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雨天、たちまち、雨の国

作者: 木村村

雨の日は人通りが少ない。


ほとんどの音は耳を覆うように降る雨に遮られ、空は暗く、目の前を通っていく人は皆、強い雨に絶対に当たるまいと傘の柄の部分を握りしめ、下を向きながら歩いている。


私も同じようにして商店街の脇を歩いていた。しかし、なぜだろう。今日はなんだか、道路を少し離れて立ち止まり、歩いていく人を眺めてみたい気分になった。


私は花屋の店の小さな屋根の下で傘を閉じ、なんとはなしに歩いていく人々を眺めた。ある人はカバンを盾にして雨を避けるように走り、またある人は私と同じように立ち止まって、屋根のあるところで雨宿りをしている。


紛れもない、雨の日の景色だ、と私は思った。普通の人ならこれに何の疑問も浮かばないだろう。

しかしなぜだろうか


そこで、ふと、私は気が付いてしまった。何か釈然としない。もやもやした心情が胸に突っかかっている。


なぜ、傘を持っているからといって、当たり前のように傘をさしているのだろう。


当たり前のことなのに、今はなぜか無性に気になってしまった。別にさしてなくたっていいじゃないか。それを決めるのは本人の自由だし、人それぞれ違ってもいい。しかし皆、通りゆくすべての人が、傘をさしている。

そう考えるとまた新たな疑問が浮かんできた。



なぜ、雨の日は外に出ないのだろう。



別に晴れの日のようにふるまってもいいじゃないか。濡れるのが嫌なのならばなぜ嫌なのだろう。


不思議だ。いや、決して不思議ではない。しかし今の自分にはそれが大きな違和感に感じた。


私は自分の襟を正しながら、湧き上がる疑問と、そして好奇心と相談する。


みんながしないのなら、私がそのパイオニアになってしまおうか、


私が傘をささない第一人者になってしまおう。私は思い切って傘を閉じたまま道路へと戻り、歩き出した。


当然、強い雨は私の肩や髪の毛をひどく乱暴に濡らした。無論、スーツも全体的に濡れ始める。


来ているスーツは明日も着ていくのに汚れてしまってはどうしよう。これがみんなが傘をさす理由なのかもしれない。私は今になって少し後悔し始めた。


ズボンは一瞬でぐしゃぐしゃになってしまい、私は多少の不快感を覚えながら歩く。


さんざんだな、私はこの様な羞恥を同僚などにみられていないかと一度あたりを見渡した。赤の他人ならともかく、仲間に見られたら確実にからかわれてしまう。私は焦った。

が、あたりを見渡して驚いた。


傘をさす全ての人が、下を向き、まるで自分のことを見ていなかったのである。生き行く人のすべてが自分の靴とにらめっこし、他人のことなどどうでもいいようにひたすら歩いていた。


誰も私のことを見ていないのか、


それに気が付いた途端、急に心が軽くなった気がした。

自分だけ別のことをしているのに、誰もそれに気が付かない。

まるで透明人間にでもなったかのような特別感、そして何年も歩いてきたこの道がまるで初めて歩いたかのような新鮮さを感じさせ、随分と動いていなかった心臓がどくどくと動き出したような気がした。なんてすばらしい感覚だろう。


まるで、別世界だ。


私はうれしかった。この繰り返しの日常から抜け出したいとあれだけ願っていたことが、日常の間で叶ってしまったのである。私は走り出した。


いまなら、なんだってできるぞ。


私の顔は自然に笑顔になっていた。

そう、今ならなんだってできる。違う。本当はいつでも何をやってもいい権利が自分にはあったのだ。ただ、それが傘によって遮られ、気が付かなかっただけ。


できることはやらなくてはならない。


だから今、やってしまおう。

みんなが、この、雨の世界に気が付く前に






皆さんは、雨はお好きでしょうか。

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