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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
18/33

18話 腹ペコドワーフの成長と、ヘメカリス子爵領

 ピオス男爵領での演習二日目、夕食の後ジェシカはカイルザインから渡す物があると言われ野営地の隅に連れ出された。

「渡す物って何でしょうか? ま、まさか引導とか言いませんよね?」

「何故そんな物を態々渡さねばならん?」


 そう半眼になってジェシカを見るカイルザイン。ピオス男爵の屋敷で始めて見た時と比べると、彼女は別人のように健康そうになった。

 こけていた頬は丸みを帯び、棒のようだった四肢には肉がついている。くすんでいた肌やボサボサだった髪には艶が出ていて、一昨日までやせ細っていたのが嘘のようだ。


「それとも、何かやったのか?」

「いえ、その、食べている時に食器を握りつぶしたり、お鍋の取っ手を引きちぎっちゃったり……」

 そして、筋力が大幅に上昇していた。ジェシカが人種より力が強いドワーフだったとしても、異常な程の怪力だ。……しかし、この場で彼女の回復や怪力の異常さを指摘する者はカイルザインも含めていなかった。全員、ドワーフの生態に詳しくなかったからだ。


「急に力加減が効かなくなっちゃって、困ったもんだな~って……」

「それはお前の栄養状態が改善したからだ。骨と皮だけの状態で俺の脚の骨を握り砕きかねなかったのだから、気を抜けば皿くらい簡単に割れて当たり前だ」

 そう言いつつも、カイルザインにはその件でジェシカを叱責するつもりは無かった。それを見て取ったジェシカは内心ほっと安堵する。


「じゃあ、いったい何をくれるんですか?」

「明日から護衛対象役ではなく、前衛の一人として戦ってもらうから武器を渡しておく。ついでに、そのまま模擬戦だ」

「ああ、あたしを戦わせるのって本気だったんですね」


 冗談だったらよかったのにとジェシカは肩を落とした。今まで彼女は自分が戦うなんて、夢にも思っていなかった。力は強いが狩りはもちろん、喧嘩だってした事が無い。今まで経験したのは労働ばかりで、ただひたすら暴力とは縁が無かった。

 それなのに魔物と戦えと言われても、現実感が無く真剣に聞く事が出来なかった。


「でも、どうしたらいいか分かりません。剣や槍なんて触った事もありませんし、弓だって使えませんよ?」

「だろうな。奉公人のメイドに武術の指導をするのは、うちかガルトリット辺境伯家ぐらいだろう」

「それと、魔法だって使えません。魔力は普通の人よりあるらしいですけど、生活魔法も発動できませんでした」

「慢性的な栄養不足で頭が働かなかったのだろう。後で魔力の操作と制御についても教えてやる」


「じゃあ、意外なチョイスで武器じゃなくて盾を使って戦うとか?」

「それも悪くない考えだが、お前に渡すのはこれだ」

 カイルザインはそう言いながら、騎士団の予備の武器が入っている馬車の荷台からルペルに運ばせた、メイスを見せた。


「棍棒?」

「メイスだ。頭は鋼鉄、柄はワイバーンの大腿骨で出来ている。お前がその怪力で振るっても、亜竜の硬さと柔軟さを併せ持つ骨なら耐えられるだろう。……おそらくな」


 ジェシカを戦わせるにあたってどんな武器を使わせるか、カイルザインは昨夜の内にギルデバランと話し合った。

 剣や槍は却下。なんの訓練もしていない彼女に使わせても、力の入れ方を間違えて折るだけ。

 弓矢やクロスボウはあり得ない。味方の背を射かねないからだ。

 薪割で使い慣れているという斧なら剣や槍に比べれば使いこなせるだろうが、動かない薪ならともかく魔物に刃を振り下ろせるかは不安。


 いっそ徒手空拳で、という意見も出たがジェシカには怪力はあるが素早さや器用さが無く、ドワーフ故にリーチも短い。喧嘩の経験も無いそうだから、駄々っ子のように拳を振り回すだけになりかねない。

 馬車の中には持ち手と鉄球を鎖でつないだモーニングスターもあるが、そんな物を振り回させたら周りの味方だけではなく自分自身も鉄球の餌食にしかねない。


 そうした話し合いの結果、刃物と違いどの角度で当たっても彼女の怪力を活かす事が出来る棍棒……メイスなら最低限扱えるだろうと言う事になった。


「どうぞ。使ってみてください。使い難ければ柄を交換して長さを調整する事も出来ます」

「ありがとうございます。う~ん?」

 ルペルから受け取ったメイスを片手で握ったジェシカは、軽々と上下に振ってみたから首を傾げた。


「見た目より軽いですね?」

「お前が怪力だからそう感じるだけだ。お前の背に合わせて柄を調整させたが、それは本来両手用だぞ」

「お屋敷の武器庫で埃を被っている大型のウォーハンマーも持ってくればよかったですね」

「あれはあれで初心者には扱いが難しいだろう。帰ってから訓練をやらせるが」


「あの~、ところで防具はもらえないんですか?」

 ジェシカはそうカイルザインとルペルに問いかけた。彼女が着ているのは、古びた布の服の上下だ。防御力は気休めにもならない。護衛対象役の時はそれでもよかったが、彼女も魔物退治に加わるなら不足すぎる。


「あたしは頑丈な方ですけど、魔物に噛まれたりぶたれたりしたら、怪我しちゃうと思うんですよね。カイルザイン様や他の騎士様みたいに魔力で体を守る事も出来ないですし」

「まあ、ドワーフでも怪我はしますよね」


 ドワーフは人種と比べて頑丈だ。特に頭蓋骨は鉄より硬いと言われている。しかし、当然無敵ではない。

 しかも、ジェシカは武器の振り方だけではなく防御の仕方、身体の捌き方も知らない。そのため、カイルザインもその点は考えていた。


「残念だが、お前に渡す鎧は無い」

 しかし、考えても無い物は無かった。

「そんなっ!?」

「仕方ないだろう。騎士団に所属していないドワーフ用の防具の防具なんて、屋敷や騎士団の武器庫にもないぞ。むろん、ピオス男爵家にもな」


 エルフや獣人と違い、ドワーフは体格が人種と大きく異なる。そのため、人種用の鎧では体に合わない。そしてゼダン公爵家にはドワーフの騎士はいなかったので、予備の防具も無かった。


「じゃ、じゃあ、あたしはどうやって身を守れば!?」

「安心しろ。防具の代わりに防御魔法をかけてやる。昏き闇より這い出て侍れ、『闇纏い』」

 カイルザインが呪文を唱えると、慌てるジェシカの足元から黒い蛇のようなものが現れると、彼女の体を這うようにして纏わりつく。


「ヒィィィx!? 気持ちわ……あれ? なんです、これ?」

 反射的に悲鳴を上げたジェシカだが、黒い蛇のようなものは黒いボディースーツのように服の上から彼女の体に張り付き、動かなくなった。


「だから闇の防御魔法だ。体の動きを阻害せず、お前にはあっても関係ないだろうが重さも無く、物理ダメージも熱も冷気も、そして攻撃魔法も防いでくれる。光属性の魔法には弱いが、光の攻撃魔法が使える魔物は滅多に存在しないから問題ないだろう」


「おおぉ、なんだかすごいですね。これなら明日も安心です!」

 そう笑顔を浮かべるジェシカだったが、まだ安心するには早かった。

「そうだな。では、早速今晩から役立ててもらおうか」

「今晩からって、どういうことですか?」


 カイルザインは聞き返すジェシカに対して答える代わりに、ルペルが用意した細くしなる木の枝を手に持って再び呪文を唱えた。

「『影法師』」

 そして、細い木の枝の影を持った影法師が地面から立ち上がった。


「さて、食後の運動代わりに俺の影相手に明日の予行演習と行こう。一撃でも当てれば、休んでいいぞ。

 開始!」

「えっ!? ええっ!? ギャン!?」

 カイルザインの掛け声と同時に地を蹴った影法師は、その場で棒立ちになっていたジェシカの肩に、良くしなる枝の影を叩きつけた。


「痛みはないだろう。態々剣ではなく、木の枝に持ち替えてから呪文を唱えたのだからな。続けろ」

 カイルザインの言う通り、影法師に打たれてもジェシカは痛みを感じなかった。ただ、迫力と衝突音で痛いような気がするだけだ。


「そ、そんな事を言われても……うひぃっ!? ちょっと待ってえ!? この~っ! いい加減に――ひえぇっ!?」

 カイルザインと同じ身体能力を持つ影法師に翻弄され、ピヒパシと枝の影で打たれ続けるジェシカ。彼女もメイスを振るって反撃するが、影法師は素早く避けるため当たらない。


「カイルザイン様、型から教えるべきでは?」

 その無様な特訓風景を眺めて、ルベルが見かねたように尋ねた。

「いや、型からやっていたのでは実戦に出せるまで一年はかかる。型を教えるのは実戦に慣らし、魔力操作と制御を覚えさせた後だ。」

「随分スパルタですね、ふつう逆ですよ。ですが……それにしては過保護では?」

 後半は声を抑えたルペルに、カイルザインも小声で答えた。


「こいつには強くなってもらわなければならない。その前に回復魔法で癒せない傷を負われると俺が困るからな」







 ピオス男爵領での演習三日目。ピオス男爵家の騎士や兵達は、今日がジェシカの命日になるだろうと半ば確信していた。

「でやぁ~!」

「ギベッ!?」

 しかし、彼等の予想を覆してジェシカは善戦していた。両手持ちのメイスを片手で振り回して、ゴブリンを跳ね飛ばした。


「このぉっ!」

「ギャン!?」

 コボルト――直立した犬のような魔物――にメイスを掻い潜られたら、もう片方の手で作った拳をめり込ませて地面に鎮める。


「ふんぬぅっ!」

 体勢を低くしたエレメンタルウルフが脚に噛みついて転倒させようとした時は、噛みついたところをもう片方の脚で頭を踏み潰した。


「あれがジェシカなのか? あのドン臭くていつもビクビクしてた」

「お、おっかねぇ。まるで別人だ」

 ピオス男爵の屋敷で何度も見かけたお騒がせメイド見習いが、今は『闇纏い』で黒いボディースーツを纏ったような恰好でメイスを振り回している。魔物相手に臆せず戦うその様は、まるで小さな嵐のようだ。


「あれでまだ魔力で強化していないのか? 動きは荒くて隙だらけだが、力だけは大したもんだ」

「それよりも度胸の決まりようの方が凄いわ。向かってくる魔物に対して恐れず応戦するなんて、よほどカイルザイン様の特訓が効いたのね」

 そしてゼダン公爵家騎士団員のザックやニコルもジェシカの変わりように注目していた。


 そんな時、森の木々をなぎ倒しながら銀色に光る巨体が現れた。

「出たぞ! メタルビートルだ!」

「待てっ! 形が違う! あれは見た事が無い!」


 現れたのは、金属のような外骨格を持つ牡牛の倍以上の巨体を誇るカブトムシの魔物ではなかった。

「アイアンスタッグビートルだ! お前達は下がれ! 我々に任せろ!」

 鉄の外骨格を持つ巨大クワガタの魔物の大顎を恐れて、ピオン男爵家の騎士達が慌てて前線から下がる。入れ分かりにザックやニコルが前に出ようとしたが――。


「どりゃぁぁぁ!」

 頭に血が上りっぱなしのジェシカは下がらず、なんとアイアンスタッグビートルに突貫を敢行した。人間を真っ二つに出来る大顎が、彼女の胴体を挟む。


『ギィ!?』

 しかし、アイアンスタッグビートルの顎は彼女の体に突き刺さる事はなかった。逆にジェシカが両腕で振るったメイスを頭部に振り下ろされ、轟音と軋むような短い悲鳴を響かせ地面に突っ伏した。


「やったっ!」

「まだ生きている! さっさと止めを刺せ!」

「あ、はいっ!」

 カイルザインの指示に従って、ジェシカがもう一度メイスを振り下ろす。それで完全にアイアンスタッグビートルは沈黙した。


「よし、初陣にしては上出来だ。下がれ、というギルデバランの指示を無視したのは減点だが」

 後ろで様子を見ていたカイルザインに声をかけられると、ジェシカは目を瞬かせて言い返した。

「えっ? さっきの『お前達は下がれ』って指示にあたしも入ってたんですか?」


「ふむ……」

 先ほどのギルデバランの指示のお前達と言う言葉を、ピオス男爵家に仕える騎士や兵だと解釈すればたしかにジェシカは入っていない。むしろ、カイルザインの従僕である彼女は『我々』の方だ。

 視線を向けると、ギルデバランも苦笑いをしている。


「まあ、いいだろう」

 そう言う時のためにジャネットに防御魔法をかけていたのだからと、カイルザインは胸中で呟くと他の騎士と共に魔物の解体に取り掛かった。


「あの~、このヤミマトンって魔法は解かなくていいんですか?」

「『闇纏い』だ。魔法をかける時に込めた魔力は、魔法を解いても戻ってこない。態々解く必要はない」

 動かなくなったアイアンスタッグビートルの外骨格の隙間に魔力を込めたナイフを入れて、外骨格を剥がしにかかる。


「でも、昨日まであんなに楽しそうに魔物を倒していたカイルザイン様が、今日は一度も前に出ないのってあたしにこの魔法をかけてくれたからですよね?」

「違う。お前に『闇纏い』をかけた程度で戦闘に支障をきたすほど、俺の魔力は少なくない」


「でもこの魔法、すごい硬いじゃないですか! 魔物に噛まれてもぶたれても痛くないし、さっきでっかいクワガタの顎に挟まれた時も、ちょっとしか痛くなかったんですよ! 顔に攻撃を受けそうになった時は、勝手に形を変えて守ってくれましたし!」


 そうジェシカが主張するように、カイルザインが彼女にかけた『闇纏い』はフルプレートアーマー以上の防御力を発揮していた。カイルザインが独自に開発した防御魔法であり、発動時に他の防御魔法の五倍以上の魔力を彼が込めたお陰だ。


「気が付いていたか。それで、あれほど防御を考えない戦い方が出来たのか」

「いえ、気が付いたのはあのクワガタに止めを刺した後です。戦っている時は昨日の模擬戦を思い出して、つい頭に血が上っちゃって……」

 エヘヘと笑うジェシカに、カイルザインはため息を吐いてから続けた。


「勘違いするな。俺が今日前に出なかったのは、魔力を使い過ぎたからではなく、万が一の事が起きてもお前が取り返しのきかない怪我をする前に助けるためだ」

「何でそこまでしてくれるんですか? カイルザイン様はお貴族様で、あたしはただの平民のドワーフですよ?」


 栄養状態が改善したお陰で色々と考えられるようになったジェシカは、カイルザインが何故自分のために手を尽くすのか――影法師相手の模擬戦など、彼女にとってはあんまりありがたくないものもあったが――不思議に思っていた。


 自分が先祖返りのドワーフで、周りの人と比べると力が強くて頑丈なのは分かった。だが、カイルザインや周りにいる騎士達が戦っている様子を思い浮かべると、とても自分が特別だとは思えなかった。

 ちょっと珍しいだけの平民である自分に、カイルザインは何故目をかけるのか、彼女には分からなかった。


「何が疑問だ? 自分自身の手足を気にかけるのは、当然の事だろう」

 そして返って来たのはジェシカにとって予想外であると同時に、予想通りの答えだった。

「手足って……?」

「お前には俺の手足として働いてもらう。手足として使い物になるよう鍛え、折れないように注意し、十分な働きが出来るよう労わるのは当然の事だ」


 手足となって働いてもらうとは言われた事はジェシカも覚えていた。しかし、カイルザインがジェシカの事を自分自身の手足のように扱うとは思っていなかった。

 しかし、それだけでは言葉が足りないと思ったのか、カイルザインはジェシカの目を見て続けた。


「ジェシカ、俺にはどうしても勝ちたい奴がいる。負ける訳にはいかない相手がいる。そいつには肩を並べて共に死線を潜り抜けられる片腕がいる。

 そいつに勝つため、俺はお前を俺の片腕にする」


「するって……『なってもらう』じゃないんですね?」

「当り前だ。俺の従僕であるお前に決定権は無い。

 代わりに俺が勝ち、ゼダン公爵の後継者となった暁には、十二分に報いてやろう。公爵家に仕え続けたければ騎士叙勲と相応の地位を、金が欲しければ一生遊んで暮らしても余る程の額を与える」


「報いてもらうまでメチャクチャ大変そうですね。でも――」

 ジェシカには大きな望みはない。カイルザインの従僕になる前は、将来の夢を見る余裕も、そもそも夢を見るのに必要な教養も無かった。せいぜい、毎日満腹になるまで美味しい物を食べたいと思っていたぐらいだ。


「分かりました! 他に何をやればいいのか分からないので、頑張ってカイルザイン様の手足になります!」

 そして、他に何をやればいいのかも分からない。物心つく前から耕していた畑は弟夫婦が継いでいるし、ピオス男爵家は首になったばかり。街に出れば他の仕事が見つかるかもしれないが、力仕事や下働きで得られる収入で自分の食欲を満たせるとは思えない。


 ジェシカにとって最も合理的な選択が、カイルザインの従僕を続ける事だった。


「よし、ではさっそくお前が倒した魔物の解体を手伝え」

「分かりました!」

 こうしてカイルザインに初めて自ら獲得した家臣が出来たのだった。


 翌日、演習を終えてピオス男爵家に戻った騎士達からジェシカが実はドワーフで、カイルザインの従僕になった事はすぐに広まった。

 ピオス男爵は大変驚いたが、騎士が預かっていたカイルザインから男爵へあてた手紙に、(そんな事実はないが)得難い人材を紹介してくれた礼と、ピオス男爵の騎士達の活躍を褒める内容が丁寧に記されていたため、彼とカイルザインの間に角は立たなかった。


 しかし、ジェシカを解雇していたピオス男爵には彼女を足掛かりに人脈を広げるのは難しい。

「ジェシカがドワーフである事にもっと早く気がついていれば、教育と訓練を施してカイルザイン君に売り込めたものを……。惜しい事をした」







「よく来てくれた、カイルザイン君! 久しぶりじゃないか、一段と凛々しくなっていたから見違えたよ」

「ありがとうございます、ヘメカリス子爵」

 ピオス男爵領から出立したカイルザイン一行が向かったのは、去年ビスパ侯爵家の狩猟パーティーでも顔を合わせたラドフ・ヘメカリス子爵が治めるヘメカリス子爵領だった。


「しかし、実は君達に頼みたいのは魔物の討伐そのものではなく、魔物の生息地の調査協力なのだ」

 去年会った時と変わらず小太りなヘメカリス子爵は、声のトーンを落とした。


「調査協力、と言いますと?」

「実は、去年からゴブリンや魔蟲と言った魔物の被害や出現報告が減っているのだ。もちろん、討伐もな。それに伴って、他のより強力な魔物も僅かだが数が減っている」


「おお、それは喜ばしい事ではありませんか」

 討伐すれば貴重な食料や武具や薬の素材になる魔物だが、生息域や個体数が減る事は基本的に良い事だ。魔物が出現しなければ、その分農業や林業に活用できる土地が増えるからだ。


「その通りだ。そこで、領内のどこの土地のマナが安定したのか息子が調査する事になった」

 ほっとした様子で、ヘメカリス子爵はそう続けた。魔物の討伐が主目的ではないと知ったカイルザインが不機嫌にならないか、心配していたようだ。


「エザク、挨拶なさい。カイルザイン君、私の長男のエザクだ」

 子爵の背後で控えていた人物の一人……ヘメカリス子爵と違い長身で面長の穏やかそうな顔つきで、カイルザインより年上に見える少年が前に出た。


「エザク・ヘメカリスです。よろしく頼みます、カイルザイン殿」

「カイルザイン・ゼダンだ。こちらこそよろしく、エザク殿」

 握手を交わすと、エザクはすぐに自分より二回り以上背が低い父の後ろに戻ってしまった。父親と違い自己主張が控えめな様子に、カイルザインは似ていない親子だなと思った。


「この通り息子は気が弱く、武芸や魔法ではカイルザイン君に及ばないが、学術に関しては王立学校でも優秀な成績を修めていてね! 魔物の出現数減少に気が付いたのも息子なのだよ!」

「い、いえ、父上の指導のおかげですよ」

「この通り、王立学園を卒業して早速領地経営を学ばせているが、覚えや良くて助かっているよ。領地の地図はもう暗記しているから、調査はエサクに任せてカイルザイン君達には警備全般を頼みたい」


「お任せください。父が王国の盾であり矛であるように、調査中はご子息の盾となってお守りしましょう」

 似ていなくても親子仲は良いようだと、カイルザインは感心と僅かな羨望を覚えながらそう請け負った。


「おお、ありがたい。だが、実は言い難い事が……」

「父上、その事はカイルザイン殿には――」

 しかし、明るい話題ばかりではないらしい。顔を曇らせたヘメカリス子爵は、制止しようとする息子を止め返し、意を決した様子で口を開いた。


「去年君に勧めた私の一番上の娘、エザクの姉のイライザの婚約が決まったのだ。それ自体は良い事なのだが……申し訳ないが、今回は縁が無かったという事でご納得いただきたい」

「…………そうでしたか」


 その話は去年、うやむやにして止まったままではなかったか?

 そもそも俺はあなたからご令嬢の名前もまだ聞いていなかったはずだが?

 それにしてもお前が俺に紹介しようとしたのは、俺より年上に見えるエザクの姉なのか? 俺はまだ王立学校入学前の、当時十二歳だぞ。適切とは言い難いと思うのだが?

 そして、何故俺が振られたような物言いになっているのだろうか?


「…………いずれ伯父上からお祝いの品が届くと思いますが、俺からもイライザ嬢のご婚約を心からお祝いさせていただきます」

 それらを飲み込んで、カイルザインは家庭教師から学んだ社交辞令から、適切だろうと思われる言葉を発した。


 社交とは大変なのである。


「おお、流石カイルザイン君だ! 君の懐の深さには感心させられるよ。

 今日は休養と家の騎士達との打ち合わせをしてくれ。明日の晩にはジャオハ侯爵代行のセオドア・ジャオハ殿を招いての晩餐会もあるので是非参加してもらえると嬉しい」


「ジャオハ侯爵代行が?」

 メルズール王国西部で有数の権勢を誇り、西の雄と呼ばれる貴族の家名を聞き、カイルザインは思わず聞き返していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語としては楽しく読ませてもらっております。今後の展開も楽しみです。 [気になる点] リヒトにせよカイルにせよ、キャラとしては光るものが感じられない(個人的感想)、なんと言うか精神的に一本…
[一言] 片腕、ゲットだぜ! といってもまだ本当にものになるのかは分かりませんが。 貴族の従者として物になるために 武芸以外にも必要なもの…そう、勉強だね。(にっこり)
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