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転生勇者の義兄は噛ませ犬では終わらない  作者: デンスケ
第一章 ゼダン公爵領編
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1話 転生勇者義弟と公爵家第一子義兄の初対面

新連載始めました。よろしくお願いします。

 彼は父親から、「お前は、俺に似て生まれついての変わり者だな」とよく言われて育った。それは誰も教えていないはずの歌を歌ったり、誰も見た事も聞いた事もない動物や物品の名前を口にしたり、誰も知らない物を食べたがったり、とにかく奇妙だったからだ。


 彼が誰もが知っていると思った歌を口ずさめば「変わった歌ね」と言われ、両親の仲間がテイムしている狼を見て「ハスキー犬みたい」と口にすれば怪訝な顔をされ、冬の寒い日に「おでんが食べたいな」と呟けば「おでんってなんだ?」と聞き返される。


 しかも、困った事に彼自身もその歌をどこで知ったのか、ハスキー犬とは何なのか、おでんとはどんな食べ物なのかを説明する事が出来ない。ふと思い浮かんだものを、無意識に口にしていただけだからだ。

 そんな彼を気味悪く感じる者もいた。しかし、彼の父と母は彼の言動を悪くは受け取らなかった。


「子供の頃は大人には分からない事を言うものだ。俺も、ガキの頃はよく親父から珍獣のように扱われたぜ」

「それはやり過ぎだけれど、この子が自分の言葉で私達に説明できるようになるまで待てばいいだけの事よ。今、焦る事はないわ」


 だが、彼が両親に奇妙な言葉について説明する日は来なかった。何故ならその約一年後、冒険者だった両親は何者かの手によって命を奪われてしまったからだ。

 そして、彼は父の実家に引き取られ、叔父の養子となる事になった。


「着きましたぞ、リヒト坊ちゃん。ここが今日からリヒト坊っちゃんの新しい家、ゼダン公爵家のお屋敷でございます」

 柔和な顔つきの老執事に手伝ってもらって馬車から降りた彼……リヒトは、まるで城のように大きく広い屋敷に圧倒された。


(まさか父さんが貴族……それも公爵家出身だったなんて思わなかった。それにしても……なんだろう? 気持ちが悪い)

 リヒトは自分がゼダン公爵家の血を引いていると知った時から、妙な気分の悪さを覚えていた。

 両親が死んだ哀しみや喪失感、これから顔を合わせる叔父家族と上手くやって行けるか、そして一変するだろうこれからの生活への不安。そうしたストレスのせいかと思ったが、何か違う。


(こういうのを何て言うんだっけ? ……そうだ、違和感だ。僕は何故違和感を覚えている?)

 気分の悪さの正体は分かったが、原因が分からない。そのままリヒトは老執事に促され、屋敷に入った。

『ようこそ、リヒト坊ちゃん』

 すると、玄関ホールに何人もの使用人が彼を迎えた。


「ここに集まっている使用人は、主に本宅で働いている者達です。他にも庭師、馬番、犬番、警備兵、魔法使い、職人、農夫、大勢の者達がおります」

 大勢の人に圧倒されているリヒトに、老執事がそう耳打ちする。貴族は大勢の使用人を抱えている。公爵ともなれば、使用人とその家族だけで小さな町以上の規模がある。


「しかし、残念ながら旦那様と奥方様、お嬢様達はそれぞれのご用事でお留守です。ご在宅なのは――」

「クランベ、その者がザリフト伯父上の息子のリヒトか」

 老執事の説明を遮って、使用人達の後ろから幼い声がした。すると使用人達は素早く左右に退き、青紫色の髪をした少年と、茶色の髪をした少年が現れる。


「はい、カイルザイン様、タレイル様。リヒト坊ちゃん、この方々が今日からあなたの義兄上となる方です」

 クランベと呼ばれた老執事が二人の少年を紹介したその時、リヒトは全てを思い出した。

(そうだっ! 俺は葛城理仁。会社の帰り道で倒れている人を見つけて、大丈夫か声をかけて救急車を呼ぼうとしたら……その人に俺は刺されて気を失った。

 じゃあ、今いるこの僕はいったい?)


 頭の中で閃光弾が爆発したかのようなショックに混乱しながらも、リヒトは必死に思い出した記憶と知識を整理しようと試みた。


(僕はリヒトで、冒険者だった父のザリフトと母のヒルデを何者かに殺されて、今日からゼダン公爵家を継いだ叔父の養子になる。メルザーク王国、ゼダン公爵、リヒト、カイルザイン……聞き覚えがある。そうだ、これはエルナイトサーガじゃないか!)


 エルナイトサーガとは、葛城理仁が子供の頃に読んでいたライトノベル作品だ。主人公が自分と同じ名前だったので思い入れも強く、よく覚えている。

 主人公はゼダン公爵家に引き取られた養子の少年、リヒト・ゼダン。剣と魔法の世界エルナイトを舞台にした作品で、選ばれた勇者が仲間と共に魔王復活を目論む邪悪な教団と戦い、世界を救うという物語だ。


 子供の頃は自分と同じ名前の本の中のリヒトのように冒険がしたいと思いを馳せたし、コミック版も全巻持っている。アニメや劇場版だって見た。

(でも、なんで僕がリヒトに!? ここは本の中? それともこれは倒れた僕が見ている長い夢なのか!?)

「おい、どうした? 大丈夫か?」

 試みが上手く行かず頭を抑えて呻き出したリヒトに、カイルザインが心配そうに手を差し伸べた。それは打算の無い気遣いによるものに見えたが……。


「よ、寄るなっ!」

 リヒトは咄嗟にカイルザインの手を叩いて振り払った。

「っ!?」

「リヒト様、何を!?」

 老執事のクランベが声をあげるが、リヒトの耳にはその言葉は届かなかった。


「ぼ、僕に、近づくな。う……ぎ……」

 脚に力が入らなくなり、リヒトは床に倒れ込むとそのまま意識を失ってしまった。






「リヒト様っ!」

 倒れたリヒト……今日から義弟になる三歳年下の少年をクランベ達が助け起こすのを、カイルザインは凍り付いたように固まったまま見下ろしていた。

「熱がある。侍医を呼んできなさい。私はリヒト様を部屋にお連れします」

 周囲の使用人達に的確に指示を出したクランベはリヒトを抱き上げると、カイルザインを気遣うように声をかけた。


「カイルザイン様、先ほどのリヒト様の行動は悪気があった訳ではないと思います。どうか、お許しください」

「……分かっている」

 そのお陰で、ショックで止まっていたカイルザインの頭はようやく動き出した。


「両親の死と環境の変化のせいで出た熱に浮かされての行動だろう。俺は気にしていないから、さっさと休ませてやるといい」

「ありがとうございます。リヒト様も安心なさるでしょう」

 リヒトを抱き抱えたまま一礼すると、クランベはそのまま彼を部屋に連れて行った。


「よいのですか、兄上?」

 それまで黙って様子を見ていたタレイルが、不思議そうに声をかける。

「何がだ、タレイル?」

「いえ、いつもの兄上ならあんな無礼な真似をされて大人しくしているはずがないと思って……」

 こちらの顔色を伺うような腹違いの弟の態度に、カイルザインは苛立ちを覚えた。


「さっきクランベに言った通りだ。それ以下でも以上でもない」

 しかし、それは八つ当たりである事は理解できたため、カイルザインは苛立ちを飲み込んでそのまま歩き出した。

「あ、兄上、何処へ?」

「これから剣の稽古だ。お前も家庭教師の先生のとこへ行け」


 現ゼダン公爵の父、ヴィレムから冒険者になった伯父のザリフトとその妻が何者かの手によって殺された事を知らされた。

 カイルザインによって伯父は自分が生まれる前に家を出て行った人物で、彼は内心「後継者の座を放り出して出奔した、無責任な人物」と内心軽蔑していたので、悲しいとは思わなかった。ただ、父はそんな伯父を慕っていたようなので、表面上はその死を悼むふりをした。


 そして父は伯父の子……カイルザインにとって従弟に当たる少年を引き取ると告げた。さらに、「実の弟だと思って仲良くするように」と彼に申し付けたのだ。

 だから、カイルザインは義弟となった三歳年下の少年と仲良くするつもりだった。


 滅多に自分に話しかけない父から言われたのだ。義弟と良好な関係を築ければ、父は喜んでくれるに違いない。自分を褒めてくれるはずだ。

 それに、ゼダン公爵家の後継者争いの競争相手ではない義理の弟を敵視する理由はカイルザインには無い。亡き伯父に憧れているらしい父のために、伯父の忘れ形見の良い兄になってやろう。


(チッ、思うようにはいかないものだな)

 だと言うのにそのリヒト本人によって出鼻を挫かれたカイルザインは、矛先を見失った苛立ちを抱えたまま剣の稽古を受けるために屋敷の外に向かった。






 リヒトが目覚めたのは、日が完全に沈んでからだった。公爵家お抱えの医師の診断を受け、倒れたのは病や呪ではなくストレスによるものだろうと言われたが、念のために明日まで安静に過ごす事になった。

(そうか。俺は刺された後、助からずに死んだのか。そして、僕に生まれ変わった)

 熱が下がり冷めた頭で思い出した記憶についてリヒトは考えていた。


 輪廻転生、それも子供の頃から好んでいた物語の主人公に。ありえないと思うが、そうとしか……いや、そう考えたい。

(全部僕の妄想だとは考えたくない。

それに、それなら僕が以前から口ずさんでいた歌や食べたがっていた食べ物の説明もつく)

 そこまで考えたリヒトはため息を吐いた。


(これからの事を思うと、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない)

 大好きな作品の世界を体験できるのは、ファンとしては嬉しい。好きなキャラクターとも会えるし、仲良くなれると思うと胸が高鳴る。それに、剣を振るい魔法を唱えて少年時代に憧れた大冒険が出来る。


 しかし、リヒトになってしまったという事は、世界を救う為に戦わなければならない事を意味する。彼が戦わなければ、滅天教団によって復活した魔王ヴェルシェヴェルガーによって、世界は滅ぼされてしまうからだ。

 どこで何をしていても関係ない。戦うのが嫌だからと言って何もしなかったら、リヒトは二十代の半ばになる前に他の人類と一緒にこの世界ごと殺されてしまう。


 それを防ぐためには、エルナイトサーガのストーリーにあるように厳しい修行に堪え、辛い試練に打ち勝ち、初恋の人や親友、ヒロイン等大切な人々との永遠の別れを乗り越え、何度も死にそうになりながら敵を倒して魔王復活を阻止して、滅天教団の教祖を倒さなければならない。


 それに、前世の事を考えると未練が積もり哀しくなる。来週には有休をとって思う存分休む予定だったのに、続きが見たかったアニメや映画、漫画があったのに。両親は自分が死んでも大丈夫だろうか? 自分を刺した犯人は捕まったのか? 同僚達に迷惑は掛かっていないだろうか?


(前世については、考えるのは止めよう)

 だが、リヒトは前世についての未練は考えないよう努力する事にした。こうして異世界に輪廻転生してしまった以上前世の事はどうにもならないからだ。

 日本に戻りたくても、戻る方法が存在するのかも不明だ。方法があったとしても、それこそ辛く厳しく、何より長い冒険の末にやっと可能になる奇跡だろう。


 万が一、今すぐ日本に戻れたとしても……今の六歳児のリヒトを見ても葛城理仁三十歳の生まれ変わりだと信じてくれる者はいないだろう。

 そもそも、地球で理仁が死んでから何年経っているか分からない。この世界のリヒトの歳から、最低でも六年は過ぎているはずだが、死んでから即生まれ変わったとも限らない。奇跡的に日本に戻れたとしても、百年以上の時が過ぎていて二十二世紀になっており、葛城理仁を知っている人間は一人もいなかった。そんな事もあり得る。


(日本の料理や物品のいくつかは再現できるだろうから、それを慰めにするか。おでんの出汁に使う醤油やみりんをこの世界で作るのは、無理かもしれないけど)

 諦めるための理由を並べて前世への未練を吹っ切ろうとするリヒトだったが、前世の記憶を利用する事は考えていた。


(あとは、この後どうするかだな。エルナイトサーガのストーリー……原作に出来るだけ沿って動くか、それとも原作の流れから逸脱するか。逸脱するとして、どれくらい原作から逸れるのか)

 自分が生き延びるためにも、世界を救うために戦う事は決まっている。決まっていないのは、その過程だ。


 原作に出来るだけ沿って動くなら、原作通りに魔王の復活を未然に防ぎ世界を救える可能性が高い。だが、その過程で原作通り犠牲になる人々が出てしまう。

 リヒトの初恋の人のメイドや、王立学校で出会った親友、再会した幼馴染が原作通り殺され、そしていくつもの村や町が原作通り滅ぼされてしまう事だろう。


 逆に原作から逸脱して動く場合、原作通りの結果になる可能性は低くなる。それは原作以上の被害が出る……最悪の場合、魔王復活を阻止するのに失敗して人類は滅亡する危険性がある事を意味する。

 だが、もしかすると原作より被害者の数を抑えて魔王の復活を阻止し、滅天教団を壊滅させる事が出来るかもしれない。


(よし、より良い結果に改変する事を目指して原作を逸脱しよう!)

 リヒトはすぐに後者を選んだ。何故なら前者……原作に沿って行動するのは不可能だからだ。

 前世はエルナイトサーガのファンだった彼だが、エルナイトサーガの全てを覚えている訳ではない。

 さらに言えば、エルナイトサーガはライトノベルだ。詳細な歴史書や、リヒト・ゼダンの日記帳でもない。なので、当然描写されていない期間や、僅か数行しか記されていない時期がある。


 エルナイトサーガは主人公のリヒトが六歳のプロローグから始まり、二十五歳の青年期にエピローグで終わる長い物語だ。ライトノベルでは描写する必要の無い、退屈な日がいくらでもあるはずだ。そんな日に何をすればいいのか、そして何をしてはいけないのか原作主人公本人ではない彼には分からない。


 とはいえ、もちろん原作をただ逸脱すればそれでいい訳ではない。未来の事について予測できる程度には原作の流れに沿い、改変するべきところだけ改変する。それが理想だ。

(あくまでも理想だ。そんな事が出来るかは分からないけど、やるしかない。そのためにも強くならないと。上手く立ち回るには、原作の主人公より僕が強くならないといけないからな。

それに、あいつには警戒しないと)

 記憶が戻るきっかけになった人物。エルナイトサーガで、最も主人公を苦しめた敵。


 滅天教団四天王の一人、カイルザイン。今日、倒れる前彼が手を振り払った少年だ。

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[一言] なんだろうな…リヒトがいらんことして「滅天教団四天王のカイルザイン」を生み出す展開にならんことを祈るがw
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