2)本当に甘くなかった過去
「甘い」
二人が十分離れたはずの頃合いになり、調理場に一言声が落ちた。
「まぁな」
調理長も頷いた。
「あの、ありがとうございました」
新入りの言葉に、調理長は大きく息を吐いた。
「あの嬢ちゃん、ローズは可愛いけどな。いいか、間違えるな。ローズは、ロバートのお気に入りだ。目に入れてもいたくないってくらい可愛がってる。可愛がるのはいいが、ほどほどにしろ」
「はい。あの、お二人は、恋人ですか」
新人の不躾な質問に、調理長は首を振った。
「わからん」
「ロバートは、あの綺麗な顔だろ。作り笑いなのか、本当に笑ってるのか今一つな」
「なにせ、昔王太子様狙ってきてた刺客を、表情一つ変えずに、バッサバッサ切り倒してたからな」
「あぁ、あれは凄かった。おかげで儂らも生き延びたようなもんだ」
「王太子様がな、こちらに来られた当初、隣の国の王子様を王太子にしようって連中がいたんだ。お命を狙って、何度も、王太子宮に刺客がきたからな」
「騎士も何人も死んだし、ロバート自身、死にかけた」
かつてを知る古参達の言葉に、当時を知らない世代は顔を見合わせた。
「そんなことがあったなんて、知りませんでした」
事実、この国の大半の者が知らないことだ。
「王太子様とグレース様が御婚約されたのと、隣の国の王様と王子様が断ったのと、反対派貴族が取り潰しになったのか、病死したのか、なんだったかな。まぁ、いろいろ重なって収まったよ」
「あのまま、貴族同士がアレキサンダー様派と隣の国の王子派に分かれてたら、内乱だった」
「お前ら、アルフレッド様の采配と、アレキサンダー様を命がけで守ったロバートに感謝しろよ。そうでなきゃ、今頃この国はどうなってたやら」
古参達の言葉通りなのだ。
調理長は、新人を睨みつけた。
「だから、ロバートが大事にしているあの子に手を出すな。横恋慕は許さん。恋人かどうか知らんが、あの可愛いローズを、見習いのお前になんぞ、やらんからな」
調理長の言葉に、笑いがおこった。
「なんだぁ、調理長、そっちですか。ローズの親父さんみたいなこと言って」
「うるさい。お前ら、とっとと仕事に戻れ」
調理長の一言に、厨房に、日常が戻った。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです
ふと思いついて仕上げた幕間です。
よって調理長はお名前でなく、調理長のままです。




