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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
16/33

16話 義兄は腹ペコドワーフを従僕にし、転生勇者は演習に出立す

 ピオン男爵との歓談を終えて戻ると、側近であり家族より親しい男が見覚えのない少女を連れていた。

「まさか見合い相手か? 勧めたのは俺だが、随分急だな」

「カイルザイン様、御冗談を」

「お見合い!? ふ、不束者ですが――」

「お前も真に受けるな」


「冗談だ、からかって悪かったな。それよりお前は――」

 ギルデバランが連れている少女は、随分小さく見えた。背は百四十センチより下で、頬はこけ袖や裾から覗く四肢は棒のように細い。桃色の髪に艶は無くてボサボサ、赤銅色の肌はくすんでいる。


「お前は大丈夫か?」

 つい名前より先に体調の事が気になるくらい、少女は痩せていた。カイルザインもここがスラム街なら内心で憐れみながらも、深くは気にしなかっただろう。だが、ここはこの地の領主である男爵の屋敷だ。痩せこけた子供を見かけるはずがない場所である。


「だ、大丈夫です。 多分、今日はっ!」

「明日は危ないのか。ギルデバラン、こいつを護衛対象役にするつもりなら、食事をしっかりとらせないと魔物や賊ではなく飢餓で死ぬぞ」


「それはもちろん。演習中の食住は、騎士達と同じ水準を保証すると約束しました」

「衣は?」

「残念ながら、この者に合う服の持ち合わせが無いので……金を使っても村で古着を調達するのがやっとかと」

 金はあっても服屋が無いのでは、新品の服とてに入らない。


「なら仕方がないか。

 それで、名はなんという?」


「はい、ジェシカと――」

「お前はジェシカじゃないか!? こんなところで何をしている? 二度と私の前に顔を見せるなと言っただろう!」

「ヒィッ!? すみません、旦那様!」

 そこについさっきまでカイルザインと会談をしていたピオン男爵が現れ、痩せた少女ジェシカを怒鳴りつける。


「カイルザイン君、こいつが何か粗相をしなかったかね? 申し訳ない。すぐに摘まみ出そう」

「いえ、彼女には仕事を頼む事に成ったので気にしないでください、ピオン男爵。すぐに騎士達の所へ連れて行きます」

「こいつに仕事を!? こいつは三度も我が屋敷で盗みを働いた女ですよ。温情で解雇するだけで見逃してやりましたが」


 ピオン男爵が言うには、ジェシカは彼の領地で暮らす彼女の弟から、七年前に奉公に出されて来たらしい。納められない税の代わりに使ってやって欲しいと。

 当時のジェシカは今よりもずっと小さかったが十八歳だと言うので(何人かの村人に聞いたら、それぐらいの年齢のはずだと答えた)ので、とりあえずメイド見習いとして雇う事にした。


 しかし、これがまた役に立たなかった。皿は割る、動きが鈍い、言いつけが理解できない、そして大飯食らいで他のメイドの倍は食べる。だが、力は強かったし体が丈夫だったので荷車の牽引や薪割など、力仕事をさせて何とか役立てていた。


(それは、メイドではなく下女では?)

 話を聞いていたカイルザインは、そう思った。下女とは、基本的に仕えている主人やその一家の見えない所で洗濯や掃除、そして薪割などを行う女性の使用人の事だ。男性の場合は下男と呼ばれる。


 メイドや侍女、執事や従僕は主人一家に直接侍る以外にも、来客時や茶会や夜会を開いた時の客の案内等をするので、教養に貴人相手の礼儀作法を身に着けなくてはならない。料理人や庭師、馬番等は専門職なので知識と技術が必要だ。

 それらを必要とされないのが、下男下女である。


(だが、話の腰を折るのも不作法か)

 ただし、これはゼダン公爵家のような伯爵以上の上級貴族や爵位が低くても金持ちの貴族の常識だ。今カイルザイン達が演習で訪問している狭い領地を治める弱小貴族達の場合、地元の寡婦や引退した農夫を使用人として雇う事が多い。そのため、メイドと下女、従僕と下男の境界線が曖昧なのが常だ。区別しない場合も多い。ピオン男爵家もそうした家なのだろう。


 そうした事情をカイルザインは知らなかったが、疑問を口に出さなかった事でピオン男爵にいらない恥をかかせずに済んだ。


「そして五年も過ぎる頃にはジェシカを奉公に出した家族が滞納していた分の税金分と彼女が壊した皿や壺等の弁償も払い終えたので、そろそろ実家に帰すか正式に使用人として働くか選ばせようと侍女長が考えだしたのですが……」

 そんな時にジェシカはやらかした。収穫祭を祝うための料理の材料を盗もうとしたのだ。


 その時は初犯、そして未遂だったので厳しく叱責して丸一日空いている馬小屋に閉じ込めるだけで許したが、彼女が奉公に来て六年目、そして七年目になっても似たような事を繰り返したので、ピオン男爵は魔が差したのではなくジェシカの性根の問題だと断じて解雇を命じたのだった。


「なるほど。解雇だけで済んで良かったな」

 各領地で違法行為が起きた場合、基本的には領主が裁く事になる。ジェシカのように盗みを三度繰り返したメイド見習いを解雇だけで済ませるのは、カイルザインの知識では穏便な方だった。


 もし同じ事をゼダン公爵家ですれば二度目で解雇しているだろうし、厳格な領主なら解雇するだけではなく鞭打ちも行っているだろう。

「あの時は本当に申し訳ありませんでした! でもお腹が空いて、ついフラフラ~っと手が……」

「それは何度も聞いた! カイルザイン君、聞いての通りだ。何か仕事をさせたいのなら、他の者にした方が良い」

「ひぃっ!? そんなぁっ! 何でもしますから、やらせてくださいっ!」


 何か盗まれてからでは遅いと訴えるピオン男爵と、カイルザインの足元に縋りつくジェシカ。

「ピオン男爵、落ち着いてください。我々が彼女に頼む仕事は――」

 カイルザインがジェシカに頼むのが護衛対象役である事を説明すると、ピオン男爵は「それなら、確かにジェシカが適任かもしれない」と言って引き下がった。どうやら彼は、カイルザインがジェシカを侍女にしようとしているのではないかと誤解して慌てたようだ。


 ジェシカがカイルザインの所で問題を起こせば、解雇した後とはいえピオン男爵家の印象まで悪くなりかねないと案じたらしい。

「では、私はこれで。ジェシカにはくれぐれも気を付けるように」

 そう重ねて忠告し、ピオン男爵はカイルザイン達から離れた。ジェシカはカイルザインの脚に縋りついたまま、ほっと安堵する。危険はあっても、護衛対象役の仕事は彼女にとって命綱だ。


「ところでジェシカ、魔力の操作法を誰かに習ったか?」

 そのカイルザインは、ピオン男爵の話を聞いている間もジェシカを観察していた。

「え? 魔力ですか? いいえ、あたしはただの万年メイド見習いでしたから。頭が悪いので、生活魔法も使えません」


「では身体能力、つまり力を魔力で強くする事も出来ない?」

「もちろんです。あたしの力が強いのは頑丈さと同じで、生まれつきです」

「そうかそうか」

 ジェシカの答えに、カイルザインはニヤリと満足気な笑みを浮かべた。ギルデバランは彼が何か企んでいる事に気がついたが――


「ジェシカ、確認するがさっきなんでもすると言ったな?」

「はいっ! 何でもします!」

 ギルデバランが何かする前に、ジェシカはカイルザインの質問に対して、即座に頷いてしまった。


「では、俺の手足となって働いてもらおうか。当面は俺専属の従者と言う事にしよう」

「ええっ!?」

「カイルザイン様っ!? それは――」

 驚くジェシカとギルデバランに、カイルザインは顔を顰めた。


「ジェシカ、そろそろ俺の脚を放せ。……折られたらかなわん」







 ピオン男爵領での演習は、ピオン男爵家の騎士五名と臨時雇いの警備兵十五名、そして案内役の村の猟師二名と魔物から取った素材を加工する非戦闘員とその護衛合計十数名と合流して行われた。騎士達の練度は警備兵達と同じ程度で、聞けば普段は男爵の屋敷で畑を耕し、馬番や庭師と兼業で騎士をしているらしい。


 それで魔物や山賊から館や村々を守れるのか不思議だが、ピオン男爵領は各村に武具を貸与して自警団を組織させているそうだ。「おかげで村人達の立場が強くなってやり難いが、山賊に村を焼かれるよりはいいです」とピオン男爵は苦笑いをしていた。


「ここからが魔物が出る場所です。お気を付けください」

 そして魔物は、ゴブリン等の人間に対する攻撃性が特に高いフォルトゥナに直接創られた種族以外は、それぞれの縄張りから必要が無ければ出てこない。人間と魔物の領域を上手く住み分ける事で、ピオン男爵領はこれまで生き延びて来たのだ。


「では、間引きをお願いします。先々代の記録によれば、主に生息している魔物は獣や鳥からが変異した魔物。確認された中で最も強い魔物はアイアンビートルです」

 しかし、魔物が増えると普段の生息域では餌を賄えなくなり、生存競争に敗れた魔物が新たな生息地を求めて集団で外に出るスタンピードと呼ばれる現象が起こる。


 それを防ぐためには、何年かに一度魔物を間引く必要がある。


「分かった。総員前進!」

(な、なんだか怖くなってきた! 本当に大丈夫? 途中で見捨てられたりしない!?)

 一行は内心でそう思いながら落ち着きなく周囲を見回すジェシカを中心に進んだ。彼女の食い意地の悪さと盗みについてピオン男爵家の騎士や警備兵達は知っており、その彼女が護衛対象役である事で士気を落としていた。


「っ! 早速来ました! マッドホーンです!」

「盾を強化して突撃を止めろ!」

 斥候のルペルが魔物の接近を警告し、ギルデバランが騎士達に指示を出す。


「メエ゛ェ~!」

 その数秒後、森の奥から体高二メートル程の山羊の群れが現れ、その角を振りかざして突撃を仕掛けて来る。だが、一行の外側を守る騎士達はそれを魔力で強化した盾で受け止める。

「動きが止まったぞ! 今だ!」

 そして、その後ろにいるザック達が動きの止まったマッドホーンを槍で付き、反撃を開始する。


「ひぇぇぇっ! ひぃぃぃ!?」

 盾に角が激突する音や、反撃を受けたマッドホーンの悲鳴、緊迫した空気。荒事に不慣れなジェシカは思わず悲鳴を上げてへたりこんだ。


「騒ぐなっ! 耳を塞ぐなっ! さっさと立て! 殺されたいのか!?」

「はひぃ!?」

 そのジェシカをカイルザインは容赦なく叱責した。悲鳴のような声を上げて立ち上がるジェシカ。その彼女に狙って、空から脅威が迫る。


「ふんっ!」

 木々の枝の間を縫うようにして急降下してきた影、刃のように鋭い嘴を持つ鳥の魔物、ダガーフィンチをカイルザインが剣で叩き落して首の骨を踏み折る。

「うえぇっ!?」

 その時になってやっと自分が魔物に狙われていた事に気がついたジェシカが悲鳴を上げる。そうしている間に、メタルホーンも倒され、初戦は終わった。


(ま、守ってもらうだけのお仕事だと思ったのに……こんなんじゃ心が持たない。もう帰りたいよぉ~、帰る場所ないけど~)

 荒事に免疫のないジェシカは、守られていたため肉体的には無傷でも精神が疲弊していた。涙ぐんでその場にへたり込んでしまう。


 そんな彼女に、カイルザインは影法師にダガーフィンチの解体をさせながら話しかけた。

「ジェシカ、この魔物の肉は鶏より美味いぞ」

「えっ!? 鶏より!?」

「ああ。それにメタルホーンは死ぬと魔力がやや抜けて肉が柔らかくなる。山羊と同じように食える」

「山羊と同じように……あんなに大きな山羊がいっぱい……」


 ジェシカは顔を上げ、潤んだ瞳で影法師の手元のダガーフィンチを、そして騎士達が解体中のマッドホーンに向かって視線を移していく。その瞳は潤んでいたが、先ほどまで会った不安と後悔は食欲によって塗りつぶされていた。


「今日のご飯は、いつでしょうか?」

「昼食は携帯食料と水で済ませる。これからもっと森の奥へ向かい、魔物を間引かなければならないからな」

「えぇ!?  もう終わりじゃないのっ!?」

 しかし、まだ魔物に襲われ続けなければならないと知ったジェシカの瞳と声に再び不安と後悔が戻ってくる。それを見てカイルザインは、話で聞いてイメージしていたドワーフとは異なりからかい甲斐がある娘だと思った。


「あんな怖い思いをこれから何度も……そんなのあたし耐えられません。どうか勘弁――」

「魔物は基本的に美味だ」

 泣きながら護衛対象役から降ろしてくれと懇願しかけたジェシカの口が、カイルザインの声を聞いた途端止まった。


「魔物の内、フォルトゥナが人間を参考にして創ったとされるオーガーやトロル、ゴブリンやコボルト、オークは食用に適さないが、それ以外の魔物はだいたい食えるそうだ。

 そして食用に適した魔物は、適した調理方法で処理すれば牧場で食肉用に育てている家畜の肉と同じか、それ以上に美味くなる」


「美味く……美味しい魔物がいっぱい……」

「そうだ。俺達も毎年縁のある貴族領を回る事は出来ないから、ピオン男爵はこの機会に多くの魔物を討伐して欲しいらしい。

 今日は、満腹になるまで食べられるぞ」

「まんぷく……」


 頭の中が食欲で満たされたジェシカから、今度こそ完全に不安や後悔は消えた。その様子にカイルザインは頷くと、今度はナイフを上に向かって投げた。

「ヂィッ!?」

 そして、短い断末魔を上げて一抱え程の大きさの、鋭い牙と鉤爪を持ったムササビが落ちて来た。


「爪牙ムササビだ! 総員警戒!」

 再び響いたギルデバランの号令に応えた騎士達が武器を手に取るのと、血の臭いに惹かれた爪牙ムササビの群れが一向に襲い掛かるのは同時だった。


「まんぷく……お肉で、お腹いっぱい……」

 巻き起こる武具と爪牙がぶつかる音も、魔法の響きも、爪牙ムササビの断末魔も、もうジェシカに悲鳴を上げさせることはできなかった。


「マナよ、果て無き影の城へ繋がる口を開け、『影倉庫』。解体が済んだ魔物はここに放り込め」

「はっ!」

 そして討伐し終えた爪牙ムササビの解体も手早く済ませ、素材や魔法で冷やした肉をカイルザインが魔法で創り出した黒い扉の向こうに放り込んで行く。


「では前進!」

 そしてやっと森の奥へ向けて歩き出すが、百歩も歩かないうちに次の魔物が一行を襲った。

「左前方からエレメンタルウルフ! 数は十頭以上、属性は土と水、リーダーは土です!」

「懐かしいのが出たな。今回は俺も前線に出るとしよう」

「ま、待ってくださいっ! あたしはどうすればいいんですか!?」


 初戦は近くにいたカイルザインが影法師を残して離れようとするのを見て、悲鳴を上げるジェシカ。彼は振り返ろうともしない。

「安心して悲鳴を上げていろ。多少離れた程度で、この俺が護衛対象を守り損ねると思うか?」

 そして実際、この時ジェシカが傷を負う事は無かった。


 この日カイルザイン一行は魔物の襲撃をさらに三回撃退し、一旦森の奥から出て野営した。

「むぐっ、むぐっ、あむっ、んむっ!」

 そして、ジェシカは魔物の肉料理を猛烈な勢いで食べていた。


「凄い……もう私達の三倍は食べているのに、食べるペースがまったく落ちない」

「気のせいかもしれないが、食べた分だけ直ぐに血肉になっていくようだ」

 猛烈な勢いで、戦闘でエネルギーを消費した騎士達の三倍以上の食事を食べ尽くし、四倍目に突入するジェシカ。ニコルやザックも、その旺盛な食欲に驚きを隠せなかった。


「痩せたドワーフの娘だと思っていましたが、随分食べますな。カイルザイン様が、魔物の内臓や脳まで氷に着けて保存していた理由はこの娘の食欲でしたか」

「半分は自分で食べるためだったのだがな。それにしても、ゾルパの目からしてもドワーフに見えるか」

 魔物の脳を布で裏漉し、調味料と合わせて作ったタレで味付けした爪牙ムササビの肉の串焼きの並べた皿をジェシカの前に置いてやりながら言うゾルパに、魔物の肝の串焼きを手に持ったカイルザインはそう答えた。


「お待ちくださいっ! この娘がドワーフだというのはどういうことです!?」

「んぐっ!? むお゛ぉおんっ!?」

「落ち着け、ギルデバラン。ジェシカは食うか話をするかどちらかにしろ」

「んむっ、んむっ、んっくんっ!」

「……分かった、食いながらで構わないから聞け」


 自分に関わる話でも食べるのを止めないジェシカに呆れながら、カイルザインは話した。

「俺もピオン男爵の屋敷で見た時は半信半疑だったが、話を聞いている内にジェシカの特徴が文献に記されていたドワーフの女の特徴と一致する事に気がついた」


 ドワーフとは、マナが石を参考に創った種族で、背は大人になっても人間の胸くらいまでしかなく、褐色や赤銅色の肌の者が多い。髪と瞳は黒、白、赤、灰色が多い。そして力が強く、火と寒さに強い頑丈頑健な肉体を持ち、人種と比べると健啖家が多い。


「ドワーフの子は我々人種より成長速度が遅く、倍の年月を必要とするのだとか。

 聞けばジェシカがピオン男爵の所に奉公に出されたのが十八歳だったそうですが、人に換算すると九歳の子供に大人と同じ方法で仕事を教えたのだから、覚えが悪くても無理はない。

 そして盗みも、育ち盛りになってメイドの倍程度の食事では足りなくなり栄養失調に陥って我慢できずに……と言ったところかと」


 カイルザインとゾルパの説明に、ギルデバランやルペル、そしてジェシカを以前から知っているピオン男爵に仕える騎士達も驚いてジェシカに視線を向けていた。

「驚いた……何故今まで誰も気がつかなかったのだ? 隠していた訳でもないだろうに」

「んぐぅんっ! ふぅ~……。あたしも自分がドワーフかもしれないって言われて驚いてます。父ちゃんも母ちゃんも弟も人種で、あたしについてもなかなか大きくならないって不思議がってもドワーフだとは教えてくれませんでした」


 ギルデバランだけではなく、ジェシカ本人も自身がドワーフだと言われ驚いていた。彼女は自分が人種である事を一度も疑った事が無かったのだ。


「そう言えば、ドワーフは光りの無い闇夜や地下でも物が見えるそうだが?」

「えっ? あ、はい、あたしも見えます。でも夜目が効くな~ってぐらいにしか思いませんでした。お屋敷に奉公に来る前も後も夜に出歩く事はあまりなかったから……」

 他にもドワーフには闇を見通す目、いわゆる闇視という特徴があったが、それもジェシカの生活ではあまり意識されなかったようだ。


「ドワーフはエルフの尖った耳や、獣人の毛におおわれた耳や尻尾のような人種と大きく異なる特徴が無い。背の低さが見逃されたら、他に気がつくきっかけが無かったのだろう。女では髭も無いからな」

「それに、ピオン男爵や他の村人達も他にドワーフを見た事が無かったのでしょう。この領地には鉱山が無いせいか、住んでいないようですし」


 メルズール王国は主に人種で構成されているため、他の種族の人間は珍しい。その中でもドワーフは、大規模な工房がある都市部や鉱山の近くの人里、そして冒険者ギルドで主に見かけるが、全体的な数は少ない。

 敵国と国境を接しているため常に武具の需要が高いゼダン公爵領や、そのゼダン公爵領に武具を供給しており小規模ながら鉱山もあるベネディクト男爵領にはドワーフがいた。公爵家でも、職人として何家族か雇っている。


 しかし鉱山も無く金属製品の需要もそう高くないピオン男爵領の住人の場合、ドワーフを見ないまま一生を終えてもおかしくはない。


「でも、なんであたしだけドワーフに生まれついたんでしょう?」

「お前が捨て子で拾われたのでなければ、先祖返りだ。お前の先祖の中にドワーフがいて、その血が偶然濃く出て生まれついたのだろう。ドワーフとしては珍しい髪の色をしているのは、人種の血の影響だ」


 人種を含めた全ての人間は、混血が可能だ。ただ、この世界にはハーフエルフやハーフドワーフは存在しない。必ずどちらかの両親の種族に生まれつく。同時に、そうして生まれた子供の子孫にもう片方の親の種族に生まれつく者が出る事がある。それが先祖返りだ。

 ジェシカの場合、先祖の誰かがドワーフと結婚したか、ドワーフとの混血の結果生まれた人種か、その子孫だったのだろう。


「そうだったんですか……驚きました」

「ジェシカ、それよりもお前にとって驚くべきことがあるぞ」

「驚くべき事!? 自分がドワーフだった事以上にですか!?」

「そうだ。ジェシカ、お前は二十五歳の大人ではなく、ドワーフの二十五歳……人種に換算して、十二歳半ばの子供だという事だ」


「こっ!? 子供っ!? あたしがっ!? そ、そう言えばドワーフって成長が人種の半分なんですよね? じゃあ、あたしって童顔チビで嫁の貰い手が無いまま二十代の半ばも過ぎた年増じゃなくて、種族と年齢相応の身長と容姿の将来性ある女の子って事ですよね!? ヤッターッ!」


 ギルデバランに声をかけられる前は、生き残るのに必死で将来に希望なんて見えなかったジェシカだったが、今は自分の可能性が開けたように将来が煌めいて見えた。


「嬉しくなったらお腹が空いて来たので、お代わりをお願いします! って、今気がついたらなんでカイルザイン様が普通に料理や給餌をしているんですか!?」

「それは、遠征に参加している間は俺の立場は騎士団員と同じだからだ。もし戦場で自軍と離れ離れになって一人になった時、サバイバルの方法が分からなくて野垂れ死ぬような事になったらゼダン公爵家の恥さらしだからな」


 そう答えながら、カイルザインはマッドホーンの肉団子と芋の煮込み料理の皿をジェシカの前に置く。

「しかし、本当によく食うな。腹は大丈夫なのか?」

「えへへ、こんなに美味しいご飯は初めてだからつい……それに、魔物の間引きが終わったらこんなにたくさんは食べられないから今の内に食べておこうと思って」


「何を言っている? 魔物の間引きは今日を入れて三日間やる予定だぞ」

「そうだったんですか!? じゃあ、明日も明後日も護衛対象役!?」

「いや、お前が護衛対象役をやるのは明日までだ」

「良かった~」


 途中から食欲のあまり恐怖感が麻痺していたが、今も魔物が怖い事に変わりはない。ジェシカはその怖い役目は明日だけだと知って安堵した。

「ギルデバランから守りの戦いの合格点が思いのほか早く貰えそうだから、三日目からはお前も討伐側に回ってもらう」


「分かりました、討伐ですね! ……って、無理ですよ! あたしが割れるのは薪ぐらいです!」

 しかし、三日目にジェシカを待っているのは護衛対象役ではなく、魔物と直接戦う討伐側……騎士や兵士と同じ仕事だった。

 ジェシカは力が強くて体が頑丈なだけで、戦闘訓練はまったく受けていない。あるのはせいぜい薪割の経験ぐらいだ。


「ジェシカ……お前は俺に何でもすると言ったはずだな? 俺の手足となって働けと言った時、頷いたはずだな?」

「はっ……はひ」

 しかし、カイルザインにそう凄まれ、微妙に事実と異なったが頷いてしまったのだった。






 時はやや巻き戻り、カイルザイン一行が出立してから数日後、リヒトも演習に出発した。

「演習としては戦力が過剰だと思うけどねー」

「では残るかね、プルモリー殿?」

「ううん、教え子達が魔法を実践するいい機会だから同行するよ。フィールドワークも大好き」


 演習には武術の家庭教師のデリッドと魔法の家庭教師のプルモリーも同行している。そして指揮を執るのは――

「私としては父上を指揮下に置くというのがやり辛くて仕方ないのだが」

 デリッドの息子でアッシュの父、現ゼダン公爵家騎士団団長グレン・ダンロードだ。三十代後半で四十路が見えてきているが、精悍な顔立ちと鍛え抜かれた肉体には衰えの兆しはない。


「そう思うのなら、指揮は副団長か分隊長に任せればよかったではないか」

「皆父上に遠慮してやりたがりません。遠慮しないのはギルデバランぐらいだ。それに、最近は団長の私だけデスクワークばかりだったので、格好がつかない」

 目的はリヒトに実戦経験を積ませる事と、領民へのアピールだったが、演習は演習だ。騎士団長が指揮を執っても不自然はない。


「とはいえ、我々があまり前に出過ぎるとリヒト様の存在が薄れる。リヒト様には是非活躍していただきたい。アッシュ、そしてタニアとミーシャも励むように」

「任せとけ、親父!」

「はいっ!」

「頑張ります」


 張り切っている様子のアッシュに、緊張しているのか表情と声が硬いタニアとミーシャ。リヒトは、三人に改めて声をかけた。

「頼むよ。今まで気がつかなかったけれど……ゼダン公爵領での僕の評判は、あまり良くないから」

 王都では『グラフ』の発見のお陰で王侯貴族から注目を集めていたリヒトだが、ゼダン公爵領の領民達からの評価は低かった。


 領民達の多くは教育を受けるが、それは現代日本の小学二年から三年生と同程度まで。文字の読み書きや四則計算、神話や伝説、王国の歴史を簡単に習う程度だ。そのため、大多数の者はグラフの有用性が理解できていない。

 そのため領民達は、「公爵様が引き取った養子の三男坊が、よく分からない発見をしたり、王都で魔物を退治したりと活躍したらしい」としかリヒトの事を認識していない。


「その、ごめんなさい。あたし達のせいで……」

 そして、誰が流したのか見当はついているが、「リヒトは幼いながら好色で、家臣に言いがかりをつけて彼が連れていた女奴隷を強引に取り上げ侍らせている」という噂が流れていた。


「いや、良いんだ。僕こそ嫌な思いをさせてすまない」

 言いがかりをつけて奴隷を取り上げたのは事実なので、否定し難い噂だった。

「きっとあのゾルパっておっさんだ。ギルデバランのオッサンがそんな事をするなんて思えねぇ」

 ほぼ真実を言い当てるアッシュの頭に、グレンの拳骨が落ちた。


「憶測で物を言うな。それと、ギルデバランは腹芸も出来る男だ。もっと頭を使って観察しろ」

「いってぇ~っ! その頭が悪くなったらどうするんだよ」

「まあ、嫌な噂もタニアとミーシャが魔物を退治できる事が広まれば無くなるさ。頑張ろう」

 そう言いつつも、リヒトは今回の遠征でゼダン公爵領の領民達からの自身の評価が大きく好転するとは思っていなかった。


 それだけ領民達はカイルザインを支持している。やはり山賊を討伐し、奴隷商人を摘発したのは大きかったようだ。


(だけど、やらないよりはずっとマシだ。それに、原作でゴブリンキングがいた地下空洞も調べておきたい。原作通りにゴブリンの群れがいるかどうか確かめて、居るならキングが発生する前に退治しておかないと)

 こうしてリヒト一行の演習が始まった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 原作ではカイルザインの配下にいたプルモリーや獣人姉妹がリヒトの仲間になり、リヒトの仲間にいたというドワーフがカイルザインの仲間になった……微妙に逆になってるんですかね?なら、そのうちエ…
[一言] >嫌な噂もタニアとミーシャが魔物を退治できる事が広まれば無くなるさ 戦闘も出来る女の子を侍らせているって噂に変わるだけでしょ
[良い点] ジェシカ可愛いなw 髭のない女ドワーフが生まれたのはソード・ワールドあたりからかな? それまでは女子供でも髭を生やしてたから、そんな設定でなくてよかったねw [気になる点] >「追いつけ、…
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