14話 後継者争い二年目の転生勇者と公爵家第一子義兄
ゼダン公爵領に戻ってしばらく経ち、季節はすっかり春になった。
「『光刃』!」
リヒトが魔法で作り出した光の刃を、プルモリーは感心した様子で観察していた。
「剣を媒体に使わなくても安定して光の刃を出せるようになったね。まずは合格かな」
「よしっ!」
「じゃあ、攻撃魔法はこの辺りにして、次はマナの乱れを調査する魔法と、マナを安定させる魔法の開発をしようか」
「……その前にちょっと休んでいいですか?」
「ダメ。授業の時間は有限だから、休憩は授業の後か疲れて気絶してから取るように。それに君の発想は面白い。昨日からこの時間を楽しみにしていたあたしを焦らすんじゃない」
無表情なのに頬が赤くなって興奮している様子のプルモリーに、自分は研究助手ではなく生徒のはずだがと思ったが、リヒトは諦めて自分のアイディアを話した。
「これまでのマナの調査は、対象の空間に直接魔法を照射して判別していたから、一度に調べられる範囲が狭かった。だから、魔法を薄い膜状に照射して、マナに異変がある場所を特定するのはどうかと考えました」
「ほほう、膜状と言うと?」
「こんな感じです。光よ……」
リヒトはプルモリーが見ている前で、薄い光の膜を放った。白い光が修練場の地面や空を一瞬照らして広範囲に広がっていく。
「今のはただの光ですけど、マナが不安定……異常のある個所に当たったら、その位置や規模が反動で術者に伝わるようにしたいと考えています」
イメージは音波ではなく魔力を使ったレーダー、もしくはソナーだ。
「なるほど。不安定なマナを直接感知するのではなく、間に感知用の魔法を放つのか。光魔法だけだと使い手が限られるけど、風魔法でも応用できるかもしれないね」
レーダーの概念を知らないはずだが、プルモリーはリヒトの説明を聞いて何度も頷くと、呪文を唱え始めた。
ふわりと、風が広がる。しかし、プルモリーは不満そうに小さく唸った。
「む……風だと建物や木などの障害物に阻まれてしまうか。……そう言えばリヒト君、さっきの光は屋敷の方にも広がっていなかったかい?」
「あっ」
プルモリーに指摘されたリヒトがはっとした数秒後、屋敷の方から彼付きのメイド見習いのマリーサが走ってくるのが見えた。
マリーサに叱られた事で意図せず休憩時間が出来たリヒトは、彼女が屋敷に戻った後プルモリーにふと思いついて気になった事を尋ねた。
「プルモリー先生は、カイルザイン兄上に興味は無いのですか? 兄上は光魔法や闇魔法より希少な空間魔法も使えるようになったのに」
プルモリーの人格は魔法に関する興味や好奇心を中心に構成されている。リヒトの家庭教師を引き受けたのも、ヴィレムが魔道士ギルドに多額の寄付をしたのもあるが、リヒトが珍しい光魔法の、それも優れた素質の持ち主だからだ。
しかし、カイルザインは現時点で光魔法と同じくらい使い手が少ない闇魔法だけではなく、ほぼ伝説とされるほど使い手が希少な空間魔法まで使えるようになっている。
そのため、使える魔法の希少さではリヒトよりカイルザインの方が上だ。なのに、プルモリーは以前と変わらずリヒトの家庭教師を続けている。
「カイルザイン君への興味? もちろんあるよ。実はダメ元で一度彼に声をかけたんだ。君が使えるようになった魔法に就いて教えてくれないかって」
しかし、リヒトに話していないだけでカイルザインに声をかけた後だったらしい。
「それで、返事はどうだったんですか?」
「リヒト君ではなく自分の側に着くなら喜んでって言われたから、諦めたよ」
「えっ? 諦めたんですか? 魔法に関する事なのに?」
意外だと言わんばかりの様子で聞き返して来る教え子に、プルモリーは頷いた。
「うん、今は諦めた。あたしは魔法の研究のためなら何でもするけれど、こう見えても大人だからね。約束や契約、法律を破ったり、筋を違えたりするリスクを分かっているのだよ。
……ヴィレム君との約束を破って君の家庭教師を辞めたら、違約金を払わなきゃならないし、ここから追い出されてしまうからね」
プルモリーの雇い主が当主であるヴィレムである以上、彼女を雇用し続けるかどうかは彼に決定権がある。リヒトからカイルザインに鞍替えたプルモリーを、彼が雇うと言っても通用しないのだ。
カイルザインもそれが分かってプルモリーに自分に着くよう要求したのだろうから、実際には拒絶されたという事だろう。
「それに、簡単に乗り換えるような奴は信用されないからね。仮にあたしがカイルザイン君の味方になっても、結局重要な事……独自に開発した空間魔法や闇魔法とか、切り札の攻撃魔法とかは、教えてくれなかったと思う」
そう説明するプルモリーを、リヒトは見直していた。原作でそのように描写されていただけではなく、彼女の授業を受けるようになって、彼女はつくづく魔法の研究開発が大好きすぎる人物だと思っていたからだ。魔法狂と言ってもいい。
だから、法律は当然だが約束や契約を守ろうとする意志がある事が意外だったのだ。
「それに、このままでも永遠にカイルザイン君の魔法について知る機会が無くなる訳じゃないだろうし」
「えっ、そうなんですか?」
「そりゃあそうさ。この家の後継者争いは、長くても後五年ぐらいで終わるだろう? あたしも君の家庭教師を永遠に続ける訳じゃない。
君とカイルザイン君の何方かが後継者に決まった後、改めて研究に協力してくれるよう申し出る事にするよ」
「言われてみれば、確かに」
原作でプルモリーはゼダン公爵家の後継者がリヒトに決定した直後、廃嫡されたカイルザインに殺されアンデッド化させられているので、リヒトには二人が協力する未来図が思い浮かばなかった。
しかし、プルモリーが言う通りカイルザインには後継者争い後も彼女の協力要請を断る理由が無い。彼が廃嫡されず、カオスリングを盗み出そうとしなければ、そんな未来もあり得るのかもしれない。
「でも、僕の家庭教師だった事を根に持って断られるかもしれませんよ」
しかし、自分とカイルザインが和解する事は無いだろうとリヒトは確信していた。去年の年末、王都の別邸で出会った時彼から向けられたゾッとするような殺気が、リヒトにそう思わせていた。
(あの人も原作とは変わっているのは分かるけど……原作でやっていたように気に入らないって理由で奴隷堕ちさせた平民で剣の試し切りや攻撃魔法の試し打ちをするような事はしないはずだ)
その奴隷商人を去年摘発したのがカイルザイン本人だから、それは大丈夫だろうとリヒトは思っていた。
そのリヒトの予想は、半分外れた。魔法の授業を終えて修練場から屋敷に戻った彼は、タレイルがゾルパを注意しているところに出くわしたのだ。
「ゾルパ、君がどんな趣味をしていても、君の住まいで行うなら僕は咎めるつもりはない。でもここはゼダン公爵家の玄関ホールだ。急な来客もあり得る。
そんな場所に奴隷を通すのは避けて欲しい」
「申し訳ありませんでした、タレイル様」
言葉を選びながら叱責するタレイルに、恭しく頭を下げるゾルパ。しかし、どう見ても怯えているのはタレイルの方だった。声は震えていないが、膝が震えている。
「しかし、この二人はカイルザイン様のためにお館様から割り振られた予算で購入したもの。なので、広い意味ではゼダン公爵家の所有物と言う事になります」
そしてリヒトは、ゾルパの背後で怯えた様子でお互いに支え合うように立っている、自分と同じくらいの年頃の二人の少女に気がついた。髪の色がそれぞれ赤と黄色に近い茶褐色……いわゆる狐色で異なるが、容姿が似ているので姉妹かもしれない。そして髪と同じ色の体毛に覆われた獣の耳と尻尾が生えていた事から獣人である事が見て取れる。
(赤毛で獣人の女の子……もしかして……いや、まさかな。ここはもうエルナイトサーガそのままの世界じゃないんだし。そんな事よりも……)
赤毛の少女の特徴がエルナイトサーガのある登場人物と共通している事に気がついたリヒトだったが、それよりもゾルパが言った言葉の方が気になった。
「えっ、そうなのか?」
「ヒヒヒ、本当でございます。ただ、店で湯浴みをさせてから連れてきたとはいえ、表から連れて入ったのは私の失態でした。誠に申し訳ありません、タレイル様」
「ああ、気を付けてくれよ」
不気味な雰囲気のゾルパに押されて、タレイルは彼と怯えて不安そうな姉妹を通そうとした。
「待ってください! その二人をカイルザイン兄上のための予算で買ったというのはどういうことですか?」
このままでは二人が連れていかれてしまうと思ったリヒトは、廊下の角から前に出るとゾルパを引き留めた。
「おや、これはリヒト様。ご機嫌麗しゅう」
恭しく一礼するゾルパだが、その爬虫類のように冷たい瞳にリヒトは(トロールより怖い)と思ったが、その場に踏みとどまった。
(原作通り、怪しい人だな。でも、原作だと怪しいだけで悪い人じゃなかったはずだけど……)
原作エルナイトサーガでは、ゾルパはこの世界と同じくカイルザインの家庭教師として序盤から登場したキャラクターだ。その顔つきや言動が怪しく描写されていたので、当時は葛城理仁を含めて多くの読者が彼を悪役だと考えていた。
しかし、実際は言動が怪しいだけの人物で、この世界と違い才能に胡坐をかき真面目に研鑽を積もうとしないカイルザインに愛想をつかしかけていた。
それが分かるのはカイルザインが廃嫡され、ゼダン公爵家からカオスリングを奪いプルモリーを殺害して滅天教団に与したずっと後の事だが。
初登場時から仮面をつけて正体を隠していた妖魔道士の正体は彼ではないかと葛城理仁を含めた読者達が推理していた。だが、妖魔道士の正体はアンデッド化したプルモリーで、ゾルパはずっと前にかつての教え子に犯行を思いとどまるよう説得しようとして始末されていた事がカイルザイン本人の口から語られた。
(でも、この世界ではカイルザインの側近と言っても過言じゃない立場にある。注意しないと)
原作と同じとは、悪い意味で限らないのだから。
「答えてください。その二人をどうするつもりですか?」
「もちろん、この二人にはカイルザイン様の成長の礎となってもらう予定です」
「具体的に、答えてください」
「……それは、いかにリヒト様でもお教えできませんなぁ。私は、あなたでなくカイルザイン様の家庭教師でございます故」
まるで少女達を生贄にでも捧げるような口ぶりで、答える事を拒否するゾルパ。リヒトの中で不吉な予感は確信にどんどん近づいて行く。
「だったら、ここを通すわけにはいかない」
強硬にゾルパを引き留め糾弾するような態度をとるリヒトに、事態の推移を見守っているタレイルが戸惑っている。
(もしかして、リヒト君はあの二人と家の養子になる前に会った事があるのか? 幼馴染だったとか?)
貴族で『原作』について知らないタレイルから見ると、そう思う程リヒトの態度は奇妙に見えた。もちろん、ゾルパの言動が怪しいのもあるが……メルズール王国では奴隷売買は合法なのだから。
「通すわけにはいかないと言われるなら、一度玄関から出て裏口からカイルザイン様の元に参りましょう。それともまさか、私からこの二人を奪い取るおつもりで?」
「それは……」
そのため、リヒトはゾルパが購入した奴隷である二人を保護する事が出来なかった。状況が膠着したが、それを動かす事が出来る人物が現れた。
「何の騒ぎだ?」
リヒトの義父でゾルパの雇い主であるヴィレム・ゼダンだ。偶然通りかかったのか、それとも使用人の誰かから騒ぎが起きている事を報告されたのかは不明だが、困惑した様子で玄関ホールにいる面々に視線を向ける。
「……ふむ」
そして、二人の少女で視線を止めた。何か感じ取ったのか、観察するように見つめる。
「はっ。私が購入したこの二人を連れて屋敷の玄関を通ろうとしたため、タレイル様から叱責を受けていたところでございます」
「そうか。では、リヒトは?」
「それは、彼があの子達を試し切り……いや、そうじゃなくて――」
「た、試し切り!? 兄上が!? その子達を!?」
リヒトが口を滑らせて語った言葉にタレイルが驚いて思わず大声を出した。奴隷売買は合法であるし、結果的に奴隷の命を使い潰す事も珍しくない。だが、剣の試し切りや魔法の試し打ちのように命を使い潰す事を主目的に奴隷を、それも子供の奴隷を使う事はメルズール王国でも眉を顰められる行為である。
タレイルとしては、実の兄がそんな事をするとは考えられず、それだけ驚きが大きかったようだ。
「ヒッ、ヒヒヒッ、な、何故そのような事をリヒト様が言われるのか、このゾルパ皆目見当がつきません! 言いがかりでございます! それとも何か証拠があるとでもおっしゃられるのですか!?」
そしてタレイルの予期せぬ大声がゾルパを焦らせた。ヴィレムの登場で内心追い詰められていた彼の額には汗が浮かび、目は見開かれ、引きつった声で弁解をし、リヒトに発言の根拠を求める。
その態度はまるで崖っぷちに追い詰められた犯罪者を連想させるもので、彼の背後で事態の推移を見守っていた奴隷の少女二名も自分達がどんな目にあわされるのかと、抱き合って震え上がっている。
「その二人は当家の資金で購入したのだったな? ではゾルパ、私がその二人を買い上げよう。使った分と同じ額を予算に充填しておく」
それを見たヴィレムは、ゾルパが精神的に追い詰められているのを見て取って畳みかける事にした。
「ヴィ、ヴィレム様っ、それは余りに――」
「何か問題でも?」
「……いえ、ございません」
異を唱えようとしたがゾルパだが、絶対的な権力には抵抗する術が無く、憔悴した様子で肩を落とした。
「リヒト、君がこの二人を管理するように」
そして、ヴィレムはそのまま二人の身柄を十歳のリヒトに任せてしまった。
「僕が、ですか?」
「そうだ。君が口を挟んだのだから、君が責任を取らなければならない。細かい事はクランベに相談すると良いだろう。その前に、説教を受ける事になると思うが」
「は、はい」
二人が酷い目に合わないよう助けたかったリヒトだったが、助けた後まで考えていなかった事に今更気がついた。(クランベに相談して……その前のお説教は、どれくらい長くなるかな?)
別の意味で嫌な予感を覚えているリヒトの肩に手を置くと、ヴィレムは小声で言った。
「上手く鍛えて役立てなさい。それがこの二人のためにもなるだろう」
「鍛えて……?」
言われた事の意味が分からず聞き返すが、ヴィレムはそれ以上答えず階段を上って自身の執務室がある三階へ戻っていった。
「っ!?」
そしてリヒトがヴィレムの後ろ姿から視線を戻すと、恨めし気なゾルパの顔があった。
「リヒト様、どうぞお受け取りください」
しかし、口調と仕草だけは恭しく、二人の奴隷の首輪に繋がっている鎖をリヒトに手渡す。
「では、失礼いたします」
そして、「覚えていろ」と言いたげな顔つきで一礼すると、彼もその場から立ち去った。カイルザインの部屋に向かったのだろう。
「それでリヒト君? なんでカイルザイン兄上が奴隷、しかも子供で試し切りなんてすると思ったんだい?」
その奴隷に聞こえないよう、そっとリヒトに耳打ちして尋ねるタレイルに彼はどう答えるか悩んだ後、口を開いた。
「そんなイメージがあって。ついその、口が滑ってそのまま声に出してしまいました」
正確には、「原作を知っているのでそんなイメージがあった」だが、それを言う訳にはいかないので曖昧な答えになってしまった。。
「イメージって……確かに兄上は君に対してはかなり頻繁に殺気立つから無理もないけど、試し切りをするならゴブリンなんかの魔物か、適当な岩や木を斬りに行くと思うよ」
「それもそう、ですね」
呆れたように諭されて、確かにそうかもしれないとリヒトも頷いた。
カイルザインは難しい顔つきをしていた。
「申し訳ありません、カイルザイン様」
何故ならゾルパが土下座しているからだ。
「ゾルパ、突然頭を下げられても俺には何のことか分からん。何かあったのか?」
実はカイルザインは屋敷におらず、ギルデバランが率いる騎士団の分隊の詰め所で訓練をしていた。そのため、屋敷での騒ぎについてまったく気がついていなかった。
「ははっ、実は……カイルザイン様のために役立てようと奴隷を二人購入したのですが、迂闊にもお屋敷を通ったために――」
ゾルパが土下座したまま何があったのか説明すると、カイルザインの顔はますます難しい物になった。
「奴隷がどう俺の役に立つのだ? お前の事だから何か考えがあるのだろうが……」
「奴隷と言うと、あの件か」
カイルザインはゾルパが何故奴隷を購入したのか知らなかったが、ギルデバランには説明していたらしい。カイルザインが視線で説明を促すと、ギルデバランは話し出した。
「実は、各貴族領での演習に奴隷を連れて行く事を考えていたのです。護衛対象として」
「奴隷を? 戦力でも労働力でもなく、護衛対象としてだと?」
「はい、カイルザイン様は攻勢が得意でも守勢……守りながら戦う経験が足りないと我々は考えた故です」
カイルザインはこの一年で強くなった。戦意も高く、敵に切り込む度胸もある。しかし、言われてみれば確かに何かを守りながら戦った経験はなかった。
去年の演習や山賊との戦いの時は、周りにいるのはギルデバランとゾルパを除いても腕利きの騎士達だったし、山賊が襲っていた駅馬車の乗客達は既に山賊が囲んでいたので、守るというより保護、もしくは奪取するべき存在だった。
ビスパ侯爵家でオーガーと戦った時も、カイルザインは守勢と合流せずに敵をかく乱し、オーガーコマンダーに突貫したため、守るための戦い方はしていない。
「将来、カイルザイン様は様々な状況で敵国や魔物、そして賊と剣を交える事になります。王族や国賓の護衛を任される事もあるかもしれません。そのため、今の内に保護対象を守りながら敵を倒す戦い方を経験していただきたかったのです。
そのため、護衛対象役として万が一何かあっても問題にならない奴隷を使おうと……」
訓練とはいえ、護衛対象がいざという時は自力で対処できる騎士や傭兵、冒険者ではリアリティが薄れ実戦的な訓練にならない。しかし、使用人や領民を使うのはもっての他。
そのため、万が一カイルザインが守るのに失敗して傷つき……最悪の場合死んでも何処からも抗議されない存在として奴隷が最も都合が良いとゾルパとギルデバランは考えたのだ。
「それが一つ」
「一つ? ゾルパ、私は聞いていないぞ」
しかし、ゾルパには他にも狙いがあってあの二人の少女奴隷を購入したようだ。顔を上げた彼はそれについて説明を始めた。
「去年カイルザイン様と我々が行った奴隷商人の摘発によって、多くの領民達がカイルザイン様を支持しております。しかし、例外もおります。適法な範囲で商売をし、税金を納めている真っ当な奴隷商人達です」
同業者が大量に摘発され牢に繋がれた事について真っ当な奴隷商人達は、悪事を働いた報いだから当然と考えている。しかし、同時にカイルザインが今後も奴隷売買を締め付けるのではないかと警戒もしている。
「確かに、賊から攫われた被害者を奴隷商人が買い取っても有耶無耶にされる事の方が多いらしいが、去年は見せしめもかねて大々的に摘発したからな。
それで、奴隷商人達の警戒心を和らげるためにも奴隷商の店に足を運んだのか。いささか気を使い過ぎではないか?」
元々、奴隷売買は一歩間違うと道を踏み外す危険な商売だ。そのため奴隷商人達は警戒心が強い。だが、同時に図太さも持ち合わせている。
カイルザインやゼダン公爵家は、理不尽に奴隷商人達を締め上げている訳ではない。だからしばらくすれば奴隷商人達の警戒心は通常時と同じ水準に戻るだろうと、カイルザインは主張した。
それに、何人かいる奴隷商人の一人から、奴隷を二人買った程度でゼダン公爵領にいる奴隷商人達の心証がそこまで良くなるとも思えなかった。
「五感を共有している使い魔でゼダン公爵領中の奴隷商人の店を回りましたので、私が奴隷を買い求めていた事は広まっているかと」
「そこまでしたのか」
「ゾルパ、私はてっきり護衛対象役をやらせた後も無事だったら、使用人や騎士団の従者として使える奴隷がなかなか見つからないから時間がかかっていると思い込んでいたが、そうではなかったのか?」
予想していたよりも時間と労力を割いてゾルパが購入する奴隷を吟味していた事に、何故そこまでと戸惑うカイルザインとギルデバラン。
「実は、カイルザイン様がお考えになっている王立学校での武闘大会への出場時に備えて、奴隷を最低でも足手まといにならぬ程度に手元で鍛え、従者としてカイルザイン様につけようと考えておりました。
残念ながら、私にはカイルザイン様につけられる弟子も子もおりませんので」
それに対してゾルパが打ち明けた三つ目の狙いは、去年の年末からカイルザインも悩んでいた武闘大会でのチームメンバー探しについてだった。
王立学校は生徒一人に対して最大で二人まで従者をつける事が許可されている。従者と言っても、入学可能な年齢である事、そして試験に合格する事求められるが出自は問われない。平民でも、外国出身でも、そして犯罪奴隷以外の奴隷であれば従者として入学は可能だ。
そこでゾルパは店に並ぶ奴隷の中からカイルザインと年齢的に近く、素質のある奴隷を探した。そして目をつけたのがあの二人、肉食系獣人の姉妹だった。
姉妹はともに保有魔力が種族的に少なくなる傾向にある獣人の中でも比較的魔力が多く、特に妹の方は幅広い魔法の素質を持っているという話だったので、買い取って鍛えれば必ずカイルザインの力になると確信した。
「なるほど、奴隷か。その発想は俺には無かった。お前の心遣いと知恵にはいつも助けられている。感謝するぞ、ゾルパ」
「ははーっ!」
側近に等しい魔法の師の胸の内を知り、その労を労うカイルザイン。再び深く頭を下げるゾルパに、ギルデバランと彼の部下の騎士達の中には、その忠義に感動し涙ぐむ者もいた。
「しかし、その素質のある奴隷をリヒトにとられたのは痛いな」
「申し訳ありません!」
そして、そのゾルパが見出した戦力になり得る奴隷が二人ともライバルに奪われた事に、カイルザインは眉間に皴を寄せた。ゾルパも額を地面につけ、ギルデバランや彼の武かの騎士達も顔を顰める。
「どうにかして取り返す事は出来無いのでしょうか? 理不尽な言いがかりをつけ、それを鵜吞みにして奴隷を取り上げるなんて、いくらヴィレム様でも納得できません!」
ギルデバランの分隊で斥候が得意なルペルがそう言って拳を握り、苛立ちを露わにする。
「その通りだ! 奴隷とはいえ自分と近い年頃の少女を試し斬り等……言いがかりにも程がある!」
「利発に見えても、やはり十歳の子供と言う事か。誰が吹き込んだかは知らないが、言われるままに疑いをかけるとは……!」
「リヒト様に吹き込んだのは、プルモリー殿では? 以前カイルザイン様に自身の研究への協力を断った腹いせに――」
気色ばみ声を上げる騎士達に、カイルザインは「確かに」と言った。
「俺の剣を試すのならオーガーやトロール、最低でも岩や丸太でもなければ試し切りにならん。リヒトは随分と俺を安く見積もったものだ」
そうカイルザインが笑った事で、騎士達のリヒトに対する憤りやプルモリーに対する疑いが呆れや侮蔑に誘導される。
言いがかりで奴隷を取られたのは確かに理不尽だが、リヒトが公爵家の一員である事に違いはない。不満のあまりリヒトに何かすれば――暴言を吐く、面と向かって逆らう等――立場が悪くなるのは騎士達の方だ。悪意がプルモリーに向かっても、良い事にはならない。
カイルザインとしてはそんな事で騎士達に謹慎や減給などの処分が下るのは避けたかった。
「とはいえ、父上の指図があった以上その奴隷を取り返すのは難しいだろう。諦めるしかあるまい。
逆に考えれば、リヒトのチームメンバー候補が今の段階で奴を含めて三名分かっているのは、俺にとってプラスに働くはずだ」
「確かに、アッシュやその肉食系獣人の少女を実力の目安にすれば、必要な人材の質も分かるというもの」
「その通りでございます。これから貴族派の方々の領地を巡る演習と並んで、各地の人材を探せばより優れた素質を持つ者がいるはず!」
ゾルパが見出した素質のある奴隷がヴィレムによって取り上げられ、リヒトに与えられたのは痛い。痛いが、まだ王立学園に入学するまで時間があるので、取り返しはいくらでも利くはずだ。
(父上がリヒトに対して露骨な援助を行ったのも、父上から見て俺の方がリヒトより強い、有利であると評価されているからだ。断じて俺は、リヒトに対して去年より、後継者争いが始まった日より不利になっていない!)
そして、ヴィレムからの仕打ちに内心受けているショックに堪えるためにもそう自分に言い聞かせて見栄を張っていた。
「しかし、このまま黙っているのも癪に障る」
「でしたら、ありのまま真実のみを広めるのはいかがですか?」
「どういうことだ?」
カイルザインが聞き返すと、ゾルパはニタリと顔を歪めて話し出した。
「リヒト様が私……ゼダン公爵家に仕える家臣が購入した奴隷を取り上げ、自身の所有物とした。そう広めるのです」
ゾルパの言っている事に、嘘は含まれていない。購入は彼の自費ではなく公爵家から預けられた予算だった事等は抜け落ちているが。
「リヒト様があの奴隷達を戦力として鍛えるつもりなら、これから我々の真似をして行う演習にも連れ歩くはず。噂はあっという間に広まるでしょう。さすれば勝手に尾ヒレが付き、それがリヒト様の評判を落とす事になりましょう。ヒヒヒ」
「ククク、いつもの調子が戻ったようだな。では、早速今日の授業を開始してもらうぞ。出立を明日に控えているから短めにな」
その頃、ヴィレムに言われた通り二人の獣人少女奴隷を手に入れたリヒトはクランベに相談を持ち掛け……その過程で二人の名前を聞いて、自分がまた原作改変を行った事を知るのだった。




