、止めてくれぇ!?」

「た、助けてくれぇ!」


 ただのゴブリンなら身体能力は一般人を下回るが、キングともなれば人種を一撃で殴り殺す事は容易い。ゴブリンキングはわざと手加減して山賊達を嬲り、ゴブリン達は自分達の王が憎き人間を痛みつける様を見て熱狂的な歓声をあげる。


「一思いに、と言うのは間違いだったな。せいぜい苦しんで死ぬがいい」

「待ってくれっ! 俺達はあいつらと違って何も悪い事はしていない! これは何かの間違いだ!」

「ただ仕事が欲しかっただけなの! 本当よ、信じて!」

 山賊達をあざ笑うエリオット達に、囚われた流民達が必死な形相で叫んだ。しかし、彼等もエリオット達の部下達によって運ばれていく。


 熱狂的な歓声をあげ続けているゴブリン達の方に。


「私達はただ故郷から出稼ぎに出て来ただけなのよ! 街に入る通行料だって払ったわ!」

 流民とは、様々な事情で出身地から行く当てのないまま出て来た者達の事を指す。行きついた場所で仕事が見つかればいいが、生活が出来なければ浮浪者や犯罪者になり治安悪化の要因になる。だから、昔前は流民と言うだけで捕えて処刑しても法的には問題なく、そこまでしなくても奴隷として売り払う領主も存在していた。


「流民だからと言うだけの理由で捕えてはならないって、王国法で決まったんじゃなかったのかよ!?」

「その通りだ。あの世で通報するといい」

 エリオットの部下がゴブリンの群れに向かって、流民達を落としていく。ゴブリン達は流民達を受け止めると、楽しそうに嬲り始めた。


「助けてぇっ! なんでこんなことするの!? 私達が何をしたって言うのよ!? 死にたくないっ! 死にたく――」

「待ってくれっ! 俺には故郷に残して来た妻と幼い子供達が――ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 次々にゴブリンの群れに向かって落とされる流民達。彼らはゼヴェディスの拷問を受ける事は無かったが、凄惨な最期を迎える運命を避ける事は出来なかった。


 彼らを嬲り殺し、血肉を食らう事でゴブリン達が存在進化していく。それを確かめて、ゼヴェディスは満足げにほほ笑む。

「では、これで我々は失礼する。一刻も早く主に報告しなければならないからな」

「そんなに自分達が関与している事がばれるのが心配なら、あなた達も討伐隊に加わったらいかがですか? 証拠、もしくは討伐隊そのものを消すにしても、内側からやった方が確実ですよ」


「……それは、貴様が我々を討伐隊ごと始末したいからか?」

「あははは、御冗談を」

 自分の提案に対して険悪な口調で尋ねるエリオットに、ゼヴェディスは笑いながら誤魔化した。


「とはいえ、ゴブリンソルジャーやアーチャーにはあなた方と討伐隊の見分けはつかないでしょうね。やる時はお気をつけて。

 あと、あなた方の主である同志にもお伝えください。特等席を用意するので、私が渡したお守りを持ってやってきた方がいいですよと」


 討伐隊に全てを知られれば、どうせエリオット達やその主の同志は身の破滅だ。ゼヴェディスも彼らの社会的地位にしか利用価値を認めていないので、それを失った彼らを助ける事はない。

 なので、自分の身を守りたいなら自分で命を懸けるしかない。


「チッ、策士気取りか。せいぜい足元をすくわれないようにするがいい」

 エリオットは舌打ちをして憎まれ口を叩くと、部下を引き連れて通路に戻っていった。ゼヴェディスはそれを見送らず、まだ熱狂冷めやらぬゴブリン達を放置すると自室に戻り書類を完成させ、『転移』の魔方陣からディジャデスに提出した。


 すると、すぐに返事が返って来た。

「お忙しいディジャデス様がすぐに次の指示を出すなんて珍しい。これは……私も出るしかないか」

 返事には、「できれば討伐隊に加わっているであろう、ゼダン公爵家の子弟を始末するように」と書かれていた。







 奇しくも、同時期に自領の地下にゴブリンキング率いる大規模なゴブリンの群れが巣くっている事を知ったゼダン公爵家とヘメカリス子爵家。その対応は討伐隊を編成し、掃討するという方針は同じだったが過程は異なっていた。


 プルモリーの使い魔を伝書鳩代わりに使う方法で報告を受けたヴィレム・ゼダンは、推定数千匹から一万匹のゴブリンの大群に対して自領の戦力だけで対応しようとした。

 やろうと思えば国境沿いの砦に駐屯している王国軍や、領地を接しているベネディクト男爵家等に援軍を依頼する事も可能だったが、それではドリガ帝国に対する守りを疎かにする事になるし、メルズール王国の北の盾である面子が立たない。


 そして何より、ゼダン公爵領が有する戦力は強大だった。


 既にベリド村で待機しているグレン・ダンロード騎士団長と騎士団員達、デリッド、プルモリー、そしてリヒト達。それに加えて、領内の冒険者ギルドと傭兵ギルドに緊急依頼を出した。

 冒険者ギルドではそれに応え、D級を中心に約百名が集まった。C級冒険者が数の多いD級冒険者を指揮して討伐隊に加わり、E級冒険者が討伐隊の駐屯地の警備や村人達の避難の補助、物資の輸送など戦闘以外の裏方を担当する。


 一方、ドリガ帝国との大きな戦争が無く仕事が減少傾向にあった傭兵ギルドは今回の緊急依頼に対して、久しぶりの仕事だと飛びつく傭兵団が多かった。

 傭兵達が得意なのは対人戦で魔物退治は専門外だが、幸いゴブリンは人型の魔物であり、上位種でも人間に無い特殊能力を持っていない。そのため、複数の傭兵団が依頼を受けた。


 そして、冒険者と傭兵、合計約三百名が集まった。


 そして近隣の町から衛兵を約百名、領内の魔道士ギルドや神殿から魔法の使い手を十数人かき集め、全体の指揮を執る武官を派遣した。そして十日かけて五百数十名の討伐隊が指揮されたのだった。


(原作の討伐隊に比べると、規模は半分くらいか)

 原作では地下空間の構造や、そこから推定されるゴブリンキング率いる群れの規模が不明だったため、討伐隊の人数は千人を越えていた。しかし、この世界ではリヒトが『音波探査』の魔法を使ったため、完全ではないが地下空間の構造を知る事が出来ている。


 そのため、ヴィレムや家臣の武官は集める討伐隊は五百人で充分だと判断したのだろう。


 それに原作より二年早くゴブリンキング率いる群れの存在を知る事が出来た。だから、ゴブリン達の数は原作より二年分少ないはずだとリヒトは考えていた。

 それに原作と違いこの世界の討伐隊にはタニアやミーシャ、そして何より王国トップクラスの魔道士であるプルモリーが参加している。数は原作の半分でも、質では上回っているはずだ。


 油断さえしなければこの世界でもゴブリンキングを討伐できる。


「凄い人数だな。なんだか俺達場違いなんじゃないかって思っちまうぜ」

 リヒトがそう考えていると、アッシュがやって来て声をかけてきた。彼らが今いるのはベリド村周辺の森のすぐ前で、いくつもの天幕が立てられまるで戦場の陣のようになっている。


 そんな場所に今年十一歳になる子供がいるのは、確かに場違いだろう。

「そうだね。でも、僕達以外大人ばかりなのは演習中もそうだったし、去年ブラッドトロールやトロールと戦った事が広まっているお陰で、変に絡まれる事もないだろうから大丈夫だよ」

「それもそうなんだよな。ブラッドトロールもゴブリンキングも討伐難易度は同じC、違うのは手下の数が桁違いだってことか」


 そう、ゴブリンキング自体の強さは魔物全体から見れば中程度。並みの冒険者や傭兵、騎士が相手をするのは厳しいという程度でしかない。


「いや、あのブラッドトロールは発生したばかりで僕達以外と戦った経験が無い状態だったから、討伐難易度が同じだからってゴブリンキングもあれくらいだとは考えない方がいい。ゴブリンキングはあれよりもっと手強いはずだ」

「それもそうか。でも、地下に籠っていたならそんなに経験を積めるとは思えないけどな。それに、プルモリーさんがいるなら、地下に向かって攻撃魔法を連打してもらえばそれで解決するんじゃないか?」


「それはダメだって。地下空間が崩落したら大変だから。それに、その勝ち方は義父さんも望んでないだろうし」


 討伐隊が五百人規模で、B級以上の冒険者が参加していないのは義父、ヴィレム・ゼダンの思惑が関係している。元々等級が上の冒険者程、王侯貴族から距離を置こうとする傾向は強まる。それに、推定されるゴブリンの数こそ多いがゴブリンキングの討伐難易度はC。態々B級以上の冒険者を雇う必要性は薄い。

 しかし、討伐隊に一人も参加していないのは不自然だ。


 それは、ヴィレムが討伐隊の戦力を過剰に充実させる事でリヒトの活躍が埋もれるような事にならないようにしようと考えているからだ。

 誰も知らない内に巣くっていたゴブリンキングとその群れの討伐。発見しただけでも大手柄だが、討伐でも活躍したのなら大きな功績となり、領民からの支持も集まる。


 そう考えるとヴィレムはベリド村の人々や討伐隊に参加している者達をいたずらに危険にさらしているようにも思えるが、プルモリーにデリッド、そしてグレンとB級冒険者相当以上の戦力は既におり、リヒトやアッシュもC級冒険者以上の力の持ち主だ。そして、ゼダン公爵家騎士団に所属している騎士達は全員C級冒険者以上の実力者ばかりだ。


 それに、ゴブリンがいるのは出口のない地下空間。ゴブリン達が逃げ散る事は出来無いので、討ち漏らしが出る事は無いだろう。


 現時点でも十分、ゴブリンキング率いる推定一万匹のゴブリンの群れを余裕で討伐できる戦力が確保されている。そう言う意味では、ヴィレムの調整は間違っていない。


「お前も大変だな。まあ、別に何が何でもお前がゴブリンキングを倒さなきゃならない訳じゃないし、明日はドリガ帝国との戦争の予行練習だと思って緊張しすぎない程度に頑張ろうぜ」

「アッシュ、それだと逆に緊張するよ」


 平和な時代に生まれた葛城理仁の記憶を持つリヒトにとっては、人間同士の戦争の方がゴブリンの大群と戦うよりもずっと恐れるべき事だった。







 一方、息子から報告を受けたラドフ・ヘメカリス子爵は自領の外からも戦力をかき集めようと試みた。

「冒険者ギルドに緊急依頼を出すぞ! 魔術師ギルドにも協力を要請しろ! それとビスバ侯爵に書状を書くから急いで届けるのだ! ゴブリンキング討伐の補助金の給付を受けるための根回しを依頼せねばならん!

 そしてジャオハ侯爵家に、近隣に領地を持つ貴族家全てに救援を求める使者を出せ! イライザ! ケビロス準男爵家のフェルゼン殿には――」


「無茶を言わないでくださる、お父様。領地を開拓中のフェルゼン様に戦力を送る余裕はありませんわ。どうしてもとおっしゃるなら、私がフェルゼン様の代理として剣を取ります」

「ま、待てっ! 可愛い娘にそんな事をさせられるか! 剣を取るなら子爵家当主である私自ら――」

「誰かっ! 父上を止めるのを手伝ってくれっ!」

「旦那様っ! まずは剣よりもペンをお持ちください!」

 ちなみに、ラドフ・ヘメカリス子爵も息子のエザクと同じくそんなに強くないそうだ。


 ヘメカリス子爵領はゼダン公爵領に比べると圧倒的に小さい。そして領内のダンジョンも一つだけで、敵国との国境も遠いため普段は傭兵の需要も無い。だから、傭兵ギルドの支部そのものが無い。更に、経済的に緩やかに衰退しているため、腕利きの騎士を増やすより治安維持要員の衛兵の数を維持する事を優先していた。

 そのため騎士全員、そして治安維持に影響が出るまで衛兵をかき集めても百名に届かない。


 冒険者ギルドに緊急依頼を出して参加を募るも、集まったのは約三十名。魔道士ギルドや神殿に応援を頼んでも、集められたのは合計十名。

 合計で百二十から三十名程。とても数千匹のゴブリンを討伐するには足りない。これ以上集めるなら治安維持要員の衛兵を更に動員するか、領民を徴兵するしかない。


「ジャオハ侯爵から、まず雇った冒険者と傭兵を約百名あまり救援として送ると連絡が! また、遅れるがジャオハ侯爵家騎士団団長と騎士団の精鋭も向かわせるとの事です!」

「ピオス男爵からも騎士団を派遣するとご連絡が! 他の領主の方々からも続々と救援を送るとのお返事が届いております!」

「あ、後、ケルビン準男爵から嫡男のフェルゼン様と側近が向かったので、頼むと連絡が来ておりますが……?」

 そこに、お抱え魔道士の使い魔やテイマーの従魔によって各地から運ばれた手紙を携えた家宰や文官達が次々に報告を行う。


「おおっ! ありがたい! なんと心強い事か! この恩は忘れんぞ!」

「お父様っ!? 私に黙ってフェルゼン様に連絡したのね!」


 感動した直後に娘に詰め寄られるヘメカリス子爵。

 セオドア・ジャオハ侯爵は寄り子のヘメカリス子爵の危機に何もしないのでは、寄り親としての立場を失う。そしてピオス男爵達はヘメカリス子爵家からの謝礼目当てだ。ヘメカリス子爵領が衰退していると言っても、ピオス男爵達よりずっと裕福なのだから。


 ヘメカリス子爵にも男爵達の期待に応えられる当てはあった。ゴブリンキング等の一部の危険な魔物を討伐すると、討伐隊を指揮する貴族にメルズール王国から報奨金が出るのだ。貴族が討伐隊に参加した騎士や衛兵、冒険者や傭兵等への手当てや報酬を十分に支払っても、破産しないように。


 ……それ以外にも、各貴族にとってもゴブリンキング率いるゴブリンの大群は脅威なので、自分達の領土に攻め込まれないよう、ヘメカリス子爵領にいる間に討伐したいという思惑もある。


「よし、これで三百を超えた。何とか行けるかもしれん」

 もっと戦力が集まるまで討伐を待つという方法もあるが、それは下策だった。いくらゴブリン達が地下にいると言っても、ゴブリンキングがその気になれば地上へ続く穴を配下のゴブリン達に掘らせて地上へ出て来てしまうからだ。


 ゴブリンの数はすでに数千匹。いつ、あの地下空間を手狭に感じ、ゴブリンキングが地上への進出を実行に移してもおかしくない。

 領都カリスバウムから馬で一時間のゴブリンブッシュに数千匹のゴブリンの大群が出現する前に、地下に攻め込んで討伐する必要があるのだ。


「では、その討伐隊に我々も加えていただこう」

 そこにギルデバランとゾルパを引き連れたカイルザインが現れた。彼は、当然討伐隊に参加するつもりだった。


「それは願っても無いが、良いのかね? 去年のポロフ伯爵の別邸でゴブリンを蹴散らした時とは、比べ物にならない程危険だぞ」

「もちろんです、ヘメカリス子爵」


 ゴブリンキングを討伐する功績を逃す手はない。

 貴族派の貴族を救う為に自ら戦場に立つ事で派閥からの支持をより盤石にしたい。

 緊張感のある戦いを楽しみたい。

 ここの鱒料理は美味かった、モス茶用の苔もまだ採取していない、出資したコヒの栽培事業を上手く行かせるためにもこれからやってくるフェルゼン・ケルビンを死なせるわけにはいかない。


 そして、せっかく見直したラドフ・ヘメカリス子爵や親しくなったエザクを、自分の将来のためにも助けておきたい。


「ここは我が一族の領地でなくとも、メルズール王国の一部である事に変わりなし。ならば、その危機に居合わせておきながら、王国の盾にして矛たるゼダン公爵家の一員である俺が剣を振るわなくては、家名の名折れ。

 父上にも連絡は取っております。どうか、我々の参加をお許しください」


 正確には、カイルザインはヴィレムに手紙を出しただけでまだ返事を受け取っていない。本当に連絡を取っただけだ。事後承諾で押し切るつもりだ。

(尤も、父上が俺の行動に構う事はないだろうがな)


「ありがたい。こちらこそお願いする、カイルザイン君。我がヘメカリス子爵領を救ってくれ!」

 こうしてカイルザインもまたゴブリンキングに挑む事となったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 視野の拡がったカイルザインが王道主人公っぽい [一言] 舐めプなゼダン公爵家サイドは痛い目みればいいのに。安定のエコ贔屓だけど『大規模討伐でリヒトきゅんに手柄を』って、無駄に他の参加者を危…
[一言] むやみに苦しめて殺すタイプのゲスは許せん…! カイルザイン、リヒトの両兄貴!やっちまってくだせぇ!(サンシタ・ムーヴ
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