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言葉遊びは白昼夢にて


SFと書いて「すこしふしぎ」と読むようなお話が好きです。

作中に仕掛けがひとつ施されていますので、それを見付けてみてください。






 春先の夜が好きだ。暗闇に佇む満開の桜を、ただただ眺めている時間が好きだ。桜の見頃というのはあまりにも短期間で、雨風がくれば一瞬で散ってしまう。春の夜は冬ほどの鋭痛を伴わず、夏ほどの蒸し暑さもない。風すら寝静まる頃、柔らかい真白の毛布に包まって窓辺から夜桜を楽しむのが、僕が一年で最も好きな時間なのだ。


「だからといって、夜更かしを黙認する訳にはまいりませんわ」


 煩わしくもそう言って僕を寝かしつけようとしてくるのは、母さんが雇ったこの家の家政婦だ。メイド、と言った方が正しいのかもしれないが、そんなことは知ったことではない。メイドとは、もっとお淑やかで清楚なイメージだというのに。この家政婦ときたら夜中に僕の部屋に入ってきては早く寝ろと言い、朝は早く起きろと僕を揺さぶる。外面はきちんと取り繕っているのだから、家の中でくらい力を抜いていたい。


「言いたいことはそれだけですか? 全く、皆様は甘やかし過ぎなのです。ほら、早くご就寝なさってくださいな」


 中々家政婦は引いてくれない。分かっていたことだが、ここで大人しくはいそうしますと言う訳にはいかない。桜が咲いている時期は哀しいほどに短いのだ。こうなったら一度布団に戻って寝るふりをして、家政婦が去るのを待つしかない。真白のシーツの上に横になり、布団を被って目を瞑る。シーツの冷たさが身にしみて、ないまぜの感情を手伝って目が覚めていく。僕の頭の中は夜桜でいっぱいなのだ。


「駄々をこねないだけ大人になりましたね。おやすみなさいませ」


 狭くない部屋の隅々までに音を行き渡らせて、良い夢を、という言葉を最後に家政婦は出ていく。午前1時半、僕以外の人が世界から完全に居なくなるのを充分に待って、僕はパチリと目を開く。暗順応に従い暗さに反して明確な視界の元、ゆっくりと身を起こせば布擦れの音がする。窓から射し込む月明かりの青色が目を引く。毛布を肩にかけ、窓辺に近寄って桜を眺める。外側の花弁は月明かりを薄いそれに余すところなく受けて、内側の桜色に色濃く影を落とす。コントラストが美しい。花弁に似合わず立派な幹は艶やかに光を反射させる。濃紺の空に高く昇ったぽっかりと浮かぶ満月は、この景色を飾るにはあまりにも適役でいっそ罪深い。


「いつまでも、この景色が続いていたら良いのにね」


 眠気を知らない僕の頭は考えることをやめていく。それに抗わずにいれば、無音が緩やかに世界を囲っていく。僕の世界は、僕と月と桜だけになった。




◇◆◇




 春先、桜の咲く頃に、月は高く昇らない。4月上旬の午前1時半、日本の月は決して高く昇らない。


 年老いた彼は気付かない。窓からの景色の中に、桜なんて咲いていないことに。窓の外では林立するビル群の明かりと、奇妙な形をした街灯が濁り曇った空を照らしている。桜も月も存在していないことに、彼は永劫、気付いていない。


 娘は彼を叱り続ける。目を覚ませと、実の父親を叱咤し続ける。夜中、幻を見続ける彼に、夢の世界へ戻ってくれと。昼間、夢の中に居続ける彼に、こちらの世界に戻ってこいと。親すら妻すら見放した彼を、娘は何度も呼び続ける。愛する父からの、父として渡される言葉をもらえるまで、彼女は彼を父と呼ばない。


 冷たい病室の外は、気の狂った者達ばかりで溢れている。ここは精神を患う人間が集められる場所。都会の中にそびえ立つ精神病院。千人を超える入院患者数も最早異例ではない。文明が進むにつれ、精神病者は増えていく。年寄りから子供まで、日に日に病室は埋まっていく。それでも文明は止まらない。


 これは、そんな世界に生きたとある親子の話。




『言葉遊びは白昼夢にて』


以下、答え合わせです。








セリフと地の文が、しりとりになっています。

タイトルの白昼夢にて、とある通り、主人公が幻覚を見ている間のみ、この形式で書いています。




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