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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
11/33

11話 転生勇者と義兄、それぞれの戦い

「お客様は屋内に避難を! 救援はどうなっている!?」

「カラルド殿が使い魔を向かわせました!」

 ガルトリット辺境伯の別邸の警備兵や騎士達は招待客を守るために懸命に戦っていた。


「ウマソウ! ニンゲン、ウマソウ!」

「ハラ、ヘッタァァァ! ニク、クワセロォォォ!」

 その相手はトロール。灰褐色の肌に腹が突き出た二メートル強の肥満体の魔物だ。討伐難易度はオーガーと同じDで、魔物全体から見れば強くはない。


「放てぇっ!」

 騎士の号令で警備兵達がトロールの群れに向かって一斉に矢を放つ。オーガーよりも動きが鈍いトロール達は矢を避ける事が出来ず、次々に矢を受けた。


「ニンゲン、ウマソウ!」

「クワセロ!」

 だが、倒れるどころか痛みに怯む様子もない。それどころか、突き刺さった矢が内側から押し出されて傷口が塞がっていく。


 オーガーと比べて力も俊敏さも、そして知能ですら劣るトロールだがその分高い再生能力を誇る。急所以外に刺さった矢の傷なら、十秒もすれば跡も残らず治ってしまう。

「トロールは胴体ではなく頭を狙えっ! 当たらなくても牽制にはなる! 第二射、構え!」

 それを目にして狼狽える警備兵達を騎士が叱咤するが、その騎士も内心忸怩たる思いだった。


(まさか王都で魔物の群れを相手にする事になるとは! 警備の兵に対魔物戦の訓練をさせるべきだった!)

 領内に魔物が多く生息し複数のダンジョンが存在するガルトリット辺境伯の騎士や兵は、魔物との戦いを経験し鍛えられた精鋭で知られていた。だが、ゼダン公爵家が備えている敵国と違って魔物は常に人間を脅かし続けている。


 そのため、ガルトリット辺境伯家が社交シーズンの際王都に連れて行く戦力はゼダン公爵家よりも少なかった。騎士は十名、魔道士はフィルローザの家庭教師のカラルドのみ。警備兵は現地採用の者ばかりだ。

 それだけメルズール王国の王都では優秀な騎士や冒険者が多い事を意味していたが、今回はそれが仇になった。


「放てっ!」

 再び矢が放たれるが、今度の狙いは胴体ではなく頭部だったので流石のトロールも目を庇う為に顔を手で覆い、立ち止まる。彼等でも眼球はともかく、その奥にある脳は再生できないからだ。


「かかれっ!」

 そこに騎士達が斬り込んでいく。魔力を帯びた剣や槍がトロールの四肢を斬り飛ばし、心臓を貫き頭部を刎ねる。

「ウオオオオオ! ニンゲン、ニク、ニクゥ!」

 しかし、トロールの数は多く全てを倒し斬る事が出来ない。騎士達も、常に剣に魔力を帯びさせることはできない。このままでは救援が来る前に押し切られる。


「加勢します!」

「ニ゛グ――」

 そこにリヒトとアッシュが駆けつけた。リヒトが振るう細い剣が、トロールの胴体を両断する。

「だ、だが……」


「僕はゼダン公爵家の者です! ご心配なくっ!」

 十歳程の少年二人に加勢される事に抵抗を覚えた騎士達だったが、リヒトがゼダン公爵家の者だと名乗ると、「感謝します!」と叫び返した。

 本音を言えば騎士達はそれでも招待客で少年のリヒトを戦わせたくなかったが、拒否できる余裕はないと判断したのだ。


「ヤワラカソウナ、ニクゥ!」

 同族が斬り殺されたにもかかわらず、新たなトロールがリヒトに襲い掛かった。身体能力を魔力で強化している彼は振り下ろされる灰褐色の手を掻い潜り、脇腹を剣で突き刺す。


(やっぱり、いい気分じゃないな)

 敵を倒す……殺す感覚。飛び散る血の鉄臭い臭い。剣から伝わる肉を斬り、骨を断つ手応え。そのどれもがリヒトにとって不快だった。

 再生能力の限界を超えるダメージを負ったトロールの瞳から光が消える様子は、見ているだけでゾッとする。


(この事件は原作にもあったのか? 原作でこんな事件が過去にあったとは語られていないはずだ。それとも作中では語られていない裏設定なのか?)


「リヒト、余計な事は考えるな!」

 嫌悪感から意識せず思考を逸らそうとしたリヒトだったが、アッシュの叫びに耳朶を撃たれて我に返った。

「グギィィ!」

 アッシュは激しい剣裁きでトロールの脚を何度も斬りつけ、再生が間に合わず地面に膝を突いたトロールの頭部を、庇った腕ごとすかさず斬り飛ばす。


「こいつらは俺達を食おうとしている敵で、食われたくないなら戦うしかない!」

 稽古相手として訓練を共にしてきたアッシュは、リヒトが命を奪う事に嫌悪感を覚えていると気がついていた。アッシュ自身も殺すのが好きという訳ではないが、彼は狩りなどで命を奪う事にリヒトより慣れていた。

 兄弟弟子として活を入れるのが自分の役目だと、剣を構え直して次のトロールに刃を向ける。


「わ、分かった!」

 それが伝わったのか、リヒトは嫌悪感を振り払うようにしてトロールが無造作に振り落とした拳をサイドステップで回避して、呪文を唱える。


「『光の散弾』!」

「ゴボォ!?」

 近距離で放たれた光の散弾が、トロールの脇腹を大きく抉り取る。刃による傷とは比べ物にならない程、肉と臓腑を荒々しく傷つけられたトロールは血を吐いて悶絶した。


(やっぱりあの試験は厳しすぎだ!)

 帰ったらプルモリーに一言抗議しよう。リヒトはそう考えながら、両膝を地面に着いて倒れ込んだトロールの後頭部を剣で貫き、捻って止めを刺す。


「調子は戻ったか?」

「ああ、お陰でね」

 そう言葉を交わして息を整えるアッシュとリヒト。戦況は彼等の側に傾いていた。

 ガルトリット辺境伯家の騎士達の奮戦と、警備兵達が放つ矢の援護。さらに駆けつけたカラルドが放つ火の攻撃魔法がトロールの再生能力を上手く封じている。大きな怪我をしている者もいない。


 だが、まだトロールは三分の二程残っている。数では圧倒的に不利だ。

「コ、コイツラ、ツヨイィ」

「ホカノニク、サガス?」

 しかし、そのトロール達の戦意は急速に萎えていた。群れと言っても、同じ場所で発生しただけの烏合の衆である彼等には上下関係が無い。同族同士何となく協力して大好物の人間を食おうとしているだけだ。


 その人間が想像以上に強いため食欲よりも恐怖が勝り、一旦逃げてもっと弱い人間を探した方が良いのではないかと考えだしていた。だが、結局リーダーが存在しないため決断力に欠ける。

(このまま、救援が来るまで時間を稼げれば僕達の勝ちだ)

 次々にトロールを倒したリヒトとアッシュだが、実は余裕はあまりない。まず、彼等が持っているのは本来の得物ではない。


 アッシュはリヒトの護衛だが、物々しい武具をお茶会に持ち込むのは憚られたため剣は普段より飾りが多くて短く細い、半ば装飾品のショートソード。そして盾はなく、着ているのは仕立てが良いだけのただの服。

 リヒトなどは警備兵の予備の武器を借りて間に合わせている。当然、防具はない。


 魔力で強化しなければ剣でトロールの骨を断つ事はできない。だが、普段より質が悪く強度が低い剣を使っているため魔力を込め過ぎると折れてしまう。

 それにアッシュや騎士達の魔力はそれほど多くない。このままトロールの相手をし続けていればいずれ魔力が尽き、トロールを倒す術を失う。


 リヒトは大量の魔力を持つが、流石に一人ではトロールから皆を守る事は出来ない。そのため、無理に倒しきろうとせず救援が来るのを待ちたいというのが彼の本音だった。


「何ヲ、シテル!?」

 だが、その時地響きを建てて一際大きなトロールが現れた。

「サッサト、人間共ヲ殺セ! 肉ニシロ!」

 全体的な形状はトロールと同じだが、灰褐色ではなく鮮血のように紅い肌をした上位種、ブラッドトロールだ。それが三体、何処からか調達したのかそれとも装備した状態で出現したのか、それぞれ巨大な棍棒を携えている。


「そんな、上位種までいたのか!?」

『ウォォォォ!』

 騎士の一人が思わず発した声をかき消す勢いで、トロール達が雄叫びをあげた。


「こいつら、急にやる気になりやがったぞ!?」

「上位種がいるからだ。気をつけろ、これまでのようにはいかないぞ!」

 戸惑うアッシュに後方からカラルドが警告する。魔物は上位種に従う本能があり、お互いに初対面でも瞬間的に主従関係を構築する事が出来る。


「ウオオオオオオッ!」

 それまで烏合の衆だったトロール達は、三匹のブラッドトロールの意思に従う配下となり、リヒト達に襲い掛かった。


「ブッツブス!」

 振り下ろされる拳をリヒトが右に避けると、他のトロールがすかさず弾き飛ばそうとタックルを仕掛けて来て、それを避けると同時に脇腹を剣で薙ぐ。

「ウォォォォ!」

「くっ!?」

 その時には最初のトロールが体勢を立て直し、脇腹を抑えて倒れ込んだトロールを踏み越えて殴りかかって来た。


「オラァ!」

 だが、アッシュが強引に剣を振るってトロールの腕を斬り飛ばしてくれたおかげでリヒトは体勢を立て直す事が出来た。


「助かったっ!」

「いいってことよ。でも、ヤバいな」

 怒りで我を忘れて突っ込んできたトロールの胴体を別々の方向から鳩尾と心臓を貫いて倒し、武器を構え直す。しかし、その時には倒れ込んだトロールが起き上がっていた。深く薙いだはずの脇腹にはもう塞がりかかっていて、目は食欲と戦意に溢れている。


 対してアッシュ達の限界は近かった。特に、アッシュの顔色は悪く息が上がりつつある。集中力と魔力の限界が近いのだろう。

 三匹のブラッドトロール達は戦闘に加わらず、かといってリヒト達の背後にある別邸を狙う事もせず、トロール達を叱責するだけで動こうとしない。

 自分達が戦うまでもないと高みの見物を決め込んでいる。そして、幸いな事についさっきこの世に発生したばかりの彼らは、別邸にもっと弱い人間が大勢避難している事を知らなかった。


(無茶をしてでも大技を使うか? でも呪文の詠唱が間にあわない。だったらまず敵の目を潰して……ダメだ、きっと敵を倒し斬る前に味方の息が切れる。だったら――)

 余裕のない状況で逡巡し、賭けに出るしかないかと無謀な考えがリヒトの脳裏を過る。


「『対象拡大』! 『体力回復』!」

 その時、後ろからフィルローザの声が聞こえると同時にリヒト達の体が淡く温かな光に包まれた。

「これは、体力が戻った!?」

 身体から疲労が消えていく感覚に驚きながらも、騎士達がトロールの攻撃を捌き、アッシュは鋭さが戻った剣で反撃を行う。


「リヒト様、加勢に参りました!」

「リヒト様っ、アッシュ、ご無事ですか!?」

 フィルローザとクランベが救援に来たようだ。リヒトはまだ魔法を習い始めたばかりの彼女を実戦に連れて行くのは危険だと思って、皆と避難するようにと言ったのだが……彼女の回復魔法に早速助けられた。


「ゼロパ男爵家第一子ゾフ様に代わって助太刀いたす!」

「同じく、フリーデル・ネロ男爵の命によりご助力いたす!」

「マゴット子爵家がご息女ロミュ様の命によって加勢します!」

 そこに聞き覚えの無い声がしたかと思うと、剣で武装した礼服姿の若い男女が十人程前線に加わった。名乗りから推測するに、招待客の貴族の子弟の護衛や付き添いだろう。


 避難を終えた貴族の子弟が自分達の護衛を寄越してくれたのだろう。前線に加わった者達以外にも人の気配がする。

「人間ガ増エタゾ! 美味ソウダ!」

「グズ共メ! オレガヤッテヤル!」

 援軍が来た事で、獲物が増えたと喜ぶブラッドトロール達だが、いまだに肉を献上できないトロール達には任せておけないと、自ら前に出ようとする。


(今ここで逆転しないと勝てない!)

 そう判断したリヒトは、素早く呪文を唱えて叫んだ。

「僕から目を逸らして!」

 アッシュとクランベは即座に、他の騎士やフィルローザ達もすぐにリヒトから目を逸らした。逆に、戦闘経験が無いトロール達は何かするつもりなのかと逆にリヒトの方に視線を向けてしまう。


「『閃光』!」

 瞬間的に目を焼くような激しい閃光がリヒトの掲げた手から放たれる。

「ウギャァァ~!」

「目ガァァァ! アァァァァ!?」

 堪らず悲鳴をあげながら足を止めるトロール達。いくら驚異的な再生力を持っていても、『閃光』によって一時的に失った視力はすぐには戻らない。


「大地よ、我が意のままに! 『地形操作』!」

 さらにリヒトはトロール達の足元の地面を操作して、深さ一メートル程の溝を作った。視覚を封じられたトロール達は逃げる事が出来ず足を取られ転倒し、もしくは溝に落ちて身動きが取れなくなる。


「今だっ!」

 すかさずアッシュが転倒したトロールの頭部を剣で貫き、騎士や護衛達もそれに倣う。クランベや警備兵達が放つ矢が、溝に嵌って動けないトロールの頭部から上半身に命中しハリネズミのようになる。


 劇的な逆転劇によって、リヒト達はトロール達の急所を破壊する事で倒す事に成功した。

「グオオオオ! 小賢シイ、人間共メ!」

 残ったのは三匹のブラッドトロールだ。討伐難易度Cの彼らは、トロールの上位種だけあってあらゆる面でトロールより優れている。


 再生力はもちろん、筋力も、そして皮膚や骨の強靭さもだ。

「ウォォォォ!」

 目が見えない状態で振り回した棍棒が、運の悪いトロールに命中しその上半身がひしゃげ頭部が熟れた果実のように割れる。再生力が高いトロールでも即死だ。もし当たったのが人間だったらどうなるか、考えるまでも無いだろう。


 だが、ガルトリット辺境伯領の騎士達は対魔物戦のプロだ。

「我々が引き付ける!」

「その隙に倒してくれ!」

 まともな防具を装備している自分達ならしばらく耐えられると、五人の騎士がそれぞれ盾を構えてブラッドトロールに駆け寄る。


「ココカァ!」

 騎士達の目論見通り、ブラッドトロールは音を頼りに彼等に向かって棍棒を振るう。直撃すれば鎧ごと叩き潰されかねない一撃を、騎士達は魔力で盾と身体能力を強化して受け止めた。


「マナよ、地獄の蛇となって我が敵を焼け! 『火炎大蛇』!」

 まず一体目のブラッドトロールをカラルドの魔法が焼いた。炎の蛇が騎士達の間を縫ってブラッドトロールに巻き付き、焼き殺そうとする。


 二匹目のブラッドトロールには、招待客の護衛達が魔力を込めた剣で切りかかっていく。

 そして三匹目を倒すために、リヒトは呪文を唱えていた。

(実戦で使うのは初めてだけど、騎士の人達が生きている内にブラッドトロールを倒すにはこれしかない!)

「『光刃』!」

 剣を包むようにして光の刃が出現した。


「ウオ!?」

 リヒトが振りかぶる光の刃に気がついたブラッドトロールは、棍棒を掲げてそれを受け止めようとした。

「オォ!?」「オォォ!」

 だが、光の刃は棍棒を音も無く切断すると、そのままトロールを正面から二つに両断した。


「やったっ!」

 右と左に分かれてブラッドトロールが倒れるのを見て、リヒトは勝利を確信した。

「ウオォォォォ! 肉、食ワセロォォォ!」

 だが、騎士や招待客の護衛達を跳ね飛ばした二匹目のブラッドトロールが、倒れて動けない彼らに止めを刺そうとしていた。クランベや衛兵が矢を放つが、ブラッドトロールの紅い肌に阻まれて矢は刺さらず、カラルドは火炎大蛇を維持しているため、他の魔法を唱えられない。


 咄嗟に消えかけていた光の刃に魔力を再度込めるが、間に合わない。

「オラァ!」

 その時、アッシュが投げた剣がブラッドトロールの肩に深々と突き刺さった。ブラッドトロールにとっては痛手ではないが、一瞬腕を振り下ろすのが遅れた。


「はあぁぁぁぁ!」

 それで何とか間に合った。強引に魔力を放出したリヒトが剣を振って射出した光の刃が、ブラッドトロールの腕と頭部を切断したのだ。


「今度こそ、やった?」

 二匹目のブラッドトロールの向こうで、一匹目が炎に焼かれて倒れ伏したのを確認して、リヒトも膝を突いた。無理やり光の刃を放ったため、魔力を限界近く消費してしまったのだ。


「リヒト様!?」

「リヒトっ!?」

「ぼ、僕は大丈夫。怪我はしてない、疲れただけだから……他の人を先に手当てして」

 フィルローザやアッシュにそう言うのが限界だったようで、そこで彼の意識は途切れた。







 貴族が保有している戦力は、治める領地の無い法衣貴族より領地を治める貴族の方が多い。税収や守るべき領地の有無という要因もあるが、最大の理由は法衣貴族の多くが魔物の脅威が乏しい王都にいるからだ。


 政治家としての側面が強いビスバ侯爵家もその例外ではなく、管理された狩猟場での狩猟とパーティーのために特別護衛を増やす必要性を感じていなかった。

「リジェル様達はまだか!?」

「お客様の護衛の方は協力願いたい!」


 今、その判断を悔やんでいない者は存在しない。

 別邸の庭で狩猟に出た男性陣を待つ間お茶と軽食を楽しんでいた女性陣は、前触れもなく文字通り地面から生えたオーガー達に驚き、震え上がった。その女性陣を守るために、ビスバ侯爵家の騎士と警備兵は懸命に立ち向かった。


「ウギャァァァァ!?」

「油断するなっ、次が来るぞ!」

 オーガー達はお互いに連携せず散発的に襲い掛かってくるだけだったので、それで何とか撃退できていた。

「オレニ、従エ、クズ共!」

 だが、それもオーガーの中にオーガーコマンダーが出現するまでだった。


 通常のオーガーよりも一回り大きい体躯に、簡素だが鎧を着て盾と剣や斧で武装しているオーガー達を指揮する上位種。その戦術は配下の犠牲を厭わない強引で単純なものだが、単細胞で狂暴なオーガー達にとっては理想的な指揮官だ。


「アリエッテさん、モルガレーテさん、ルルシア、あなた達は他のお客様と一緒に逃げなさい」

「お義母様っ、でもオーガーは獣並みに俊敏だと聞いています! 馬でも追い付かれる事もあると聞いた事がありますわ」

 リジェルの妻、イリーナ・ビスバ侯爵夫人の指示にラザロの婚約者の一人であるアリエッテは異を唱えた。


 オーガーは同じ討伐難易度Dのトロールにある再生力が無い代わりに、全体的に身体能力が高い。大柄な見た目に反して俊敏で、馬よりもスタミナでは劣るが速さでは匹敵する個体も少なくない。

 馬や馬車で逃げても、ここから王都の都市部へ逃げ切る前に追い付かれる者が出るだろう。


「だからこそ、私達がここで一秒でも時間を稼ぎます。さ、あなた達は速く行きなさい」

 リジェルの第二夫人サティエラ・ビスバが気丈にそう言った。勇ましく槍を携えているが、彼女に嗜み以上の腕前が無いのは明らかだ。

「そんなっ! 嫌です、母様! サティエラ様っ! 逃げるなら一緒に逃げましょう!」

 ビスバ侯爵家の末娘のルルシアがそう訴えるが、二人の決意は揺るがないようだ。


「ルルシア、今日のホストは私達なの。それなのにゲストの皆様より早く逃げたらビスバ侯爵家の誇りと権威に傷がつくわ」

「そして誇りと権威を喪った貴族は貴族ではないの。私達なら大丈夫、きっとお父様達が来てくれるわ」

「だからそれまであなた達は安全なところで待っていて」


「待ってくださいっ! かすかに蹄の音が――」

 しかし、その時ラザロの二人目の婚約者モルガレーテが剣劇の音やオーガーの雄叫びに混じって、こちらに近づいて来る蹄の音に気がついた。

「キャァ!? あれは攻撃魔法!?」

 だが、それを言い終わる前に、激しい爆音が何度も轟き黒い煙が上がる。


 その時、空に弓を構えた人影があるのにルルシアは気がついた。

「カイル兄さま? カイル兄さま!? カイル兄さまが助けに来てくれたんだわ!」







 ギルデバランと馬を並走させ、すれ違いざまにオーガーをまた一匹切り倒してカイルザインは見えて来た別邸の状況に笑みを深くした。

「持ちこたえているようだな」

 オーガー達は別邸を半ば囲うように展開していた。見たところ建物は無事なので、庭でビスバ侯爵家の騎士や警備兵達が食い止めているのだろう。それなら、伯母や従兄妹達は無事なはずだ。


 後ろに続くラザロが「良かった」と息を吐き、まだ助かった訳じゃないと再び気を引き締める。

「それでどうする!?」

「数が多い。見たところ、上位種らしい個体もいるようです」

 しかし、ギルデバランが指摘したようにオーガーは一見しただけで二十匹以上いる。

「二手に分かれましょう。ゾルパとラザロ様は守勢に合流、私とカイルザイン様はオーガー共を斬り倒しリジェル様達が来るまで奴らの注意を引く」


「なっ!? 本気か!?」

 自分だけではなく主君と仰ぐ少年にも危険な役割を割り振るギルデバランに、ラザロは思わず問い返す。

「いいだろう! ギルデバラン、どちらが多く首級をあげるか勝負だっ!」

 しかし、そのカイルザイン本人は楽しくて仕方がないという様子で馬をさらに速く走らせた。


「兄上達が合流するために、まずはオーガー共を引きつけなくてはな。……マナよっ! 我が意に従い、矢に宿り爆炎を為せ」

 手綱を手放し、脚だけで馬を操りながら矢を番えた弓を引き絞る。


「『爆炎の矢』!」

 そして、別邸から比較的離れた位置にいるオーガーを狙って矢を放った。鏃に火球を宿した矢は真っすぐ飛び、オーガーの胴体に当たり……爆発!


「グオオオオッ!」

 巨体を吹き飛ばす衝撃と燃え上がる炎にオーガー達は驚愕し、顔を憤怒に歪め咆哮をあげる。

「新手ノ人間ダ! オ前ラ、殺シテコイ!」

 生存本能より闘争本能が上回るオーガーを下手に抑えれば、統制が取れなくなる。自身もそうであるオーガーコマンダーはそれを本能的に理解しており、すぐに迫りつつある騎馬の小集団に向けて一隊を差し向けた。


「『爆炎の矢』!」

 だが、カイルザインはさらに続けて矢を放ち、さらに数体のオーガーを爆発で吹き飛ばした。

「アイツラヲ先ニ殺セ!」

 それにより、オーガーコマンダーは優先順位を別邸の守勢からカイルザイン達に変え、半数以上のオーガーを彼等に向かって差し向けた。


「いいぞ、思惑通りだ。

 お前はここまでだ。離れていろ」

 カイルザインは馬にそう語り掛けながら首筋を撫でると鞍の上に両足を乗せ、魔法で空に向かって飛び上がった。


 地上から五十メートル以上飛び、こちらを見上げるオーガーコマンダーの位置、別のオーガーに斬りかかるギルデバラン、守勢に合流するべく進路上のオーガーを魔法で蹴散らすゾルパとラザロの護衛達、そして伯母や従妹達が無事らしい事を確認する。


(良し。オーガーの指揮官はあれか。では、他の場所を狙うか)

 下手に指揮官を喪ってバラバラに暴れられる方が厄介だと判断したカイルザインは、オーガーコマンダーや味方から離れた位置にいるオーガーの小隊を狙ってさらに三本の『爆炎の矢』を打ち込む。


「ガァァァァ! ニンゲン!!」

「ブッコロス!」

 しかし、オーガー達もやられてばかりではない。己の身一つで生まれたばかりであるため弓や投げ槍等の飛び道具を一切持っていなかった彼等だが、ビスバ侯爵家に仕える庭師達が整えた庭園の木を引っこ抜き、庭石を持ち上げてカイルザインに向かって投擲しようとしている。


「魔物の怪力でも流石にここまで届かんだろうが、矢も切れた。兄上達も守勢と合流したようだし、そろそろ新魔法を披露するとしよう」

 カイルザインは弓を背負うと、太陽の光を浴びながら腰の剣を抜き放ち、呪文を唱えた。


「影より現れ出でよ、我が現身。『影法師』!」

 地面に落ちたカイルザインの影が音もなく起き上がり、黒く細長い歪な巨人が現れた。これがカイルザインの新魔法、『影法師』。自身の影を実体化させ、操る魔法だ。その身体能力等は術者本人と同一である。


「グ、グオオオ!?」

 オーガー達は突然出現したカイルザインの巨大影法師に驚愕し、とっさに狙いを変えて庭園の木や庭石を投げつけた。


 その結果、巨体故に回避が間に合わなかった影法師は、木や庭石を受けて消滅した。『影法師』はどんなに大きくても、術者と同じ身体能力しか持たない上に、魔力で自己強化を行えないから当然だ。

 予想外の呆気ない消滅に、オーガー達も呆気にとられ思わず動きを止めた。


「ハッハァッ!」

 その間に、カイルザインは地面に向かって急降下し、地を這うような低空飛行でオーガー達の横を通り抜け様に魔力で強化した剣を振るい、彼等の腕や脚にダメージを与えていく。彼が出席していたのは危険の無いお茶会ではなく、熊や猪等の猛獣と遭遇する危険のある狩猟だ。そのため、彼やギルデバランは愛用の剣を持ち込んでいた。


「くたばれ、魔物風情が!」

「ブチ殺ス! 人間!」

 そしてオーガーコマンダーに肉薄したカイルザインは、そのままの勢いで剣を振るい、オーガーコマンダーが叩きつけようとしていた盾を断ち割り左腕を半ばで切断する。


「グオオオオオオ!」

 絶叫するオーガーコマンダーの背後で着地。魔力で強化した脚でその反動に堪えて再び切りかかる。

「オオオオオオ!」

 そしてオーガーコマンダーが右手で振るう剣を掻い潜ると、脇腹を深々と剣で薙ぐ。


「ゴバッ!? グ……ゥ……」

 血を吐き、憤怒に顔を歪めたまま、しかし瞳から光を喪ったオーガーコマンダーが倒れ伏す。

 勝った。後は残り半分程になったオーガーを退治するだけ。


「フン、後は残りを倒せば――!?」

 言葉の途中で、彼を囲むように音もなく先ほど倒したのと同じオーガーコマンダーが五体、地面から出現した。

「カイルザイン様っ!?」

 ギルデバランの叫び声と同時に、血が飛び散った。

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