13話 連鎖する改変によって欠ける義兄の配下
同時多発魔物発生事件から約二カ月が過ぎ、季節はすっかり冬になり年末が迫る頃、王都はようやく例年の活気を取り戻した。
それはダリオムーク王の名で、事件についての調査結果を貴族だけでなく王都の民に広く知らせたからだ。
「複数の貴族の別邸で魔物が発生したのは、滅天教団の仕業である事が判明した」
魔道士ギルドと各神殿が合同で調査した結果、魔物が発生した貴族の別邸の敷地内やその周辺にマナが不安定な土地は無かった。正確に言えば若干不安定な箇所があったが、調査に当たった一人であるプルモリーによるとそれは名残のようなものらしい。時間が経てば……年末になる頃には、元の安定した状態に戻るだろうとの事だった。
また、同時に複数の場所で何者かの魔力残滓――魔力の指紋のようなもので、個人識別が可能……が発見され、それが過去滅天教団の犯行と思われる犯罪現場で検出されたものと同一の者である事が確認された。
その証拠から王国政府は滅天教団の仕業であると断定。犯人を捕らえ滅天教団を壊滅させるために尽力し、民の安寧を守ると約束した。
結局犯人はまだ捕まっていないし、滅天教団がどうやって魔物を発生させたのか、それはどうすれば防げるのかも判明していない。しかし、同時多発魔物発生事件で被害が出たのは貴族とそれに仕える者達だけで、一般人には被害が及んでいない事、そして王国政府が騎士団や衛兵の人員を補充し防衛力を高める政策を決定した事を発表した事で、王都の一般市民や出入りする商人達はひとまず安堵した。
貴族達は年末まで別邸で催し物を開くのを控え、王都の貴族街に屋敷を持つ貴族が年末まで社交シーズンの主役となった。
また、腕利きの護衛の需要が高まり、冒険者や傭兵が雇われ魔道士や神官のスカウトが盛んとなった。
同時多発魔物発生事件では、ゼダン公爵家は苦戦したものデーモンとレッサーデーモンをすべて討伐する事に成功。ヴィレムやデリッド、プルモリーだけではなく、騎士達の誰一人欠ける事なく勝利する事に成功した。当然、地下室に避難していたタレイルやマリーサ達使用人も全員無事だった。
ガルトリット辺境伯家の別邸では、リヒトは最後のブラッドトロールを倒した直後に気を失ってしまったが、その後フィルローザと駆けつけた冒険者ギルドの救援の回復魔法のお陰で、重傷者もすぐに治療を受けて無事回復している。
リヒトもその日の内に目を覚まし、起き上がる事が出来た。
そしてカイルザインはビスパ侯爵家に発生したオーガーをすべて討伐後、ゴブリンの群れに襲われていたポロフ伯爵の別邸に救援に向かい、ゴブリンの討伐と伯爵達の救助に成功した。
以上の出来事により、まずタレイルは周囲の使用人や騎士達からの評価が上がった。それまでは兄のカイルザインと弟のリヒトに注目が集まっていたが、十二歳でありながら有事の際に冷静さを保って侍女長と共に非戦闘員の避難を指揮。その後も皆を良く纏めた事で、周囲から見直されたようだ。
これでタレイルが後継者争いのダークホースに……と言う事は無いが、将来彼が思い描いた通り公爵家に仕える代官や官吏になる場合やりやすくなるだろう。
次にリヒトはガルトリット伯爵家の別邸での戦いが評価され、ガルトリット辺境伯から感謝の印として剣を贈られる事になった。
長女であるフィルローザがゼダン公爵家の後継者と婚約するという約束があるため、ガルトリット辺境伯家はリヒト達三人に対して、建前としては公平に接しなければならない。だが、それは功績や恩義を受けた時に報いる事を禁じている訳ではない。
むしろ、十歳で討伐難易度Cのブラッドトロールまで倒したリヒトを目に見える形で評価しなければ、「ガルトリット辺境伯家は受けた恩義を返さない家」として評価を落とす事になる。
もちろん、ガルトリット辺境伯個人にとって貴族派のビスパ侯爵家との結びつきが強いカイルザインよりも、リヒトがゼダン公爵家の後継者になった方がやりやすいという思惑もある。
また、リヒトはお茶会に招待されていた貴族やその子弟からの支持を集めた事で、いつの間にか国王派にとって次世代の象徴と言える存在になっていた。
なお、リヒトに同行して活躍したアッシュはその功績が認められ、ゼダン公爵家に仕える騎士見習いとなり、正式にリヒトの護衛兼従者になった。
彼の場合は前騎士団長であるデリッドの孫であり実力もある事から、予定が早まっただけとも言える。そのため彼にとっての本当の褒章は、ヴィレムが「騎士見習いになった記念」という名目で仕立てて彼に贈った武具になるだろう。
そして、同時多発魔物発生事件でリヒトより名をあげたのがカイルザインだ。
単身で討伐難易度Cのオーガーコマンダーを六匹討伐。ビスパ侯爵家の別邸で開かれた狩猟パーティーに出席していた招待客の妻や娘達をオーガーの脅威から救う事に成功した。
さらに、侯爵家の跡取りであるラザロ・ビスバの供としてポロフ伯爵家へ救援に向かった事が彼の評価をさらに高める結果になった。
実際にゴブリンの多くを討伐したのは、カイルザインとその従者であるギルデバランとゾルパだ。それはラザロ本人も分かっている。彼はただの飾りである。
しかし、ラザロがいる事で「ゼダン公爵家の子弟による救援」ではなく、「ビスパ侯爵からの救援」という形になる。未成年であるカイルザインは、あくまでもリジェルの要請を受けて参加したからだ。
そのため、ポロフ伯爵も自分達が助かったのは同じ国王派のゼダン公爵家の第一子のお陰とは言えず、今後貴族派のビスパ侯爵家に一定の配慮をしなければならなくなった。そうしなければ、ポロフ伯爵家は「受けた恩も返さない、筋を通さない家」と周りに評価され誹りを受ける事になる。
王侯貴族の権力闘争では恩を仇で返す事も珍しくないが、そうした汚い事は表から見えないようにやらなくてはならない。表立って筋を通さない恩知らずな振る舞いをすれば、周囲からの信用が減り交渉や取引に支障をきたし、敵が増えていつか足元をすくわれる。
つまり、外聞が悪くなるから相手が異なる派閥に属する貴族であっても恩義を受けたら返さなければならない、最低でも返したというポーズはとらなければならないのだ。
そしてポロフ伯爵と彼が別邸で開いたパーティーに参加していた招待客は、ビスパ侯爵家に大きな借りが出来た事を王都中に知られてしまった。今後は、国王派の中でも貴族派に対して中立的な立場をとらなければならなくなるだろう。
これによって貴族派の貴族達は、カイルザインの事を高く評価した。
「あの歳で自分の功を後回しにして派閥の利益を考えられるとは、なんと聡明な少年だ」
「単身オーガーに切り込む若さと実力だけではなく自制心を持ち合わせ、政治というものをよく理解している」
「素晴らしい。彼がゼダン公爵家を継げば、メルズール王国は安泰だ!」
カイルザイン本人はそこまで考えておらず、信頼する伯父の意図を読んで動いただけなのだが。
しかし、リジェルの狙い通りカイルザインはリヒトが現れた事で彼を以前通り支持し続けるべきか否か迷っていた貴族達の支持を再び集める事に成功したのだった。
(そろそろクリスマス……誕生祭か)
リヒトは自室の窓から澄んだ冬空を見上げて、ふとそう思った。
この世界にはクリスマスそのものは存在しないが、代わりにマナがこの世界に生まれた事を祝う誕生祭というイベントが存在する。意思を持ったマナが自らの肉体を創造した日とされていて、昔から人々に祝われている。
ちなみに、新年はマナがこの世界から旅立った日とされていて、人々はマナの旅立ちと新年の訪れを祝う催しを行う。
「気がつけば色々な事があったな。社交パーティーは半分くらい中止になったのに、まったく暇にならなかったし」
お茶会の後、魔物が発生したのはここだけではないと知らされて驚き、帰ったらヴィレムから無茶をした事を叱られた。……主に咎められたのは、トロールとの戦いに加わった事ではなく、戦いの直後に倒れてしまった事だったので、もしかしたら最後まで立っていればお咎めなしだったかもしれない。
(罰も、基礎体力作りと格闘術の時間を増やす事だったし。プルモリー先生が調査でしばらく授業が出来なかったから、空いた時間を有効活用しただけかもしれないけど。
それと、タレイル兄上が活躍していたのが正直驚いた)
エルナイトサーガでは、次男のタレイルは地味な存在だった。ストーリーの重要な場面で彼が注目された事は無く、誰かと戦う場面は一度もない。
そのため、マリーサが「タレイル様が格好良かったのよ! あたしが転んだ時に助け起こしてもらっちゃった」「年下のはずなのに避難した後も落ち着いていて頼もしかったわ。流石よね」と嬉しそうに話してくれたので、リヒトも彼を見直した。
その後、リヒトは正式に彼の護衛兼従者になったアッシュと共に体力づくりや格闘術を中心に様々な武術の授業を受け、魔法の自主練習に励み、いくつかのパーティーにも出席した。
辺境伯家の別邸で共に戦った招待客の護衛ともそこで再会しており、お陰で正式に騎士叙勲を受ける事が出来たとお礼を言われた。
当然、フィルローザとも会っている。あれから回復魔法だけでなく、弓や剣の授業でも成績が良くなり、カラルド達家庭教師を驚かせているそうだ。
(それはとても良い事だけれど、やはり気になるのはあの事件だ。
あのお茶会だけならまだしも他の場所でも……合計九か所も同時に魔物が発生した大事件が原作でも起きていたのなら、いくら原作開始の約二年半前でも作中でまったく触れられていないのはおかしい)
皆の事件後の事も気になったが、リヒトが最も疑問に感じたのは原作とのズレだ。同時多発魔物発生事件について、彼が知っている限りエルナイトサーガでは触れられていない。外伝やスピンオフ作品でもだ。
(滅天教団の仕業だとしたら、なんでこんな事を? 何がきっかけで改変が起きた? ……やっぱり、山賊や違法な商売をしていた奴隷商人達が組織化する前にカイルザインが潰したせい……いや、おかげなのか?
それで滅天教団の人身売買組織担当の幹部が暇になって、事件を起こしたとか。催し物を開いていないのにゼダン公爵家の別邸が狙われたのは、意趣返しのつもりだったと考えれば説明できる)
まさか自分が原作主人公より強くなろうと特訓しただけで、後継者争いの開始が三年早まり、カイルザインが原作以上に強くなり、違法人身売買組織の元を潰し、王都で同時多発魔物発生事件が発生した。これほど改変が連鎖して起こるとはリヒトの想定を超えていた。
(犯人は調査結果通り滅天教団だとして、誰だ? 作中に登場した名前のあるキャラクターはだいたい覚えているはずだけど、こんな事が出来る奴はいなかった……)
まさか原作に登場しなかった幹部の仕業か? そう思ったが、リヒトはある可能性を思いついてはっとした。
(そうだ、ディジャデス。カイルザインが加入する前四天王だった、『殺謀執事』のディジャデスかもしれない。あのキャラクターはカオスリングで無限の魔力を手に入れたカイルザインに殺されて、原作主人公と戦わずに退場したから能力が作中で明かされていない)
エルナイトサーガでディジャデスとカイルザインの戦いは詳しく描写されておらず、戦闘が開始された次のシーンでは倒されていた。そのため、ディジャデスがどんな事が出来るのかは誰も知らない。
逆に言えば、リヒトの前世である葛城理仁はディジャデス以外の滅天教団に所属しているキャラクターの能力はだいたい覚えているので、それに当てはまらなければディジャデスの仕業と言う事になる。
考えてみると、原作で違法人身売買組織を摘発した際に登場した滅天教団の幹部の上司がディジャデスだったような気がする。
(犯人の推測は出来たけれど、ディジャデス本人が現れたらどうすればいい? まさかカオスリングを装備して戦う訳にもいかないし。……装備したところで、今の僕の実力じゃあ、戦っても勝てない)
滅天教団四天王は、一人一人がA級冒険者パーティー以上の力を持っている。それに対してカオスリングは装着者の魔力を常に回復し、事実上無限の魔力を与える指輪だ。しかも、呪付き。
そして装備したからと言って魔法の腕が直接上がる訳ではないので、今のリヒトがカオスリングを装備してもディジャデスには勝てないだろう。
(ディジャデスに関しては、他の四天王と同じように直接乗り込んでこない事を祈るしかないな。
他に気が気なのはゲルラト・ピッコリーノとシエラ・ヘルゲンだ)
ゲルラト・ピッコリーノはピッコリーノ伯爵家の三男、シエラ・ヘルゲンはヘルゲン男爵家の次女だ。そして、原作エルナイトサーガの王立学校編の武闘大会で、カイルザインのチームメンバーとして登場した者達だ。
だが、二人は同時多発魔物発生事件でそれぞれ影響を受けている。
ゲルラトは直接の被害は受けなかったが、現ピッコリーノ伯爵の父と跡取りだった次男が亡くなってしまった。長男は何年も前に乗馬中の事故で亡くなっており、他に兄弟もいないため悲劇と同時に彼が伯爵家を継ぐ事が決まった。
しかしゲルラトは普段から素行が悪く、両親からも半ば見放されていた。そのためこのままでは成人しても当主を任せられないと、現在は母親と後見人になった親戚の指揮の元厳しい再教育がされているらしい。
シエラの方は、とある伯爵の後妻になる事が内定したらしい。なんでも、ヘルゲン男爵家が開いたパーティーに参加した伯爵家の人間を魔物から守れず死なせてしまった詫びとして差し出されてしまったそうだ。
新年を迎える頃には花嫁修業をするため実家から伯爵の元に住み込み、成人すると同時に伯爵と正式に婚姻する事になっているらしいので、彼女が王立学校に入学する事は無いだろう。
ゲルラトはまだカイルザインと王立学校で出会う可能性はあるが、原作と同じ様にはならないはず。
そして、カイルザインもさらに原作から離れつつある。カオスリングをまだ手に入れていないのに、なんと空間魔法が使えるようになった。
(もしかしたら、僕の原作知識はもう半ば以上役に立たなくなっているのかもしれない)
三年後になってもゼダン公爵領の地下でゴブリンキング率いるゴブリンの群れが発見される事や、卵を盗まれたドラゴンが暴れる事も無いのかもしれない。
ゲルラトやシエラ以外にも多くの貴族の子弟が、多かれ少なかれ同時多発魔物発生事件の影響を受けているだろうから王立学校以降も原作通りにはいかないだろう。
しかし、滅天教団が大魔王復活のために動いており、世界を滅ぼそうとしている事だけは原作通りのはずだ。だから滅天教団と戦う事は避けられない。
(それに、原作改変は基本的には良い事だ。ゲルラトとシエラの件は一概に『良かった』とは言い難いけど)
原作ではゲルラトとシエラは武闘大会に勝つために、カイルザインと共に原作主人公達に毒を盛ろうとした事が試合後に発覚し、学校を退学。それぞれの家から追放され、貴族籍を剥奪され平民に堕とされている。
しかもその後、心を入れ替える事無くカイルザインに誘われる形で滅天教団に参加し、彼に捨て石にされ死んでいる。
そのため、現在の二人が置かれた状況は原作に比べるとまだマシなはずだ。亡くなってしまったゲルラトの父や兄、シエラの家の招待客には哀悼の意を表すしかないが。
何より、カイルザインがこのまま滅天教団に与したり、カオスリングを奪ったりしないのなら、滅天教団との戦いがだいぶ楽になる。
原作で滅天教団に与したカイルザインが行った数々の陰謀……メルズール王国とドリガ帝国との戦争や、エルフの国の主戦派が始めた侵略戦争、エンシェントドラゴンの死体のゾンビ化等が起きない、もしくは未然に防ぎやすくなるだろう。
カイルザインの代わりに、原作でも情報が乏しい『殺謀執事』ディジャデスが陰謀を企てる事が予想されるのが厄介ではあるが。
「あ、もうこんな時間か。呼ばれる前に一階に降りておこう」
考えを纏めたリヒトは、エルナイトサーガについて纏めた日記帳を閉じた。
「マナよ、鎖となって戒めよ。鍵は我自身なり。『封印』」
そして、魔法で日記帳が自分以外には開けないよう封印し、鍵の付いた引き出しの奥にしまった。ただの日記帳にしては厳重すぎるかもしれないが、何か言われた時には「新しい光魔法のアイディアが書いてあるので」と誤魔化す予定だ。
もっとも、中身は日本語で書いてあるので、この世界の人間が盗み見ても読めないはずだが。
そして扉を出て階段に向かうと……カイルザインと遭遇した。
「「っ!」」
お互いに一瞬立ち止まるが、すぐに歩き出す。後継者争いが始まってから交流が乏しかった二人だが、同時多発魔物発生事件以降、カイルザインはリヒトだけではなくヴィレムとも距離を取っていた。
国王派のゼダン公爵家の中で、カイルザインだけが貴族派の次世代の象徴として担がれているため、彼は孤立を深めている。リヒトがこうして顔を合わせたのも、事件以降では初めてだ。
だが、カイルザインの顔つきからは少しも寂しさは感じられなかった。瞳はギラギラと輝き、リヒトを鋭く睨みつけている。
「フィルローザ嬢を守り切った事は褒めてやる。よくやった」
そして、睨んだままそう言った。まさか褒められるとは思わなかったリヒトは思わず立ち止まったが、その彼の横を通り過ぎる時にカイルザインはさらに口を開いた。
「彼女は俺の妻になるのだからな。無様な姿を彼女に見られる前に大人しく負けを認めたらどうだ?」
鋭い殺気と共に放たれた言葉に、リヒトは「だ、誰が!」と言い返したが、カイルザインは彼に構わずそのまま背を向けて去っていった。
事件後、カイルザインは貴族派の若き象徴として、そして己を高めるために忙しい日々を過ごしていた。
社交の場は減ったが、その分質を高めるために積極的に貴族派の貴族やポロフ伯爵達とパーティーやお茶会、音楽会や観劇で交流を計った。
そして寝る間を惜しんで武術の腕を磨き、魔法の研鑽に励んだ。そのお陰で、眠りを深くする事で短い睡眠時間で疲れをとる闇魔法の開発に成功した。
(あのオーガー共との戦いで、俺は新たな段階に進む事が出来た。最早プルモリーに指導してくれと頭を下げる必要はない!)
今のカイルザインは屋敷にいるより外出している時間の方が多かった。社交の予定がない日も、リジェルからの依頼でビスバ侯爵家や他の貴族家の騎士や護衛と、ギルデバランやゾルパから対魔物戦の訓練を受けている。
そのため、貴族派の貴族達との距離は縮まった。だが、その分彼が敬愛する父との距離が広まり、屋敷の中で孤立が深まっている。ヴィレムから歩み寄る気配がないため、猶更。
それが家族に等しい伯父の狙いである事も察しているが、今のカイルザインには気にならなかった。
(父上もいずれ理解するだろう。俺の方がリヒトより勝っていると。その時こそ、俺を認めてくださるに違いない! フィルローザ嬢も、俺の横であの可憐な微笑みを浮かべる事になるだろう!)
貴族派の貴族との交流が深まったため、必然的に国王派のガルトリット辺境伯家との交流は減っている。しかし、カイルザインはラザロの助言通り食事用のナイフを贈り、手紙のやり取りを続けている。
全ては順調であった。だが、そんな彼にも気がかりな事があった。
(ただ、王立学校で開かれる武闘大会でチームを組む相手はどうしたものか)
それはチームメンバー選びだった。いずれ彼も入学する王立学校。そこで開催される武闘大会では、最大五人までのチーム対抗戦で行われる。ルール上一人でも出場は可能だが、カイルザインも流石に一人でリヒトを含めた五人を相手にするのは避けたかった。
(リヒトのチームには確実にアッシュも入るはず。他の三人が雑魚だったとしても、リヒトとアッシュが前に出て残りが援護に徹すれば侮れん。
俺のチームにも、リヒトにとってのアッシュのように出来れば俺と肩を並べて戦える戦力が最低でも一人欲しいところだ)
だが、現時点では貴族派の貴族の令息令嬢の中にそこまで期待できる者はいなかった。ただ、候補ぐらいになりそうなものは二人いた。
ピッコリーノ伯爵家の三男ゲラルトと、ヘルゲン男爵家の次女シエラだ。ゲラルトは素行が悪いが身体能力が高く、シエラは火魔法や風魔法が得意だと評判だった。
しかし、同時多発魔物発生事件のせいで二人とも王立学校に入学できるか分からない……シエラの方はほぼ確実に入学しない……状況に置かれている。
(流石にゾルパやギルデバランを王立学校に入学させるわけにはいかん。俺と近い年頃で、素質のある奴が何処かから生えて来れば楽だが……妄想をしていても仕方がない。チームメンバー探しは保留とするか。
俺が王立学校に入学するまでの間に、素質に目覚めて伸びる奴もいるだろう)
なお、カイルザインはフィルローザをチームに誘うつもりはなかった。ルール上は可能だが、彼女が自分とリヒトに対して公平でなければならない立場にあるからだ。
もっとも、カイルザインはフィルローザが回復魔法の才能に恵まれ、今伸ばしているところである事を知らないので、最初から戦力になると考えていなかったのだが。
そして月日は流れ、年が明けて春の足音が聞こえ出した二月の下旬、王都に滞在していた貴族達はそれぞれの領地に帰還を始める。
ガルトリット伯爵家も例外ではなく、フィルローザはリヒトとカイルザインにそれぞれ別の日に別れの挨拶を済ませ家族と共に領地へ帰っていった。
そしてゼダン公爵家の面々も、帰還の途に着いた。滅天教団の陰謀が密やかに進行しているゼダン公爵領へ。




