15話 原作義兄の側近暗黒闘士を仲間にした転生勇者と、弱小貴族の領地で義兄を待つ出会い
「リヒト様、二度とこのような事はなさらぬよう」
「はい……本当にすみませんでした」
ゾルパから受け取った二人の少女達が落ち着くまで部屋で休ませ、その間にリヒトはクランベから説教を受けていた。
「リヒト様、確証も無いのに奴隷で試し切りを行うのではないかという疑いを口に出すとは、あまりにも迂闊です。確かに、カイルザイン様は幼少の頃より血を好む一面をお持ちの方でした。去年から、リヒト様に対してもまるで本気で殺そうとしているかのような殺気を何度も放たれているので印象が悪くなるのは仕方ありません。
しかし、貴族として常識的な言動を弁えている方です。奴隷を試し切りに使う事は無いでしょう。犯罪奴隷でもなければ」
その長さは、去年ブラッドトロールを倒した後受けた説教の倍以上だった。
「それに噂によると、ゾルパ殿はしばらく前から奴隷商の店を巡り商品を吟味していた様子。それほどまでに時間をかけて選んだ奴隷に粗末な扱いはしなかったはずです」
「あの、クランベ? その情報は何処から?」
「リヒト様、私もリヒト様付きの使用人です。お役に立つために情報収集を怠らぬようにしてきました」
リヒトは知らなかったが、クランベは彼のために今まで様々な情報を収集し、それとなく彼に教えてくれていたようだ。
「そうだったのか。ありがとうクランベ。でも、そこまでして手に入れた奴隷をどうカイルザイン兄上の礎にするつもりなのだろう? 父上は僕に『鍛えろ』と言ったけれど」
「……おそらく、ゾルパ殿はあの二人をカイルザイン様の従者として王立学校へ着いて行かせるつもりだったのではないかと」
「あの二人を従者に? そうか、それなら時間をかけるのも当然か」
クランベの推測を聞いて、リヒトはゾルパが言っていた「礎」という言葉の意味を理解した。なるほど、確かに試し斬りは言いがかりだった。そう思うと同時に、だったらはっきり言ってくれればよかったのにとも思うが、カイルザインの競争相手である自分に真実を告げるのは抵抗があり、あの遠回しな答えになったのかもしれないと思い直す。
(カイルザインのメンバーは、原作ではあいつの取り巻きの貴族三名とその従者の内一人と組んでいたけど、その内二名のゲラルトとシエラが……だから仲間探しで焦っているのかもしれないな)
なお、そう思うリヒトの原作エルナイトサーガでのチームメンバーは、リヒト、アッシュ、フィルローザ、そしてメルズール王国と友好関係にあるドワーフの国とエルフの国からの留学生二名の合計五名だ。
そのためリヒトはチームメンバー集めに何の問題も無い……かと思いきや、そうでもない。
(僕の方は、後継者争いが原作より三年早く始まったから、王立学校へ入学する時期が問題になる。フィルローザと入学する時期が合うかどうか分からないし、入学時期によっては留学生が学校にいないかもしれない)
「僕も考えておいた方が良いかな、王立学校での仲間について」
「本来は今から考えても仕方のない事なのですが……ヴィレム様の言ったように、彼女達を鍛えてどちらか一人をアッシュと共に従者として連れて行くのが良いかと。今更ゾルパ殿に返す事も出来ないのですし。
ちなみに、あの二人はマリーサと同じメイド見習いとして屋敷に住まわせます。礼儀作法や教養についても教え、当家の後継者が決まった後も暮らせるようにする事を考えていますが、よろしいですね?」
「はい」
そうこう話していると二人の様子を見ていたマリーサが、彼女達が落ち着いて身支度も整ったと告げに来た。
「二人ともどうぞ、入って」
そこには首輪はしているものの、整えられていなかった髪を後ろで纏め、粗末な衣服ではなくマリーサと同じメイドの格好をした姉妹がいた。
「タニア、です。さっきは助けてくれて、ありがとうございます。こっちは、妹のミーシャ」
「よろしくお願いします、リヒト様」
やはり二人は赤毛の少女が姉で、狐色の少女が妹の姉妹だったようだ。
「っ!?」
そして、リヒトははっとした。彼女達、特にタニアを見た時に何かが気になったのだが、名前を聞いてその理由が分かった。
(滅天教団四天王になったカイルザインの側近の一人、『暗黒闘士』タニアじゃないか!? 何故ゼダン公爵領の奴隷商人の店で売られていたんだ!?)
『暗黒闘士』タニアとは、原作エルナイトサーガの中盤……カイルザインが滅天教団四天王になった後に登場したキャラクターだ。赤い髪の肉食系獣人の二十歳前後の女性で、元々は他の滅天教団幹部が所有していた奴隷だった。だが、カイルザインはタニアの主人の無能さに嫌気を覚え、彼女の主人を殺し彼女を自分の側近の一人に加えた。
そしてタニアは『暗黒闘士』の二つ名と、カイルザイン自ら作り出した闇魔法を付与したナックルと防具を与えられ、恐ろしい殺人拳の使い手として幾度も原作主人公一行を苦しめた。
しかし、ある場所に潜入するために変装したタニアはアッシュと偶然出会う事で変わっていく。タニアの正体に気がつかないアッシュとの交流を繰り返す事で、徐々に彼に惹かれていく。そして、タニアはついにアッシュを殺せと命じるカイルザインを裏切り、アッシュを含めた主人公一行と共に戦う事を決意する。
しかし、最期はタニアの裏切りに激高したカイルザインの手によって粛清されてしまう。
だが、タニアの奮闘によって勝機を掴んだアッシュはカイルザインのカオスリングを嵌めている方の腕を斬り飛ばし、魔力の回復を一時的に止める事に成功する。それによってリヒトはカイルザインに重傷を負わせ、退ける事に成功した。
そして、カオスリングが所有者であるカイルザインの元に戻ろうとする前に、リヒトが『追跡』の魔法をかけた事でカイルザインが逃げた先……滅天教団の本拠地の場所を割り出す事に成功。物語は決戦へと進む事になる。
……以上が、原作エルナイトサーガでのタニアのざっくりとした活躍である。
原作でタニアの最初の所有者が何処で彼女を購入したのかは、語られていない。だから、逆に言えば彼女がゼダン公爵領内の奴隷商人の元で売られていても不思議はない。
理由を捻りだすとしたら、やはり去年カイルザイン達が行った奴隷商人の摘発の影響だろう。
真っ当に商売をしている奴隷商人が生き残り、逆に違法な奴隷売買の多くが取り締まられた。そのため、適法な奴隷売買が活性化し、原作では他の場所で売り買いされていたはずのタニアとミーシャがゼダン公爵領の奴隷商人の元に渡ったのかもしれない。
(それで同時多発魔物発生事件の影響でチームメンバー探しに支障が出ていたカイルザインのために、奴隷を探していたゾルパの目に止まったという事かな?)
「ゴホン」
クランベの咳払いで、思考に沈んでいたリヒトは我に返った。
「ごめん、僕はリヒト・ゼダン。こちらこそよろしく。それと、ちょっと誤解があって……カイルザイン兄上が君達を試し斬りに使おうとしているというのは、僕の間違いだった。怯えさせて申し訳なかった」
速めに誤解を解いておこうと謝るリヒトだったが、タニアは「そんな事ありません!」と首を横に振った。
「私はカイルザインって人に会った事ありませんけど、あのゾルパって人からは本当に焦っている臭いがしたわ。試し斬りが誤解だったとしても、あの人が私達を何か別の危険な目に合わせようとしていたのは本当だったと思う」
「嘘の臭いはしなかったから、あたし達を試し斬りに使うつもりが無いのは本当だったと思いますけど」
「臭いって、臭いで人が何を考えているか分かるの?」
タニアとミーシャに、マリーサが思わず聞き返す。彼女に二人はなんと言えば伝わるか相談しながら答えた。
「何を考えているかまでは分からないわ。何を思って……感じて……う~ん……なんて言えばいいと思う?」
「その時感じている事、感情が分かります。後、身体の調子が悪いかどうかも」
「焦りや怒り、悲しみ、それに病気とかが分かりやすい。でも、その逆は分かりにくいの」
臭いで相手の感情や体調がある程度分かる事は、タニアとミーシャにとって物心ついた時から当たり前の事だった。そのため、言葉でどう説明すれば伝わるか分からなかったようだ。
「獣人は我々人種よりも五感や身体能力に優れています。その中には、僅かな体臭の変化から相手の感情を読み取る事が出来る者もいると聞いた事があります。
マリーサ、あなたも焦りや不安から汗をかいた事はありませんか? 彼女達はその汗の臭いが分かるのでしょう」
「汗で感情が……ねえ、私、汗臭くない?」
クランベの捕捉でタニア達の感覚を少し理解したマリーサだったが、年頃の女の子としては彼女が自分の体臭も嗅ぎ取っている事の方が気になったようだ。
「それは大丈夫。あなたやリヒト様からは若い人の匂いと混じって良い香りがするから。クランベさんも……うん、大丈夫」
「お姉ちゃん、そう言う事は説明しない方が良いかも」
タニアにミーシャがそう耳打ちするがやや手遅れで、クランベは内心でやや動揺していた。彼がベテランの執事でなければもっと焦っていたかもしれない。
(ゾルパが焦ったという事は、試し斬り程じゃないにしても危険な目に合わせる自覚があったのか。王立学校の武闘大会は特殊な結界の中で行うから怪我をする事は無いけど、それ以前の訓練で怪我をする事は珍しくないから、それかな?)
リヒトはそう推測したが、それは殆ど当たっていた。演習でタニアとミーシャを仮の護衛対象として使うつもりだったゾルパは、二人に対して罪悪感を覚えていた。奴隷とはいえ幼い少女達を、万が一だが危険な目に合うかもしれない役割を強いる事に。
そのため、あれほど取り乱してしまったのだ。
「それはともかく、君達を危険な目に合わせる事になるのは僕も同じだ。これから二人には僕の従者、使用人としてだけではなく、仲間として一緒に戦えるよう訓練を受けてもらいたい。
その内実戦にも参加してもらう事になるから、危ない目にも合うと思う。嫌ならいつでも言って欲しい、その時は普通のメイドとして働いてもらえれば十分だから」
そして、タニアとミーシャを結果的に危険な目に合わせるのはリヒトも同じだ。ヴィレムの指示に服従する訳ではないが、原作で暗黒闘士として振るった力を放置するのは惜しい。できれば、滅天教団との戦いに協力して欲しい。
しかし、タニアが暗黒闘士として滅天教団の一員にならないだけで充分な成果と言えるので、リヒトは彼女達が戦いを拒否してもその決断を尊重するつもりだった。
「いいえ、訓練や実戦で危ない目に合うのと、試し斬りされるのはなんて言うか、違うじゃない? 訓練はお店で売られている時から受けていたから、平気。ミーシャは苦手だから、あまり受けさせないで欲しいけど」
「私も大丈夫です。姉さんより弱いけど、頑張れます! それに魔法は得意な方だと思います!」
だが、タニアとミーシャは戦いを好んでいる訳ではないが、忌避してもいなかった。二人を販売していた奴隷商人は、護衛も出来る傍仕え用の奴隷として彼女達に体力作りや基礎的な訓練、そして魔法の修行を受けさせていた。二人の商品価値を高めるためだが、それで予想外の才能を発揮したのでゾルパにお勧めの商品として紹介したのである。
(ますます、カイルザインから奪った理由が無いな……)
そう思いつつ、やはり今更返すわけにもいかないので、リヒトは「ありがとう」と二人に礼を言って、仲間に向かえたのだった。
ゾルパが奴隷を取り上げられた翌日から、カイルザインはギルデバラン率いる分隊を中心にした騎士団と共に公爵領の外に向かって旅立った。
演習を行うにしても何故公爵領外なのかと言うと、リヒトも今年から騎士団の演習に参加するようになったからだ。
ゼダン公爵領は広大でカイルザインとリヒト、それぞれの一行が領内の別の場所で演習を行っても全く問題にならない。しかし、山賊はともかく魔物をあまり狩り過ぎると冒険者ギルドからの仕事を奪うなと反発を招きかねない。
……冒険者が受けたがらない討伐依頼の魔物は、去年の内にだいたいカイルザイン達が狩りとっているから、なおさらだ。
それに、リヒト一行とバッティングするのを避けながら行動するのも煩わしい。
そこで、カイルザインは王都から帰る前に伯父のリジェル・ビスバに相談し、魔物の討伐に苦労している貴族派やポロフ男爵達中立寄りな国王派の領地で演習を行う事になったのだ。
貴族派のビスバ侯爵が提案して、国王派のゼダン公爵家の騎士団が魔物の討伐や現地の騎士団との合同訓練を行う。これによって、貴族派はゼダン公爵家への借りを作る事になる。
これを提案しヴィレムに話を通したリジェルの狙いは、貴族派と国王派の対立激化を避ける事かもしれない。
「幸いお前達といるお陰で、使用人に頼らなくても一人で生きて行けるようになったからな。炊事洗濯、剣や防具の手入れに馬の世話、何でもできる」
そう言いながら、カイルザインは騎士達に混じって食事の準備をしていた。その手元では、ナイフで器用に芋の皮を剝いている。
「すっかり野菜の皮むきが上手くなられましたね。最初の頃は指を切っては回復魔法を自分にかけていたのに」
「それに、若一人で二人分の仕事が出来ますからね」
ルペル達騎士団員達が視線を向ける先には黒い人影、カイルザインが闇魔法で出した分身である影法師が、本体と同じように芋の皮を剥いていた。
この世界の騎士達は基本的に魔力の制御技術を習得しているため、魔法もいくつか使う事が出来る。生水や泥水を浄化して飲み水にしたり、水そのものを創ったり、魔法を使って野営を手早く済ませるのはゼダン公爵家騎士団では常識となっている。
「カイルザイン様、明日には最初の遠征先、ベネディクト男爵領に入ります」
「ベネディクト男爵領……どんな場所だ?」
「ゼダン公爵領と隣接しているので、糧食や武具、軍馬などの生産が盛んな領の一つです。小さな鉄鉱山もあります。ですが、それ以外は特に聞いた事がありませんな」
そして到着したベネディクト男爵領での演習は、カイルザインにとってはそれなりに楽しめるものだった。
男爵家が普段編成する討伐隊や臨時雇いの冒険者では、足を踏み入れる事が出来ない森の奥に生息する魔物を倒し、ベネディクト男爵家の騎士達と合同で訓練を行った。
討伐した魔物は遠征中の食料にし、他に素材として価値がある部分は冒険者ギルドに売却し、その利益はベネディクト男爵家と折半。終われば次の領へ出立する。次はシング男爵領、その次はテルトラ子爵領。
位の低い貴族が治める領地が多いが、普段から魔物の討伐に支障が出ている領地とは栄えていない領地であるため仕方がない。
経済的に豊かな領地は街が栄えているため冒険者ギルドの支部があり、交通の便も良いから冒険者が集まる。そのため、少々補助金を出すだけで冒険者が魔物の討伐を盛んに行う。
しかし、栄えていない領地を治める男爵や子爵は領内の町が小規模で冒険者ギルドの支部が無い場所もあり、冒険者もあまり立ち寄らないため、領主が討伐隊を編成しなければならないのだ。
「お陰で討伐する魔物の質が高く、種類も多い。しかも、ただ演習をして歓待を受けるだけで評価も上がる。それに皆の嫁の来手も増えた。良い事尽くめだ」
「カイルザイン様、何の準備も無く突然ワイバーンの群れに襲われたり、野営中にアンデッドの群れに囲まれたり、マッドベアの上位種と正面から戦って、良い事尽くめだと言えるのはあなたぐらいです」
テルトラ子爵領から出立したその日、立ち寄った宿場町の貸し切った宿の食堂で、そう言いながらグラスを煽るカイルザインに騎士達はそう述べた。
空を自由に飛ぶワイバーンや、物理攻撃が効かない上位のアンデッド、そして森に適応した野生動物から変化した魔物の群れを率いるマッドベアの上位種。どれも並の騎士団なら全滅してもおかしくない強敵だ。
それをゼダン公爵家騎士団の練度の高さと、カイルザインの闇魔法や空間魔法で切り抜けて、討伐してきたのだ。
「そんな強力な魔物の素材の売却益が半分入る訳ですからね。男爵達は笑いが止まらなかったでしょう。我々の行軍の滞在費はカイルザイン様の予算と、魔物の素材の売却益から出ていますからね」
受け入れた側は自領の騎士団の訓練と魔物の討伐を実質タダでしてもらっているので、感謝するぐらいは当然だ。
「しかし、闘技大会のメンバー探しは中々進展しませんな。何時ヴィレム様が王立学校への入学を決めるか分からないので、従者枠二名分は出来るだけ早く決めたいのですが」
「そういうな、ゾルパ。王立学校の年齢制限に敵う従者候補は、そうそういないと分かっていただろう」
一方、カイルザインのチームメンバー探しは難航していた。特に、王立学校は入学する条件が十二歳以上十八歳以下という年齢制限があるため、どんなに才能豊かだと売り込まれてもリヒトよりずっと年下の少年少女や、今年十八や十七になる年長者は簡単には勧誘できない。
もっとも、今まで滞在した領にはそこまで素質や才能を感じさせる者や、既に実力を発揮している者は見かけなかったが。
「それに俺達が赴いた領は、領地が狭く人口も少ない。人口が少なければ良い人材も限られる。遠征はまだ半ばなのだから、焦らず探すとしよう」
そう言うカイルザインも、内心では少し焦っていた。今になって、リヒトにゾルパが選んだ奴隷を奪われたのが惜しく思えて来る。
(その分行く先々でそれとなくリヒトの悪評になるだろう噂を流しているが、今はそれで留飲を下げるしかないか)
ゼダン公爵家の三男、リヒト・ゼダンは奴隷を購入した家臣に言いがかりをつけて奴隷を取り上げた。カイルザイン達はその事実を流した数日後には出立しているので、噂にどんな尾ヒレがついたのか知らない。
そのため、カイルザイン個人としてはやり返している気はあまりしなかった。
(やはり、王立学園の武闘大会であの奴隷達も含めて叩きのめす以外にないか)
なお、カイルザインにタニアやミーシャを思いやる気持ちはまったく無かった。彼女達がリヒトの所有物になった経緯は知っているし、奴隷の立場ではどうにもできなかった事も理解している。
だが、今はリヒトの所有物だ。自分達の手元に戻ってくる見込みもないし、仮にリヒトが返すと言っても獅子身中の虫になりかねないので受け入れるつもりもない。だから、彼女達がカイルザイン達の流している噂でどれだけ不快な思いをしようが知った事ではない。彼女達の事を慮るのは、彼女達の所有者であるリヒトの仕事だ。
「それよりも、お前達も見合い話について考えたらどうだ? まだ婚約者もおらんのだろう?」
素質のある少年少女は見つからなかった代わりに、まだ独身のゾルパやギルデバラン、そして騎士団員達に見合い話が次々に舞い込む事になった。
公爵家第一子であるカイルザインは、家を継ぐ場合は正妻がフィルローザ・ガルトリットに決まっており、そうでない場合は公爵家を継げない。そのためベネディクト男爵達は縁を結ぶターゲットを、彼の側近や家臣同然の者達に移したのだ。
「確かに私は独身ですが、今から励んだところでどうやってもカイルザイン様の従者にするには間に合いませんので。それに、平民の私にはもったいない方ばかりですから。ヒヒヒッ」
一行の中でただ一人現在も平民のままであるゾルパは、そう言い訳して見合い話を断っている。
「私はカイルザイン様がゼダン公爵家の跡取りになるまでは、身を固めるつもりはありません。それに、家と言っても私は準貴族の一代目。私の代で終わっても構わぬでしょう」
ギルデバランはカイルザインの母に仕えた侍女の息子なので、平民出身。そして、騎士叙勲を受け騎士爵となった準貴族だ。
メルズール王国における準貴族とは言葉の通り貴族に準ずる位で、ギルデバランのような騎士や、タレイルが目指す代官、クランベのような貴族出身の使用人や家宰等に与えられる。
国王を含めた王族に仕えるのが貴族で、貴族に仕えるのが準貴族、と考えると覚えやすいだろう。
準貴族は貴族とは違い世襲する事は出来ないが、貴族に準ずる地位のため平民より社会的に上とされる。
ただ実際にはアッシュのように親が準貴族の場合、よほど素行が悪いか素質が無い、もしくは仕えている主君から不興を買っていなければ世襲する事が出来るようになっている。
「つまり、お前達が所帯を持てるか否かは俺の肩にかかっている訳か。これは必ずリヒトに勝たなければならんな」
「カイルザイン様、隊長の花婿姿を見るためにもよろしくお願いします!」
「ではザック、私が誰かと結婚する時はお前をリングボーイに任命しよう」
「ええっ!? この歳でそれは勘弁してくださいよ、隊長!」
結婚式で結婚指輪を持って花婿の後ろを歩く役割への任命を、悲鳴をあげて嫌がる騎士団員のザック。彼は若い騎士団員達の中では腕利きで、成長も著しい。
(ザックか。あいつやルペル、ニコールがもっと若ければ従者として王立学園に連れていけたのだが……)
生憎ザックは今年で二十、ルベルと女性騎士のニコールは十九歳だ。ゼダン公爵家騎士団の正騎士の中では若手だが、年齢的に王立学校への入学は出来ない。
従騎士――騎士叙勲を受けていない、正騎士を補佐する者達――や騎士見習いは彼等よりも若くカイルザインと同年代の者もいる。しかし、そうした者達の実力は正騎士のルペル達よりも下だった。従者として連れて行くには物足りない。
なかなか都合良く行かないものだと、カイルザインは内心そう思いながら他の騎士団員達のように笑い、空になったグラスに赤い液体……香辛料と香草で飲みやすくした魔物の血液を注いだ。
出会いがあったのは、四つ目に訪問したピオン男爵領だった。
(これまで丁度良い護衛対象役が見つからなかったが、そろそろカイルザイン様に守る戦いの経験を積んでいただきたい。こんな事なら王都から戻る前に、スラムで孤児を何人か確保しておくべきだったか? いや、用が済んだからと言って捨てる訳にいかない以上、適当に選ぶのは悪手だ)
ギルデバランはカイルザインの供として訪問したピオン男爵の屋敷でそんな事を考えていた。
「やはり、男爵の許可を頂き平民を雇うしかないか」
このピオン男爵領はこれまで滞在した領と比べても貧しいので、領民の中には多少危険な役割でも金さえ貰えれば喜んで引き受ける者も多いだろうと思っていると。人の声が聞こえて来た。
「お願いしますっ! 首だけは勘弁してくださいっ!」
「喚くなっ、今来客中だ! お客様に聞こえたらどうする!? そもそもお前はもう暇を出されたじゃないか!」
「弟夫婦にも見捨てられて、あたしには頼れる人がいないんです! ここで暇を出されたらどうやって生きて行けばいいかっ!」
「知るかっ! 自業自得だ、小作人にでもなるか体を売るか、大きな街で冒険者にでもなるか、好きにしろ!」
「今の時期に人を雇ってくれる人なんていませんよ! あたしみたいな痩せっぽちを買ってくれる人もいないし、他の町に辿り着く前に野垂れ死んじゃいます!」
「だったら野垂れ死ね! 恩知らずの盗人が!」
「いや~っ! 死にたくないぃ~っ!」
首にされたくないと縋りつく若い女と、縋りつかれている男の声に、ギルデバランは「どちらも酷い」と内心呆れた。
こうして主人の来客中に罵声を響かせるなんて、ゼダン公爵家では考えられない事だ。
(そうだ、この女なら丁度良いのではないか?)
聞こえて来た話では、ピオン男爵家からは既に解雇されているし、身寄りもないから多少危険な目に合わせても何処からも文句は出ない。また、孤児や奴隷と違って役目が終わった後も自分達が面倒を見る必要が無い。
金を払い、ついでに他の町まで連れて行ってやれば十分だろう。
「失礼、立ち聞きするつもりはなかったのだが――」
思い立ったら即実行。ギルデバランは声が聞こえる方に向かうと、そこにいた男女に声をかけた。




